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二章
名付け親 sideシリル
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シロが師匠の膝の上でぷーすこ寝息を立て始めた。
「かわい~。どう師匠? うちのシロかわいいでしょ~」
「ああ、かわいいのう」
目尻を下げてシロの頭を撫でる師匠。
「お前はこのまま特殊部隊を続けるのか?」
「うん、続けるよ。なんだかんだ好きにできるし、まともな職場じゃあ雇ってもらえる気しないもん」
「……ここで働いてもいいぞ」
「考えとくよ」
師匠の申し出はありがたいけど、これ以上師匠に迷惑かける気はない。こんな爆弾を作るのにうってつけの場があったら暴走する気しかしないし。
特殊部隊のやつらはいいんだよ。こっちも迷惑かけられてるから。持ちつ持たれつだね。
まともに社会で働けそうでやりたいことがあった奴らは隊長が断固として特殊部隊には入れなかったから、特殊部隊にいるのはおかしなやつらがほとんどだし。なんだかんだ働きやすい職場だ。殿下からの信頼も厚いし、待遇も結構いい。
圧倒的な強さを誇る特殊部隊の需要は尽きないので、シロを取り戻すという目的を達成してからも普通に活動している。
「にしてもシロか……。特殊部隊の名付けはやっぱり単純というかなんというか……」
師匠が微妙な顔をする。
「隊長が最初に深く考えずに名付けたのがいけないんだけどね。他の奴らは割とそれに倣っただけだし」
アニとかクロは別だけど。でも二人の名付けも単純だよね。アニはシロのお兄ちゃんって意味でアニだし、クロはシロと対っぽい名前がいいって言って隊長がクロって名付けた。……こう考えると、あの完全無欠に見える隊長の唯一の欠点は名付けのセンスなんじゃないかと思ってくるね。
そんなことを考えていると当時の記憶が思い起こされる。
特殊部隊に身を置くにあたって、自分達の名前を決めることになったんだ。あんまり自分の名前を自分で決める人っていないよね。
組織では番号とかアルファベットで呼ばれてたし、組織に用意された偽名を使い続けるのはなんとなく嫌だからって自分達で新しい名前を決めることになったんだ。新しい人生を歩むという意味でも、あれは結構大きな出来事だった気がする。
みんな結構悩んだもんだけどアニはさっさと決めてたなぁ。あいつは昔からブレない。クロも早かった。そして、その二人と同じくらいに隊長も決めてた。
「なんて名前にしたんです?」
「ブレイクだ」
「おお、かっこいい名前。由来はなんですか?」
「俺の番号、009で無零九だ」
「……」
それを聞いた僕は不覚にも、かける言葉を一瞬失った。
新しい人生を歩むための改名だっつのになんで番号から付けちゃうかなこの人は。
「なんで番号から付けちゃったんですか?」
「……しろは、まだ残ってるから。しろだけを置いて俺だけが解放されるわけにはいかない」
隊長は、しろに対して安易に名前を付けたことを心底後悔していた。だけど、その時には僕達にとって”しろ”は”しろ”でしかなくなっているので今さら他の名前で呼ぶことはできない。
隊長は、せめて名前だけでもしろと同じにすることでしろを忘れないように、一緒に過ごした記憶が薄れないようにと心に刻み付ける意味でブレイクという名前にしたようだ。
それを聞いた仲間達は次々に隊長と同じように名付けて行った。数字とかアルファベットから自分の名前を付けだしたのだ。
当然、僕もそんな名前に拘りはなかったからその波に乗ろうとした。でも―――
「……015ってどうつければいいんだよ」
いちごちゃん? 僕別にいちご好きじゃないんだけどなぁ。
名前なんて正直自分を識別できればなんでもいいけど、いちごちゃんなんて名前にした日には周りのやつらからおそろしくイジられる気がしてやめた。
しっくりくる名前を思いつくまでのんびり考えよう。
そう伝えると隊長にガシガシと頭を撫でられた。
「別に俺と同じように付ける必要はないんだぞ? 番号に拘らずにかっこいい名前にしたらどうだ?」
「ん~……検討します」
「はは、まあ悩んで考えろ。申請は暫く待ってくれるそうだから」
「分かりました」
そんな会話をした次の日、僕は師匠に弟子入りすることになった。爆弾を扱える人間が一人くらいは必要だろうとのことで隊長と殿下に放り込まれたのだ。
僕の師匠になったクソデカオヤジは、ちょっと乱暴だけどできた人間だった。当時は僕もそこそこ尖ってたクソガキだったと思うけど、師匠には尊敬の念を抱かずにはいられなかったくらいだし。
そして、師匠に弟子入りしてからそこそこ時間が経ったある日。
「―――おい、そろそろ名前は決まったか? 呼びづらくて仕方ねぇんだが」
「……まだだよ。もういちごちゃんでいい気がしてきた」
「よくはないじゃろ」
「なんだよ。じゃあ師匠が付けてよ」
あ、それいいな。
ついつい口から飛び出た言葉だけど妙案な気がしてきた。
「――――――シリル」
「……え?」
「シリルなんてどうだ?」
腕を組んでそう聞いてくる師匠。
「もしかして師匠、僕の名前考えてたの?」
「……まぁ、な。人名辞典をパラパラ捲ってたらお前に似合いそうな響きの名前があったんでな」
「人名辞典なんて普通家にないでしょ。なんて意味の名前?」
「いや、意味は見てない。ただ響きだけで選んだ」
「え~」
「なんじゃ、名前なんて響きが本人に似合ってる方がいいじゃろ。縁起のいいお経みたいな名前を考えてやろうか?」
「遠慮しとくよ」
シリル……シリルね……うん、気に入った。師匠の言う通り響きがしっくりくるね。
意味を聞いてみたけど、実際僕も名前の意味なんて興味ないし。
その日の夜、隊長に名前が決まったことを伝えにいった。
「―――シリルか、いい名前を付けてもらったな」
「うん」
「お前らを巻き込んじまって俺もちょっと罪悪感みたいなのがあったからな、お前が普通の名前を付けてくれてちょっとホッとしたぞ」
そう言って隊長がニカッと笑った。
「……いい師匠に巡り合えてよかったな」
「……うん。隊長と殿下のおかげだよ。隊長は兄がいたらこんな感じかなって思うけど、師匠は父親がいたらこういうのかなって思うんだ」
「シリルをそこまで懐かせるなんて、ワルド殿はすごいな」
早速隊長が名前を呼んでくれた。なんかちょっと照れ臭い。
「じゃあ申請の書類は出しておくな。これで全員の名前が決まった」
「あれ? 僕が最後だったの?」
「ああ。だけど時間がかかっただけあっていい名前を付けられたな」
手放しで褒めてくれる隊長。
これは後から聞いた話だけど、僕の名前が決まった頃には申請の期限はとっくに切れてて、隊長は随分事務方から急かされていたらしい。でも隊長はそれを微塵も匂わせなかった。
隊長もできた人だなぁ。
「―――おいシリル、そろそろ日が暮れるぞ」
「ん……?」
師匠の声で目が覚めた。シロはまだ師匠の膝の上で寝ている。
どうやらいつの間にか僕も寝てたみたいだ。
「この子は全く起きんのだがどうしたらいい?」
「ん~? 僕が抱っこして帰るよ」
起きてても抱っこで帰る気だったし、どっちにしろ変わらない。
荷物を纏めて眠ったままのシロを抱っこし、玄関まで行く。
「……ねえ師匠、さっきの話だけど」
「ん?」
「ここで働いてもいいって話」
「ああ」
「僕がもうちょっと年をとって、もうちょっと真人間になったら工房を継いであげてもいいよ」
「いや、継いでくれとまでは言ってない」
冷静に返された。
むっか~!
「なんだよなんだよ! せっかく前向きに考えるって言ってんのに! 僕はもう帰る!」
「おう、気を付けて帰れよ。あと、今度はもっと早く顔出せ」
「もっと頻繁に来て工房乗っ取ってやるよ。じゃあまた来てやるからね、クソ親父!!」
そう言い放つと、しっかりとシロを抱き直し、穏やかに微笑む師匠に背を向けて僕は帰路に着いた。
「かわい~。どう師匠? うちのシロかわいいでしょ~」
「ああ、かわいいのう」
目尻を下げてシロの頭を撫でる師匠。
「お前はこのまま特殊部隊を続けるのか?」
「うん、続けるよ。なんだかんだ好きにできるし、まともな職場じゃあ雇ってもらえる気しないもん」
「……ここで働いてもいいぞ」
「考えとくよ」
師匠の申し出はありがたいけど、これ以上師匠に迷惑かける気はない。こんな爆弾を作るのにうってつけの場があったら暴走する気しかしないし。
特殊部隊のやつらはいいんだよ。こっちも迷惑かけられてるから。持ちつ持たれつだね。
まともに社会で働けそうでやりたいことがあった奴らは隊長が断固として特殊部隊には入れなかったから、特殊部隊にいるのはおかしなやつらがほとんどだし。なんだかんだ働きやすい職場だ。殿下からの信頼も厚いし、待遇も結構いい。
圧倒的な強さを誇る特殊部隊の需要は尽きないので、シロを取り戻すという目的を達成してからも普通に活動している。
「にしてもシロか……。特殊部隊の名付けはやっぱり単純というかなんというか……」
師匠が微妙な顔をする。
「隊長が最初に深く考えずに名付けたのがいけないんだけどね。他の奴らは割とそれに倣っただけだし」
アニとかクロは別だけど。でも二人の名付けも単純だよね。アニはシロのお兄ちゃんって意味でアニだし、クロはシロと対っぽい名前がいいって言って隊長がクロって名付けた。……こう考えると、あの完全無欠に見える隊長の唯一の欠点は名付けのセンスなんじゃないかと思ってくるね。
そんなことを考えていると当時の記憶が思い起こされる。
特殊部隊に身を置くにあたって、自分達の名前を決めることになったんだ。あんまり自分の名前を自分で決める人っていないよね。
組織では番号とかアルファベットで呼ばれてたし、組織に用意された偽名を使い続けるのはなんとなく嫌だからって自分達で新しい名前を決めることになったんだ。新しい人生を歩むという意味でも、あれは結構大きな出来事だった気がする。
みんな結構悩んだもんだけどアニはさっさと決めてたなぁ。あいつは昔からブレない。クロも早かった。そして、その二人と同じくらいに隊長も決めてた。
「なんて名前にしたんです?」
「ブレイクだ」
「おお、かっこいい名前。由来はなんですか?」
「俺の番号、009で無零九だ」
「……」
それを聞いた僕は不覚にも、かける言葉を一瞬失った。
新しい人生を歩むための改名だっつのになんで番号から付けちゃうかなこの人は。
「なんで番号から付けちゃったんですか?」
「……しろは、まだ残ってるから。しろだけを置いて俺だけが解放されるわけにはいかない」
隊長は、しろに対して安易に名前を付けたことを心底後悔していた。だけど、その時には僕達にとって”しろ”は”しろ”でしかなくなっているので今さら他の名前で呼ぶことはできない。
隊長は、せめて名前だけでもしろと同じにすることでしろを忘れないように、一緒に過ごした記憶が薄れないようにと心に刻み付ける意味でブレイクという名前にしたようだ。
それを聞いた仲間達は次々に隊長と同じように名付けて行った。数字とかアルファベットから自分の名前を付けだしたのだ。
当然、僕もそんな名前に拘りはなかったからその波に乗ろうとした。でも―――
「……015ってどうつければいいんだよ」
いちごちゃん? 僕別にいちご好きじゃないんだけどなぁ。
名前なんて正直自分を識別できればなんでもいいけど、いちごちゃんなんて名前にした日には周りのやつらからおそろしくイジられる気がしてやめた。
しっくりくる名前を思いつくまでのんびり考えよう。
そう伝えると隊長にガシガシと頭を撫でられた。
「別に俺と同じように付ける必要はないんだぞ? 番号に拘らずにかっこいい名前にしたらどうだ?」
「ん~……検討します」
「はは、まあ悩んで考えろ。申請は暫く待ってくれるそうだから」
「分かりました」
そんな会話をした次の日、僕は師匠に弟子入りすることになった。爆弾を扱える人間が一人くらいは必要だろうとのことで隊長と殿下に放り込まれたのだ。
僕の師匠になったクソデカオヤジは、ちょっと乱暴だけどできた人間だった。当時は僕もそこそこ尖ってたクソガキだったと思うけど、師匠には尊敬の念を抱かずにはいられなかったくらいだし。
そして、師匠に弟子入りしてからそこそこ時間が経ったある日。
「―――おい、そろそろ名前は決まったか? 呼びづらくて仕方ねぇんだが」
「……まだだよ。もういちごちゃんでいい気がしてきた」
「よくはないじゃろ」
「なんだよ。じゃあ師匠が付けてよ」
あ、それいいな。
ついつい口から飛び出た言葉だけど妙案な気がしてきた。
「――――――シリル」
「……え?」
「シリルなんてどうだ?」
腕を組んでそう聞いてくる師匠。
「もしかして師匠、僕の名前考えてたの?」
「……まぁ、な。人名辞典をパラパラ捲ってたらお前に似合いそうな響きの名前があったんでな」
「人名辞典なんて普通家にないでしょ。なんて意味の名前?」
「いや、意味は見てない。ただ響きだけで選んだ」
「え~」
「なんじゃ、名前なんて響きが本人に似合ってる方がいいじゃろ。縁起のいいお経みたいな名前を考えてやろうか?」
「遠慮しとくよ」
シリル……シリルね……うん、気に入った。師匠の言う通り響きがしっくりくるね。
意味を聞いてみたけど、実際僕も名前の意味なんて興味ないし。
その日の夜、隊長に名前が決まったことを伝えにいった。
「―――シリルか、いい名前を付けてもらったな」
「うん」
「お前らを巻き込んじまって俺もちょっと罪悪感みたいなのがあったからな、お前が普通の名前を付けてくれてちょっとホッとしたぞ」
そう言って隊長がニカッと笑った。
「……いい師匠に巡り合えてよかったな」
「……うん。隊長と殿下のおかげだよ。隊長は兄がいたらこんな感じかなって思うけど、師匠は父親がいたらこういうのかなって思うんだ」
「シリルをそこまで懐かせるなんて、ワルド殿はすごいな」
早速隊長が名前を呼んでくれた。なんかちょっと照れ臭い。
「じゃあ申請の書類は出しておくな。これで全員の名前が決まった」
「あれ? 僕が最後だったの?」
「ああ。だけど時間がかかっただけあっていい名前を付けられたな」
手放しで褒めてくれる隊長。
これは後から聞いた話だけど、僕の名前が決まった頃には申請の期限はとっくに切れてて、隊長は随分事務方から急かされていたらしい。でも隊長はそれを微塵も匂わせなかった。
隊長もできた人だなぁ。
「―――おいシリル、そろそろ日が暮れるぞ」
「ん……?」
師匠の声で目が覚めた。シロはまだ師匠の膝の上で寝ている。
どうやらいつの間にか僕も寝てたみたいだ。
「この子は全く起きんのだがどうしたらいい?」
「ん~? 僕が抱っこして帰るよ」
起きてても抱っこで帰る気だったし、どっちにしろ変わらない。
荷物を纏めて眠ったままのシロを抱っこし、玄関まで行く。
「……ねえ師匠、さっきの話だけど」
「ん?」
「ここで働いてもいいって話」
「ああ」
「僕がもうちょっと年をとって、もうちょっと真人間になったら工房を継いであげてもいいよ」
「いや、継いでくれとまでは言ってない」
冷静に返された。
むっか~!
「なんだよなんだよ! せっかく前向きに考えるって言ってんのに! 僕はもう帰る!」
「おう、気を付けて帰れよ。あと、今度はもっと早く顔出せ」
「もっと頻繁に来て工房乗っ取ってやるよ。じゃあまた来てやるからね、クソ親父!!」
そう言い放つと、しっかりとシロを抱き直し、穏やかに微笑む師匠に背を向けて僕は帰路に着いた。
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