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温泉にどっぷりつかりました。

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 カポーン。



「……」

「……」


 露天風呂で見詰め合う二人の少女。

 一人は湯に浸かっていて一人は大理石の床に立ち、プラチナブロンドの少女を見下ろしている。


「何故貴女がここにいますの?銀髪娘」

「おまえがフラグを立てたからだ女王様」





 実に数時間振りの再会であった。


 女王様ことレイチェルはおもむろに口を開く。

「銀髪娘、取り合えず貴女は前を隠したら如何?」

 イブはタオルも何も持たず仁王立ちしていた。白い肌が惜しみなく晒されている。

「生憎、恥じらって隠すような体型じゃないから」
「ああ、そう……」

 イブはゆっくりと湯の中に体を沈める。

「ふぅ」

「……」

「……」

 ちらり。

 イブは横に居るレイチェルを盗み見た。その視線は顔よりもその胸部に向かっている。

 レイチェルはジロリとイブを見返す。


「何ですの……」



 イブは自分の胸をちらりと見るとまた視線をレイチェルに戻す。
 そして真顔で自分の鎖骨の辺りに手を当てて一言。

「美乳」

 レイチェルを指差して一言。

「微乳」



 一瞬の沈黙の後、レイチェルの顔が真っ赤に染まった。

 バシャッと音を立てて両腕で胸を隠す。

「んなっ、そそそそんなことはどうでも宜しいでしょう!?私の美しさの前では胸部の脂肪の大小など些細な問題ですわ!!」

「だったらそんなに反応しなきゃいいのに」

「うぐっ」

「勝った…」

 イブは小さくガッツポーズをする。その表情はどこか満足気だ。

「微乳気にしてるの?」

「別に気にしてませんわ!微乳じゃありませんし!!」

「じゃあ貧…」「その口塞ぎますわよ」

「無理だと思うけど……神力の格が違う」

「それくらいわかってますわよ!もうっ」

 レイチェルは怒ってそっぽ向いてしまった。

 ―――これはそうとう胸のこと気にしてるな。

 イブはこの話題を掘り下げる気にはならなかった。



「女王様がいるってことはあの変態もいるの?」
「ええ、フリッツもいますわよ。今どこに居るかは知らないですけど……」
「100%この仕切りの向こう側にいるでしょ。だって変態だもん」
「……まあ、居るでしょうね」

 この露天風呂は例に漏れず男風呂と女風呂が竹で区切られた作りになっている。かなりしっかりした作りなので一見、覗けそうなところはない。

「あの変態なら登って来そうだね」

「いえ、流石のフリッツもそれくらいはわきまえて………来そうですわね」
「あの変態主からの信用もないのか」
「信頼はしていますけど信用はしていませんわ」

「あれを信頼できちゃう女王様すげぇ。てか、よくあれと二人っきりで行動できるよね。荷物の番とか頼んだら下着が数枚消えてそう」
「……………」
「心当たりがある模様」

 レイチェルは黙りこくってしまった。


「殿方と二人っきりでお泊まり旅行なんて品位が知れますわっ」

 イブがレイチェルの口調を真似てからかった。

「なっ!貴女だってあの青髪の方を連れているじゃありませんの!」
「ウチのは紳士で優しくて気配り上手さんだもん。変態と一緒にしないで!」
「ぐっ、何も言い返せませんわ……」
「ふっ」

 悔しそうなレイチェルをイブは鼻で笑った。

「てか女王様ランの存在は無視?一応今は私の連れだよ?」
「ラン?…………………ああ、だってあの方は…」

「あの方は?」

「……いえ、何でもありませんわ」

 レイチェルが口を濁す。

「あんまりかっこよくないとか言いたいの?うわぁ、ランかわいそー。まあ、私のソルに比べたらどんな男もスッポン未満だけど」
「そんなこと言いませんわよっ!大体、私は旅行ではなく療養に来ているのです。やましいことなんて何もありませんわっ」
「へ~」
「聞く気ありませんわね……」
「だって元気そうじゃん」
「ええ、大分回復したのでそろそろ国に帰ろう思っているところですわ。銀髪娘はどのくらい滞在するご予定で?」
「ん~暫くはいるかなー。気が済んだら別の国行く」

 イブは風呂の縁に頭と手を乗せ、うつ伏せになってばた足を始めた。飛び散った温泉がレイチェルに降りかかる。

「しょっぱっ」

 塩気のある温泉が口に入ったようだ。

「行儀の悪い真似はお止めなさいな」
「女王様はこの鮮やかなばた足が見えないのか」
「そういうことじゃありませんの」

 レイチェルははぁ、と一つため息を落とした。

「一応忠告して差し上げますわ。早めにこの国を出た方がよろしいですわよ」

「その心は?」

「この国には現在、第一王子のオスカー様と第二王子のディラン様がいらっしゃるの。その二人で王位継承権争いが勃発しそうなのですわ」

「そりゃまた何で」 

「弟のディラン様の方に水竜の血が濃く出てしまったのですわ。それはもう、歴代の王族達も比べものにならない程に。それ故に、ディラン様を王にしようとする貴族達が出てきたのですわ。今までは長子が一番血を色濃く受け継いでいたのでこんな問題は起きなかったのですが……」
「ふ~ん」
「ここは信仰心が強い国でもありますから聖女ということで巻き込まれるかもしれませんわ。ですから、面倒事になる前にこの国から去った方がよろしいですわよ」

 レイチェルは未だにばた足を止めないイブを横目で見やる。

「って言っても、無駄のようですわね」

 イブの表情は期待に満ちていた。邪気のない顔でニコニコ笑っている。
 イブはばた足を止めて仰向けで湯に浮かび始めた。湯に散らばった銀髪が月の光を反射する。

「うふふ、長い人生、ただ生きてるだけじゃ面白味がないもんね」

 レイチェルはそんなイブを見て理解できない、と言うように首を振る。

「そりゃ、貴女はそうでしょうね」

「あ、こらっ!泳ぐんじゃありません!」

 派手に飛沫が上がる。


「バタフライ!?」










 男湯


 少女達が再会を果たしているということは、こちらも会ってしまう、ということである。

「ハァハァ、マスター」

「おい変態」

 地を這うような低い声が仕切りにへ張り付いている男の背中に掛けられた。
 変態はソルの方を向かないまま返答する。

「おやおや、さっき振りですねぇ。お二方」
「離れろっつってんだよ」
「ぐはぁっっっ!!」

 ソルは遠慮なくフリッツに飛び蹴りをかました。小さくはないフリッツの体が吹っ飛ぶ。


「くっ、中々やりますね。ですがそんなことで僕のマスターへの愛は止められませんよ」
「愛=覗きなの?僕には理解できないなぁ」

 ケタケタ笑いながらランは湯船に入っていった。

「イブも今隣にいるのに俺が覗かせる筈ないだろう。高飛車女の裸なんぞどうでもいいが」

 ソルは不機嫌に言い放つ。するとその言葉にフリッツが反応する。

「僕のマスターの体がどうでもいいわけないでしょう!!今日こそはマスターの生肌をこの目に焼き付けるんです!」
「キモイ」
「ストレートなお言葉!でもそんなこと言ってても本当は貴方だってお連れの方を覗きたいと思っているんでしょう!?だって男ですもん!!」
「そう言われたって見逃さねぇからな。どうせイブはタオルで隠すとかしてないし」
「僕が見たいのはマスターだけです!!」

「二人共風呂入ればー?」
「「……」」

 ランが二人に促すと渋々ながら二人共肩まで浸かった。


「イブの方が可愛い愛らしいしスタイルがいい」
「マスターの方が性格に味がありますしは一種のステータスですよ」

 何故か論争が始まった。



「ヘックシ」
「女王様お風呂に入ってるのに冷えたの?」
「いえ……なんだか侮辱されたような気が……」
「?変なの」



 数分後。


「抱っこした時イブは柔らかくて良い匂いがする」
「何っ!?意中の人を抱き締めさせて貰えるだとっ!?どれだけ幸せ者なんですか!リア充ですか!?僕もしたいです!!」
「誰がさせるか」
「いや、そちらの銀髪娘さんにではなくマスターにです」
「勝手にしろ」
「出来たらとっくにしてます。マスターだってあのプラチナブロンドの髪が揺れる度にフワリと花の香りがするんですよ。ついつい呼吸が荒くなるのはマスターの下僕げぼくとして当然ですよね」
「鼻の香りか。変な匂いだな。イブの香りはお前なんかには教えん」
「漢字が違います。あと僕はマスター一筋ひとすじですから」


「何このオタクが推しを自慢する会みたいなの……」

 ランはひたすら傍観に徹した。

 ちなみに、これは二人が逆上せる直前まで続いた。……何故かランだけはけろっとしていて一人露天風呂に残ったが。



「あっ、ソル!」

 ソルが暖簾を潜ると、イブが胴に飛び付いて来た。ソルはそれをよろけることなく受け止め頭を撫でる。
 イブの頬はほんのりと赤く染まっている。

「イブ、温泉はどうだった?満足したか?」
「うん!ちょー満足」
「そうか、良かった」

 イブの銀髪は乾ききっておらずしっとりと濡れていた。一瞬で乾かすことも出来るのにそのままにしておく理由は一つだ。

「おいで、イブ。乾かしてやる」
「はーい」

 ソルは未使用のタオルを何処からか取り出し、イブを近くのソファに座らせ、優しく頭を包んでいく。


 レイチェルとフリッツはその光景を少し離れた所から眺めていた。

「お風呂上がりのマスターも最高です。僕らもあれやりますか?」
「生憎私は神力で乾ききっているからその必要はないわ。あと、そう簡単に私に触れさせる筈がないでしょう」
「残念です」

 フリッツは眉を下げる。
 レイチェルはそんなフリッツには目もくれずじっとソファの方を見つめている。


「…………あの二人はずっとあのままなのでしょうね」

 ふと、レイチェルが呟いた。それにフリッツが反応する。

「……変わらないのが羨ましいですか?」



「ええ、そうかもしれないわね」

 レイチェルは微かに微笑んだ。














 その夜更けにフリッツがレイチェルの残り湯を回収しに向かったところ、男女の風呂が入れ替わっていて露天風呂には従業員のオジサン達が入っていったという。



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