182年の人生

山碕田鶴

文字の大きさ
上 下
8 / 197
1878ー1913 吉澤識

6-(1)

しおりを挟む
 宮田はいかにも堅物で近寄りがたい雰囲気があるが、無骨な見た目に反して誰に対しても丁寧で紳士的であり、軍人らしからぬ腰の低さで行く先々の本国人には評判が良かった。
 公使館へ申請書類の確認に行った際、宮田が大陸在住の本国人の様子について訊きたいと言うので近場の店で話すことにしたが、ふらりと入った現地人の食堂でも給仕にずいぶんと丁寧だ。むしろ給仕の方が横柄なくらいである。

「宮田さん、ここは大陸ですよ。そういう態度は本国では称賛されるでしょうが、ここでは冷笑されるのです。申し上げにくいが、偉そうに見える人間が偉いのです。尊敬されるのも、同じです」
「上から見下すようでは、欧米列強と同じではないですか。我々は同じアジア人として、互いに尊重しなければならない。だいたい、この国は列強に支配されたままで、真の独立を果たしていません。我々は隣国として自立を助けて共に成長していくべきです。共存共栄ですよ」

 宮田はきっぱりと言った。迷いもなく純粋な言葉に、私は戸惑いを隠せなかった。
   本気で言っているのか?
 我が国は、列強に代わりこの国を支配しようと動いている。お前だって知っているだろう。
 だが、国や軍が現在何をしているか知るはずもない一民間人の私がそれを口にしてはならない。

「貴方の理想は尊いが、本当に共存共栄ができるとお考えですか?  小さな島国に生まれた我々とどこまでも続く大陸に生きる人々とでは、考え方も時間の流れ方も違うのですよ。習慣が違う人間どうしの協同は、よほど違いを知らねば難しい。我々は、違うことさえ知らないでいるのです。現実は目の前にあります。まずは見て下さい。貴方がこれから行かれる上海なら、四馬路に寄ると良いでしょう。きっと価値観の違いを思い知る。南京の洋務局へもお立ち寄りなら、ぜひ現地で観光を。鷹揚な空気を感じて下さい。きっと貴方のためになる。彼を知り己を知る、ですよ」
「自分は、理想に走り過ぎていますか?」
「私には、そう見えます。特に今は、大陸中で外国人に対する反感が広がっています。我が国もだいぶ嫌われてしまっていますよ」
「確かに、理想を求めるには現実をもっとよく知らないといけませんね」

 宮田は、何に屈することもなさそうな笑顔でうなずいた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

FLY ME TO THE MOON

如月 睦月
ホラー
いつもの日常は突然のゾンビ大量発生で壊された!ゾンビオタクの格闘系自称最強女子高生が、生き残りをかけて全力疾走!おかしくも壮絶なサバイバル物語!

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

意味がわかるとえろい話

山本みんみ
ホラー
意味が分かれば下ネタに感じるかもしれない話です(意味深)

おシタイしております

橘 金春
ホラー
20××年の8月7日、S県のK駅交番前に男性の生首が遺棄される事件が発生した。 その事件を皮切りに、凶悪犯を標的にした生首遺棄事件が連続して発生。 捜査線上に浮かんだ犯人像は、あまりにも非現実的な存在だった。 見つからない犯人、謎の怪奇現象に難航する捜査。 だが刑事の十束(とつか)の前に二人の少女が現れたことから、事態は一変する。 十束と少女達は模倣犯を捕らえるため、共に協力することになったが、少女達に残された時間には限りがあり――。 「もしも間に合わないときは、私を殺してくださいね」 十束と少女達は模倣犯を捕らえることができるのか。 そして、十束は少女との約束を守れるのか。 さえないアラフォー刑事 十束(とつか)と訳あり美少女達とのボーイ(?)・ミーツ・ガール物語。

本当にあった怖い話

邪神 白猫
ホラー
リスナーさんや読者の方から聞いた体験談【本当にあった怖い話】を基にして書いたオムニバスになります。 完結としますが、体験談が追加され次第更新します。 LINEオプチャにて、体験談募集中✨ あなたの体験談、投稿してみませんか? 投稿された体験談は、YouTubeにて朗読させて頂く場合があります。 【邪神白猫】で検索してみてね🐱 ↓YouTubeにて、朗読中(コピペで飛んでください) https://youtube.com/@yuachanRio ※登場する施設名や人物名などは全て架空です。

すべて実話

さつきのいろどり
ホラー
タイトル通り全て実話のホラー体験です。 友人から聞いたものや著者本人の実体験を書かせていただきます。 長編として登録していますが、短編をいつくか載せていこうと思っていますので、追加配信しましたら覗きに来て下さいね^^*

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

蜥蜴の尻尾切り

柘榴
ホラー
 中学3年生の夏、私はクラスメイトの男の子3人に犯された。  ただ3人の異常な性癖を満たすだけの玩具にされた私は、心も身体も壊れてしまった。  そして、望まない形で私は3人のうちの誰かの子を孕んだ。  しかし、私の妊娠が発覚すると3人はすぐに転校をして私の前から逃げ出した。 まるで、『蜥蜴の尻尾切り』のように……私とお腹の子を捨てて。  けれど、私は許さないよ。『蜥蜴の尻尾切り』なんて。  出来の悪いパパたちへの再教育(ふくしゅう)が始まる。

処理中です...