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カロクはサイラスに連れられて、王宮の一室へと向かった。騎士の詰所にほど近いその部屋はどうやら執務室のようで、必要なものが最低限だけ置いてある簡素な部屋だった。
カロクは促されるまま、来客用のソファーへ腰を下ろす。
「ありがとうございます、サイラス様。」
緩く笑みを浮かべて、カロクが言う。
カロクはサイラスが自分を助けるために声をかけてくれたのだと気づいていた。なぜならオーヴァンは今日、市内へ視察に赴いていると知っていたからだ。
そのせいで茶会に同席できないと、食事の席で愚痴を言っていた。
「気にするな。ヴァリス家と仲良くされるよりは余程いいからな。」
サイラスが返す。
「仲良くするつもりはないんですけどね。」
そう言ってカロクは苦笑した。
「長い間家族以外の人と話をしていなかったせいで、何を話せばいいのか分からないのです。今の流行りも分かりませんし‥。」
「あれから外に出てないのか?」
サイラスの言葉に、カロクは眉を下げた微笑でもって肯定した。
「私が普通の生活を送れないという事は分かっているんです。だからいっその事、誰も立ち入らない深い森か何かで、1人ひっそりと暮らす方が余程いい。」
その言葉に、サイラスの眉間に僅かにシワが寄った。
「家族仲は悪くないと聞いたが。」
「それはもちろん。父も兄も良くしてくれます。ですが、私は何かを選べる立場ではありませんので。」
そう言ってカロクが笑みを作れば、サイラスはわざとらしくため息をついた。
「お前は変わらんな。もう少し我儘になってもいいと思うぞ?」
サイラスはそう言ってカロクの頭にポンと手を置いた。そのまま無造作に髪をかき混ぜれば、パチリとカロクのまつ毛がはためいた。
「‥‥ふふ、サイラス様もお変わりありませんね。」
フワリと笑みを広げてカロクが笑えば、今度はサイラスが軽く目を開いた。茶会で見た貼り付けたような笑顔。ある意味完璧な笑みだったが、こうして見比べれば温度がまるで違う事が分かる。
その笑みにつられるように、フッとサイラスの目尻が和らいだ。
「どうせもう戻らないだろう? シリル達に伝えてくるから、お前はもう少しここでゆっくりしていくといい。」
「ありがたいですが、ここはー‥?」
カロクが問うよう続ける。
「あぁ、ここは俺の執務室だ。許可がなければ誰も入ってこないから安心していい。」
サイラスの言葉に、カロクは思わず執務室を見渡した。必要なものが必要最低限しか置いてないその部屋は、どこか殺風景で冷たく見える。
サイラスはぶっきらぼうだが、常にカロクには優しく接してくれていた。そんなサイラスの執務室だと言われても、カロクにはピンと来なかった。
「直ぐに戻るから大人しくしてろよ。」
そう言ってサイラスはカロクの頭をひと撫ですると、部屋を出ていった。
パタン、と閉まる扉を見守るとカロクは背もたれに深く身を預けた。軽く目を閉じ、サイラスの白い騎士服姿を反芻する。
「かっこよかったな‥。」
ポツリとカロクが呟く。
久しぶりに会ったサイラスは、父と同年だとは思えぬ程に昔のままで、カロクの鼓動を跳ねさせた。
カロクは撫でられた髪の毛先を軽くつまむ。昔はその指先がただただ嬉しかった。だが今は、ジワリと嬉しさが広がると同時に、胸が落ち着かずソワソワする。カロクはその感情をなんと呼ぶか知っていた。
「‥‥ダメだってば。」
カロクは再度呟く。
欲しがってはいけない。カロクは昔からそう自重していた。
サイラスは我儘になってもいいと言った。実際、カロクが望めばなんでも与えられるだろう。
しかしそこに心が伴わなければ、ただ虚しいだけなのだとカロクは知っていた。
カロクは促されるまま、来客用のソファーへ腰を下ろす。
「ありがとうございます、サイラス様。」
緩く笑みを浮かべて、カロクが言う。
カロクはサイラスが自分を助けるために声をかけてくれたのだと気づいていた。なぜならオーヴァンは今日、市内へ視察に赴いていると知っていたからだ。
そのせいで茶会に同席できないと、食事の席で愚痴を言っていた。
「気にするな。ヴァリス家と仲良くされるよりは余程いいからな。」
サイラスが返す。
「仲良くするつもりはないんですけどね。」
そう言ってカロクは苦笑した。
「長い間家族以外の人と話をしていなかったせいで、何を話せばいいのか分からないのです。今の流行りも分かりませんし‥。」
「あれから外に出てないのか?」
サイラスの言葉に、カロクは眉を下げた微笑でもって肯定した。
「私が普通の生活を送れないという事は分かっているんです。だからいっその事、誰も立ち入らない深い森か何かで、1人ひっそりと暮らす方が余程いい。」
その言葉に、サイラスの眉間に僅かにシワが寄った。
「家族仲は悪くないと聞いたが。」
「それはもちろん。父も兄も良くしてくれます。ですが、私は何かを選べる立場ではありませんので。」
そう言ってカロクが笑みを作れば、サイラスはわざとらしくため息をついた。
「お前は変わらんな。もう少し我儘になってもいいと思うぞ?」
サイラスはそう言ってカロクの頭にポンと手を置いた。そのまま無造作に髪をかき混ぜれば、パチリとカロクのまつ毛がはためいた。
「‥‥ふふ、サイラス様もお変わりありませんね。」
フワリと笑みを広げてカロクが笑えば、今度はサイラスが軽く目を開いた。茶会で見た貼り付けたような笑顔。ある意味完璧な笑みだったが、こうして見比べれば温度がまるで違う事が分かる。
その笑みにつられるように、フッとサイラスの目尻が和らいだ。
「どうせもう戻らないだろう? シリル達に伝えてくるから、お前はもう少しここでゆっくりしていくといい。」
「ありがたいですが、ここはー‥?」
カロクが問うよう続ける。
「あぁ、ここは俺の執務室だ。許可がなければ誰も入ってこないから安心していい。」
サイラスの言葉に、カロクは思わず執務室を見渡した。必要なものが必要最低限しか置いてないその部屋は、どこか殺風景で冷たく見える。
サイラスはぶっきらぼうだが、常にカロクには優しく接してくれていた。そんなサイラスの執務室だと言われても、カロクにはピンと来なかった。
「直ぐに戻るから大人しくしてろよ。」
そう言ってサイラスはカロクの頭をひと撫ですると、部屋を出ていった。
パタン、と閉まる扉を見守るとカロクは背もたれに深く身を預けた。軽く目を閉じ、サイラスの白い騎士服姿を反芻する。
「かっこよかったな‥。」
ポツリとカロクが呟く。
久しぶりに会ったサイラスは、父と同年だとは思えぬ程に昔のままで、カロクの鼓動を跳ねさせた。
カロクは撫でられた髪の毛先を軽くつまむ。昔はその指先がただただ嬉しかった。だが今は、ジワリと嬉しさが広がると同時に、胸が落ち着かずソワソワする。カロクはその感情をなんと呼ぶか知っていた。
「‥‥ダメだってば。」
カロクは再度呟く。
欲しがってはいけない。カロクは昔からそう自重していた。
サイラスは我儘になってもいいと言った。実際、カロクが望めばなんでも与えられるだろう。
しかしそこに心が伴わなければ、ただ虚しいだけなのだとカロクは知っていた。
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