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7月1日 14時30分
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7月1日、時刻は14時30分。わたしはコーヒーショップに居る。
コーヒーは苦手だから、メニューの中からアイスココアを見つけ、すがるように注文した。我ながらコーヒーが苦手なんて恥ずかしい。
なぜ苦手なコーヒーショップに居るかと言えば、お相手の樋川恵さんが指定したからなわけで、わたしには選択権はなかった。わざわざ時間を作ってもらったのだから、文句は言えない。軽音部の友人に仲介してもらい、今日の約束を取り付けた。
樋川さんはわたしの高校のOGで、軽音部の大スターだった。
文化祭のステージは大盛り上がり。他校からも人を呼び寄せ、地元のケーブルテレビも注目し、大いに賑わせた。わたしは樋川さんが卒業したあとに入学したため、彼女の活躍を肌で感じていないが、伝説的存在として知っている。
音楽プロダクションにスカウトされたとか、インディーズバンドとして活動しているとか、色んな噂がある。
そんなに樋川さんと話してみたいと思ったことが、今日の約束のきっかけだ。
好きなことをずっと続けている人の輝きを見てみたかった。高校を卒業しても、青春が終わっても、輝き続けている人は、どのような人なのだろうかと。
そして、わたしも好きなことを続けて輝けるのだろうかと。
自分の未来を見通して安心したかった。
でも、わたしは本人を目の前にして何も言い出せずにいた。
樋川さんも社交的とは言い難く、自分がイメージしていたアグレッシブさとはかけ離れていて、良い意味でふつうの人だった。
ふつうじゃないのは見た目くいらい。派手な柄のTシャツに、ダメージデニム、厚底のブーツ。髪は真っ赤で、両耳にはピアスがびっしり。
わたしは派手な見た目に圧倒され、相談を切り出せずにいた。出会ってからまだ世間話くらいしかしていない。
無言なふたりがすることは目の前のドリンクを飲み干す以外なく、樋川さんが口をつけたストローがズズズと音を立てた。カフェモカはもう無くなっていた。
「あ、あの……」
「ん?」
言葉が続かない。樋川さんの目線が鋭くて、おどおどしてしまう。
「話って、進路のこと?」
驚いた。友人に用件なんて伝えていなかった。
「ええ。どうしてそれを」
樋川さんはフッと笑った。
「わかるよ。進路調査票の時期でしょ? あたしにとっても最悪の時期だったからね。よく覚えてる。白紙で出したら怒られたりしてね」
笑いながらしゃべる樋川さんだったが、少し影のようなものを感じた。笑顔が消え、急に寂しい雰囲気に変わった。
「それさ、あたしでいいの? 相談相手を間違えてない?」
そんなことはない。モデルケースの人に話を聞いてみたい。好きなことをつづけた人間が歩む未来を知りたい。
樋川さんは乗り気ではないとわかっていたけど、わたしは食い下がって聞いた。
「樋川さんにお話を聞きたいんです。歴代の軽音部で本格的にバンド活動されていたと聞いたので」
「ああ、なるほど。そっか……」
樋川さんはテーブルに視線を落とし、俯きながら答えた。表情は暗い。
「わざわざ来てくれたのに悪いんだけどさ、何も言うことないや」
「えっ……」
「バンドも、そろそろ潮時だと思ってるし」
「……」
「そんなやつの話なんか参考にならないでしょ?」
重い空気に返す言葉がない。潮時、という言葉にドキリとした。
高校で大スターで、バンドデビューも確実といわれていた実力者の樋川さんでさえ、歌手になることは叶わなかった。バンドを畳もうかという岐路に立たされている。
ただ絵が好きで、描けない人よりかはちょっと上手くて、でも賞など目に見える成果がないわたしは、樋川さんと比べるまでもなく、芽が出ないのは当然だ。絵を仕事にするなんて夢を見すぎていたのかもしれない。
バンドを諦めたら、樋川さんに何が残るのだろう。わたしは恐る恐る聞いてみた。
「その後は、どうするんですか?」
「フリーターかな」
自虐的に笑った樋川さんは、完敗という顔をしていた。不思議と清々しさもあった気がする。
自分を慰めるためなのか、樋川さんはあっけらかんと話を続けた。
「フリーターだよ? 笑えるでしょ。親に言われて一応大学に進学したけど、バンド活動ばっかりで、就職活動もしてこなかったし、バンド以外でやりたいこともなかったしさ。しかも、こんなカッコじゃどこも雇ってくれないよね」
わたしにはわかる。
樋川さんは無理して明るく振る舞っている。そして、本当は音楽を辞めたくないということも。
本当は音楽をして生きていきたい。でもそれだけでは生活ができない。中途半端になるくらいなら、諦めた方がマシ。
樋川さんの心中を想像した。
「あー、ごめんね。暗い話になって」
「いえ……」
「あたしね、自分がすごく上手いって自惚れてたんだわ。大学生やりながらバンドデビューなんて想像してて。……でも現実は違ったね。好きとか楽しいだけじゃ、全然辿り着けなかった。このままやっていけるのか不安になっちゃって……。あたしも今、ここの先どうすればいいのか悩んでいたところだったんだよね」
樋川さんはまた自虐的な微笑で笑い話に変えようとしていた。
なんとも痛々しい。夢に真っ直ぐ突き進んでいると思っていた樋川さんでさえ、将来に思い悩み、憂いていた。
「あたしは自分に勝てなかった。 だからさ、諦めずに頑張れとか、 無責任なことは言えないし、よく考えろとしか言えないわ。 ごめんね……」
「……いいえ。こちらこそ、ごめんなさい。こんな大変な時期に押し掛けてしまって……」
「ううん。いいんだよ……」
樋川さんは悔しさ、悲しさ、情けなさ、それらすべてを圧し殺して、微笑んでいた。
わたしは胸が傷んだ。
これで終わってしまうのか……。
その時、ここで終わってはいけないとわたしの中で誰かが叫んだ気がした。強烈に強い感情がわたしを奮い立たせる。
この流れをなえなくてはいけない、と。
流れ?
ふと、妙な感覚がした。
今日の会話は身に覚えがあった。夢の中の出来事だろうか。体験したことをなぞるようだった。
たぶん、あの時はここで話が終わってしまった。でも、今は前に進めないといけない。
樋川さんが「今日は会えてよかった」と別れの言葉を切り出す前に、わたしはやらねばならない。
「樋川さん、バンドを辞めちゃうんですか? すごく実力があるって軽音部の友達が言っていました」
樋川さんは深いため息をついた。
さらに空気が重くなる。彼女から微笑みが消え去った。
「音楽だけ生活いくって、そんなに甘いもんじゃないんだよ。なりたい自分の姿にたどりつけないし、そうなったとしても音楽を仕事にできるかもわからない。楽しいだけじゃ、生きていけないんだ」
現実の厳しさはわかっているつもりだ。でもわたしは、樋川さんにこの想いを伝えなきゃいけない。
「これ、見てください!」
私は紙袋に入れた軽音部のポスターを掲げた。
「これって……」
「樋川さんをモデルにして描いたんです」
「……これが、……あたし?」
赤髪に制服を着て、歌っているボーカルのイキイキとした姿を描いた。軽音部に受け継がれている過去の文化祭ステージの映像を題材にして書いた。
「見覚えがある。確かこれは……」
「樋川さんが高2の時の文化祭のステージです。すごく盛り上がったっていう、伝説の……」
「よく……描けてるね」
惚れ惚れする目で樋川さんはポスターを眺めていた。
「わたしの友達は樋川さんのファンなんです。文化祭で歌う樋川さんの映像を一緒に観ているうちに、わたしもパワーをもらいました。その時の感動を絵にしたいと思って、軽音部だった頃の樋川さんの絵を書いたんです」
「そっか……ありがとう」
樋川さんは言葉にならないといった様子でポスターを眺めていた。
「うまく言えないけど、あたしの歌がふたりに影響を与えたんだね」
「そうですよ。心を動かされたんです」
「そっか……。なら」
顔を上げた樋川さんの瞳は潤んでいた。
「あたしも、北見さんの絵に心動かされたよ」
その言葉にわたしの心はほわっと暖かくなかった。
「本当は辞めたくないんだ。音楽は続けていたい。生きること、音楽をどう両立すればいいのか、自分の中で答えが見つかっていないんだ」
「わたしは辞めて欲しくない。そう思っています」
「それなら、あなたもね。あたしは、北見さんの描く絵、好きだよ。応援したい」
好きだよ。その言葉はわたしの心を射貫いた。
たったひと言だけど、好きって言葉でずっと走り続けられる。わたしのことを認めてくれた気がする。
途方もない広い世界で、誰が見つけてくれるのかもわからない、埋もれていくわたしの絵を、樋川さんは好きと言ってくれた。
好きと言ってくれるたったひとりの声は、わたしに自信と勇気をくれる。
樋川さんと別れた帰り。電車の中でぼんやりと考え事をしていた。
自分の好きなことを続けて、好きなことをして生活を成り立たせるには、相当の覚悟が必要なのだ。並外れた才能と血の滲むような努力が必要。
そんなのはわかっている。
その覚悟をしてまで、好きなことをして生きる人生を選ぶ。
まだ覚悟が決まらない。わたしにできるのか? 不安ばかりが先行する。
高校を卒業したら自分はどうするか。どうやって生きていくのか、就労のことを考えなくてはいけない。就労のためにはどの大学に行くのか考えなければいけない。
好きなことを、絵を描くことをわたしは諦めなくてはいけないのか? 就労に結びつかないことは切り捨てるべきか?
やっぱり音楽だけでは生きてはいけないと、フリーターになる樋川恵さんの話を聞いても、絵を諦めるべきか答えはでなかった。
答えなんて出ない。
好きなものは好きなんだ。
上手く描けなくて苛立ってもしばらくすると絵を描いている。
わたしは、決断を諦めることにした。
少なくとも、今は、まだ決めるのは早い。
少しでも気持ちが良い方向に進むように、絵が好きなこと、自分が本当にやりたいことを再認識したい。
コーヒーは苦手だから、メニューの中からアイスココアを見つけ、すがるように注文した。我ながらコーヒーが苦手なんて恥ずかしい。
なぜ苦手なコーヒーショップに居るかと言えば、お相手の樋川恵さんが指定したからなわけで、わたしには選択権はなかった。わざわざ時間を作ってもらったのだから、文句は言えない。軽音部の友人に仲介してもらい、今日の約束を取り付けた。
樋川さんはわたしの高校のOGで、軽音部の大スターだった。
文化祭のステージは大盛り上がり。他校からも人を呼び寄せ、地元のケーブルテレビも注目し、大いに賑わせた。わたしは樋川さんが卒業したあとに入学したため、彼女の活躍を肌で感じていないが、伝説的存在として知っている。
音楽プロダクションにスカウトされたとか、インディーズバンドとして活動しているとか、色んな噂がある。
そんなに樋川さんと話してみたいと思ったことが、今日の約束のきっかけだ。
好きなことをずっと続けている人の輝きを見てみたかった。高校を卒業しても、青春が終わっても、輝き続けている人は、どのような人なのだろうかと。
そして、わたしも好きなことを続けて輝けるのだろうかと。
自分の未来を見通して安心したかった。
でも、わたしは本人を目の前にして何も言い出せずにいた。
樋川さんも社交的とは言い難く、自分がイメージしていたアグレッシブさとはかけ離れていて、良い意味でふつうの人だった。
ふつうじゃないのは見た目くいらい。派手な柄のTシャツに、ダメージデニム、厚底のブーツ。髪は真っ赤で、両耳にはピアスがびっしり。
わたしは派手な見た目に圧倒され、相談を切り出せずにいた。出会ってからまだ世間話くらいしかしていない。
無言なふたりがすることは目の前のドリンクを飲み干す以外なく、樋川さんが口をつけたストローがズズズと音を立てた。カフェモカはもう無くなっていた。
「あ、あの……」
「ん?」
言葉が続かない。樋川さんの目線が鋭くて、おどおどしてしまう。
「話って、進路のこと?」
驚いた。友人に用件なんて伝えていなかった。
「ええ。どうしてそれを」
樋川さんはフッと笑った。
「わかるよ。進路調査票の時期でしょ? あたしにとっても最悪の時期だったからね。よく覚えてる。白紙で出したら怒られたりしてね」
笑いながらしゃべる樋川さんだったが、少し影のようなものを感じた。笑顔が消え、急に寂しい雰囲気に変わった。
「それさ、あたしでいいの? 相談相手を間違えてない?」
そんなことはない。モデルケースの人に話を聞いてみたい。好きなことをつづけた人間が歩む未来を知りたい。
樋川さんは乗り気ではないとわかっていたけど、わたしは食い下がって聞いた。
「樋川さんにお話を聞きたいんです。歴代の軽音部で本格的にバンド活動されていたと聞いたので」
「ああ、なるほど。そっか……」
樋川さんはテーブルに視線を落とし、俯きながら答えた。表情は暗い。
「わざわざ来てくれたのに悪いんだけどさ、何も言うことないや」
「えっ……」
「バンドも、そろそろ潮時だと思ってるし」
「……」
「そんなやつの話なんか参考にならないでしょ?」
重い空気に返す言葉がない。潮時、という言葉にドキリとした。
高校で大スターで、バンドデビューも確実といわれていた実力者の樋川さんでさえ、歌手になることは叶わなかった。バンドを畳もうかという岐路に立たされている。
ただ絵が好きで、描けない人よりかはちょっと上手くて、でも賞など目に見える成果がないわたしは、樋川さんと比べるまでもなく、芽が出ないのは当然だ。絵を仕事にするなんて夢を見すぎていたのかもしれない。
バンドを諦めたら、樋川さんに何が残るのだろう。わたしは恐る恐る聞いてみた。
「その後は、どうするんですか?」
「フリーターかな」
自虐的に笑った樋川さんは、完敗という顔をしていた。不思議と清々しさもあった気がする。
自分を慰めるためなのか、樋川さんはあっけらかんと話を続けた。
「フリーターだよ? 笑えるでしょ。親に言われて一応大学に進学したけど、バンド活動ばっかりで、就職活動もしてこなかったし、バンド以外でやりたいこともなかったしさ。しかも、こんなカッコじゃどこも雇ってくれないよね」
わたしにはわかる。
樋川さんは無理して明るく振る舞っている。そして、本当は音楽を辞めたくないということも。
本当は音楽をして生きていきたい。でもそれだけでは生活ができない。中途半端になるくらいなら、諦めた方がマシ。
樋川さんの心中を想像した。
「あー、ごめんね。暗い話になって」
「いえ……」
「あたしね、自分がすごく上手いって自惚れてたんだわ。大学生やりながらバンドデビューなんて想像してて。……でも現実は違ったね。好きとか楽しいだけじゃ、全然辿り着けなかった。このままやっていけるのか不安になっちゃって……。あたしも今、ここの先どうすればいいのか悩んでいたところだったんだよね」
樋川さんはまた自虐的な微笑で笑い話に変えようとしていた。
なんとも痛々しい。夢に真っ直ぐ突き進んでいると思っていた樋川さんでさえ、将来に思い悩み、憂いていた。
「あたしは自分に勝てなかった。 だからさ、諦めずに頑張れとか、 無責任なことは言えないし、よく考えろとしか言えないわ。 ごめんね……」
「……いいえ。こちらこそ、ごめんなさい。こんな大変な時期に押し掛けてしまって……」
「ううん。いいんだよ……」
樋川さんは悔しさ、悲しさ、情けなさ、それらすべてを圧し殺して、微笑んでいた。
わたしは胸が傷んだ。
これで終わってしまうのか……。
その時、ここで終わってはいけないとわたしの中で誰かが叫んだ気がした。強烈に強い感情がわたしを奮い立たせる。
この流れをなえなくてはいけない、と。
流れ?
ふと、妙な感覚がした。
今日の会話は身に覚えがあった。夢の中の出来事だろうか。体験したことをなぞるようだった。
たぶん、あの時はここで話が終わってしまった。でも、今は前に進めないといけない。
樋川さんが「今日は会えてよかった」と別れの言葉を切り出す前に、わたしはやらねばならない。
「樋川さん、バンドを辞めちゃうんですか? すごく実力があるって軽音部の友達が言っていました」
樋川さんは深いため息をついた。
さらに空気が重くなる。彼女から微笑みが消え去った。
「音楽だけ生活いくって、そんなに甘いもんじゃないんだよ。なりたい自分の姿にたどりつけないし、そうなったとしても音楽を仕事にできるかもわからない。楽しいだけじゃ、生きていけないんだ」
現実の厳しさはわかっているつもりだ。でもわたしは、樋川さんにこの想いを伝えなきゃいけない。
「これ、見てください!」
私は紙袋に入れた軽音部のポスターを掲げた。
「これって……」
「樋川さんをモデルにして描いたんです」
「……これが、……あたし?」
赤髪に制服を着て、歌っているボーカルのイキイキとした姿を描いた。軽音部に受け継がれている過去の文化祭ステージの映像を題材にして書いた。
「見覚えがある。確かこれは……」
「樋川さんが高2の時の文化祭のステージです。すごく盛り上がったっていう、伝説の……」
「よく……描けてるね」
惚れ惚れする目で樋川さんはポスターを眺めていた。
「わたしの友達は樋川さんのファンなんです。文化祭で歌う樋川さんの映像を一緒に観ているうちに、わたしもパワーをもらいました。その時の感動を絵にしたいと思って、軽音部だった頃の樋川さんの絵を書いたんです」
「そっか……ありがとう」
樋川さんは言葉にならないといった様子でポスターを眺めていた。
「うまく言えないけど、あたしの歌がふたりに影響を与えたんだね」
「そうですよ。心を動かされたんです」
「そっか……。なら」
顔を上げた樋川さんの瞳は潤んでいた。
「あたしも、北見さんの絵に心動かされたよ」
その言葉にわたしの心はほわっと暖かくなかった。
「本当は辞めたくないんだ。音楽は続けていたい。生きること、音楽をどう両立すればいいのか、自分の中で答えが見つかっていないんだ」
「わたしは辞めて欲しくない。そう思っています」
「それなら、あなたもね。あたしは、北見さんの描く絵、好きだよ。応援したい」
好きだよ。その言葉はわたしの心を射貫いた。
たったひと言だけど、好きって言葉でずっと走り続けられる。わたしのことを認めてくれた気がする。
途方もない広い世界で、誰が見つけてくれるのかもわからない、埋もれていくわたしの絵を、樋川さんは好きと言ってくれた。
好きと言ってくれるたったひとりの声は、わたしに自信と勇気をくれる。
樋川さんと別れた帰り。電車の中でぼんやりと考え事をしていた。
自分の好きなことを続けて、好きなことをして生活を成り立たせるには、相当の覚悟が必要なのだ。並外れた才能と血の滲むような努力が必要。
そんなのはわかっている。
その覚悟をしてまで、好きなことをして生きる人生を選ぶ。
まだ覚悟が決まらない。わたしにできるのか? 不安ばかりが先行する。
高校を卒業したら自分はどうするか。どうやって生きていくのか、就労のことを考えなくてはいけない。就労のためにはどの大学に行くのか考えなければいけない。
好きなことを、絵を描くことをわたしは諦めなくてはいけないのか? 就労に結びつかないことは切り捨てるべきか?
やっぱり音楽だけでは生きてはいけないと、フリーターになる樋川恵さんの話を聞いても、絵を諦めるべきか答えはでなかった。
答えなんて出ない。
好きなものは好きなんだ。
上手く描けなくて苛立ってもしばらくすると絵を描いている。
わたしは、決断を諦めることにした。
少なくとも、今は、まだ決めるのは早い。
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