58 / 82
58
しおりを挟む
カロクはサイラスに連れられて、王宮の一室へと向かった。騎士の詰所にほど近いその部屋はどうやら執務室のようで、必要なものが最低限だけ置いてある簡素な部屋だった。
カロクは促されるまま、来客用のソファーへ腰を下ろす。
「ありがとうございます、サイラス様。」
緩く笑みを浮かべて、カロクが言う。
カロクはサイラスが自分を助けるために声をかけてくれたのだと気づいていた。なぜならオーヴァンは今日、市内へ視察に赴いていると知っていたからだ。
そのせいで茶会に同席できないと、食事の席で愚痴を言っていた。
「気にするな。ヴァリス家と仲良くされるよりは余程いいからな。」
サイラスが返す。
「仲良くするつもりはないんですけどね。」
そう言ってカロクは苦笑した。
「長い間家族以外の人と話をしていなかったせいで、何を話せばいいのか分からないのです。今の流行りも分かりませんし‥。」
「あれから外に出てないのか?」
サイラスの言葉に、カロクは眉を下げた微笑でもって肯定した。
「私が普通の生活を送れないという事は分かっているんです。だからいっその事、誰も立ち入らない深い森か何かで、1人ひっそりと暮らす方が余程いい。」
その言葉に、サイラスの眉間に僅かにシワが寄った。
「家族仲は悪くないと聞いたが。」
「それはもちろん。父も兄も良くしてくれます。ですが、私は何かを選べる立場ではありませんので。」
そう言ってカロクが笑みを作れば、サイラスはわざとらしくため息をついた。
「お前は変わらんな。もう少し我儘になってもいいと思うぞ?」
サイラスはそう言ってカロクの頭にポンと手を置いた。そのまま無造作に髪をかき混ぜれば、パチリとカロクのまつ毛がはためいた。
「‥‥ふふ、サイラス様もお変わりありませんね。」
フワリと笑みを広げてカロクが笑えば、今度はサイラスが軽く目を開いた。茶会で見た貼り付けたような笑顔。ある意味完璧な笑みだったが、こうして見比べれば温度がまるで違う事が分かる。
その笑みにつられるように、フッとサイラスの目尻が和らいだ。
「どうせもう戻らないだろう? シリル達に伝えてくるから、お前はもう少しここでゆっくりしていくといい。」
「ありがたいですが、ここはー‥?」
カロクが問うよう続ける。
「あぁ、ここは俺の執務室だ。許可がなければ誰も入ってこないから安心していい。」
サイラスの言葉に、カロクは思わず執務室を見渡した。必要なものが必要最低限しか置いてないその部屋は、どこか殺風景で冷たく見える。
サイラスはぶっきらぼうだが、常にカロクには優しく接してくれていた。そんなサイラスの執務室だと言われても、カロクにはピンと来なかった。
「直ぐに戻るから大人しくしてろよ。」
そう言ってサイラスはカロクの頭をひと撫ですると、部屋を出ていった。
パタン、と閉まる扉を見守るとカロクは背もたれに深く身を預けた。軽く目を閉じ、サイラスの白い騎士服姿を反芻する。
「かっこよかったな‥。」
ポツリとカロクが呟く。
久しぶりに会ったサイラスは、父と同年だとは思えぬ程に昔のままで、カロクの鼓動を跳ねさせた。
カロクは撫でられた髪の毛先を軽くつまむ。昔はその指先がただただ嬉しかった。だが今は、ジワリと嬉しさが広がると同時に、胸が落ち着かずソワソワする。カロクはその感情をなんと呼ぶか知っていた。
「‥‥ダメだってば。」
カロクは再度呟く。
欲しがってはいけない。カロクは昔からそう自重していた。
サイラスは我儘になってもいいと言った。実際、カロクが望めばなんでも与えられるだろう。
しかしそこに心が伴わなければ、ただ虚しいだけなのだとカロクは知っていた。
カロクは促されるまま、来客用のソファーへ腰を下ろす。
「ありがとうございます、サイラス様。」
緩く笑みを浮かべて、カロクが言う。
カロクはサイラスが自分を助けるために声をかけてくれたのだと気づいていた。なぜならオーヴァンは今日、市内へ視察に赴いていると知っていたからだ。
そのせいで茶会に同席できないと、食事の席で愚痴を言っていた。
「気にするな。ヴァリス家と仲良くされるよりは余程いいからな。」
サイラスが返す。
「仲良くするつもりはないんですけどね。」
そう言ってカロクは苦笑した。
「長い間家族以外の人と話をしていなかったせいで、何を話せばいいのか分からないのです。今の流行りも分かりませんし‥。」
「あれから外に出てないのか?」
サイラスの言葉に、カロクは眉を下げた微笑でもって肯定した。
「私が普通の生活を送れないという事は分かっているんです。だからいっその事、誰も立ち入らない深い森か何かで、1人ひっそりと暮らす方が余程いい。」
その言葉に、サイラスの眉間に僅かにシワが寄った。
「家族仲は悪くないと聞いたが。」
「それはもちろん。父も兄も良くしてくれます。ですが、私は何かを選べる立場ではありませんので。」
そう言ってカロクが笑みを作れば、サイラスはわざとらしくため息をついた。
「お前は変わらんな。もう少し我儘になってもいいと思うぞ?」
サイラスはそう言ってカロクの頭にポンと手を置いた。そのまま無造作に髪をかき混ぜれば、パチリとカロクのまつ毛がはためいた。
「‥‥ふふ、サイラス様もお変わりありませんね。」
フワリと笑みを広げてカロクが笑えば、今度はサイラスが軽く目を開いた。茶会で見た貼り付けたような笑顔。ある意味完璧な笑みだったが、こうして見比べれば温度がまるで違う事が分かる。
その笑みにつられるように、フッとサイラスの目尻が和らいだ。
「どうせもう戻らないだろう? シリル達に伝えてくるから、お前はもう少しここでゆっくりしていくといい。」
「ありがたいですが、ここはー‥?」
カロクが問うよう続ける。
「あぁ、ここは俺の執務室だ。許可がなければ誰も入ってこないから安心していい。」
サイラスの言葉に、カロクは思わず執務室を見渡した。必要なものが必要最低限しか置いてないその部屋は、どこか殺風景で冷たく見える。
サイラスはぶっきらぼうだが、常にカロクには優しく接してくれていた。そんなサイラスの執務室だと言われても、カロクにはピンと来なかった。
「直ぐに戻るから大人しくしてろよ。」
そう言ってサイラスはカロクの頭をひと撫ですると、部屋を出ていった。
パタン、と閉まる扉を見守るとカロクは背もたれに深く身を預けた。軽く目を閉じ、サイラスの白い騎士服姿を反芻する。
「かっこよかったな‥。」
ポツリとカロクが呟く。
久しぶりに会ったサイラスは、父と同年だとは思えぬ程に昔のままで、カロクの鼓動を跳ねさせた。
カロクは撫でられた髪の毛先を軽くつまむ。昔はその指先がただただ嬉しかった。だが今は、ジワリと嬉しさが広がると同時に、胸が落ち着かずソワソワする。カロクはその感情をなんと呼ぶか知っていた。
「‥‥ダメだってば。」
カロクは再度呟く。
欲しがってはいけない。カロクは昔からそう自重していた。
サイラスは我儘になってもいいと言った。実際、カロクが望めばなんでも与えられるだろう。
しかしそこに心が伴わなければ、ただ虚しいだけなのだとカロクは知っていた。
22
お気に入りに追加
197
あなたにおすすめの小説


性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい
翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。
それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん?
「え、俺何か、犬になってない?」
豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。
※どんどん年齢は上がっていきます。
※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

王道学園なのに、王道じゃない!!
主食は、blです。
BL
今作品の主人公、レイは6歳の時に自身の前世が、陰キャの腐男子だったことを思い出す。
レイは、自身のいる世界が前世、ハマりにハマっていた『転校生は愛され優等生.ᐟ.ᐟ』の世界だと気付き、腐男子として、美形×転校生のBのLを見て楽しもうと思っていたが…

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる