19 / 38
第3章 芒種
19.鉢植えと花壇(一)
しおりを挟む
純粋な花の精ではない。不純な花の精ってなんだ?
「……ごめん。最初からわからない」
「だよな」
沈黙が流れた。誠が頭を悩ませているのがはっきりと見て取れた。
「グレた花の精? 清くない花の精? いかがわしい花の精? 混ざっている花の精? やましい花の精?」
「それだ!」
「え、どれ?」
「混ざっている」
「何が?」
「人間」
「……」
誠はいたってまじめに話している。僕からすれば、かなりのホラーだ。
「人の想いとか、恨みつらみとか執念だとか、そういうものが大きくなって花にくっついて形になってしまったのが四兄弟だと思うんだ」
「……そんなのが見えちゃっていたの? でも、四兄弟もキクちゃんも怖いというより爽やかな感じだったけれど。家で怪奇現象なんて起きなかったし」
「別にお前やこの家が呪われているわけじゃないだろ。四兄弟は、この家の庭に残されたからここに現れただけだ」
前に住んでいた人の想いが、花にくっついたのか……。
「大家が知っている個人情報だから詳しくは話せないけれど、前の借主は家族でここに二月まで住んでいたんだ。その一人が、スーパーの花売り場によく行っていたらしい。これは婆ちゃん情報だ。鉢植えとかを買って、花が終わったら庭に植えていたんじゃないかな」
「植木鉢から出したままっぽいボコボコが花壇にたくさんあったけれど、あれが全部そうなの? たぶんフリージアたちだけじゃなかったよ」
「枯れたのも多かっただろ? 元々花への興味や知識があったとは思えない。花売り場に花を卸す業者に教えてもらって、とりあえず植えただけだろう」
「前に草取りした時、適当に埋めてあるってマコちゃん怒っていたよね。空き家だった間はマコちゃんが庭の手入れをしていたんでしょう? その時は花壇のデコボコに気づかなかったの?」
「花壇には近づけなかった。お前もアガパンサスが咲く頃に、四人目が出てくるのを見ただろう? フリージアとガーベラ、ビオラは丁度花の時期で、三兄弟がぼんやり見え始めていたんだ」
「それは近づきたくないな」
僕は、薄く人型の煙が立ちのぼる光景を想像してしまった。誠もやっぱり怖かったということだよな。
「僕、前の借主さんは花好きの人なんだと思っていたけれど。違ったのか」
「好きだったのは花じゃなくて、花売り場の業者だろ。たぶん、お前が見たニッコウキスゲだよ」
「あのお兄さんか……」
だから同じ顔だったのか。同じ作業着で、同じ爽やかマッチョで……。
「わかる。なんだか優しそうでモテそうだった」
「そこか。まあ、確かにモテそうだな」
誠は苦笑していた。
「だけど、それだけ花売り場に通っていたら、直接お兄さんと何度も話すでしょ? 執念とか想いとか溜め込むかな?」
「ここの住人の性格なんて知らない。でも、直接会って頻繁に花を買って、それでもただの客として話すだけだったら想いを募らせてもおかしくはないかもな」
「あのお兄さん、配送はいつも朝十時だったと思うよ。その時間に合わせてちょくちょく通って、鉢植えを買って、でもあんまり話せなくてって。内気で一途で健気で想いの強い子だったのかな。そういうの、かわいいよね」
「女とは言っていない」
「違うの? まあ、どっちでも健気でかわいいと思うよ」
「かわいいか? あんなに適当に庭に植えて世話もしないで。あれで根が張るわけないだろ」
誠は本気で怒っていた。人間より花に同情しているのか。
「……ごめん。最初からわからない」
「だよな」
沈黙が流れた。誠が頭を悩ませているのがはっきりと見て取れた。
「グレた花の精? 清くない花の精? いかがわしい花の精? 混ざっている花の精? やましい花の精?」
「それだ!」
「え、どれ?」
「混ざっている」
「何が?」
「人間」
「……」
誠はいたってまじめに話している。僕からすれば、かなりのホラーだ。
「人の想いとか、恨みつらみとか執念だとか、そういうものが大きくなって花にくっついて形になってしまったのが四兄弟だと思うんだ」
「……そんなのが見えちゃっていたの? でも、四兄弟もキクちゃんも怖いというより爽やかな感じだったけれど。家で怪奇現象なんて起きなかったし」
「別にお前やこの家が呪われているわけじゃないだろ。四兄弟は、この家の庭に残されたからここに現れただけだ」
前に住んでいた人の想いが、花にくっついたのか……。
「大家が知っている個人情報だから詳しくは話せないけれど、前の借主は家族でここに二月まで住んでいたんだ。その一人が、スーパーの花売り場によく行っていたらしい。これは婆ちゃん情報だ。鉢植えとかを買って、花が終わったら庭に植えていたんじゃないかな」
「植木鉢から出したままっぽいボコボコが花壇にたくさんあったけれど、あれが全部そうなの? たぶんフリージアたちだけじゃなかったよ」
「枯れたのも多かっただろ? 元々花への興味や知識があったとは思えない。花売り場に花を卸す業者に教えてもらって、とりあえず植えただけだろう」
「前に草取りした時、適当に埋めてあるってマコちゃん怒っていたよね。空き家だった間はマコちゃんが庭の手入れをしていたんでしょう? その時は花壇のデコボコに気づかなかったの?」
「花壇には近づけなかった。お前もアガパンサスが咲く頃に、四人目が出てくるのを見ただろう? フリージアとガーベラ、ビオラは丁度花の時期で、三兄弟がぼんやり見え始めていたんだ」
「それは近づきたくないな」
僕は、薄く人型の煙が立ちのぼる光景を想像してしまった。誠もやっぱり怖かったということだよな。
「僕、前の借主さんは花好きの人なんだと思っていたけれど。違ったのか」
「好きだったのは花じゃなくて、花売り場の業者だろ。たぶん、お前が見たニッコウキスゲだよ」
「あのお兄さんか……」
だから同じ顔だったのか。同じ作業着で、同じ爽やかマッチョで……。
「わかる。なんだか優しそうでモテそうだった」
「そこか。まあ、確かにモテそうだな」
誠は苦笑していた。
「だけど、それだけ花売り場に通っていたら、直接お兄さんと何度も話すでしょ? 執念とか想いとか溜め込むかな?」
「ここの住人の性格なんて知らない。でも、直接会って頻繁に花を買って、それでもただの客として話すだけだったら想いを募らせてもおかしくはないかもな」
「あのお兄さん、配送はいつも朝十時だったと思うよ。その時間に合わせてちょくちょく通って、鉢植えを買って、でもあんまり話せなくてって。内気で一途で健気で想いの強い子だったのかな。そういうの、かわいいよね」
「女とは言っていない」
「違うの? まあ、どっちでも健気でかわいいと思うよ」
「かわいいか? あんなに適当に庭に植えて世話もしないで。あれで根が張るわけないだろ」
誠は本気で怒っていた。人間より花に同情しているのか。
2
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
十年目の結婚記念日
あさの紅茶
ライト文芸
結婚して十年目。
特別なことはなにもしない。
だけどふと思い立った妻は手紙をしたためることに……。
妻と夫の愛する気持ち。
短編です。
**********
このお話は他のサイトにも掲載しています

『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作
熱い風の果てへ
朝陽ゆりね
ライト文芸
沙良は母が遺した絵を求めてエジプトにやってきた。
カルナック神殿で一服中に池に落ちてしまう。
必死で泳いで這い上がるが、なんだか周囲の様子がおかしい。
そこで出会った青年は自らの名をラムセスと名乗る。
まさか――
そのまさかは的中する。
ここは第18王朝末期の古代エジプトだった。
※本作はすでに販売終了した作品を改稿したものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる