この世界と引き換えに愛を乞う

seto

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屋敷へ戻るカロクの背中を見送ってから、サイラスはオーヴァンの執務室へと向かった。事前に訪問の連絡などは入れていない。だがサイラスは、無遠慮に執務室の扉を開いた。

「来るなら連絡をしろといつも言っているだろう。」

サイラスが着いた時点で連絡を貰っていたのか、オーヴァンは軽くため息を吐いてサイラスを出迎えた。

「そんな事よりもオーヴァン。お前は一体何をしているんだ?」

サイラスの問いかけに、オーヴァンは首を傾げる。

「仕事だが?」
「そういうことではない。お前にもう1人子供がいるなど、初めて知ったぞ。」

サイラスがそう言うと、オーヴァンの眉間に皺が寄った。

「‥‥会ったのか?あの子に。」

オーヴァンは逃げるように書類へと視線を落とす。それを咎めるように、サイラスは詰め寄った。

「あの子に何をしたんだ? 子供らしい仕草も笑顔もなく、体も明らかに痩せすぎではないか。」

続く言葉にオーヴァンの表情は徐々に険しくなる。だがそれは嫌悪というよりは、後悔。
そんなオーヴァンの様子に気付きながらも、サイラスは厳しい視線をオーヴァンへと注ぐ。するとオーヴァンの唇が微かに動いた。

「‥も。」

ほとんど音にならなかったそれに、サイラスは眉間の皺を深くする。

「‥何も。何もしてこなかったのだ。」
「どういうことだ?」

オーヴァンはサイラスの視線から逃れる様にペンを起き、顔を伏せる。

「言葉通りの意味だ。最低限の金と、たった一人の乳母をつけて別邸へと捨てた。」
「‥‥。」
「レティシアの命を奪ったあの子が憎かったのだ。どうしても、許せなかった。」

罪の告白のように、オーヴァンは言う。
後悔はしているのだろう。だが、犯した罪は消えない。サイラスは、いかにオーヴァンがレティシアを愛していたのかを知っている。だがそれでも、生まれたばかりの赤子にあたるのは間違っている。

「あの子のせいではないと、分かっているのだ。原因の一端は私にもあるのだと、分かってはいるのだ。
だが、心がそれを否定した。頭が理解することを拒んだ。割り切れなかったのだ。何かのせいにしなければ‥。あの子のせいにしなければ、私は私を保てなかったんだ‥。」

サイラスはそれを黙って聞いた。
オーヴァンの気持ちも分からなくはない。だが、そのせいでカロクは人よりも魔族へと心を寄せている。このまま放置すれば、未曽有の危機が国を襲うことだろう。
カロクにその意思がないとしても。

オーヴァンはのろのろと顔を上げ、暗く沈んだ瞳でサイラスを捉える。

「‥あの子に会ったのなら、気づいただろう?」

その言葉に、サイラスは片眉を跳ね上げた。

「オーヴァン、お前―‥」
「あぁ、気づいているとも。あの子が魔王の器である事くらい。」

オーヴァンは1度目を伏せ、深く息を吐いた。

「あの子をどうするつもりだ?」

サイラスが問う。
するとオーヴァンは吐き捨てるように自嘲する。

「今更私に何が出来ると?」

オーヴァンは続ける。

「あの子を別邸に捨てた私に、今更何が出来ると言うんだ? その存在すらも忘れていたこの私に。」
「オーヴァン。」
「あの子がレティシアの生き写しだと気づいて、初めて後悔を感じたような男だぞ? 今更何をー‥」

そう言ってオーヴァンは顔を伏せる。

「‥望むものを与え、その力に目を伏せる。私にはもう、そんな事しか出来ることがないのだよ。」

そう言ってオーヴァンは、力なく笑った。

「それで‥?」

オーヴァンがのろのろと口を開く。

「サイラス、お前はあの子をどうするつもりだ‥?」

僅かに視線を上げ、オーヴァンが問う。
その目はどろりと淀み、鈍く怪しげな光を湛えてた。

「正直決めかねている。」

そう言ってサイラスは視線を逸らす。

「あの子はすでに4体の魔族を従えている。魔族だけを遠ざけられればいいが、抵抗するだろうな。」
「‥‥。」
「それに4体の魔族を相手にするとなると、ここら一体も無事では済むまい。俺も、腕の1本や2本は覚悟しなけりゃならんだろうな。
さらにその4体を祓えたとしても、新たな魔族があの子につかないとも限らない。」
「‥器の情報は、限られているからな。」

サイラスの言葉に、オーヴァンはスッと目を細くした。

「幸いなのは、素直そうなその性格だろう。俺の傷を大層心配していた。」

その言葉に、オーヴァンの肩がビクリと揺れた。
オーヴァンは知らなかったのだ。カロクのその性格を。何を好み、何を厭うのか。食べ物の好みですらも。

サイラスはそんなオーヴァンの様子に気づきつつも続ける。

「ただ、魔族と引き離すことは難しいだろう。すでに心は人よりも魔族へと向かっている。
魔王へ堕ちるつもりはないと言っていたが、このまま人から心が離れすぎれば、危険だろうな。」

サイラスの言葉に、オーヴァンは表情を険しくした。

「国への報告は保留にしよう。あの子と約束をしたからな。だが、長くは待てん。あの子は、すでに脅威だ。」

続く言葉に、オーヴァンはグッと奥歯を噛んだ。そんなオーヴァンに、サイラスは距離を詰めて言う。

「‥あの子を手懐けろ。さもなくば、俺があの子を殺す事になるぞ。」

その言葉が、ズシリと重くオーヴァンにのしかかるのだった。
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