生贄令嬢は怠惰に生きる~小動物好き竜王陛下に日々愛でられてます~

雪野ゆきの

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1巻

1-3

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   ◆◇◆


 早速職にありつけた私は一生懸命働いた。
 身に余る親切な扱いをしてくれるここの人達に恩返しをしようと一生懸命動いた。
 ここのメイドさんは午前と午後の時間帯で分かれて勤務をしていると聞いたのだけれど、毎日の温かなご飯にふかふかなベッド、快適な暮らしを思うと、その対価としてはあまりにも少なく感じられた。
 だからとにかく働かねば……と、私はこっそり、担当場所を移動しながら一日中働き続けていた。

「……リア、ここに来た時よりも顔色が悪くなってないか?」

 するとある日の朝食時、心配そうな眼差しのルフス様に声をかけられた。
 私は自分の頬に手を当てる。

「そうでしょうか? 私としては毎日が充実していて、とても楽しいのですが」
「夜はしっかり寝ているか?」
「はい」

 私は大きく頷いた。
 今のベッドの質はここに来る前に使っていたものとは雲泥の差なので、睡眠の質はかなり向上している。そもそも朝日が昇る前に眠れるなんて、すっごく贅沢だ。空が暗いうちにはきちんと眠れているので問題はないし、体感にして四時間程度は眠っているので十分だ。
 こんなに心配されたことはないので、なんだか嬉しくてこそばゆい。
 しかしルフス様は気遣わし気に私の頬をその大きな手で包む。

「またリアが倒れそうで心配だ」
「ただの人間でもそんな簡単に倒れたりしません。頑張りますので、どうか」
「――わかった」


 そう言って笑った私が意識を失ったのは、その一週間後のことだった。
 その日はなんだかいつもよりも寒くて、体が重かった。
 だけど私は自分の体の訴えに気付かないフリをした。
 ご飯を食べられることと仕事をきっちりこなすことが、いつの間にか私の中でイコールになっていたからだ。規則正しく三食食べられるなんて、しっかりと働かないと到底受け取れない贅沢な報酬だ。

「だからこれぐらい大丈夫……だと思ったんですけどね……」

 私は体の不調を隠し、いつも通り仕事をしていたが、午後になると体調はさらに悪化した。
 頭がくらくらして、時折モップで床をこする手が止まってしまう。
 丸三日ほとんど寝る暇がなかったり、ろうそくすらない室内でひとつのスペルミスもなく書類を整えたりすることに比べたら、まったく苦しくもない仕事のはずなのに。
 そして今まで経験したことがないような激しい頭痛やめまいに襲われて、私はいとも簡単に意識を手放してしまったのだ。

「――――まったく」

 最後に呆れたような、でも優しい声が聞こえたような気がした。


 倒れてしまった私を、誰かが部屋のベッドまで運んで寝かせてくれたらしい。
 ――さむい。
 さむい。
 頭が割れるように痛い。
 もうろうとする意識の中で私はうなされていた。
 いくら自分で自分の体をかき抱いてもかんはなくなってくれない。自分の体の中の熱を作る回路が壊れてしまったのかと錯覚するほどだ。体をできる限り小さく縮めていると、声がした。

「寒いのか?」

 さむい。
 聞こえてきた心地の良い声にそう答えると、急に体が温かいものに包まれた。

「まだ寒いか?」

 …………あったかい。
 それにしがみつくと、徐々に体が温まっていく。そして、私はそのまま穏やかな眠りについた。


「――?」
「――です」

 ふと、急速に意識が浮上した。頭もすっきりしていて体調も悪くない。
 目を開けると、ルフス様とパッチリ目が合った。私を見つめるルフス様は大きく目を見開いていた。顔の近さにおののきつつ、慌てて頭を下げる。

「お、おはようございますルフス様」

 よく見ると、私は毛布にくるまれて、さらにルフス様に抱っこされているようだった。
 ……一体どういう状況です?
 その疑問がそのまま口に出てしまう。

「えっと、これはどういう状況ですか?」
「リア……」

 すると、間近にあるルフス様の眼光がギンと鋭くなった。声も普段より低い。
 完全に怒っている表情に、体が硬直する。そんな私を見てルフス様が小さくため息をついた。

「リア、お前は三日間眠りっぱなしだったんだ」
「……へ?」

 妙に頭がすっきりしていると思ったら三日間も寝ていたのか。前回の三倍だ。
 にわかには信じがたくて、ぽかんと口を開く。
 そんな私をよそに、ルフス様は厳しい口調で続ける。

「使用人達に聞き取り調査をした。リア、俺は無理をしないように働けと言ったよな」
「はい……」
「その結果、お前はこの一週間、午前午後すべての業務に参加していたとのことだった。これは正しいな?」
「……はい」

 一応疑問形にだけど、ほぼ断定している。顔を見られなくてうつむいていると、ルフス様がとんとんと長い指で自分の頬を叩いていた。

「この三日間、お前は高熱を出すわ目は覚まさないわで、結構危険な状態だったんだぞ」

 そう言ったルフス様の顔にはどこか疲れが見えた。目の下にはうっすらとくまが浮かび上がってすらいる。
 まさか――

「……もしかして、ルフス様が看病してくれてたんですか?」
「ああ」

 竜王陛下自ら看病なんて……!
 愕然としたままベッドから出て土下座をしようと思ったが、ルフス様に止められた。上半身を持ち上げられて再びベッドに寝かされる。それどころか薄がけの上からお腹をポンポンされる。

「まだ寝てろ」
「あの……本当に申し訳ございませんでした」

 申し訳なさすぎてルフス様の顔を見られない。

「看病は別にいい。手のかかる仔竜と同じようなものだ。俺が怒っているのはリアが無理して働いたことに対してだ」
「えっと、私としては無理をしたつもりはありません。ここに来る前も毎日そのくらい働いていたので」
「は?」

 ルフス様は理解できないというような声を出した。

「人王国にいた頃、リアはどんな生活をしていたんだ?」
「睡眠、食事など生きるのに必要なことをする以外は叔父の代わりに書類仕事を」
「……言いたいことは色々あるが、睡眠時間は?」
「平均すると一、二時間くらいでしょうか。ですからここに来て本当にたくさん寝かせていただいていますし、ご飯までいただいているのに倒れてしまって不甲斐ないばかりです」

 ルフス様が何やら絶句しているけれど、話を続けても大丈夫だろうか。
 私はルフス様を見上げて、小さな声で言った。

「働いてないと、ご飯をいただくのも申し訳ないのです。倒れてしまい、本当に申し訳ございませんでした……」
「……そんなことは問題ではない」

 ルフス様は低く唸るようにそう言う。
 続いてルフス様は私にとって衝撃的な言葉を口にした。

「リア、お前はしばらくの間働くことを禁ずる」
「――‼」

 な、な……
 抗議をしようと口を開くが、とっのことに言葉が出てこない。
 声も出ず、ただ口をパクパクと開閉するばかりの私をルフス様が真っ直ぐ見据えた。

「言っておくが、反論は聞かないぞ。お前は働きすぎて倒れたんだからな」
「う……」

 文句は言えない。でも、何をして過ごせば。
 それどころか、もしかしてご飯も食べられなくなるのでは、と思って肝を冷やす。
 しかしその心配を見透かしたように、ルフス様は柔らかい声で続けた。

「リアの発育が悪いのは不摂生な生活をしてるからだろう。仕事をする必要はないし、温かな食事を摂って、ここでゆっくり育ちなさい」
「……はい」

 ここで「はい」と言う以外の選択肢があるでしょうか。
 うなだれるとルフス様は私の返事に満足そうに頷いた。そして優しい手付きで私の頭を撫でる。

「もう不調なところはないか?」
「あ……」
「あるんだな。言え」

 ルフス様は呆れた目付きになって私に話すように促す。

「ええと」
「ん?」
「メイドさんのお手伝いを始めた次の日から全身が痛いんですけど、どうしてでしょう……?」

 私がおずおずとそう言うと、ルフス様は考え込むように口に手を当てた。

「痛いのは骨? それとも筋肉か?」
「多分筋肉です」
「今まで体を動かしたりはしていたのか?」
「叔父の家ではずっと椅子に座りっぱなしだったので、雑用をこなす他は運動とは縁がありませんでした」

 そう言うと、ルフス様は重々しく頷いた。

「……なるほど。リア、多分それは筋肉痛だ」
「筋肉痛……」

 聞いたことはあるけど、実際になったことはない。書類仕事だけでは筋肉はつかなかったのか……と思って頷くと、ルフス様は可哀想な子を見るように目を細めた。

「運動不足だったのに急に動いたのが原因だろう」

 は、恥ずかしい。
 私は真っ赤に染まっているであろう顔を両手で覆い隠す。

「筋肉痛、なったことなかったのか……」
「……はい……」

 貴族令嬢としてまっとうに育てられていたら、体型維持や健康のために多少は運動をしていただろうけれど、私は叔父に押し付けられた仕事をこなすので精一杯だったので、そんなことをする時間もなく……
 ルフス様の表情を指の間からチラリと盗み見る。
 ……なんとも言えない表情って一番心に突き刺さりますよね。結局、私はこの国で何を求められていて、どうして『貢ぎ者』になったのだろう。
 そう思いながら、私は部屋に戻った。



   訪れた『花嫁』 (ヴォルフス視点)


 俺はその日、誰が見ても分かるくらい朝からソワソワしていた。

「いよいよ今日だなヴォルフス」
「ああ」

 俺の従弟いとこで側近でもあるヴィクターが俺の肩を叩く。そして「落ち着けよ」とカップに入ったコーヒーを差し出してきた。それを一口飲んで息を吐く。
 そんな俺を見てヴィクターは面白そうに笑った。

流石さすがの竜王陛下も緊張するんだなあ」
「そりゃそうだ。憧れの人間で、自分の花嫁候補が来るんだぞ」

 正直、即位式の時よりも緊張している。
 竜人は総じて人間が大好きだ。本能的に自分より弱くてはかない存在に惹かれるのだろう。
 だが同時に、自分達がいいように利用されてしまうかもしれないという警戒心も備えている。過去に竜人が待つ人間への好意を人間同士の戦いに利用されそうになった記録があるからだ。
 それゆえに、人間をはんりょに迎えられるのは竜王だけという決まりが作られた。
 同時に、『竜王』は血筋で選ばれるのではなく、毎度競争を行って決めることになり、その中で一番武を示したものが選ばれるようになった。
 ちなみに人族をめとれると言っても権利を得られるというだけで、強制ではない。もし竜王が人間の国からやってきたはんりょ候補を選ばなかった場合は、人間を元いた国に返すか、特例で他の竜人がその人間をはんりょに迎えることができることになっている。
 だが、今まで、人王国から訪れた人間をはんりょに迎えなかった竜王は数少ない。
 それに、俺は昔から小動物が好きだった。とにかくかわいいし、何より癒される。将来は小動物のようにかわいらしいはんりょが欲しいと思ったのがきっかけで人間に興味を持った。それが竜王位の争奪戦に参加した理由だ。
 男女共に竜王になる権利はあるのだが、そんな理由もあって争奪戦に参加するのは男が多い。
 女は、人間はでるだけで十分という者が多い。女性が竜王になった場合は、『貢ぎ物』を人間の男性に代えてもらうこともできなくはないが、この国の女性ははんりょには強い竜人の男を好むようだ。
 ――そして、今代の竜王には俺が選ばれた。
 今日は俺のはんりょ候補の人間がこの国にやってくる日。
 少年の時のように胸を高鳴らせたとしても許してほしい。
 ヴィクターは苦笑を隠しもせず、俺の隣に腰かけている。

「今から待ってどうすんだよ。お前のお嫁さん候補が来るのは正午くらいだろ?」
「どうせ執務も手につかん。俺の好きにさせろ」
「はいはい」

 ヴィクターはやれやれと首を横に振った。

「でもあんまり期待しすぎんなよ? 性格が悪いとか、お前のタイプじゃない子が来る可能性もあるんだからな」

 そう言われてしまって、少しばかりひるむ。
 人間の国から寄越されたはんりょ候補の性格が悪いというのは、実際に過去にあったことだ。
 その候補の見た目は愛らしかったが性格は最悪で、竜王以外のどの竜人も嫁にはもらいたがらなかったらしい。その竜王は怒り、候補として寄越された娘を強制的に人間の国に返却しにいったそうだ。
 そしてそこで別の人間の娘と互いに一目惚れし、その娘を連れ帰り見事結婚したという逸話が残されている。
 そんなことがあって以来、人間の国からくる娘には竜王の嫁候補ということは伝えない掟になった。あくまで新しく即位する竜王への贈り物という扱いで娘を募集する。
 そうすれば性格の悪い女はやってこようとしないのでは? と先人が考案した掟だ。
 いつしか噂は悪い方向へ転がり、竜王国を訪れる娘は人族から『貢ぎ者』と呼ばれるようになり、竜王陛下に差し出す生贄いけにえとまで言われるようになっているそうだ。
 こちらとしては不名誉な話だが、竜王が代替わりするのは数十年に一度のこと。正す機会も訪れないまま今に至る。
 俺の無言をどう捉えたのか、ヴィクターが珍しく気を遣ってきた。

「まあお前のタイプじゃない子が来たら、最近家に生まれた子猫を見せてやるよ。気に入ったら連れて帰ってもいいし」
「聞いてないぞ。子猫が生まれたなら真っ先に報告しろと言っただろう」

 子猫はすぐに大きくなる。成猫になってもかわいいが、子猫の時のかわいさには代えられない。
 俺の即答を聞いて、ヴィクターがからからと笑って首を横に振った。幼い頃から長い時間を共に過ごしているからか、こいつの態度は相当にフランクだ。

「やだよ。お前に子猫が生まれたって言ったら家に入り浸りになんだろ」
「当たり前だろう」

 子猫は天使だ。ヴィクターは新婚だから俺が入り浸るのを嫌がる気持ちも分かるが……
 そんなバカな話をしていると、くだんの『貢ぎ者』を乗せた竜が城の中庭に降り立ったと伝令が来た。
 俺は即座に外に出られるように用意していた式典用のマントをまとい、大股で外へ向かう。
 人間を見ようといつの間にか大臣や使用人達も中庭に集まっていたが、まあそれはいい。俺も逆の立場だったらそうしているのだから。
 竜の背からさっさと使者が飛び降りる。
 人間は自分では降りられなかったのか、迎えにいかせた使者に竜の背から降ろしてもらっていた。
 ……小さい。
 芝生の上に降り立った人間の少女は、予想よりもはるかに小さかった。
 小さいし、考えていた通りかわいい。だが……あまりに幼いのではないか。
 十から十三程度の少女にしか見えない彼女に不安が募る。『貢ぎ者』と花嫁が呼称されるようになってからいくとせ、あまり良くない健康状態の少女が送られるようになりつつあったが、これほどとは。

「お初にお目にかかります。リア・エスコッタと申します」

 そう言って挨拶をしてくれた少女――リアはあまりにもくたびれていた。
 目の下には年齢に似つかわしくない濃いくま。腰まである白銀色の髪もどこかつやがなく、綺麗な紫色の瞳にも生気が宿っていない。全体的に疲れ切ったオーラがリアを包んでいた。
 明らかに昨日緊張して眠れなかったというレベルではない。この小さな少女には、確かに長期間の疲労が蓄積していた。
 ――だが、やはりかわいい。くたびれきっていてもかわいい。コンディションは最悪なのだろうが、それでもかわいさを隠せていない。
 むしろリアが本調子でなくてよかったかもしれない。これ以上かわいかったらきっと目が潰れていた。
 スカートの端を持ってちょこんとお辞儀をするのがかわいい。
 なんかプルプルしだしたのがかわいい。
 言葉を発することも忘れてリアを観察する。他の奴らも同じような感じだったらしい。
 気付けばそこそこの時間が経ってしまっていた。
 プルプルと震えていたリアが突如、ぺしゃりと座り込む。座り込んだというか足の力が抜けてしまったようだった。
 動揺で一瞬頭が真っ白になりながらも、俺は慌ててリアを抱き上げた。
 ――軽い。え⁉ かっる‼ ちゃんと中身詰まってんのか⁉ 重さもかわいい‼
 あまりに感情がたかぶり、心の中ですら語彙力を失う。
 そして、慌てた結果、いつもと同じように手っ取り早く遠くまで届く『ほうこう』を俺は使ってしまったのだ。

「城にあるありったけのクッションを用意しろ‼ マッサージが得意な者もすぐここに‼」

 ギョッとした様子のヴィクターが俺の肩をガシッと掴む。

「陛下、姫様の耳元でそんな大きな声を出されたら……‼」
「あ」

 やってしまった。俺としたことが、小動物の耳元で大声を出すなんて。引っ掻かれてかくされても仕方のない愚行だ。地上から連れて帰ってきている子猫もそれが原因で俺から離れてしまった。
 もしこの少女にもそうされたらどうしよう、と慌てて腕の中のリアを見ると、かくをするどころか彼女は既に気を失ってしまっていた。

「リ、リア⁉」

 自分のやらかしに、背中を冷や汗がつたう。そして心臓が嫌な鼓動を打ち始めた。竜王の即位式の時でさえこんなに脈が速くなったことはない。
 急いで呼吸を確認すると、問題なくてのひらに温かい吐息を感じた。呼吸までかわいいってどういうことだ……いや、今はこんなことで感動している場合じゃない。
 心拍数も正常だったので、本当にただ気絶しているだけのようだ。
 気絶してしまったリアを寝かせるために、用意してあった部屋に急ぐ。城の中をこんなに全速力で走ったのは初めてだ。いつもは走っている奴を注意する側なんだが。
 俺の後ろには、俺と同じようにリアを心配した使用人達がぞろぞろとついてきている。
 廊下を疾走し、階段を駆け上がれば一瞬でリアの部屋に到着した。用意しておいた特注のベッドの上にソッとリアを横たえる。

「陛下、医師が到着しました」
「ああ」

 ほぼ同時に医師のじぃが着いたようだ。年はとっているがまだまだ機敏だからな。白髪は目立つがまだ腰は曲がっていない。ベッドに横たわっているリアをじぃが診断していく。

「――疲労と陛下の『ほうこう』による軽いのうしんとうですな」
「……それだけか? 病気とかはないのか?」
「私が見た所病気はございませんね」
「そうか」

 ホッとすると同時に俺はこの小さい生物が心配になった。
 ほうこうだけでのうしんとうを起こしてしまうのか……。ならば、俺達竜人が普通に話すだけでこの生き物は弱ってしまうんじゃないか? そんな疑念が俺の中で生まれた。
 そして、同じことを思った奴は他にもいたようだ。ヴィクターが俺の肩を叩いて話し掛けてくる。

「お、おいヴォルフス、この子、相当気をつけて育てないとすぐに死んじゃうんじゃないか?」

 ヴィクターの中ではもうリアは育てて、いつくしむべきものに分類されたらしい。気持ちは分かる。
 ですが、とじぃが続ける。

「疲労といいますか過労気味ですね。この年頃の少女のくたびれ方ではありません。人間の平均的な強度も分かりませんから……、最初は慎重に接するのがいいかもしれまんせんね」
「そうだな。皆、とりあえずリアの前では小声で話すことを命ずる。リアを世話するメイドは細心の注意を払って接してくれ」
「「「はい」」」

 メイド達は神妙な顔で頷いた。リア付きのメイドを選ぶために壮絶な争いがあったらしい。
 パンパン、とヴィクターが二回手を叩く。

「ほい、お前らも人間を見てとりあえず満足しただろ。そろそろ仕事に戻れ。姫さんが目覚めた時にこんなに大勢に囲まれてたらびっくりすんだろ」

 さすが俺の側近、立ち直りが早い。
 ヴィクターの言葉に、部屋の外にまで溢れていた使用人達は渋々ながら職場に戻って行った。部屋にはリア付きのメイドと俺、そしてヴィクターが残った。
 しれっと残っているヴィクターを横目で睨んだ。

「……お前も仕事に戻れよ。俺がいない穴を埋めてこい」
「え? だって俺も姫さんの寝顔見てたいし。しかしかわいいな~。顔色が悪いのがあれだけど」

 ヴィクターはベッドサイドに座っている俺の隣に椅子を持ってきて腰かけた。こいつも俺と同じで小動物と子どもが好きだからな。

「――にしても、姫さんはどうしてこんなに顔色が悪いんだろうな」

 そう言ってヴィクターがリアの頭を撫でる。
 それは俺も思っていたことだ。まだ小さいリアにこんなに濃いくまがあるのは異常だろう。

「……人間の扱いも含め、リアの境遇を調べさせるか」
「お、いいのか? 今まで人王国に人をるのは避けてたのに」
「致し方ない」

 そう返すと、ヴィクターが黙り込んでしまった。やはりヴィクターは人王国に竜人が行くのは反対なのか?

「……なあヴォルフス、本当にこの子を嫁にするつもりか? 正直犯罪臭するんだけど」

 俺は無言でヴィクターを殴る。
 だが正直なところ、俺もちょっと思っていたことだったので、渋々頷く。

「庇護欲は無限に湧いてくるんだが」
「そりゃそうだろうな。じゃあどうするんだ? 諦めて竜人の嫁をめとるか、姫さんを人王国に送り返して新しい嫁候補を要求するか?」
「……それはリアが成長したその時に考える」

 上手く答えられず口篭もると、ヴィクターがなんとも言えない表情でこちらを見ていた。

「なんだその目は」

 哀れなものを見るような、犯罪者を見るような、そんな目だ。

「姫さんが大きくなった時、お前らがお互いに恋愛感情を抱けなかったらどうするんだ?」
「その時はその時だ。てか『姫さん』ってなんだよ」
「あ? 姫さんは将来王妃になるかもしれねぇんだぞ? 本性が分からないし、決定じゃないからまだ本人には言えねぇがその辺の令嬢と同じ扱いはできないだろ。だから姫さんだ」

 ヴィクターはひじ掛けに体重をかけ、頬杖をつきながら続ける。

「でもまあ、俺的には将来お前らは結ばれると思うけどな。勘だが。何よりヴォルフスはこの子のことを相当気に入ったんだろ?」
「まあな」

 まだ恋愛感情は皆無だが、本能がこの子を庇護したいと告げている。不思議だ。
 たくさん話してみたい。小鳥のさえずるような愛らしい声がもっと聞きたい。
 俺は早く目覚めることを願ってリアの頭を撫でる。
 だが俺のその思いとは裏腹に、リアがその日中に目を覚ますことはなかった。

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