上 下
7 / 17

死亡前 7月1日14時30分

しおりを挟む
 7月1日、日曜日の昼下がり。
 
 朱音あかねはとあるコーヒーショップで高校のOGに会っていた。

 OGこと、樋川恵ひかわめぐみはストローを啜った。ホイップ乗せのアイスカフェモカの残骸がズズズと音を立てる。恵は言葉を探すように、遠くを見つめていた。

 朱音もアイスココアに少しずつ口をつけながら、恵が話し始めるのを待った。コーヒーがメインのこの店で朱音が飲める数少ないメニューだった。

 むかいに座る樋川恵は、同じ出身校とは思えないくらい異質な姿をしている。派手な柄のTシャツに、ダメージデニム、厚底のブーツ。髪は真っ赤で、両耳にはピアスがびっしり。しかも6歳年上。普段こんな歳の離れた人と話したことない上に、恵の容姿から醸し出される雰囲気に飲まれ圧倒されてしまう。
 
「話って進路のこと?」
 
 ドリンクが底を尽き、間が保たなくなった恵が口を開いた。
 
「それさ、あたしでいいの?  相談相手を間違えてない?」

 まるで突き放すような言い方だ。
 朱音は臆する気持ちを押さえ込み、食い下がって聞いた。

「樋川さんにお話を聞きたいんです。歴代の軽音部で本格的にバンド活動されていたと聞いたので」

「ああ、なるほど。そっか……」
 
 何を語りかけても恵の表情はずっと曇ったままだ。
 
「わざわざ来てくれたのに悪いんだけどさ、何も言うことないや」

「えっ……」

「バンドも、そろそろ潮時だと思ってるし」

「……」

「そんなやつの話なんか参考にならないでしょ?」
 
 空気が重い。

 軽音部の同級生が「樋川先輩はすごい。バンドデビューも夢じゃないくらいのカリスマと実力がある」と熱く語るくらい、軽音部の伝説的OGだと聞いていた。

 そんな彼女が今、自分と変わらない、ごくごく普通の女性に見えた。未来に迷い、憂うようなひとりの女性に。

 朱音は自覚しながらも、残酷な質問をした。
 
「その後は……、どうするんですか?」
 
 恵は胸を打たれたように、一瞬苦しい顔をしたが、あっさり言い放った。
 
「フリーターかな」
 
 恵は自虐的な笑いをした後、あっけらかんと語り出した。
 
「フリーターだよ? 笑えるでしょ。親に言われて一応大学に進学したけど、バンド活動ばっかりで、就職活動もしてこなかったし、バンド以外でやりたいこともなかったしさ。しかも、こんなカッコじゃどこも雇ってくれないよね」
 
 恵は無理して明るく振る舞っている。朱音はひどく胸が傷んだ。

 なんでバンド活動は大成しなかったのか、諦めなくてはいけなかったのか。それを聞くのは心苦しく、朱音は何も言えずにいた。
 
「あー、ごめんね。暗い話になって」

「いえ……」

「あたしね、自分がすごく上手いって自惚れてたんだわ。大学生やりながらバンドデビューなんて想像してて。……でも現実は違ったね。好きとか楽しいだけじゃ、全然辿り着けなかった。このままやっていけるのか不安になっちゃって……。あたしも今、ここの先どうすればいいのか悩んでいたところだったんだよね」
 
 初対面の時に感じた威圧的な雰囲気はもう感じられなかった。
 吹っ切れたように明るく振る舞う恵は痛々しく見えた。

「あたしは自分に勝てなかった。 だからさ、諦めずに頑張れとか、 無責任なことは言えないし、よく考えろとしか言えないわ。 ごめんね……」

 朱音はなんて返答すればいいのか言葉に迷った。
 互いに無言でいるわずかな時間でさえ耐えられそうになく、必死に次に繰り出す言葉を探した。それでも、気休めの言葉を掛けるのは諦めた。

「いいえ。こちらこそ、ごめんなさい。こんな大変な時期に押し掛けてしまって……」

「ううん。いいんだよ。……、力になれなかったけど、今日会えてよかったよ」
 
 悔しさ、悲しさ、情けなさ、それらすべてを圧し殺して、彼女は微笑んだ。

 夢破れた恵の顔は、曇っており、まだ迷いがある。

 自分の好きなことを続けて夢を叶えるのは、相当の覚悟が必要なのだと、朱音は悟った。

 そしてまだ自分にはその覚悟が決まっていない。

 選択することで、取り戻せなくなる未来がある。一方に打ち込めば、もう一方は疎かになり、まともな人生をおくるレールから逸れてしまう。
 人生の犠牲を払ってでも絵を描き続けることが、最善の選択なのだろうか。
 
 帰り道、朱音は電車に揺られながら空を見た。憎たらしいくらい、抜けるような水色がどこまでも広がっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

忘れさせ屋~あなたが忘れたい事は何ですか~

鳳天狼しま
ライト文芸
あなたは忘れたいことはありますか? それはだれから言われた言葉ですか それとも自分で言ってしまったなにかですか その悩み、忘れる方法があるとしたら……?

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

いえろ〜の極短編集

いえろ~
ライト文芸
 私、いえろ~が書いた極短編集です。  ☆極短編・・・造語です。一話完結かつ字数がかなり少なめ(現在目安1000字前後)の物語。ショートショートって言うのかもしれないけどそんなの知らないです(開き直り)   ー ストーブ ー  ストーブを消した五分後、いつもつけ直してしまう女の子のお話。 ー 大空 ー  色々思い悩んでいる学生は、大空を見てこう思ったのだそうだ。 ー ルーズリーフ ー  私が弟を泣かせてしまった次の日、弟はこれを差し出してきた。 ー Ideal - Idea ー  僕は、理想の自分になるために、とにかく走った。 ー 限られた時間の中で ー  私は、声を大にして言いたい。 ー 僕を見て ー  とにかく、目の前にいる、僕だけを見てよ。 ー この世も悲観したものじゃない ー  ただ殻に閉じこもってた、僕に訪れた幸運のお話。

拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】 僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。 ※他サイトでも投稿中

旦那様、離縁の申し出承りますわ

ブラウン
恋愛
「すまない、私はクララと生涯を共に生きていきたい。離縁してくれ」 大富豪 伯爵令嬢のケイトリン。 領地が災害に遭い、若くして侯爵当主なったロイドを幼少の頃より思いを寄せていたケイトリン。ロイド様を助けるため、性急な結婚を敢行。その為、旦那様は平民の女性に癒しを求めてしまった。この国はルメニエール信仰。一夫一妻。婚姻前の男女の行為禁止、婚姻中の不貞行為禁止の厳しい規律がある。旦那様は平民の女性と結婚したいがため、ケイトリンンに離縁を申し出てきた。 旦那様を愛しているがため、旦那様の領地のために、身を粉にして働いてきたケイトリン。 その後、階段から足を踏み外し、前世の記憶を思い出した私。 離縁に応じましょう!未練なし!どうぞ愛する方と結婚し末永くお幸せに! *女性軽視の言葉が一部あります(すみません)

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

処理中です...