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第4章 大暑
26.草刈り(二)
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「そういえば、来週大学の宿泊合宿があるんだ。二泊三日なんだけど」
「必要だったら庭の水やりくらいしておいてやるよ」
「ありがとう。お土産ないけど」
「どうせ大学付属の農場だろ」
「よく知っているね。そうなんだよ。朝六時から除草とか堆肥作りとか、もう休みなしの実習。夏休みになるからバイトも増やしちゃったし、月末は超ハードだ」
「お前って大学のサークルとかに入っていないの?」
「入っていないよ。入学式直後に二度目の引っ越しでバタバタしていて、見学も入部の機会も逃したというか、余裕がなかったというか」
「それじゃあつまらないだろう」
「別に、一応学科内の知り合いはいるし、つきあいもあるから。それに、暇だったらマコちゃんと遊べばいいやって」
「俺? ひきこもりだから出かけないぞ」
「えー? 前に訊いた時、ひきこもりって言わなかったじゃん。ニートじゃなかったの? 家事手伝いとか、暇でしょう?」
「忙しいんだよ。大家見習いだから」
「うわっ、ホントにそれ言った」
翌週、僕は大学の宿泊合宿に参加した。借家に入居してから、家を空けるのは初めてだった。
誠が庭の水やりをしてくれると言っていたけれど、体調は大丈夫なのかな。
キクは元気だと思うけれど元気かな。
気づくと家のことばかり考えていた。
たった二日でホームシックかと誠にばかにされそうなので、何食わぬ顔で帰ることを決意して、僕はひたすら実習をこなしていった。
「イチロウさん、イチロウさん」
宿泊合宿から戻った翌朝、キクが窓から僕を呼んだ。キクが家の中の僕を呼ぶなんて初めてだった。
「おはよう。どうしたの? 珍しいね」
「マコトさんが倒れました」
「え?」
キクはいつもと変わらない、事務的な口調で言った。
「昨日の夜遅く、救急車で病院に行きました」
「大家さんとか婆ちゃんは? 今どうなっているの?」
「マコトさんと一緒に行って、先ほど二人で戻って来て、また病院に行くようです」
僕の合宿出発前、誠は元気そうだった。それなのに、こんな風に急に入院してしまうものなのか……。
「キクちゃんは向こうの、マコちゃんの家の庭で見ていたんだね? マコちゃん、どんな様子だった?」
「静かでした。ただ運ばれて行きました。救急車が来て、ストレッチャーに乗せられて門を出る前に私を呼びました。目を開けて、私を見て、笑って言いました」
『キク、一郎には言うなよ』
「なんで……なんでだよ? マコちゃん、違うだろ。笑いかけるとこ、そこじゃないだろ!」
僕はキクに向かって叫んでいた。
なんで僕に隠すんだよ? 僕が過去を知らないことになっているからか? 知られたくないからか?
僕はもっと近い関係になれていたと思ったのに。
あまりにも突然で気が動転しているせいか、心配よりも怒りに近い文句ばかりが湧き上がる。
黙って僕を見ていた無表情のキクと目が合って、はっと我に返った。
「……ごめん、キクちゃん」
「いえ」
キクはまた事務的に答えた。おかげで僕は少し冷静になれた。
「でも、僕には言うなとマコちゃんから言われたのに、何で教えてくれたの?」
「イチロウさんにお願いがあるからです」
「お願い?」
「私をマコトさんのところに連れて行って下さい」
キクは僕を見てはっきりとそう言った。
「必要だったら庭の水やりくらいしておいてやるよ」
「ありがとう。お土産ないけど」
「どうせ大学付属の農場だろ」
「よく知っているね。そうなんだよ。朝六時から除草とか堆肥作りとか、もう休みなしの実習。夏休みになるからバイトも増やしちゃったし、月末は超ハードだ」
「お前って大学のサークルとかに入っていないの?」
「入っていないよ。入学式直後に二度目の引っ越しでバタバタしていて、見学も入部の機会も逃したというか、余裕がなかったというか」
「それじゃあつまらないだろう」
「別に、一応学科内の知り合いはいるし、つきあいもあるから。それに、暇だったらマコちゃんと遊べばいいやって」
「俺? ひきこもりだから出かけないぞ」
「えー? 前に訊いた時、ひきこもりって言わなかったじゃん。ニートじゃなかったの? 家事手伝いとか、暇でしょう?」
「忙しいんだよ。大家見習いだから」
「うわっ、ホントにそれ言った」
翌週、僕は大学の宿泊合宿に参加した。借家に入居してから、家を空けるのは初めてだった。
誠が庭の水やりをしてくれると言っていたけれど、体調は大丈夫なのかな。
キクは元気だと思うけれど元気かな。
気づくと家のことばかり考えていた。
たった二日でホームシックかと誠にばかにされそうなので、何食わぬ顔で帰ることを決意して、僕はひたすら実習をこなしていった。
「イチロウさん、イチロウさん」
宿泊合宿から戻った翌朝、キクが窓から僕を呼んだ。キクが家の中の僕を呼ぶなんて初めてだった。
「おはよう。どうしたの? 珍しいね」
「マコトさんが倒れました」
「え?」
キクはいつもと変わらない、事務的な口調で言った。
「昨日の夜遅く、救急車で病院に行きました」
「大家さんとか婆ちゃんは? 今どうなっているの?」
「マコトさんと一緒に行って、先ほど二人で戻って来て、また病院に行くようです」
僕の合宿出発前、誠は元気そうだった。それなのに、こんな風に急に入院してしまうものなのか……。
「キクちゃんは向こうの、マコちゃんの家の庭で見ていたんだね? マコちゃん、どんな様子だった?」
「静かでした。ただ運ばれて行きました。救急車が来て、ストレッチャーに乗せられて門を出る前に私を呼びました。目を開けて、私を見て、笑って言いました」
『キク、一郎には言うなよ』
「なんで……なんでだよ? マコちゃん、違うだろ。笑いかけるとこ、そこじゃないだろ!」
僕はキクに向かって叫んでいた。
なんで僕に隠すんだよ? 僕が過去を知らないことになっているからか? 知られたくないからか?
僕はもっと近い関係になれていたと思ったのに。
あまりにも突然で気が動転しているせいか、心配よりも怒りに近い文句ばかりが湧き上がる。
黙って僕を見ていた無表情のキクと目が合って、はっと我に返った。
「……ごめん、キクちゃん」
「いえ」
キクはまた事務的に答えた。おかげで僕は少し冷静になれた。
「でも、僕には言うなとマコちゃんから言われたのに、何で教えてくれたの?」
「イチロウさんにお願いがあるからです」
「お願い?」
「私をマコトさんのところに連れて行って下さい」
キクは僕を見てはっきりとそう言った。
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