日当たりの良い借家には、花の精が憑いていました⁉︎

山碕田鶴

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第2章 小満

12.草取り(一)

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 暑い。梅雨前ってこんなに暑かったっけ?
 僕は庭の草取りをしている。土日の貴重な休みに、朝から汗だくで働いている。
 誠に言われたのは、先週だったか。

「お前、庭の雑草を放っておくと後で大変なことになるぞ」

 植物の成長は速い。見る間に庭が占領されていく。庭の手入れなんて考えずにこの家を借りた僕が甘かった。
 キクは、僕が雑草と菊の見分けがつかないことをよく知っているから、庭の端に生えている菊の前に陣取っている。こちらをにらんでいる気がしなくもない。怖い顔もかわいい。つい見とれて手が止まる。

「偉いな。頑張ってる頑張ってる」

 誠が差し入れの飲み物を持って、僕の様子を見に来た。

「マコちゃん、ちょっと手伝っていかない?」
「俺は管理人でも便利屋でもない」
「はいはい。わかっていますよ」

 誠はいっさい手伝うことはなかったけれど、暑いのに日陰に入るでもなく僕の作業を見続けていた。
 玄関脇の水道周りを終えて花壇の前に来たところで、手が止まる。困ったな。
 アガパンサス以外は既に花の時期を過ぎて葉だけになっている。それも雑草に埋もれて、どれが何の草花なのか僕には区別できない。

「キクに教えてもらえばいい」

 僕の後ろから覗いていた誠が言った。
 キクは横に来てそっと僕の手をつかむと、ひとつずつ葉を触らせていった。

「これはフリージアです。これはガーベラ。こちらがビオラ。それから、今咲いている花の周りの細長い葉がアガパンサスです」
「ありがとう」

 キクは僕が雑草を引き抜いていくことを気にする様子はない。
 ただいて、ただ消える。それだけなのだろう。
 雑草がなくなると、花壇には筒状の土の山がいくつかあることに気づいた。キクが触らせてくれた葉は、どれも山の上に生えていた。

「鉢植えだったものを適当に花壇に埋めたんだな。それだと浅過ぎて根が痛む」

 誠は不機嫌そうに言った。
 前の借主は、ガーデニングが趣味で花壇を作っていたわけではなかったのだろうか。

「マコちゃん、これどうしたらいい?せっかく生えているし、このまま花壇は残したいと思うんだけど」
「それなら、まず土寄せ……花壇全体が平らになるくらい土をかけて草の根をしっかり隠すんだ」
「それから?」
「フリージアはこれから夏のバカンスだ。熊の冬眠みたいなものだな。今は枯れた花を茎ごと取って、肥料と水やりで太らせておけ。夏は放っておけばいい。ガーベラも同じ扱いでいい。ビオラはずっと放っておけ。冬には全て枯れるから。どうせお前は手入れをしないだろうけれど、勝手に種が落ちて来年また花が咲くかもしれない」

 誠は一息に説明した。誠は花にやたらと詳しい。僕が驚いて振り返ると、「それから」ともう一言つけ加えた。

「アガパンサスはこれからが花の本番だから、咲き終わった花を茎ごと摘んでいけば長くもつぞ。って何だよ?」
「マコちゃん、すごく詳しいんだね」
「当たり前だろ。タンポポなんだから」
「えーっ、またそれ?」

 誠は笑っていたが、少し顔色が悪そうに見えた。

「マコちゃん、縁側のところ日陰になっているから休んでよ。立っているだけでも疲れるでしょ。僕も限界。休憩する」

 わかったと言って誠は素直に縁側に向かった。
 僕は素早く花壇の端の土をかき集めて草の根元を埋めると、ぽんぽんと叩いて土をならした。
 縁側に向かおうと立ち上がると、キクが近づいて来た。花壇を見て、それから僕を見て微笑む。

「良い環境は、嬉しいことです」
「フリージアたち、喜んでくれているってこと?」
「嬉しい、です。ありがとうは違います」
「……相変わらず難しいな。まあ、とにかく元気になるかな?」
「はい」

 元気でいてくれるなら、それでいい。花はお礼なんて言わない。
 ああ、そういう意味だったのかな。
 ちょっとスッキリして、水洗いした手を振りながら誠が休んでいる縁側に向かった。
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