私が世界を壊す前に

seto

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異世界の神々は、衣弦が落ち着くのを待ってくれた。いつまでも。励ますわけでもなく、ただそばいた。そばにいて、見守ってくれた。衣弦が現実を受け入れるを。
どのくらいそうしていただろうか?
ようやく現実を受け入れて、衣弦は顔を上げる。泣き腫らした目に、鼻のてっぺんはすっかり赤くなってしまっていた。だがそれでも。顔を上げ、凛と背筋を伸ばす衣弦は美しかった。
「それで?何をすればいい?」
衣弦が問う。
「”引き受けるのか?“」
猛々しい男神が問う。
「あぁ。非常に不本意ではあるがな。」
ふっと衣弦は苦笑する。
「”断る事も、できるのですよ‥?“」
ふくよかな女神が言う。
「いいんだ、もう。」
衣弦が首を振ると、嫋やかな女神が心配そうに胸に手を当てる。
「“断ったからと言って、貴方に天罰が下るわけではありませんよ?”」
「あぁ、それでも。」
衣弦は続ける。
「俺が引き受けなければ、彼らは問答無用で罰を受けるんだろう?挽回の余地もなく。」
衣弦がそう問えば、神々は鷹揚にうなづく。
「なら、チャンスくらいあげてもいい。死んだらそれまでだ。」
そう言って衣弦は、皮肉めいた笑みを浮かべた。
「「”それが、人類の敵になることだとしても?“」」
双子の神々が口を揃えて言う。
「あぁ、それでもだ。それでもし人類が心を改め、俺を倒したら‥。倒すことに成功したら。救って、くれるんだろう?この、俺も。」
衣弦は微かな願いを込めてそう続ける。
縋るような、醜い笑み。それでも衣弦は救われたかった。呆気なく殺され、後悔しか残らなかった今世。父も母も、恋人さえも置いて逝ってしまった。
でももしかしたら‥。この世界で人々を更生させる事に成功したら。
戻してくれるかもしれない。愛しいあの世界へ。
いや、戻してくれなくてもいい。だがせめて、置いてきてしまった人々に、どうか幸せを。
すると壮年の男神が1度目を伏せてから、力強く衣弦を見つめる。その瞬間、ビクリと衣弦の肩が跳ねた。
決して恐ろしい形相をしていた訳では無い。むしろ慈愛にすら満ちていた。だが畏怖の念が胸を占め、咄嗟に頭を垂れた。
あぁ、これが神か。
静かに、男神の声が響く。
「“もちろんだとも。“」
男神は続ける。
「“君には辛い使命を背負わせる事になる。この世界に義理立てする必要のない君に。”」
男神の言葉を猛々しい男神が続ける。
「“だがお前は決断した。この世界に最後の慈悲を与えてくれると。“」
そして双神が口を揃えて言う。
「「”我々は、その心に報います。”」」
その瞬間、衣弦の胸に形容しがたい暖かな熱が広がる。じわりと目頭が熱くなり、胸を抑えて涙をこぼした。
「ありがとう、ございます‥」
なんとかつむぎ出した言葉は、醜く掠れてしまった。

詳しい説明は、幼い女神がしてくれた。幼神から説明された使命はこうだ。
魔王というこの世界の敵として立ちはだかり、人々に更生を促して欲しい。もちろん手段は問わない。滅ぼすなり、支配下に置くなり好きにしていいようだ。
「”人類共通の敵がいれば、彼らも少しは変わるかもしれないからね。“」
とは、幼神の言葉だ。
世界には七神の加護を受けた勇者が7人存在していて、その勇者以外魔王へ傷をつけられる者はいない。だが、信仰が回復しなければ勇者は本来の力を発揮することが出来ず、魔王を討つことは出来ない。そして、勇者を殺す事が出来るのもまた、魔王のみと言うことらしい。
「1柱足りないのでは?」
そう衣弦が問えば、幼神は
「“私は魔神。魔王になる君には私の加護が付くんだ。”」
そう言って無邪気に笑った。
「もし人々が更生しなければ?」
衣弦が問う。
「“その時は、この世界は君の手に委ねよう。煮るなり焼くなり好きにするといい。”」
と、幼神は宣った。
「期限は?」
「“ない。君がこの世界を見限らない限り、我々も辛抱強く君と世界の行く末を見守ろう。“」
幼神は続ける。
「“君に寿命はない。君は望むままに生きる事が出来るし、死ぬ事が出来る。すなわち、君が勇者に討たれたとき、または君が死を決めた時、その瞬間がこの世界の審判の時だ。”」
「俺の死で、世界の生死か決まるってわけか。」
重いな‥、と衣弦は思わず呟いた。
「“君がどういう決断をしようが、我々は君だけは救う。安心したまえ。”」
そう言って幼神は笑った。
「安心できねぇよ‥」
衣弦は引き攣った笑みを浮かべた。
かくして、衣弦は異世界への転生が決まった。この世界最強の魔王として。

名前はフィオニステール。最果ての地を意味する。そして真名として、衣弦の名を残して貰った。
次に容姿だが、黒髪赤目の美丈夫だ。黒に赤とは、いかにもな配色だと衣弦は思った。
「ここまでイケメンである必要ある?」
そう衣弦が問えば、
「”魔性と言う言葉があるだろう?“」
そう言って幼神はニヤリと笑った。
「これ、前世だったら絶対勝ち組じゃん‥」
鏡の中の美丈夫は呆れ顔で腰ほどもある長髪を掬った。
前世の衣弦の容姿は良くも悪くも普通。多少身なりに気をつければ合コンで声がかかるか否かと言う所だ。
ちなみにもう1つの姿は、黒光りする鱗を持つ巨大な龍。扱える魔法は聖属性以外の全属性。唯一の弱点は、勇者しか持つことが出来ないと言う聖属性らしい。
「”分かりやすくていいだろう?“」
「まぁ、ね。」
衣弦、改めてフィオニステールは苦く笑った。
「“それと、特別に無属性の創造魔法をあげよう。”」
「創造魔法‥?」
フィオニスは問う。
「”あぁ。主神クレアシオン様しか扱えない魔法だ。“」
あぁ、あの爺さんか‥。
「効果は?」
「“その名の通り、創造だよ。”」
幼神は続ける。
「“君の頭の中にあるもの全て、文字通り創造することが可能だ。”」
「なんだそれ、チートかよ。」
「“まぁ、それくらいのボーナスはあげてもいいよねってみんなで決めたんだ。君には残酷な使命を背負わせる事になるんだから。”」
そう言って幼神は少し申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「そんな顔しないでくれ。これは俺が決めた事なんだから。」
フィオニスがそう言って無理やり笑みを作ると、幼神も苦く弱々しい笑みを浮かべた。
「“あぁ、そうだったね。よろしく頼むよ、衣弦くん。”」
「さて、そろそろ顕現しますかね。くれぐれも、登場は派手に演出してくれよ?」
ニヤリとフィオニスが笑うと、幼神もニヤリとイタズラっぽく笑った。
「”あぁ、任せてくれ。この世のありとあらゆる絶望を凝縮した、おどろおどろしい演出をしてあげよう。“」
「いや、そこまではいいよ。」
そう言ってフィオニスは足元に空いた暗い穴へと飛び込んだ。
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