3 / 60
3
しおりを挟む
異世界の神々は、衣弦が落ち着くのを待ってくれた。いつまでも。励ますわけでもなく、ただそばいた。そばにいて、見守ってくれた。衣弦が現実を受け入れるを。
どのくらいそうしていただろうか?
ようやく現実を受け入れて、衣弦は顔を上げる。泣き腫らした目に、鼻のてっぺんはすっかり赤くなってしまっていた。だがそれでも。顔を上げ、凛と背筋を伸ばす衣弦は美しかった。
「それで?何をすればいい?」
衣弦が問う。
「”引き受けるのか?“」
猛々しい男神が問う。
「あぁ。非常に不本意ではあるがな。」
ふっと衣弦は苦笑する。
「”断る事も、できるのですよ‥?“」
ふくよかな女神が言う。
「いいんだ、もう。」
衣弦が首を振ると、嫋やかな女神が心配そうに胸に手を当てる。
「“断ったからと言って、貴方に天罰が下るわけではありませんよ?”」
「あぁ、それでも。」
衣弦は続ける。
「俺が引き受けなければ、彼らは問答無用で罰を受けるんだろう?挽回の余地もなく。」
衣弦がそう問えば、神々は鷹揚にうなづく。
「なら、チャンスくらいあげてもいい。死んだらそれまでだ。」
そう言って衣弦は、皮肉めいた笑みを浮かべた。
「「”それが、人類の敵になることだとしても?“」」
双子の神々が口を揃えて言う。
「あぁ、それでもだ。それでもし人類が心を改め、俺を倒したら‥。倒すことに成功したら。救って、くれるんだろう?この、俺も。」
衣弦は微かな願いを込めてそう続ける。
縋るような、醜い笑み。それでも衣弦は救われたかった。呆気なく殺され、後悔しか残らなかった今世。父も母も、恋人さえも置いて逝ってしまった。
でももしかしたら‥。この世界で人々を更生させる事に成功したら。
戻してくれるかもしれない。愛しいあの世界へ。
いや、戻してくれなくてもいい。だがせめて、置いてきてしまった人々に、どうか幸せを。
すると壮年の男神が1度目を伏せてから、力強く衣弦を見つめる。その瞬間、ビクリと衣弦の肩が跳ねた。
決して恐ろしい形相をしていた訳では無い。むしろ慈愛にすら満ちていた。だが畏怖の念が胸を占め、咄嗟に頭を垂れた。
あぁ、これが神か。
静かに、男神の声が響く。
「“もちろんだとも。“」
男神は続ける。
「“君には辛い使命を背負わせる事になる。この世界に義理立てする必要のない君に。”」
男神の言葉を猛々しい男神が続ける。
「“だがお前は決断した。この世界に最後の慈悲を与えてくれると。“」
そして双神が口を揃えて言う。
「「”我々は、その心に報います。”」」
その瞬間、衣弦の胸に形容しがたい暖かな熱が広がる。じわりと目頭が熱くなり、胸を抑えて涙をこぼした。
「ありがとう、ございます‥」
なんとかつむぎ出した言葉は、醜く掠れてしまった。
詳しい説明は、幼い女神がしてくれた。幼神から説明された使命はこうだ。
魔王というこの世界の敵として立ちはだかり、人々に更生を促して欲しい。もちろん手段は問わない。滅ぼすなり、支配下に置くなり好きにしていいようだ。
「”人類共通の敵がいれば、彼らも少しは変わるかもしれないからね。“」
とは、幼神の言葉だ。
世界には七神の加護を受けた勇者が7人存在していて、その勇者以外魔王へ傷をつけられる者はいない。だが、信仰が回復しなければ勇者は本来の力を発揮することが出来ず、魔王を討つことは出来ない。そして、勇者を殺す事が出来るのもまた、魔王のみと言うことらしい。
「1柱足りないのでは?」
そう衣弦が問えば、幼神は
「“私は魔神。魔王になる君には私の加護が付くんだ。”」
そう言って無邪気に笑った。
「もし人々が更生しなければ?」
衣弦が問う。
「“その時は、この世界は君の手に委ねよう。煮るなり焼くなり好きにするといい。”」
と、幼神は宣った。
「期限は?」
「“ない。君がこの世界を見限らない限り、我々も辛抱強く君と世界の行く末を見守ろう。“」
幼神は続ける。
「“君に寿命はない。君は望むままに生きる事が出来るし、死ぬ事が出来る。すなわち、君が勇者に討たれたとき、または君が死を決めた時、その瞬間がこの世界の審判の時だ。”」
「俺の死で、世界の生死か決まるってわけか。」
重いな‥、と衣弦は思わず呟いた。
「“君がどういう決断をしようが、我々は君だけは救う。安心したまえ。”」
そう言って幼神は笑った。
「安心できねぇよ‥」
衣弦は引き攣った笑みを浮かべた。
かくして、衣弦は異世界への転生が決まった。この世界最強の魔王として。
名前はフィオニステール。最果ての地を意味する。そして真名として、衣弦の名を残して貰った。
次に容姿だが、黒髪赤目の美丈夫だ。黒に赤とは、いかにもな配色だと衣弦は思った。
「ここまでイケメンである必要ある?」
そう衣弦が問えば、
「”魔性と言う言葉があるだろう?“」
そう言って幼神はニヤリと笑った。
「これ、前世だったら絶対勝ち組じゃん‥」
鏡の中の美丈夫は呆れ顔で腰ほどもある長髪を掬った。
前世の衣弦の容姿は良くも悪くも普通。多少身なりに気をつければ合コンで声がかかるか否かと言う所だ。
ちなみにもう1つの姿は、黒光りする鱗を持つ巨大な龍。扱える魔法は聖属性以外の全属性。唯一の弱点は、勇者しか持つことが出来ないと言う聖属性らしい。
「”分かりやすくていいだろう?“」
「まぁ、ね。」
衣弦、改めてフィオニステールは苦く笑った。
「“それと、特別に無属性の創造魔法をあげよう。”」
「創造魔法‥?」
フィオニスは問う。
「”あぁ。主神クレアシオン様しか扱えない魔法だ。“」
あぁ、あの爺さんか‥。
「効果は?」
「“その名の通り、創造だよ。”」
幼神は続ける。
「“君の頭の中にあるもの全て、文字通り創造することが可能だ。”」
「なんだそれ、チートかよ。」
「“まぁ、それくらいのボーナスはあげてもいいよねってみんなで決めたんだ。君には残酷な使命を背負わせる事になるんだから。”」
そう言って幼神は少し申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「そんな顔しないでくれ。これは俺が決めた事なんだから。」
フィオニスがそう言って無理やり笑みを作ると、幼神も苦く弱々しい笑みを浮かべた。
「“あぁ、そうだったね。よろしく頼むよ、衣弦くん。”」
「さて、そろそろ顕現しますかね。くれぐれも、登場は派手に演出してくれよ?」
ニヤリとフィオニスが笑うと、幼神もニヤリとイタズラっぽく笑った。
「”あぁ、任せてくれ。この世のありとあらゆる絶望を凝縮した、おどろおどろしい演出をしてあげよう。“」
「いや、そこまではいいよ。」
そう言ってフィオニスは足元に空いた暗い穴へと飛び込んだ。
どのくらいそうしていただろうか?
ようやく現実を受け入れて、衣弦は顔を上げる。泣き腫らした目に、鼻のてっぺんはすっかり赤くなってしまっていた。だがそれでも。顔を上げ、凛と背筋を伸ばす衣弦は美しかった。
「それで?何をすればいい?」
衣弦が問う。
「”引き受けるのか?“」
猛々しい男神が問う。
「あぁ。非常に不本意ではあるがな。」
ふっと衣弦は苦笑する。
「”断る事も、できるのですよ‥?“」
ふくよかな女神が言う。
「いいんだ、もう。」
衣弦が首を振ると、嫋やかな女神が心配そうに胸に手を当てる。
「“断ったからと言って、貴方に天罰が下るわけではありませんよ?”」
「あぁ、それでも。」
衣弦は続ける。
「俺が引き受けなければ、彼らは問答無用で罰を受けるんだろう?挽回の余地もなく。」
衣弦がそう問えば、神々は鷹揚にうなづく。
「なら、チャンスくらいあげてもいい。死んだらそれまでだ。」
そう言って衣弦は、皮肉めいた笑みを浮かべた。
「「”それが、人類の敵になることだとしても?“」」
双子の神々が口を揃えて言う。
「あぁ、それでもだ。それでもし人類が心を改め、俺を倒したら‥。倒すことに成功したら。救って、くれるんだろう?この、俺も。」
衣弦は微かな願いを込めてそう続ける。
縋るような、醜い笑み。それでも衣弦は救われたかった。呆気なく殺され、後悔しか残らなかった今世。父も母も、恋人さえも置いて逝ってしまった。
でももしかしたら‥。この世界で人々を更生させる事に成功したら。
戻してくれるかもしれない。愛しいあの世界へ。
いや、戻してくれなくてもいい。だがせめて、置いてきてしまった人々に、どうか幸せを。
すると壮年の男神が1度目を伏せてから、力強く衣弦を見つめる。その瞬間、ビクリと衣弦の肩が跳ねた。
決して恐ろしい形相をしていた訳では無い。むしろ慈愛にすら満ちていた。だが畏怖の念が胸を占め、咄嗟に頭を垂れた。
あぁ、これが神か。
静かに、男神の声が響く。
「“もちろんだとも。“」
男神は続ける。
「“君には辛い使命を背負わせる事になる。この世界に義理立てする必要のない君に。”」
男神の言葉を猛々しい男神が続ける。
「“だがお前は決断した。この世界に最後の慈悲を与えてくれると。“」
そして双神が口を揃えて言う。
「「”我々は、その心に報います。”」」
その瞬間、衣弦の胸に形容しがたい暖かな熱が広がる。じわりと目頭が熱くなり、胸を抑えて涙をこぼした。
「ありがとう、ございます‥」
なんとかつむぎ出した言葉は、醜く掠れてしまった。
詳しい説明は、幼い女神がしてくれた。幼神から説明された使命はこうだ。
魔王というこの世界の敵として立ちはだかり、人々に更生を促して欲しい。もちろん手段は問わない。滅ぼすなり、支配下に置くなり好きにしていいようだ。
「”人類共通の敵がいれば、彼らも少しは変わるかもしれないからね。“」
とは、幼神の言葉だ。
世界には七神の加護を受けた勇者が7人存在していて、その勇者以外魔王へ傷をつけられる者はいない。だが、信仰が回復しなければ勇者は本来の力を発揮することが出来ず、魔王を討つことは出来ない。そして、勇者を殺す事が出来るのもまた、魔王のみと言うことらしい。
「1柱足りないのでは?」
そう衣弦が問えば、幼神は
「“私は魔神。魔王になる君には私の加護が付くんだ。”」
そう言って無邪気に笑った。
「もし人々が更生しなければ?」
衣弦が問う。
「“その時は、この世界は君の手に委ねよう。煮るなり焼くなり好きにするといい。”」
と、幼神は宣った。
「期限は?」
「“ない。君がこの世界を見限らない限り、我々も辛抱強く君と世界の行く末を見守ろう。“」
幼神は続ける。
「“君に寿命はない。君は望むままに生きる事が出来るし、死ぬ事が出来る。すなわち、君が勇者に討たれたとき、または君が死を決めた時、その瞬間がこの世界の審判の時だ。”」
「俺の死で、世界の生死か決まるってわけか。」
重いな‥、と衣弦は思わず呟いた。
「“君がどういう決断をしようが、我々は君だけは救う。安心したまえ。”」
そう言って幼神は笑った。
「安心できねぇよ‥」
衣弦は引き攣った笑みを浮かべた。
かくして、衣弦は異世界への転生が決まった。この世界最強の魔王として。
名前はフィオニステール。最果ての地を意味する。そして真名として、衣弦の名を残して貰った。
次に容姿だが、黒髪赤目の美丈夫だ。黒に赤とは、いかにもな配色だと衣弦は思った。
「ここまでイケメンである必要ある?」
そう衣弦が問えば、
「”魔性と言う言葉があるだろう?“」
そう言って幼神はニヤリと笑った。
「これ、前世だったら絶対勝ち組じゃん‥」
鏡の中の美丈夫は呆れ顔で腰ほどもある長髪を掬った。
前世の衣弦の容姿は良くも悪くも普通。多少身なりに気をつければ合コンで声がかかるか否かと言う所だ。
ちなみにもう1つの姿は、黒光りする鱗を持つ巨大な龍。扱える魔法は聖属性以外の全属性。唯一の弱点は、勇者しか持つことが出来ないと言う聖属性らしい。
「”分かりやすくていいだろう?“」
「まぁ、ね。」
衣弦、改めてフィオニステールは苦く笑った。
「“それと、特別に無属性の創造魔法をあげよう。”」
「創造魔法‥?」
フィオニスは問う。
「”あぁ。主神クレアシオン様しか扱えない魔法だ。“」
あぁ、あの爺さんか‥。
「効果は?」
「“その名の通り、創造だよ。”」
幼神は続ける。
「“君の頭の中にあるもの全て、文字通り創造することが可能だ。”」
「なんだそれ、チートかよ。」
「“まぁ、それくらいのボーナスはあげてもいいよねってみんなで決めたんだ。君には残酷な使命を背負わせる事になるんだから。”」
そう言って幼神は少し申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「そんな顔しないでくれ。これは俺が決めた事なんだから。」
フィオニスがそう言って無理やり笑みを作ると、幼神も苦く弱々しい笑みを浮かべた。
「“あぁ、そうだったね。よろしく頼むよ、衣弦くん。”」
「さて、そろそろ顕現しますかね。くれぐれも、登場は派手に演出してくれよ?」
ニヤリとフィオニスが笑うと、幼神もニヤリとイタズラっぽく笑った。
「”あぁ、任せてくれ。この世のありとあらゆる絶望を凝縮した、おどろおどろしい演出をしてあげよう。“」
「いや、そこまではいいよ。」
そう言ってフィオニスは足元に空いた暗い穴へと飛び込んだ。
1
お気に入りに追加
57
あなたにおすすめの小説
エレベーターで一緒になった男の子がやけにモジモジしているので
こじらせた処女
BL
大学生になり、一人暮らしを始めた荒井は、今日も今日とて買い物を済ませて、下宿先のエレベーターを待っていた。そこに偶然居合わせた中学生になりたての男の子。やけにソワソワしていて、我慢しているというのは明白だった。
とてつもなく短いエレベーターの移動時間に繰り広げられる、激しいおしっこダンス。果たして彼は間に合うのだろうか…
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
勇者の股間触ったらエライことになった
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
勇者さんが町にやってきた。
町の人は道の両脇で壁を作って、通り過ぎる勇者さんに手を振っていた。
オレは何となく勇者さんの股間を触ってみたんだけど、なんかヤバイことになっちゃったみたい。
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
ロウとレイのプレイ日記
黒弧 追兎
BL
研究者でドSのロウ
×
冒険者で自覚のないMよりのレイ
道具の研究をしているロウがレイをどろどろに蕩かす為に差し出した道具を恋人という側面もあって断れず結局ロウの思うがままに蕩かされて快楽漬けになっちゃうレイのエロしかないお話です。
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる