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第一章
12、朝の団欒
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翌日、アリシアが目を覚ますより早くにルークたちはユーザリア大国へ向けて出発していた。
アリシアは別れを言えなかったことを少々残念に思った。
アリシアの準備が終わるころに数人の侍女が入ってきた。
「アリシア様、竜王様がお待ちです。朝食をご一緒されたいとの事で」
「はい、わかりました」
アリシアはリリアたちを伴って入ってきたドラグーンの侍女について行った。そこにはすでにアリシアの朝食も用意され、ルドワードが待っていた。その横にはスカルディアもいた。
「お待たせしました。ルド様、スカルディア様」
「大丈夫だ」
「ああ」
アリシアはルドワードに勧められるままにスカルディアの反対側に座した。
アリシアが座ったことにより食事が始まった。長い祈りの言葉があるわけではなく、ただ『いただきます』と小さく感謝の言葉を述べるだけのものだった。
食事が始まるとルドワードがアリシアに尋ねてきた。
「昨晩はよく眠れたか?」
「はい、とても快適でした」
「それはよかった。昨日も会っただろうがちゃんと紹介できなかったな。弟のスカルディアだ」
「スカルディア・グザル・ドラグーンだ」
「アリシア・ウィザルドです、スカルディア様」
「……スカルでいい。スカルディアは長い」
「はい、スカル様」
「ふん!」
ルドワードは嬉しく、微笑ましかった。あまり人に自分の愛称を言わせないスカルディアが自らそれを許したのだ。嬉しくないはずがない。
「シア、式が行われる日までゆっくりと出来ると思う。何かしたことはあるか?」
「したいことですか?」
「ああ、したいことがあるならしてもいい。護衛にはジャックスやアルシードを就けよう。そうだな、スカルでもいい」
「なっ!兄貴!!」
「スカルはこれでも腕はいい。俺としては弟と正妃が仲がいい方がいい」
「はい、私もスカル様と仲良くしたいです!」
「なっ!なっ!!」
スカルディアは開いた口がふさがらなかった。楽しそうに話している二人を見て思ったのはただ一つだ。
「この似たもの夫婦!どうしてそうなる!!」
「ん?」
「はい?」
「近衛隊長や副隊長が護衛に就くのは分かる!でもどうして俺が護衛になるんだ!!」
「ダメですか?」
「いや、だ、駄目じゃないが……」
スカルディアの訴えにアリシアが悲しそうな顔をし、スカルディアの勢いはそがれた。スカルディアも別にアリシアを泣かせたいわけではない。
いつもとは勝手が違うためスカルディアはどうしていいかわからず、ルドワードの方を見た。ルドワードはそれを面白そうに見ていた。
「兄貴、見てないでどうにかしてくれ!」
「スカルよ、自分でしたのだから責任は取らないとな」
「なっ」
「スカル様……私とお出かけはダメですか?」
「っっっっ!分かった!!分かった!!!駄目じゃないし、行きたいなら一緒に行くから泣くな」
「っ!はい!!」
「良かったな、シア」
「はい、ルド様!ありがとうございます、スカル様」
「ああ」
スカルディアは朝から疲れた。普段の食事でこんなやり取りをすることはない。ましてやルドワードと一緒に食事をとったのも久しぶりだったのだ。
義姉とのこれからを思って少しため息が出た。
「それでシア、本当にしたいことはないのか?まぁ、婚礼のドレスなどの仕立てもあるが時間はだいぶ取れるはずだぞ」
「はい、まずは竜王城を見て回りたいです。それで時間があれば町の方にも足を伸ばしてみたいです」
「そうか、いいと思うぞ」
「はい、スカル様。案内お願いしてもいいですか?」
「ああ……稽古が済んでからな」
「スカルの業務はしばらくシアの護衛にするか」
「あ、兄貴?!」
「義姉と仲良くなるいい機会だろ」
「……分かったよ」
スカルディアはルドワードの任を受け入れた。もちろん、婚儀を済ませれば正式にアリシアは正妃としてルドワードの嫁になるのだ。つまりスカルディアの義理の姉になる。兄弟仲が悪いのはあまり良くないし、スカルディア自身もそれは嫌なのでアリシアを見極める為にも受けた。
というよりどこかふわふわしていて危なっかしく思えたからだ。
食事が済むとアリシアが席を立とうした。ルドワードはそれを引き留めた。
「シア」
「はい?」
「ドラグーン側からもシアの侍女を用意している。ここのことを把握するにも必要だろ。この者たちがそうだ」
そういって二人の侍女が前に出てきた。
一人は濃いグレー色の髪や耳、尻尾をし、コバルトブルーの瞳をした狼の亜人の落ち着いた雰囲気のある女性だ。
もう一人は赤茶の髪や耳、短毛の尻尾をし、琥珀色の瞳をした元気そうな猫の亜人の少女だ。そしてこの少女はどこか知っている感じがアリシアにはした。
「狼の亜人の方がリン・ロウという。猫の亜人の方はマリア・グレイといい、近衛隊副隊長のアルシード・グレイの妹だ」
「狼の亜人のリン・ロウと申します。よろしくお願いします」
「猫の亜人のマリア・グレイだよ!」
「マリア!」
「あ!ごめんなさい!!」
「いいのです、よろしくお願いします。普通に接してもらえると私は嬉しいです」
「ん?シアがいいのならいいと思うぞ」
リンはアリシアの願いに困惑した。今までそんな風に望む者はいなかったからだ。それでルドワードの方を見ればアリシアがいいのならいいとの許可が出た。
それに喜んだのはマリアの方だ。マリアはまだ働き始めたばかりでまだわからないことばかりだ。嬉しそうなマリアを見てリンは知らず知らずため息が出た。
それに気づいたのはリリアたちの方だった。
「アリシア様はこんな感じですので」
「どうか、望むように接してあげてください。しめる所はしめていけばいいので」
「わかりました。どうかよろしくお願いします」
「こちらこそ」
侍女たちも挨拶をし、どうやら仲良くやっていけそうな感じでルドワードは安心した。
「シア、さっそく婚礼のドレスのサイズを測る事になっている。場所はリンが知っているから」
「わかりました」
「仮縫いのドレスができ、それを着て最終調整が出来ればやる事はない。だから好きにしたらいい」
「はい!」
ルドワードはアリシアにあてられた式までにやる事を告げた。と言っても本当にドレスの用意以外することがないのでほとんど自由に過ごせることを告げたようなものだ。
アリシアはリンに案内され、服職人のいる部屋に向かった。早々にドレスの寸法を終えて、時間を持て余したアリシアはリンにスカルディアの居場所を聞いた。
「スカルディア様ですか?」
「はい、スカル様とも仲良くしたいのです」
「鍛錬中ですので鍛錬場にいると思いますよ。こちらです」
リンの案内でアリシアは鍛錬場にやってきた。急の女性の登場に兵たちは驚いた。それに素早く対応したのはその場の監督をしていたアルシードだ。
「アリシア様、どうかなさったんですか?」
「いえ、採寸が終わりまして色々見て回りたいと」
「なるほど!……あー、アリシア様」
「はい?」
アルシードはアリシアのそばに妹がいないことを確認して小さい声で話しかけた。
「マリアはちゃんとやれそうですか?」
「マリアですか?……ああ、ご兄妹でしたね」
「はい……最近働き始めたばかりで。粗相などしてなければいいんですが……しかも、帰ってみればアリシア様付きになっているじゃないですか!もう心配で、アレが迷惑かけるようでしたらすぐに言って下さい」
アリシアは目を丸くしていた。しかし、すぐに破顔して小さく笑い出した。アルシードは急に笑い出したアリシアを見ていた。
「アリシア様、笑いごとではありませんよ」
「いえ、ご兄妹の仲がよろしいようで。大丈夫ですよ、とても元気で楽しいです」
「それならいいのですが」
アリシアは本当にこの兄妹の仲がいいことに微笑んでいた。妹を思うその優しさは自分はあまり持てなかった。
愛される妹に愛されない自分、妹をうらやむことはあったが大切にしようという気持ちはなかった。もともと一緒に生活していないのだ、姉妹だという感情が起こりにくかった。幼いころに館で生活していた時でさえほとんど顔を合わせることはなかった。母親も父親も妹にかかりきりであった。自分を見てくれない家族のことを家族だと思えないのは仕方ないことだろう。
だからアリシアはこの兄妹がうらやましいと思ったし、この兄妹がいつまでも仲良くいて欲しいと思った。自分の様になって欲しくないと思ったのだ。
「副隊長さん、大丈夫ですよ。マリアの明るさに私は癒されていますから」
「それならよかったです。見て回っているということはこの次はどこに?」
「はい、スカル様を誘って園庭を回りたいと思いまして」
「スカルディア様と園庭?」
「ルド様も仲良くして欲しいと言いましたし、お話してみたいのです」
「そうですか、すぐに呼んできますね」
「いえ、終わってからでいいのです」
「スカルディア様はもう終わっていますよ。それにあなたの護衛の任は俺と隊長とスカルディア様にされています。そして訓練が終わっているのはスカルディア様ですので、自然と今回の護衛はスカルディア様になります」
「わかりました。ここで待っています」
「はい」
アリシアはその場で待つことにした。
アルシードはすぐにスカルディアの所に向かった。
本当は誰も訓練は終わっていない。三人に護衛の任が任されているのは本当だが、アルシードはルドワードが弟のことを思っているのを知っている。自分にも妹がいるのでその気持ちがわかる。兄弟と自分の伴侶が仲良くしているのは見ていて安心するだろう。アルシードにはそれがわかるので手を貸すことにした。
「スカルディア様」
「アルシード・グレイ……何の用だ?」
「アリシア様がお待ちです。すぐに行ってあげてください」
「……何で俺が」
「任を受けているでしょう、それに竜王もあなたとアリシア様が仲良くして欲しいと言ってましたし、アリシア様自身のご指名です。鍛錬はそこまでにして行ってください」
「わかったよ!!」
スカルディアは鍛錬用の武具をアルシードに押し付けてアリシアのもとに向かった。アルシードはそれを見ながら「にししっ」と笑っていた。
竜王・ルドワードの弟で第二王子であるスカルディアと他の隊員たちはあまり一緒にいたがらないがアルシードは違う。兄であるルドワードに甘えたいスカルディアの扱いほど簡単なものはないとアルシードは思っている。
それは同じように甘えたがりの妹がいるからだ。加減がわかるから扱いやすいのだ。これを加減の分からない他の者がやれば大目玉だ。
アルシードと違う意味でジャックスもスカルディアのことは扱いやすく思っている。それもそう幼いころからの剣術の師範であり、教育係の一人であったジャックスにスカルディアは頭が上がらないのだ。
そしてここにスカルディアが頭が上がらない人物ができようとしていた。それはもちろんアリシアのことだ。
ルドワードを盾にしているわけではない。アリシアの素直な言動にスカルディアは頭が上がらないのだ。無意識に図星をついてくるし、ルドワードと似たところがあるのを差し引いても憎み切れないのだ。
本当に手のかかる姉がいるような感じがして憎み切れないのだ。
スカルディアが来るとアリシアは破顔した。とても嬉しそうに、こんな顔をされて怒れるはずもない。アルシードがアリシアに『鍛錬は終わっている』という嘘をついていることを知らずともそれについて文句も言えなかった。
「お疲れ様です、スカル様」
「ああ……どうかしたのか?」
「採寸が終わりましたので、園庭を見てみたいのです」
「園庭は門の近く……わかった」
「お願いします」
スカルディアは園庭のある場所を思い出し、護衛がいる範囲であるのでついて行くことにした。スカルディアは脱いでいた上着を羽織り、腰に帯刀して護衛の準備をした。
「それじゃあ行こう」
「はい」
アリシアは侍女を連れ、スカルディアの案内で園庭に向かった。
それを見ていたほかの隊員たちは目を丸しくしていた。
スカルディアが兄やジャックス、アルシード以外とまともに接していることに驚いたのだ。
それを見ていたアルシードは苦笑した。
「ほら、鍛練続けるぞ」
「副隊長」
「アリシア様は竜王の花嫁様、義理の姉と仲良くしていてもおかしくないだろう」
「兄を取られるように思わないんですか?あの、スカルディア様は……」
「スカルディア様は確かにブラコンだが、花嫁様はそんなスカルディア様が認めたってことなんじゃないのか?」
「そういうものですか?」
「さぁな。ほら、鍛練再開させるぞ!隊長に怒られたくないだろ」
「はい!!」
隊員たちは『隊長の怒り』の一言で真剣に鍛錬を再開させた。そんな隊員たちにアルシードは呆れていた。
アリシアは別れを言えなかったことを少々残念に思った。
アリシアの準備が終わるころに数人の侍女が入ってきた。
「アリシア様、竜王様がお待ちです。朝食をご一緒されたいとの事で」
「はい、わかりました」
アリシアはリリアたちを伴って入ってきたドラグーンの侍女について行った。そこにはすでにアリシアの朝食も用意され、ルドワードが待っていた。その横にはスカルディアもいた。
「お待たせしました。ルド様、スカルディア様」
「大丈夫だ」
「ああ」
アリシアはルドワードに勧められるままにスカルディアの反対側に座した。
アリシアが座ったことにより食事が始まった。長い祈りの言葉があるわけではなく、ただ『いただきます』と小さく感謝の言葉を述べるだけのものだった。
食事が始まるとルドワードがアリシアに尋ねてきた。
「昨晩はよく眠れたか?」
「はい、とても快適でした」
「それはよかった。昨日も会っただろうがちゃんと紹介できなかったな。弟のスカルディアだ」
「スカルディア・グザル・ドラグーンだ」
「アリシア・ウィザルドです、スカルディア様」
「……スカルでいい。スカルディアは長い」
「はい、スカル様」
「ふん!」
ルドワードは嬉しく、微笑ましかった。あまり人に自分の愛称を言わせないスカルディアが自らそれを許したのだ。嬉しくないはずがない。
「シア、式が行われる日までゆっくりと出来ると思う。何かしたことはあるか?」
「したいことですか?」
「ああ、したいことがあるならしてもいい。護衛にはジャックスやアルシードを就けよう。そうだな、スカルでもいい」
「なっ!兄貴!!」
「スカルはこれでも腕はいい。俺としては弟と正妃が仲がいい方がいい」
「はい、私もスカル様と仲良くしたいです!」
「なっ!なっ!!」
スカルディアは開いた口がふさがらなかった。楽しそうに話している二人を見て思ったのはただ一つだ。
「この似たもの夫婦!どうしてそうなる!!」
「ん?」
「はい?」
「近衛隊長や副隊長が護衛に就くのは分かる!でもどうして俺が護衛になるんだ!!」
「ダメですか?」
「いや、だ、駄目じゃないが……」
スカルディアの訴えにアリシアが悲しそうな顔をし、スカルディアの勢いはそがれた。スカルディアも別にアリシアを泣かせたいわけではない。
いつもとは勝手が違うためスカルディアはどうしていいかわからず、ルドワードの方を見た。ルドワードはそれを面白そうに見ていた。
「兄貴、見てないでどうにかしてくれ!」
「スカルよ、自分でしたのだから責任は取らないとな」
「なっ」
「スカル様……私とお出かけはダメですか?」
「っっっっ!分かった!!分かった!!!駄目じゃないし、行きたいなら一緒に行くから泣くな」
「っ!はい!!」
「良かったな、シア」
「はい、ルド様!ありがとうございます、スカル様」
「ああ」
スカルディアは朝から疲れた。普段の食事でこんなやり取りをすることはない。ましてやルドワードと一緒に食事をとったのも久しぶりだったのだ。
義姉とのこれからを思って少しため息が出た。
「それでシア、本当にしたいことはないのか?まぁ、婚礼のドレスなどの仕立てもあるが時間はだいぶ取れるはずだぞ」
「はい、まずは竜王城を見て回りたいです。それで時間があれば町の方にも足を伸ばしてみたいです」
「そうか、いいと思うぞ」
「はい、スカル様。案内お願いしてもいいですか?」
「ああ……稽古が済んでからな」
「スカルの業務はしばらくシアの護衛にするか」
「あ、兄貴?!」
「義姉と仲良くなるいい機会だろ」
「……分かったよ」
スカルディアはルドワードの任を受け入れた。もちろん、婚儀を済ませれば正式にアリシアは正妃としてルドワードの嫁になるのだ。つまりスカルディアの義理の姉になる。兄弟仲が悪いのはあまり良くないし、スカルディア自身もそれは嫌なのでアリシアを見極める為にも受けた。
というよりどこかふわふわしていて危なっかしく思えたからだ。
食事が済むとアリシアが席を立とうした。ルドワードはそれを引き留めた。
「シア」
「はい?」
「ドラグーン側からもシアの侍女を用意している。ここのことを把握するにも必要だろ。この者たちがそうだ」
そういって二人の侍女が前に出てきた。
一人は濃いグレー色の髪や耳、尻尾をし、コバルトブルーの瞳をした狼の亜人の落ち着いた雰囲気のある女性だ。
もう一人は赤茶の髪や耳、短毛の尻尾をし、琥珀色の瞳をした元気そうな猫の亜人の少女だ。そしてこの少女はどこか知っている感じがアリシアにはした。
「狼の亜人の方がリン・ロウという。猫の亜人の方はマリア・グレイといい、近衛隊副隊長のアルシード・グレイの妹だ」
「狼の亜人のリン・ロウと申します。よろしくお願いします」
「猫の亜人のマリア・グレイだよ!」
「マリア!」
「あ!ごめんなさい!!」
「いいのです、よろしくお願いします。普通に接してもらえると私は嬉しいです」
「ん?シアがいいのならいいと思うぞ」
リンはアリシアの願いに困惑した。今までそんな風に望む者はいなかったからだ。それでルドワードの方を見ればアリシアがいいのならいいとの許可が出た。
それに喜んだのはマリアの方だ。マリアはまだ働き始めたばかりでまだわからないことばかりだ。嬉しそうなマリアを見てリンは知らず知らずため息が出た。
それに気づいたのはリリアたちの方だった。
「アリシア様はこんな感じですので」
「どうか、望むように接してあげてください。しめる所はしめていけばいいので」
「わかりました。どうかよろしくお願いします」
「こちらこそ」
侍女たちも挨拶をし、どうやら仲良くやっていけそうな感じでルドワードは安心した。
「シア、さっそく婚礼のドレスのサイズを測る事になっている。場所はリンが知っているから」
「わかりました」
「仮縫いのドレスができ、それを着て最終調整が出来ればやる事はない。だから好きにしたらいい」
「はい!」
ルドワードはアリシアにあてられた式までにやる事を告げた。と言っても本当にドレスの用意以外することがないのでほとんど自由に過ごせることを告げたようなものだ。
アリシアはリンに案内され、服職人のいる部屋に向かった。早々にドレスの寸法を終えて、時間を持て余したアリシアはリンにスカルディアの居場所を聞いた。
「スカルディア様ですか?」
「はい、スカル様とも仲良くしたいのです」
「鍛錬中ですので鍛錬場にいると思いますよ。こちらです」
リンの案内でアリシアは鍛錬場にやってきた。急の女性の登場に兵たちは驚いた。それに素早く対応したのはその場の監督をしていたアルシードだ。
「アリシア様、どうかなさったんですか?」
「いえ、採寸が終わりまして色々見て回りたいと」
「なるほど!……あー、アリシア様」
「はい?」
アルシードはアリシアのそばに妹がいないことを確認して小さい声で話しかけた。
「マリアはちゃんとやれそうですか?」
「マリアですか?……ああ、ご兄妹でしたね」
「はい……最近働き始めたばかりで。粗相などしてなければいいんですが……しかも、帰ってみればアリシア様付きになっているじゃないですか!もう心配で、アレが迷惑かけるようでしたらすぐに言って下さい」
アリシアは目を丸くしていた。しかし、すぐに破顔して小さく笑い出した。アルシードは急に笑い出したアリシアを見ていた。
「アリシア様、笑いごとではありませんよ」
「いえ、ご兄妹の仲がよろしいようで。大丈夫ですよ、とても元気で楽しいです」
「それならいいのですが」
アリシアは本当にこの兄妹の仲がいいことに微笑んでいた。妹を思うその優しさは自分はあまり持てなかった。
愛される妹に愛されない自分、妹をうらやむことはあったが大切にしようという気持ちはなかった。もともと一緒に生活していないのだ、姉妹だという感情が起こりにくかった。幼いころに館で生活していた時でさえほとんど顔を合わせることはなかった。母親も父親も妹にかかりきりであった。自分を見てくれない家族のことを家族だと思えないのは仕方ないことだろう。
だからアリシアはこの兄妹がうらやましいと思ったし、この兄妹がいつまでも仲良くいて欲しいと思った。自分の様になって欲しくないと思ったのだ。
「副隊長さん、大丈夫ですよ。マリアの明るさに私は癒されていますから」
「それならよかったです。見て回っているということはこの次はどこに?」
「はい、スカル様を誘って園庭を回りたいと思いまして」
「スカルディア様と園庭?」
「ルド様も仲良くして欲しいと言いましたし、お話してみたいのです」
「そうですか、すぐに呼んできますね」
「いえ、終わってからでいいのです」
「スカルディア様はもう終わっていますよ。それにあなたの護衛の任は俺と隊長とスカルディア様にされています。そして訓練が終わっているのはスカルディア様ですので、自然と今回の護衛はスカルディア様になります」
「わかりました。ここで待っています」
「はい」
アリシアはその場で待つことにした。
アルシードはすぐにスカルディアの所に向かった。
本当は誰も訓練は終わっていない。三人に護衛の任が任されているのは本当だが、アルシードはルドワードが弟のことを思っているのを知っている。自分にも妹がいるのでその気持ちがわかる。兄弟と自分の伴侶が仲良くしているのは見ていて安心するだろう。アルシードにはそれがわかるので手を貸すことにした。
「スカルディア様」
「アルシード・グレイ……何の用だ?」
「アリシア様がお待ちです。すぐに行ってあげてください」
「……何で俺が」
「任を受けているでしょう、それに竜王もあなたとアリシア様が仲良くして欲しいと言ってましたし、アリシア様自身のご指名です。鍛錬はそこまでにして行ってください」
「わかったよ!!」
スカルディアは鍛錬用の武具をアルシードに押し付けてアリシアのもとに向かった。アルシードはそれを見ながら「にししっ」と笑っていた。
竜王・ルドワードの弟で第二王子であるスカルディアと他の隊員たちはあまり一緒にいたがらないがアルシードは違う。兄であるルドワードに甘えたいスカルディアの扱いほど簡単なものはないとアルシードは思っている。
それは同じように甘えたがりの妹がいるからだ。加減がわかるから扱いやすいのだ。これを加減の分からない他の者がやれば大目玉だ。
アルシードと違う意味でジャックスもスカルディアのことは扱いやすく思っている。それもそう幼いころからの剣術の師範であり、教育係の一人であったジャックスにスカルディアは頭が上がらないのだ。
そしてここにスカルディアが頭が上がらない人物ができようとしていた。それはもちろんアリシアのことだ。
ルドワードを盾にしているわけではない。アリシアの素直な言動にスカルディアは頭が上がらないのだ。無意識に図星をついてくるし、ルドワードと似たところがあるのを差し引いても憎み切れないのだ。
本当に手のかかる姉がいるような感じがして憎み切れないのだ。
スカルディアが来るとアリシアは破顔した。とても嬉しそうに、こんな顔をされて怒れるはずもない。アルシードがアリシアに『鍛錬は終わっている』という嘘をついていることを知らずともそれについて文句も言えなかった。
「お疲れ様です、スカル様」
「ああ……どうかしたのか?」
「採寸が終わりましたので、園庭を見てみたいのです」
「園庭は門の近く……わかった」
「お願いします」
スカルディアは園庭のある場所を思い出し、護衛がいる範囲であるのでついて行くことにした。スカルディアは脱いでいた上着を羽織り、腰に帯刀して護衛の準備をした。
「それじゃあ行こう」
「はい」
アリシアは侍女を連れ、スカルディアの案内で園庭に向かった。
それを見ていたほかの隊員たちは目を丸しくしていた。
スカルディアが兄やジャックス、アルシード以外とまともに接していることに驚いたのだ。
それを見ていたアルシードは苦笑した。
「ほら、鍛練続けるぞ」
「副隊長」
「アリシア様は竜王の花嫁様、義理の姉と仲良くしていてもおかしくないだろう」
「兄を取られるように思わないんですか?あの、スカルディア様は……」
「スカルディア様は確かにブラコンだが、花嫁様はそんなスカルディア様が認めたってことなんじゃないのか?」
「そういうものですか?」
「さぁな。ほら、鍛練再開させるぞ!隊長に怒られたくないだろ」
「はい!!」
隊員たちは『隊長の怒り』の一言で真剣に鍛錬を再開させた。そんな隊員たちにアルシードは呆れていた。
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