2 / 24
一章 終わりから始まりへ
お前の髪の毛はわたしが守る
しおりを挟む一瞬だけ、浮遊感を感じた。
黒を基準にした屋敷。カーテンから何まで黒で揃えてあるので、悪趣味だと思うでしょう。
だけどね、所々にスライム型の彫刻、スライムの絵が扉に描かれていたりと、悪趣味ながらもちょっと可愛さを入れようとして失敗したかのような少し残念な屋敷なのだ。
そんな屋敷のサロンで私はゆっくりと目を開ける。
「……うむ。成功のようだな」
目の前で腕組みをして鋭い瞳で私を見下げている彼は、クリム・ネーベル。通常スライム魔王。
誤解されないように付け足すと、スライムではなく、エルフ族の一人。
ただ、とってもスライムが大好きなんだ。
氷のように冷酷だと人間には恐れられているクリム。
実際に人間を襲ったこともなければ、人間が住む街に奇襲したこともない。それを行って来たのは先代の魔王。クリムの父親だ。
クリムにたいしての印象は、魔王という肩書きだけで、今代だって先代と同じ考えを持ち、襲撃をしてくるんだと人間には思われている。
それは私も同じだった。幼い頃から聞かされてた魔王は悪く言われていたからね。そういうものなのだと思い込まされていた。
……でも、実際に会って話してみると考え方が変わった。
白く長い髪と、赤い瞳。それに尖った耳。
男性ながらも綺麗な容貌を持つ。
赤いローブは金と銀の刺繍をされている。
黒の服に黒と赤のブーツ。
一見、魔王の威厳があるだろう。
でもね、
「……大丈夫か?⠀どこか怪我は?」
心配そうに顔を覗き込むクリムにドギマギしてしまう。
顔が近い!!?
クリムに私の動揺を気付かれないように冷静さを保った。
「大丈夫です」
結構ギリギリで瞬間魔法を発動されたから死ぬかもしれないという緊張感が異常じゃなかったけど。
まだかと冷や冷やしたわ。
巨大なドラゴンを見上げながら、顔は冷静なフリをしてても足がどうしてもガタガタ震えていたもの。
今だって気を許すと立ってられなくて崩れるように座ってしまうことでしょう。
いや、多分今は別の意味で立っていられなくなりそう。
「だといい……!?」
クリムは何かに気付いたかのように目を細め、私の髪の毛に触れた。
サラッと水色の髪をクリムの綺麗で長い指先が優しく攫う。
顔が近いのもあって私の心臓は爆発寸前だ。
サロンの外で部下を何人か配置しているとはいえ異性と二人っきり。
動揺しないわけがない。だけどこの男は安全だと自信を持って言える。
何故なら、
「な……、なんてことだぁぁぁぁ!!?」
クリムは綺麗な顔立ちから一変した。
頭を抱えながら、この世の終わりかの如く絶望しきっていた。
そんなことで!? って、思うでしょう。
クリ厶にとっては私の髪の毛は特別らしい。私には理解出来ないけどクリムにしか分からない想いがあるんだろう。
「大事な髪の毛に……スライムのような美しい髪だというのに、ドラゴンのヨダレがついている!!⠀こうしてはいられない!」
発狂したクリムは私を横抱きにした。
「え、ク、クリム様!!?」
「案ずることはない。お前の髪の毛はわたしが守る」
キリッと真剣な顔立ちで言ってるんだけど……。
「大袈裟です!!⠀って、きゃあっ!!」
勢いよくサロンを飛び出したクリムは何事かと問いかける部下に見向きもしないで一直線に浴室まで向かう。
それも私を横抱きしたままで。
ドキドキする暇なんか与えないぐらいの勢いで走るものだから呆れるしかない。……まぁ、余裕が無いクリムを見られるのは滅多に無いから得した気分になる私はちゃっかりしてるのかもしれない。
浴室についたら下ろしてくれるんだろうなって、思ってた私は考えが甘かった。
なんと、クリムは私を横抱きしながら浴室に入り、お湯を張った桶に私を下ろしたのだ。
しかもボロボロとはいえ、ワンピースを着たままだったので、布が水分を吸って肌に張り付いていて気持ちが悪い。
なによりも、この状況を予想していたかのように湯船が張ってあったのかは……疑問だが。
「傷んだら大変だ」
クリムはマントと上着を脱ぎ始める。
「な、何してるんですか!?」
「何って……。服が濡れるだろ。……おのれ、わたしのモノ(髪)になんという侮辱行為を」
悔しそうにしかめっ面をしているクリムだけど.....言わせてほしい。
「私はいいのでしょうか。そもそも私の髪はあなたのものではありませんが」
「??⠀何を言っている。結婚前に好きでもない男に裸を見られてもいいのか。安心しろ、お前の髪は出会ったその時からわたしのものだ」
確かに結婚前に異性に裸を見せるわけにはいかないけども。
違う違う!! 納得しちゃダメだ。クリムのペースにのまれたらいけない。
そもそも私の髪は私のであって誰のものでもないし。
なんだろう。クリムと話していると自分が女性としての自信が無くなるのよね。
って、そうでもなくて……、
「自分で髪を洗えますので、大丈夫ですよ」
「いいや、任せなさい。わたしが隅々まで汚された場所(ドラゴンのヨダレがついた髪)を消毒してやる」
「誤解を招く言い方しないでください」
愛おしそうに私の髪に触るクリムに溺愛されてるのかと思うでしょ?
でもね、彼クリムが溺愛してるのは私の髪の毛。水色で透明感がある髪はスライムの色と同じなんだとか。
クリムは私の髪が好きすぎるただの変態ということだ。
とても残念な美男子だと私は思っている。
まぁ、でも。それを利用したんだけどね。
協力してくれる代わりに好きなだけ私の髪を愛でて良いと。
とはいえ、クリムが協力してくれるのはそれだけでは無いんだけど。
元々聖女が召喚されるタイミング、王様が毒を盛られたり、私が死刑になることは既に知っていた。
それもそのはず。私はオリビア・ペレスとして一度死んでいるのだから
皮肉なことにどんな経緯で死ぬのかもわかっている。
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

忘却令嬢〜そう言われましても記憶にございません〜【完】
雪乃
恋愛
ほんの一瞬、躊躇ってしまった手。
誰よりも愛していた彼女なのに傷付けてしまった。
ずっと傷付けていると理解っていたのに、振り払ってしまった。
彼女は深い碧色に絶望を映しながら微笑んだ。
※読んでくださりありがとうございます。
ゆるふわ設定です。タグをころころ変えてます。何でも許せる方向け。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

なにをおっしゃいますやら
基本二度寝
恋愛
本日、五年通った学び舎を卒業する。
エリクシア侯爵令嬢は、己をエスコートする男を見上げた。
微笑んで見せれば、男は目線を逸らす。
エブリシアは苦笑した。
今日までなのだから。
今日、エブリシアは婚約解消する事が決まっているのだから。

[完結]裏切りの学園 〜親友・恋人・教師に葬られた学園マドンナの復讐
青空一夏
恋愛
高校時代、完璧な優等生であった七瀬凛(ななせ りん)は、親友・恋人・教師による壮絶な裏切りにより、人生を徹底的に破壊された。
彼女の家族は死に追いやられ、彼女自身も冤罪を着せられた挙げ句、刑務所に送られる。
「何もかも失った……」そう思った彼女だったが、獄中である人物の助けを受け、地獄から這い上がる。
数年後、凛は名前も身分も変え、復讐のために社会に舞い戻るのだが……
※全6話ぐらい。字数は一話あたり4000文字から5000文字です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる