スカートとスラックスの境界線〜葉山瑞希がスカートを着る理由〜

星川さわ菜

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5話 揺らぎ

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 日曜日の13時25分。俺は駅前のロータリーに居た。

 学校の外で瑞希と会うことになっていた。加えて同じクラスの木村ゆかり、その友人の広崎有紗ありさも一緒だ。スマホを確認するが、誰も待ち合わせ場所に来なければ連絡もよこさない。

 俺は妙な緊張感に包まれていた。
 瑞希と外で会うのは初めてだ。どんな姿で登場するのかソワソワしていた。
 加えて女子ふたり。傍から見れば女子三人に男が放り込まれているになるわけで、想像するだけで余計に気まずい。木村ゆかり、広崎有紗とはまともに喋ったことがない。

 何故こんなことになったかと言えば……。


 * * *


 世界史のグループワークで、世界の偉人について調べ発表する。初回の授業では互いに仲間を募って、グループを作ることから始まった。

「新井、俺んとこのグループに入るよな」

 俺は飯田の輪に入ろうとしたが、瑞希に腕を引っ張られた。

「透矢。こっち、いい?」

 瑞希の背後には木村ゆかりと広崎有紗のふたりがいた。

「瑞希ちゃん、一緒にやろ……!」
「そういうことだから、お願い」

 木村たちからどうしてもと誘われたらしく、瑞希にメンバー入りを懇願された。飯田を諦めた俺は異色のグループに属することになった。

 このグループはまとめ役がいない。木村は話を拡散させるし、広崎は同意するだけで決断できない。瑞希は話を合わせているだけ。
 女子力が高いメンバーの中に放り込まれた俺は萎縮し、グループは迷走を極めた。

「諸葛孔明がいいなー」

「クレオパトラはー?」

「フランス革命あたりやらないー?」

 周囲の声が耳に入り、焦るだけで結局何も決まらなかった。このまま遅れを取ると四週間の授業では到底間に合わない。
 広崎の提案により、週末に市内の図書館で作業を進めることになった。



 再びスマホを見る。待ち合わせ時刻の13時半になろうとしていた。

『お前、どこだよ』

 瑞希にメッセージを送ってみる。すぐ既読がついて返ってきた。

『透矢の隣』

 隣を横目で見ると華奢な男が立っている。

 俺は驚いた。
 隣にいた男は葉山瑞希だった。

 気づくはずはない。学校とは違い、黒いデニムに黒のシャツ、キャップをかぶって長髪を隠し、男の振りをしていた。正確には男なのだが。

「お前、気づいたなら言えよ!!」

 俺は向き直って叫んだ。周囲の人間が何事かと振り返る。

「いつ気づくかなと思って」

 瑞希は舌を出していたずらに笑った。化粧っ気もない。

「あれ? スカートのほうが良かった?」

 俺は面食らった。からかわれている。顔が熱い。赤くなっているのだろうか。

「別に。普段からあの格好はしないんだな」
「そういうわけじゃないけど、メンズの服も着るよって言わなかった? 透矢が気にすると思って。自分にとっては普段着でも女装だって指差す人がいるからね。ゆかりんと有紗にも不快な思いはさせたくないんだ」

 確かにまだ世の中は普通から外れていると指差される世界だ。

「TPOをわきまえているので!」

 瑞希は胸を張った。

「それにさ、今日はなんとなくこっちの気分だったんだよね」
「こっちって?」
「メンズの気分ってこと」

 正直、瑞希の持つ雄々しい側面に戸惑った。
 それに気づかれないよう、俺は次の話題を振った。

「木村と広崎、遅くね?」

「ゆかりんと有紗は先に図書館の席予約に行ってもらった。自分たちも行こう」

 瑞希は木村ゆかりからのメッセージを確認しているようだった。俺の知らないところで既にチームワークができていた。


 * * *


「……瑞希ちゃん……。かっこいい」

 合流して初めて見る瑞希の男装姿に木村ゆかりは目を輝かせ、広崎有紗は目を丸くし驚いた。
 彼女たち好みのルックスなのだろう。普段瑞希のそばで談笑しているふたりは急におとなしくなった。

「とりあえず、今日はテーマを決めなきゃ。それぞれ気になる人物の本を持ち寄って、その中から面白そうなものを選ぼう」

 今日の瑞希はとにかく頼もしかった。
 木村は上の空。広崎は緊張でドギマギ。調子が出ないふたりをリードし、ほぼ瑞希の誘導で難関のテーマ決めをクリアした。


 * * *


 もう夕日が沈みかけていた。

「じゃあ、明日また学校でね」
「あぁ、またな」

 それぞれ電車のホームへ別れるところだった。別れの挨拶もそこそこに、歩き出した瑞希の背中を見て、俺は焦った。

 ……大事なことを言い忘れている気がする。

「瑞希……!」

 俺は駆け寄った。

「ん?」
「助かった。最初はどうなることかと思ったけど、お前のお陰でなんとかなりそうだ。……ありがとう」

 なんでこんなことを素直に言えるのか。自分でも不思議だった。

「お前と一緒のグループで良かった」
「うん。自分もだよ」

 瑞希の屈託のない笑顔に安心した。俺は全然役に立てていないばかりか、頼りっぱなしだったから。瑞希がいなければ木村や広崎ともまともに話せない。


 瑞希、お前はすごいやつだ。今まで出会ったどんな人間よりも。こんな変わったやつ、俺は知らない。お前は色んな壁を簡単に越えていく。そんなすごいやつだ。

 その頼もしい背中が見えなくなるまで見送った。


 * * *


 前途多難なスタートだったが、瑞希の調整力のおかげで俺たちの発表はなんとかまとまりつつあった。
 それでも発表練習に入っていた他のグループに比べると遅れを取っていた。

 発表を一週間後に控えたある日の放課後、四人で居残りし、急ピッチで模造紙書きをしていた時だった。
 突然ドサドサドサッと本と紙が落ちる音が校内に響き、俺の黒マジックペンが模造紙の上で稲妻を描いた。

 様子を見に行くと、資料をコピーしに行った木村ゆかりが本と紙をぶちまけ、階段下でうずくまっていた。

「おい、木村……!」
「ゆかり……、大丈夫!?」
「ゆかりん……!? 足くじいたの?」
「……大丈夫、だから」

 木村は苦痛に顔を歪ませていた。

「ゆかりん、保健室行こう。看てもらった方がいい」

 駆け寄った瑞希は木村を軽々と抱きかかえた。
 木村は顔を赤面させ、瑞希の腕の中で小さくなっていた。


 幸いにも木村は軽い捻挫で済んだが、突然転びそうになるなどの未遂事件をちょいちょい起こしていたようだ。

 校外で瑞希と会ってから、瑞希と木村の会話はぎこちなくなっていった。
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