この世界と引き換えに愛を乞う

6

翌朝。
体の痛みは全身へと広がっていた。

「‥ぃ、つ。」

全身が筋肉痛のようだ。
カロクはその重い体を何とか持ち上げる。外へと視線を流せば、まだ朝の早い時間だと分かる。

乳母は昼の遅い時間にしか訪れない。一応、その気配がないか確認してから、朝の日課であるチェストを開ける。

「‥‥。」

中に、おやつはない。
昨日ローレンスは来られなかったようだ。
少しの落胆が胸を過ぎるが、逆に良かったのかもしれないとカロクは思う。
執事という職業柄、彼は酷く察しがいい。カロクの異変にも直ぐに気がついてしまう事だろう。

だが侯爵に進言した所でどうなるか。逆に離れへ通っている事がバレてしまう。叱責されるだけで済めばいいが、最悪解雇ということも有り得る。それでもし解雇にでもさせられたら、カロクは心の支えを失ってしまう。


カロクはクローゼットの奥に隠してあるおやつを取り出すと、朝ごはん代わりにそれを食べた。

ローレンスが持ってきてくれたおやつは、小分けにして部屋の至る所に隠してあるのだ。食事を貰えなかった日は、こうしてこのおやつで飢えを凌いでいる。
もちろん見つかれば取り上げられるだろうが、乳母は部屋の掃除などしないので見つかる心配はない。

1枚のクッキーで空腹を紛らわせると、カロクは前世の記憶を整理する。
思い出したのは日本で生きてきた女性の記憶。そしてその時の妹がハマっていた乙女ゲームの内容だ。
タイトルは‥、思い出せない。
だが、妹の推しだと言うキャラについては散々聞かされたから覚えている。

『カロク=エインズワース』

乙女ゲームの攻略対象の1人で、お色気担当。

カロクはエインズワース侯爵家の三男で、不遇な幼少期を過ごす少年。
ところが8歳を迎えたある日。唯一の世話人である乳母にイタズラされてしまう。
しかし今まで関心すら向けられてこなかったカロクは、それが愛なのだと錯覚してしまう。乳母との爛れた生活は、カロクが精通するまで続けられるという。

その後、乳母と通じている事が明らかになると監視の為、カロクは本邸へと移される。しかし亡き侯爵夫人によく似たカロクはそれはそれは麗しい青年へと成長していく。それこそ、老若男女問わず篭絡出来てしてしまう程に。

使用人を連れ込んでは欲に耽る日々。
その度に使用人は解雇されるが、結局新しく入ってきた使用人が、その色香に惑わされる事になる。
しかしそれを諌めるものは居ない。
父である侯爵は相変わらずカロクに関心はなく、兄達からは嫌悪される。
カロクはそんな悲しい生い立ちの“お色気枠“なのだそう。

だがそんなカロクには秘密があった。