竜王の花嫁

桜月雪兎

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第一章

19・5、初めての

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 ルイは最初の予定通り竜王城に待機していた。だがルイにとってはつまらないものだ。いつも見ているアリシアがいない。大好きな姉も兄もいない、こんな場所に一人で何をすればいいのかルイにはわからなかった。
 それ以上にルイはアリシアのことが心配だった。ルイ自身は分からないが姉弟が暗い顔をしていた。それだけでルイにもわかる、最低なことが起きるだろうというのが。
(花嫁様には幸せになってほしいなぁ、だって俺のことを普通に接してくれる優しい人なんだから)
 ルイは初めてアリシアと話したことを思い出した。

 ***

 それはカイが報告のために竜王城におらず、リンも別事でアリシアの側にいなかった時のことだ。
 ルイは運悪く近衛隊員に見つかり、逃げていた。その左手は切りつけられて怪我をしていた。
 ルイは何も考えずに手あたり次第の部屋に入り込もうととしたが何処も鍵がかかっていた。唯一開いた部屋に入るとそこはアリシアの自室だった。
 ルイはそれを見て愕然とした。監視対象であるアリシアに存在を知られた。それ以上に自分のような覆面をした怪しい人物をかくまうはずがない。近衛隊員はすぐそこまで来ている。ましてや大事な竜王の花嫁の自室だ。すぐにでも処罰されるだろう。ルイは諦めるしかなかった。
 アリシアはいきなり入ってきた覆面のルイをじっと見ていた。いきなりリリアたちアリシア付きの侍女やルドワードがつけた護衛のスカルディアやアルシード、ジャックス以外の人物が入ってきたのだ。
 もちろん最初は怖かった。だが怖さが継続しなかった。それはルイの方がそわそわして落ち着きがなく、諦めたような雰囲気をしていたからだ。
 それでアリシアは何となくルイが悪い人物ではない感じがした。そうしていると複数の足音が聞こえた。その足取りは速足で何かを追っているような、探してるような感じがした。
 アリシアはそれがルイであると分かり、そのままルイの手を引いた。
「え?」
「こちらに、ベッドの下に入ってください」
「でも」
「早く、人が来ます」
 ルイはアリシアに言われるままにベッドの下に隠れた。
 ルイが隠れたのを確認してアリシアはベッド近くの椅子に腰を掛けて、そばに置いておいた本を開いた。するとノックがした。
「はい?どうぞ」
「失礼します、アリシア様」
 アリシアが許可を出すとそこにはジャックスをはじめとした数人の近衛隊員がいた。全員がアリシアと面識のある人物だった。
「どうかされたんですか?隊長さん」
「いえ、不審者を確認しましてこちらに来ませんでしたか?」
「いいえ、リリアたちも用事でいなくて一人本を読んでいました」
「そう、ですか」
「はい」
 ジャックスはアリシア以外の気配を感じたがアリシアが落ち着きながらも何も言わないのでそれ以上言及できなかった。
 気配の出どころであるベッドの方を見ていたがアリシアの許可がない為何もできない。ジャックスはため息をつきながら唯一できる事を進言した。
「分かりました、何かあればお呼びください」
「はい……隊長さん」
「どうかされましたか?」
「ありがとうございます」
「いえ、本当に何かあればすぐ呼んでくださいよ」
「はい」
 アリシアはジャックスが気付いているのを分かっていながら不問にしたのだ。ジャックスもアリシアが気付いている上でのことならなおさら言えなかった。それでも自分を信じているからそうするのだと分かったので苦笑するしかなかった。
 近衛隊員がいなくなったことでやっとルイはベッドの下から出てきた。本当は感謝する場所であることはルイ自身もわかっていたがそれ以上に疑問が強くて尋ねた。
「何でかばったんだ?」
「はい?」
「花嫁様には俺を庇う理由はないはずだ」
「そうですね、ほっとけなかったからですかね」
「え?」
「知り合いに似ている気がしたんです。だからほっとけなかったんです」
「それだけ?」
「はい」
 ルイは驚いた。知り合いに似ている。たったそれだけで不審者の自分を助けてくれたのだ。ルイは今度こそ礼を述べた。
「ありがとう」
「いいえ」
 アリシアは何でもないことのように答えた。
 ルイはこの後どうすればいいかわからず視線をさまよわせているとアリシアが苦笑しながら話しかけた。
「ふふ、やはり一人は寂しいのでお茶に付き合ってくれませんか?」
「お茶?」
「はい、誰かが帰ってくる前まででいいので」
「ああ」
 ルイはアリシアのその望みを叶える事にした。自分を助けてくれた礼であり、もっとアリシアのことを知りたいと思ったのだ。アリシアは棚からティーセットとクッキーを出した。
 ルイはアリシアが入れてくれたお茶やクッキーを口にして驚いた。美味しかったのだ。いままでまともなものを口にしたことがなかったルイでもそれが美味しいと分かった。
「美味しい」
「ふふ、私もこのクッキー好きなんです」
「そうなの?」
「はい、これはマリアが焼いてくれたクッキーなんですよ。マリアと言うのは私の側にいてくれる人たちの中で一番若い子なんです」
「へぇ~~」
 そんな他愛のない話を二人はしていた。ルイは初めてだった。こんな風に楽しく話をしたのは。楽しい時間が早く過ぎるというのもルイにとっては初めての経験だった。
 アリシアの部屋に向かってくる気配がしたのだ。
「っっ!」
「どうやら時間のようですね」
「ごめん」
「いえ、楽しかったです」
「俺も」
 ルイは寂しくなった。こんな風に話をすることはもうないのだと思ったからだ。
 アリシアはルイの左手を取ってその怪我にハンカチを巻いた。いまだに血がうっすらとにじんでいるその手に。
「花嫁様?」
「怪我、ちゃんと治してください」
「うん」
「また、こんな風に誰もいない時がありましたらお話しましょう」
「え?」
「約束ですよ」
「うん、約束だ」
 ルイは嬉しそうにほほ笑んでそのまま天井に入っていった。それをアリシアは苦笑しながら見ていた。ルイがいなくなると入ってきたのはジャックスだった。今度は一人で。
「帰ったのですか?」
「はい、見逃していただいてありがとうございます」
「分かっていましたね」
「はい」
 ジャックスは苦笑した。アリシアに何かあればすぐにでも取り押さえようと実はずっと扉の前にいたのだ。向かって来ていたのはジャックスに用事があり来ていた近衛隊員だった。すでに用事はすんでおりその近衛隊員は戻っている。
「できれば御身を大事にしてください」
「はい、ですがなんだかほっとけませんで」
「害意はなさそうですが」
「はい、ですので」
「はぁ~~、分かりました。俺が護衛の時は目をつむりますよ」
「ありがとうございます」
 アリシアは嬉しそうに礼を述べた。そんな顔をされてはジャックスも強く言えない。実際アリシアはルイに害意がなく、訳ありそうなのを見抜いて受け入れたのだ。
 それがジャックスにもわかったので不問にしたのだ。
 そんなことがあったとは知らないルイはアリシアが一人でカイがいない時に一緒にお茶をするようになった。それを気配を消して、見守るジャックスは微笑ましいやら、困ったような不思議な気分になっていた。

 ***

 そんな多くの思い出を思い出してルイはある決意をした。
(やっぱ、助けよう。兄貴や姉ちゃんには悪いけど……花嫁様には幸せになってほしい、俺がどうなっても)
 ルイは自分が処罰されることを覚悟した。その覚悟が鈍らないようにあるハンカチを握った。それは初めてアリシアと出会った時につけてくれたハンカチだ。いまだにルイはそれを返せずにいた。それがルイに勇気をくれるから。
 ルイはリンやカイが話をしていた場所に向かうことにした。
(そういえば初めてだな、兄貴や姉ちゃんの言いつけ破ったの)
 ルイはふとそんなことを思いながら、でもアリシアを助ける覚悟を強く持って城下町に向かった。
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