30 / 82
30
しおりを挟む
屋敷へ戻るカロクの背中を見送ってから、サイラスはオーヴァンの執務室へと向かった。事前に訪問の連絡などは入れていない。だがサイラスは、無遠慮に執務室の扉を開いた。
「来るなら連絡をしろといつも言っているだろう。」
サイラスが着いた時点で連絡を貰っていたのか、オーヴァンは軽くため息を吐いてサイラスを出迎えた。
「そんな事よりもオーヴァン。お前は一体何をしているんだ?」
サイラスの問いかけに、オーヴァンは首を傾げる。
「仕事だが?」
「そういうことではない。お前にもう1人子供がいるなど、初めて知ったぞ。」
サイラスがそう言うと、オーヴァンの眉間に皺が寄った。
「‥‥会ったのか?あの子に。」
オーヴァンは逃げるように書類へと視線を落とす。それを咎めるように、サイラスは詰め寄った。
「あの子に何をしたんだ? 子供らしい仕草も笑顔もなく、体も明らかに痩せすぎではないか。」
続く言葉にオーヴァンの表情は徐々に険しくなる。だがそれは嫌悪というよりは、後悔。
そんなオーヴァンの様子に気付きながらも、サイラスは厳しい視線をオーヴァンへと注ぐ。するとオーヴァンの唇が微かに動いた。
「‥も。」
ほとんど音にならなかったそれに、サイラスは眉間の皺を深くする。
「‥何も。何もしてこなかったのだ。」
「どういうことだ?」
オーヴァンはサイラスの視線から逃れる様にペンを起き、顔を伏せる。
「言葉通りの意味だ。最低限の金と、たった一人の乳母をつけて別邸へと捨てた。」
「‥‥。」
「レティシアの命を奪ったあの子が憎かったのだ。どうしても、許せなかった。」
罪の告白のように、オーヴァンは言う。
後悔はしているのだろう。だが、犯した罪は消えない。サイラスは、いかにオーヴァンがレティシアを愛していたのかを知っている。だがそれでも、生まれたばかりの赤子にあたるのは間違っている。
「あの子のせいではないと、分かっているのだ。原因の一端は私にもあるのだと、分かってはいるのだ。
だが、心がそれを否定した。頭が理解することを拒んだ。割り切れなかったのだ。何かのせいにしなければ‥。あの子のせいにしなければ、私は私を保てなかったんだ‥。」
サイラスはそれを黙って聞いた。
オーヴァンの気持ちも分からなくはない。だが、そのせいでカロクは人よりも魔族へと心を寄せている。このまま放置すれば、未曽有の危機が国を襲うことだろう。
カロクにその意思がないとしても。
オーヴァンはのろのろと顔を上げ、暗く沈んだ瞳でサイラスを捉える。
「‥あの子に会ったのなら、気づいただろう?」
その言葉に、サイラスは片眉を跳ね上げた。
「オーヴァン、お前―‥」
「あぁ、気づいているとも。あの子が魔王の器である事くらい。」
オーヴァンは1度目を伏せ、深く息を吐いた。
「あの子をどうするつもりだ?」
サイラスが問う。
するとオーヴァンは吐き捨てるように自嘲する。
「今更私に何が出来ると?」
オーヴァンは続ける。
「あの子を別邸に捨てた私に、今更何が出来ると言うんだ? その存在すらも忘れていたこの私に。」
「オーヴァン。」
「あの子がレティシアの生き写しだと気づいて、初めて後悔を感じたような男だぞ? 今更何をー‥」
そう言ってオーヴァンは顔を伏せる。
「‥望むものを与え、その力に目を伏せる。私にはもう、そんな事しか出来ることがないのだよ。」
そう言ってオーヴァンは、力なく笑った。
「それで‥?」
オーヴァンがのろのろと口を開く。
「サイラス、お前はあの子をどうするつもりだ‥?」
僅かに視線を上げ、オーヴァンが問う。
その目はどろりと淀み、鈍く怪しげな光を湛えてた。
「正直決めかねている。」
そう言ってサイラスは視線を逸らす。
「あの子はすでに4体の魔族を従えている。魔族だけを遠ざけられればいいが、抵抗するだろうな。」
「‥‥。」
「それに4体の魔族を相手にするとなると、ここら一体も無事では済むまい。俺も、腕の1本や2本は覚悟しなけりゃならんだろうな。
さらにその4体を祓えたとしても、新たな魔族があの子につかないとも限らない。」
「‥器の情報は、限られているからな。」
サイラスの言葉に、オーヴァンはスッと目を細くした。
「幸いなのは、素直そうなその性格だろう。俺の傷を大層心配していた。」
その言葉に、オーヴァンの肩がビクリと揺れた。
オーヴァンは知らなかったのだ。カロクのその性格を。何を好み、何を厭うのか。食べ物の好みですらも。
サイラスはそんなオーヴァンの様子に気づきつつも続ける。
「ただ、魔族と引き離すことは難しいだろう。すでに心は人よりも魔族へと向かっている。
魔王へ堕ちるつもりはないと言っていたが、このまま人から心が離れすぎれば、危険だろうな。」
サイラスの言葉に、オーヴァンは表情を険しくした。
「国への報告は保留にしよう。あの子と約束をしたからな。だが、長くは待てん。あの子は、すでに脅威だ。」
続く言葉に、オーヴァンはグッと奥歯を噛んだ。そんなオーヴァンに、サイラスは距離を詰めて言う。
「‥あの子を手懐けろ。さもなくば、俺があの子を殺す事になるぞ。」
その言葉が、ズシリと重くオーヴァンにのしかかるのだった。
「来るなら連絡をしろといつも言っているだろう。」
サイラスが着いた時点で連絡を貰っていたのか、オーヴァンは軽くため息を吐いてサイラスを出迎えた。
「そんな事よりもオーヴァン。お前は一体何をしているんだ?」
サイラスの問いかけに、オーヴァンは首を傾げる。
「仕事だが?」
「そういうことではない。お前にもう1人子供がいるなど、初めて知ったぞ。」
サイラスがそう言うと、オーヴァンの眉間に皺が寄った。
「‥‥会ったのか?あの子に。」
オーヴァンは逃げるように書類へと視線を落とす。それを咎めるように、サイラスは詰め寄った。
「あの子に何をしたんだ? 子供らしい仕草も笑顔もなく、体も明らかに痩せすぎではないか。」
続く言葉にオーヴァンの表情は徐々に険しくなる。だがそれは嫌悪というよりは、後悔。
そんなオーヴァンの様子に気付きながらも、サイラスは厳しい視線をオーヴァンへと注ぐ。するとオーヴァンの唇が微かに動いた。
「‥も。」
ほとんど音にならなかったそれに、サイラスは眉間の皺を深くする。
「‥何も。何もしてこなかったのだ。」
「どういうことだ?」
オーヴァンはサイラスの視線から逃れる様にペンを起き、顔を伏せる。
「言葉通りの意味だ。最低限の金と、たった一人の乳母をつけて別邸へと捨てた。」
「‥‥。」
「レティシアの命を奪ったあの子が憎かったのだ。どうしても、許せなかった。」
罪の告白のように、オーヴァンは言う。
後悔はしているのだろう。だが、犯した罪は消えない。サイラスは、いかにオーヴァンがレティシアを愛していたのかを知っている。だがそれでも、生まれたばかりの赤子にあたるのは間違っている。
「あの子のせいではないと、分かっているのだ。原因の一端は私にもあるのだと、分かってはいるのだ。
だが、心がそれを否定した。頭が理解することを拒んだ。割り切れなかったのだ。何かのせいにしなければ‥。あの子のせいにしなければ、私は私を保てなかったんだ‥。」
サイラスはそれを黙って聞いた。
オーヴァンの気持ちも分からなくはない。だが、そのせいでカロクは人よりも魔族へと心を寄せている。このまま放置すれば、未曽有の危機が国を襲うことだろう。
カロクにその意思がないとしても。
オーヴァンはのろのろと顔を上げ、暗く沈んだ瞳でサイラスを捉える。
「‥あの子に会ったのなら、気づいただろう?」
その言葉に、サイラスは片眉を跳ね上げた。
「オーヴァン、お前―‥」
「あぁ、気づいているとも。あの子が魔王の器である事くらい。」
オーヴァンは1度目を伏せ、深く息を吐いた。
「あの子をどうするつもりだ?」
サイラスが問う。
するとオーヴァンは吐き捨てるように自嘲する。
「今更私に何が出来ると?」
オーヴァンは続ける。
「あの子を別邸に捨てた私に、今更何が出来ると言うんだ? その存在すらも忘れていたこの私に。」
「オーヴァン。」
「あの子がレティシアの生き写しだと気づいて、初めて後悔を感じたような男だぞ? 今更何をー‥」
そう言ってオーヴァンは顔を伏せる。
「‥望むものを与え、その力に目を伏せる。私にはもう、そんな事しか出来ることがないのだよ。」
そう言ってオーヴァンは、力なく笑った。
「それで‥?」
オーヴァンがのろのろと口を開く。
「サイラス、お前はあの子をどうするつもりだ‥?」
僅かに視線を上げ、オーヴァンが問う。
その目はどろりと淀み、鈍く怪しげな光を湛えてた。
「正直決めかねている。」
そう言ってサイラスは視線を逸らす。
「あの子はすでに4体の魔族を従えている。魔族だけを遠ざけられればいいが、抵抗するだろうな。」
「‥‥。」
「それに4体の魔族を相手にするとなると、ここら一体も無事では済むまい。俺も、腕の1本や2本は覚悟しなけりゃならんだろうな。
さらにその4体を祓えたとしても、新たな魔族があの子につかないとも限らない。」
「‥器の情報は、限られているからな。」
サイラスの言葉に、オーヴァンはスッと目を細くした。
「幸いなのは、素直そうなその性格だろう。俺の傷を大層心配していた。」
その言葉に、オーヴァンの肩がビクリと揺れた。
オーヴァンは知らなかったのだ。カロクのその性格を。何を好み、何を厭うのか。食べ物の好みですらも。
サイラスはそんなオーヴァンの様子に気づきつつも続ける。
「ただ、魔族と引き離すことは難しいだろう。すでに心は人よりも魔族へと向かっている。
魔王へ堕ちるつもりはないと言っていたが、このまま人から心が離れすぎれば、危険だろうな。」
サイラスの言葉に、オーヴァンは表情を険しくした。
「国への報告は保留にしよう。あの子と約束をしたからな。だが、長くは待てん。あの子は、すでに脅威だ。」
続く言葉に、オーヴァンはグッと奥歯を噛んだ。そんなオーヴァンに、サイラスは距離を詰めて言う。
「‥あの子を手懐けろ。さもなくば、俺があの子を殺す事になるぞ。」
その言葉が、ズシリと重くオーヴァンにのしかかるのだった。
32
お気に入りに追加
197
あなたにおすすめの小説

王道学園なのに、王道じゃない!!
主食は、blです。
BL
今作品の主人公、レイは6歳の時に自身の前世が、陰キャの腐男子だったことを思い出す。
レイは、自身のいる世界が前世、ハマりにハマっていた『転校生は愛され優等生.ᐟ.ᐟ』の世界だと気付き、腐男子として、美形×転校生のBのLを見て楽しもうと思っていたが…

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。



【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。
桜月夜
BL
前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。
思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。
主人公の兄になったなんて知らない
さつき
BL
レインは知らない弟があるゲームの主人公だったという事を
レインは知らないゲームでは自分が登場しなかった事を
レインは知らない自分が神に愛されている事を
表紙イラストは マサキさんの「キミの世界メーカー」で作成してお借りしています⬇ https://picrew.me/image_maker/54346
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる