人形神

龍乃光輝

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「フミ、無視しないでよ」
「違う。下を見ろ」
 下の言葉で貫之とキョウは足元を見た。
「……水?」
 足元に水溜りではない流れる水があった。その水が貫之の靴に当たり、二人の足元を通り過ぎていく。同じ広場にいる人たちにも異変に気づいて同じ方向を見る。
 貫之たちも流れ出てくる南区画の池を見た。
「もしかして、池の水が涌き出てる?」
 そんなはずはない。公園の池は人工のため池で自然の川と連動していないのだ。それにここ最近雨も降っていないから氾濫なんてありえない。
 池から流れ出てくる水の量は秒ごとに増大し、靴の中に染み込むほど水深が出来た。明らかに自然なものではない。
「なんかヤな予感がすんな。神通力か?」
 それは、大噴火を見るような光景だった。
 即ち、大質量の水が上から下ではなく、下から上へと噴出したのだ。その高さは目算で軽く五十メートルを越え、噴出速度が重力に負けて四方八方に倒れ始める。
 池と貫之たちの間には僅かばかりの雑木林があるが、水をせき止めるなんて不可能で、それどころかなぎ倒す始末だ。そして五メートルから十メートルはあろう津波級の水が目前まで迫って来る。
 あまりにも一瞬の出来ことに、貫之の脳裏に逃げるを含む対処全般の考えが出ない。ただ、目の前で起こる事象を見るだけであった。
「左肩を前に出して踏ん張れ!」
 左肩から月筆乃命が叫ぶ。踏ん張れと言う程度で済む水量ではないのは明白だ。
 それでも思考が停止した貫之はただただその言葉に従い、左足を前、右足を後ろにして左肩を出す形で踏ん張った。
 同時に大量の水が貫之とキョウに押し寄せる。
 しかし、水しぶきは掛かっても、大量の水が華奢な体を押し流すことはなかった。
「……?」
「わお、すっげー、ギリシャの神みたいに海を割ってるな!」
 貫之の背丈の何倍もある水の壁が、わずか数十センチのところで割れているのだ。その角度は鈍角で九十度近くはあるだろう。そんなモーセのような神業を成しているのは、細い腕を伸ばす万年筆の神霊である。
 力技で割っているような印象はない。鉛筆より少し太いくらいしかない白い腕は、静止したまま巨大な圧力に押されずに割っていた。いや、割るより割れていると表現するべきだろう。
 治癒に心理に物理への干渉。数多ある神通力の中で人々が最も欲しい二種類を有し、さらに他のも有すとなると一般例にはまったく当てはまらない。唯一当てはまる系統はあるが、それは伝説級に希少であるため戦慄してしまった。
 池の津波は二十秒ほど続いたところで落ち着きを見せ始めた。流れはそのままに高さが下がりだしたのだ。高さの低下は加速度的に速く、神通力によって起きた事象であって自然ではないからだろう。下がりだして数秒もすると一メートルを残して流れすぎるように水は通り過ぎていった。
 波打ち際のような水の音を四方から聞きながら、濡れた路面、なぎ倒された木、横転したクレープ屋のワゴン車を見つめる。
「……ぁ、き……キョウさん、大丈夫ですか!?」
 ハッと今さっき知り合った人を思い出して振り返った。
 古川にそっくりのキョウは、位置が少し悪かったのか服をずぶ濡れにし、コケか緑色に着色しながらも流されずには済んでいた。濡れたことでトレーナーが体に張り付いて体格がはっきり見えたりして視線を逸らす。意外と大きい。
「うへ、コケくさっ。一体何なんだ。神通力テロか?」
「暴発か、それとも悪意か。なんにせよ迷惑以外にないな」
 人の心配に底の見えない自分の神の力、さらに事故か故意の津波と並列で考えないとならないことが多く、初の事に言葉が浮かばない。
 なのに月筆乃命とキョウは焦りの色を浮かべずに状況分析をする。
「とりあえず警察に通報しとけ。携帯電話は濡れてなかろう?」
 あれだけの水柱は大勢が目撃して通報しているはずだ。それでも貫之もなにかせねばと、無事だった携帯電話を取り出す。
「……警察ですか? 自然公園のため池が、神通力と思うんですけど噴出しました。周囲の木や人が流されて大変なことになってます。すみません、しょ、消防署に連絡……お願いします」
 だんだんと口ごもるのは寸前の畏怖が蘇ってきたからだ。受話器の先で担当官が「すぐに人を向かわせます」と返事が来て通話を切る。
「それで、僕たちは何をしたら……人助け?」
「いや、人助けをする余裕はなさそうだぞ」
 一体何のこと、と聞き返すよりも早く、視界に濡れていない人がいるのに気づいた。
 その人はチェック柄で裾が膝まであるスーパーテールシャツを着た二十代の男だ。
 月筆乃命は道中を歩いても恐らく気づかないであろう人を注意深く凝視する。
 その空気に貫之も当てられ、その空気が出す答えを呟いた。
「あいつが池の水を?」
「濡れずに広場にいるのが証拠であろう。妾のように水を割ったのなら分かるが、路面が濡れているからそれは違う」
 池の方向から見た貫之の背後は、水を割ったことでその延長線上にある木々と人を含め守られている。しかし男の真下にある路面はコケによって緑色に染まっていた。
 濡れた直後に立ったと言うことは、高確率で犯人だ。
「さて、警察が来るまでどうするかな。見逃してもらえれば幸いだが」
「放っておくのか? 犯人が目の前にいるのによ」
「こちらに実害がなければ誰がどうなろうと知ったことではない」
 月筆乃命の優先順位が絶対的に貫之なのがよく分かる。
 神の性格も人それぞれで十人十色。全般的な正義感を持てば悪も持ち、限定的な正義感を持つ神もいる。月筆乃命が限定的な考えをしても責めるのは筋違いだ。神は常に正のほうにあるわけではない。
「へぇ、あの水に耐えるんだ。思ったより力強いんだな」
 男の声はまっすぐ貫之たちに向けられる。
 年齢からして成人になって少しだろうか。右耳にはピアスをし、首には金のチェーンのネックレスをしている男は、狙いましたと主張してさらに紡ぐ。
「さっすがレア中のレアってところか。その依り代の万年筆は」
 池の噴出も衝撃的だったが今の言葉はより衝撃的だった。心臓が一際大きく鼓動し、全身が硬直する。
 なぜ、初対面の男が依り代を知っている。しかも依り代だけではなくその力の内容についてもだ。いくら学校内の噂が外に広まったとしても、そもそも知られているのは心理系のみ。物理現象にまで作用するなんて持ち主がいま知ったことなのになぜ知り得ている。
「貴様、まさかと思うが神隠しか?」
 月筆乃命の言葉に貫之は気づく。最後に神隠しが現れたのは隣町で長距離移動の神通力は失われた。
 それ以前に、どうして神隠しは神を隠すことが出来るのか。人を見ただけで依巫かどうか分からないし、道具を見ただけで依り代かどうかも分からない。
 つまり分かるのだ。神隠しは誰が依巫で何が依り代で、どんな力を持っているのか。そして神を黙らせ収集し、利用する力も持っている。
 シチコを知って支配する力を神隠しは持っているから、神が人を隠す本来の意味ではなく人が神を隠す意味として『神隠し』の名を広めさせた。
 神隠しの言葉から貫之のシチコを狙っているのは明々白々だ。
「さてな。俺はそんな名前名乗った覚えねーな」
「当人であることは認めるわけか。して、妾が欲しいと?」
「一つの依り代で万の力を使うなんて子供にはもったいないし使いこなせないだろ。力に振り回されるんなら大人が使ってやる方が利口的ってもんだ」
「…………」
「何も言い返さないのかよ」
「子供のたわごとに付き合う気なんざさらさらないからな」
 くだらな過ぎる理屈を述べた時点で、会話をするだけ無駄と月筆乃命は判断したらしい。意識こそ向けても口を開く気持ちは失せたようだ。
「いや、一つ前もって言っておくか。もし妾を狙うなら、こちらとしても容赦はせんぞ。体を得て二日目。たった二日で自由を放棄するつもりはない」
 言い切ったところで左肩が軽くなった。月筆乃命が跳び下り、草履もはかない足袋のまま濡れた地面に着地したのだ。綺麗な袴がはねた水で汚れる。
「貫之、貴様は依り代を大事に持っておれ。力のイロハにまだ気づかんお前が動いたところで邪魔になるだけだ」
「邪魔って、まさか……戦う気?」
 そんな小さい体で、とは言えなかった。
「向こうがくればな。出来れば貴様がある程度気づいた方が良かったが、まあ致し方ない」
「なんかトンデモねーことになってんな」
 緊迫な中でもまだ揺るがずキョウは度胸が据わったことを言う。
「キョウさん、逃げたほうがいいと思いますけど」
「まあ成り行き? あと俺の心配よりは自分の心配をした方がいいぜ。狙われてるの俺じゃなくてお前のシチコだし」
 言いつつキョウは一歩も動こうとしない。いくら狙われないとしても流れ弾を受けない道理ではないはずなのだが。
 動きが突然起こり、意識を前へと向ける。
 神隠しが右手を伸ばしたのだ。しかし化け物みたいに腕が長く伸びることはなく、その手には手を最大限に広げようと半分もつかめない透明な水晶球があるだけだった。
 目を凝らして見ると、その水晶球の中央で小刻みに変わる何かが見える。
 何かは遠すぎて見えないが、おそらく物がルーレットのように現れてはほかの道具に入れ替わっているのだろう。間違いなく被害にあった依り代たちだ。
 だから八十七ものシチコを奪っておきながら軽装でいられるのだ。収納数は分からないが、それだけ奪えれば百は余裕かもしれない。
 入れ替わりで出現する依り代の中で一つ、革手袋が出たところで止まって水晶の外に出た。
「フミ……」
「心配するな。貴様と依り代さえ無事ならばどうとでもな――」
 言い終わる寸前、月筆乃命の体が消えた。いや、飛んだのだ。まるで不意打ちで引っ張られるように、まっすぐ左手を伸ばす神隠しのほうへと。
「フミ!」
 あの革手袋は掴んだ物を離さないでも手を守るものでもない。任意の対象物を引き寄せるものだ。道具からみてありえない内容でも、ありえるのが神通力の成せる技でもある。
 引き寄せられ宙を移動する月筆乃命は、そのまま神隠しに捕まられると思ったところでさらなる異変が起こる。
 ただでさえ小さい月筆乃命が離れたことで、さらに小さく見えるはずの体が反比例するかのように大きくなりだしたのだ。瞬く間に貫之を越える大きさへと変わり、大きくなったことによって両足が地面に着いた。瞬間、神隠しに向かう速さが倍増した。
 月筆乃命が自ら地面を蹴ったのだ。その証拠に地面の水が放射状に跳ね上がる。
 何を持って驚いたのか、驚きを見せる神隠しに向けて月筆乃命は速さの乗った右拳を放った。
 拳は神隠しの胸を襲う。人体同士が接触する音が十メートルと離れているはずなのに聞こえ、さらに月筆乃命の左手が素早く動く。左手が目指す先は、神隠しの右手の水晶玉。
 しかし水晶玉に触れる月筆乃命の手は神隠しの上げた足に阻まれ、今度は引き寄せの反対であろう斥力を行って距離を取る。
 弾き飛ばされた月筆乃命は足袋のまま地をすべり、神隠しは背中から倒れた。
 引き寄せられてから今に至るまで、二秒かかったかどうかだった。
 貫之は何一つ言葉を言えず、ただ目の前に光景を見るしか出来ない。
「おーすっげーすっげー。あのカミサマ、体の大きさ変えられるのか」
 今まで得た情報から推察すると有り得ることだ。ほんの数秒前のことを思い返すと、月筆乃命は右手で自分の体を叩いていたように見えた。それによって体が大きくなったなら、神通力によって強制的に体を変えたことになる。
「ぶっつけ本番だったが、まあうまくいったな」
 状況も状況の上に月筆乃命の図太さもあってもう戦慄しっぱなしだ。何が普通でなにが驚愕なのか境界が分からなくなる。
 足が震え、少しでも気が緩めば尻餅をついてしまうのを懸命に堪えるが長続きしそうにない。
 そして貫之にとって恐怖の塊である佐一があまりにも稚拙で笑えて来た。
 そんな事実を噛み締めていると、貫之より背が高くなったフミが後ろ向きのまま跳んで近くまで戻ってきた。
 せっかく純白で綺麗だった足袋は緑や茶に汚れ、袴の裾も汚れてしまっている。
 依り代に戻れば顕現時に負った怪我を含め元に戻るらしいが、戻るからと言って怪我や汚れをしてもいいとは言わない。
「フミ……」
「話はあとにしてくれ。まずは警察が来るまで守らねばならん」
 守るとは依り代か貫之か、この場合は両方だろう。どちらを失っても終わるのは変わらない。
 貫之は月筆乃命から神隠しへと視線を変えると、すでに起き上がっていて新たな動きを見せていた。それは自動換装機能でも付いているのか、革手袋ごと水晶玉に入れて引き抜くと素手の状態となっていたのだった。
 そして水晶玉の中の道具が入れ替わり始め、ある道具で止まる。
 それは夏祭りで必ず見る玩具であった。多彩な色で子供たちを魅了し、決して危険ではない水の打ち合いで楽しむ水鉄砲。それも半透明の拳銃ではなく、両手で持つバズーカタイプだ。
 明らかに水晶玉の直径より大きいが、複数の物を入れられるだけあって大きさは関係ないらしい。そもそも固体である水晶玉に〝入れる〟のだから直径の考えが浅い。
 水鉄砲を抜き取った水晶玉は腰へと隠し、両手で抱えると左手でポンプを引いた。
「キョウ、出会い頭で悪いが貫之のことを頼めるか?」
「ん? いいぜ。つっても盾になるのはごめんだがな」
 言いながらキョウは手を伸ばして貫之の肩を掴んだ。それと同時に月筆乃命は地を蹴る。
 神隠しも動いて銃口を月筆乃命――ではなく貫之へと向けた。
「えっ……?」
 兵法として神を無視して依巫を狙うのは常識だ。顕現する神はあくまで神格化した依り代から溢れる神通力を基にして形作っているだけで、どれだけ傷つこうと依り代へ還元されない。つまり神をどれだけ瀕死にしようと、依り代に戻るとゲームの最強回復薬のように瞬時に全快に出来るから終わりがないのだ。
 しかし依巫は生身の人間だ。傷つけば障害がたちまち発生するし、依巫と神の命は直結しているから脅しにもなる。良心を持たなければ狙わない道理がなかった。
「あらよっと」
 キョウが貫之の左肩を引いた。直後、寸前まであった左胸辺りを何かが横切っていった。横切ったのは分かってもその何かは分からず、分かったのは横切った先で起きた音を聞いた後だった。
 池の津波に耐えていた木が一本、へし折られず綺麗な断面を作って倒れていていた。おそらくウォーターカッターを撃ち出すのが神通力なのだろう。見た目とは裏腹に立派な兵器だ。
 あんな物を生身で受ければ即死してしまう。
「あいつ、神通力が欲しいのに殺してどうする気だ?」
 神を狙わずに依巫を殺せば二つの兵力を一気に奪えて有力だが、依り代を奪おうとするのに殺せば本末転倒だ。
 悠長にキョウが言っている間に月筆乃命はもう神隠しとの距離をほとんどなくしていた。
 第二射はないまま、月筆乃命が神隠しに跳ぶ。今は水晶を持っていないから他人から奪った力を使うことは出来ないはずだ。
 そんな貫之の考えを覆すように、神隠しはまた予想外の動きを見せた。
 両手に持っていた水鉄砲を月筆乃命に向かって投げたのだ。常識を持ってすれば絶対にしない行為に、月筆乃命が硬直するのが後姿からでも分かる。
「依り代に戻れ!」
 そのあり得ない神隠しの行動と月筆乃命の切り替えできない動作を鑑みて、もっとも適した指示を貫之はひねり出して叫んだ。
 拳が水鉄砲に当たる寸前に月筆乃命の姿が消え、同時に貫之の肩に二点の重みが加わる。即ち一度万年筆へと戻って本来の小さな体の状態で再顕現をしたのだ。盾として放られた水鉄砲は地面に落ちるだけで文字通り神の一撃を受けずに済む。
「すまん、助かった」
 どうやら月筆乃命の中で依り代に戻る考えは一切なかったようで、指示を飛ばさなければ一つのシチコを消していたところだった。
「あいつ、依り代を投げたぞ!?」
 月筆乃命と貫之は神隠しを見る。神隠しは投げた依り代を拾おうともせず、腰に手を回して水晶玉か新たな依り代を引き出そうとしていた。あいつにとって、奪った依り代は常識を逸した力を出すだけの道具に過ぎないのだ。壊れたら補充する。それだけの物。だから盾として放り、隙を作るため拾おうともしない。
 依巫の風上には絶対に置けない、いや、人としても最低な男だ。
 あの男がいるがために八十人以上の人が泣いている。あの水鉄砲の依り代だって、最初は縁日や店で買われ、大事に大事に遊んで保管して、魂を抱いて体を持って神は顕現を果たした。
 依巫となった持ち主もさぞ喜んだに違いない。なのに、ある日突然奪われたとすれば怒りと悲しみはどれほどのものだろうか。一時でも家族に奪われた貫之にはその感情が手に取るように分かる。
 だが、悠長に考えて怒りを増幅させる暇を神隠しは作らない。
 次に取り出したのはF1を模したプラモデルである。実際に走り、佐一が持っていたのを見たことがあった。
 車の形をしているなら神通力は移動系か。
 池の津波を起こして五分は経ち、遠くからサイレンが聞こえてきた。すぐにパトカーが来てくれるはずだ。
「神隠し、貴様逃げる気か」
 神隠しの意図を悟った月筆乃命が切り込む。
「元々長居するつもりなかったからな。池の水で潰しておいて奪うつもりだったのに、まさか余裕で耐えるとは思わなかったよ」
 それは貫之も同意見だ。あれだけの水の質量を割るのは常識の神通力ではまず難しい。ハシラミの力でも無理だ。
「だからもっと欲しくなったよ。いや、他のを全部捨ててもそのシチコは欲しいな」
「……アンタは、」
 神隠しが取り出した四駆を地面に置いている中、貫之でも月筆乃命でもないもう一人の関係者が言葉を発した。
「アンタはさ、何が怖いんだ?」
 キョウが何かを悟ったのか諭すように呟く。
「……」
 神隠しは少し視線を下げる。何も、言い返さない。
「そんなに力集めて、身を固めて、何が怖いんだ? 何から守ろうとしてるんだ?」
 次の瞬間、神隠しの大きさが急激に縮んだ。次なる手はと貫之は思考を走らせるが、すぐに四駆の神通力に気づいた。
 車の形である以上、本来持つ力は走る事。車の形である以上、人を乗せるのは道理。例え玩具であろうと依り代になった以上はその概念は粉砕される。
 それを証明するように、小さくなった神隠しは四駆へと乗り込むと地面の水を撒き散らしながらスリップさせ、グリップが利くと爆走の名に恥じない走りで広場から去っていった。
 辺りが静寂となってやたら呼吸音が大きく聞こえる。それが自分のであることに貫之はすぐには気づけなかった。
 そして、サイレンに紛れるように周囲からうめき声が聞こえ出した。いや、していたのに目の前の異常に気づかなかったのだ。遠くで倒れ、木の幹に打ち付けられて倒れている人もいて見渡すだけでも数十人はいる。
「あ……あ」
 頭が冷えれば冷えるほどに恐怖の渦が貫之を包む。神隠しと対峙していた時より膝はガクガクに震え、過呼吸か息をしているのに苦しくなった。
「おい」
 両肩を掴まれながらキョウに声を掛けられ、膝の力が一気に抜けた。すかさず肩から脇に回して優しく支えてくれる。
「気が抜けたか。ま、いきなり襲われて腰抜かさなかっただけ上出来かな」
「す、すみません、巻き込んで……助けても貰って」
「いいっていいって。俺に実害あったわけじゃないし」
「妾からも礼を言うよ。貫之を助けてくれてありがとう」
 月筆乃命の礼にキョウはにっと笑って神隠しが逃げた先に視線を向けた。
「にしても面倒なのに狙われたな。あの様子じゃまた来るぜ」
「でも警察が……」
「今まで逃げ切ってた奴がそう簡単に捕まるかねぇ」
「今回は奇襲で短期戦だから何とか出来たが、長期戦を踏まえてくれば今みたいに耐えるのは難しいであろうな」
 地面に立って腕を組んで考察する月筆乃命を、貫之は両手掴んで持ち上げる。
「……フミが奪われるなんて、絶対に駄目だ」
 まだ恐怖から来る声の震えは治らないが、振り絞って考えるまでもない決意を表明する。
「そのためには、なんとしても妾の力の使い方に気づいてもらわんとな。背の低い妾だけではさすがに対峙は無理じゃ」
 体を大きくし、あれだけの攻防をしても月筆乃命の中では勝てない公算が強いようだった。
 確かに神隠しのほうは余裕があった。放り捨てた水鉄砲がそのままのところを見ると、補充する予定か代わりがあるのだろう。
 逆に貫之が自在に力を使えれば、体格差の問題をないまま動くことが出来る。
「うん。フミがかなり見せてくれたからなんとかするよ」
 自分で自分の体を叩いて体を大きくする。それを見ただけで完璧ではないにしてもおおよそのことは分かったつもりだ。あとは自分で試して確信へとつなげればいい。
「あ、やっば。警察に捕まると何時間が時間食うよな。悪いけど俺は先に帰るわ」
「おいキョウ」
「今度また会うだろ。話はそのときに。じゃーなー」
 別にキョウは捕まることは何もしていないのに、事情聴取で時間を食うことを気にすると、脱兎の如くその姿を瞬く間に小さくして去っていった。
 そしてまるで雨を司る神は見計らったかのように、本降りの雨を降らせ、手を当てずとも聞こえる貫之の鼓動をかき消したのだった。
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