生贄令嬢は怠惰に生きる~小動物好き竜王陛下に日々愛でられてます~

雪野ゆきの

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1巻

1-2

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 呆然としていると、陛下が私の方に向き直って普通の声量で言った。

「では、これぐらいの音量で話しても大丈夫ということだろうか」
「はい。むしろそうしていただけるとありがたく存じます」
「ではリア……ああ、リアと呼んでもいいだろうか」

 丁寧な言葉に目をしばたたかせる。そもそも名前どころか『貢ぎ者』と言う名前通り、ヒトとしてすら扱われないんじゃないかと思っていた。私は慌てて頭を下げる。

「もちろんでございます、竜王陛下」
「ありがとう。リア、俺の名前はヴォルフス・ドラグニアスだ。気軽にヴォルフスと呼んでくれ」
「お名前をお呼びして、よろしいのですか?」
「ああ」

 思わぬフレンドリーさに驚きつつ頷く。『貢ぎ者』に過ぎない自分に名前呼びを許すなんて、随分身分の壁が薄い国だ。私はカーテシーの姿勢をとって陛下の名前を呼ぶ。

「承知致しました、ぼるふす様」
「「……」」

 あれ? なんか変な空気になったような……皆さんビックリしたように固まっているし、どこか生温かい空気を感じる。
 もしかして、発音を間違えてしまいましたか?
 慌てて姿勢を正し、陛下と視線を合わせる。

「ぼるふす様で発音は合っておりますでしょうか」
「んんっ、まあ合ってはいないがそれでも構わないというか……」
「陛下」

 口元を手で覆い、早口で何かをまくし立てる陛下を従者さんがたしなめた。
 なんかいいな、こういう関係。これが叔父なら、絶対従者さんに逆ギレしてクビにしているところだ。そう思いつつ二人を見つめていると、陛下が再びこちらを向いた。

「――リア、ヴォルならどうだ?」
「ぼる」

 また笑みをこらえるような、可哀想な子を見るような微妙な顔をされた。

「……ヴの発音がダメなのか。リア、ヴって言ってごらん」
「ぶ」
「ヴ」
「ぶ」
「ヴ」
「びゅ」
「陛下、姫様で遊ばないでください」

 どうやら私で遊んでいたらしい。陛下をジト目の従者さんが再びたしなめる。私は微妙な気持ちで、口をもにもにと動かした。
 名前を正しく呼べないのは、どう考えても無礼だ。寝起きでうまく口が回っていないことにならないだろうか。
 そう思っていたのだけど、陛下は楽しそうに笑うだけだった。

「ははっ、すまんなリア。俺のことはルフスと呼んでくれ。言葉ももっと崩して構わない」
「ありがとうございます。ルフス様」

 竜王陛下の名前を正しく呼べないなんて、怒られるどころか処罰されても仕方ないのに。
 優しい方だ……と思いつつ、私は今まで疑問に思っていたことを聞くことにした。

「そういえば、どうして皆さんは私のことを『姫様』と呼んでいるのでしょうか」
「なんだ不満か?」
「いえ、私はただの『貢ぎ者』ですので『姫様』というのはいささか大それた呼称かと……」
「それっぽいからいいだろう。小さいし、かわいいし。今この国に姫はいないから問題ない。愛称くらいに思っておけ」
「はぁ……」

 愛称が姫様って従姉いとこでもやらないのだけど。
 周りに女の子の取り巻きをゾロゾロ連れていそうな呼び名に、ちょっとだけ顔が引きつる。
 するとそれを見ていた陛下……もといルフス様は眉を上げて付け足した。

「『貢ぎ者』は、リアに言うのも失礼な話だが、この国では俺の所有物として扱われる。ただ、『モノ』と言うのは語弊があって、多分リアが思っているよりも身分は高い。その辺の貴族よりは上だ」
「そ、そうなんですか?」
「そうだ」

 従姉いとこが殺されるかもとか言うから、てっきり奴隷のような身分なのかと思っていた。
 私の反応を見てルフス様が微妙に嫌そうな顔をする。

しいたげるためにわざわざ人間を寄越せとは言わん。もしそのつもりなら、人間よりも丈夫な竜人の方にする」
「勘違いをしていたようで申し訳ありません」

 私はベッドから下りると、ルフス様に深々と頭を下げた。
 そりゃあされる側からしたら不快な勘違いだ。私も何もしていないのに極悪人と勘違いされたら嫌だ。人にされたら嫌なことをしない、と言うのは必要なことだと思う。

「い、いや、俺は怒っていないから早く頭を上げてくれ。あと早くベッドの上に戻ってくれ。倒れたら困るだろう?」

 ところが、ルフス様は慌てた様子で必死にベッドの方を指さした。あまりの慌てように、私は再び急いでベッドに上る。
 私の両足が床から離れると、ルフス様はホッとしたように胸を撫でおろした。
 ……もしかして、また何か勘違いをされていませんか? 今のうちに誤解は解いておかないといけないかもしれません。

「えっと、私は多分皆様が思われているほどか弱くはありませんよ?」
「え? 地上の人間はずっと立っていたら疲れて気絶するんじゃないのか?」
「普通、数分や小一時間程度じゃそんなことにはなりませんよ」

 私の返答にルフス様は釈然としない顔をする。

「でも昨日リアは倒れただろう?」
「あれは……きつい体勢のままでいたせいで、足から力が抜けただけです」

 昨日の失態を思い出して私はうつむいてしまった。叔父の家であんなことをしたらただでは済まなかっただろう。そもそも彼らが異様に優しいだけで、私が礼儀に反したことは間違いない。
 しかし、私の言葉にルフス様含め、この場にいる全員が目を丸くしていた。
 そんなに驚くところだったでしょうか?
 にしても、どうしてこんなに人間についての知識がないのだろう。
 私は恐る恐る手を挙げた。

「過去にも『貢ぎ者』はいたのではないのですか?」
「ああ、いたにはいたのだが、なにせ記録が残ってない」
「残ってない?」
「歴代竜王は、人間を独占して周りにほとんど見せなかった。そのあげく、要約すると『人間かわいい』とばかり書かれている日記しか人間の記録は残っていない」

 それはまた……
 ルフス様は読んでみるか? と言って、ちょうど持っていたらしい日記を私に手渡した。
 ありがたく読ませてもらう。

『人間はかわいい。羽のように軽いし力もない。きっと人間の中には内臓や筋肉じゃなくて夢と希望が詰まっているに違いない』
『人間はかわいいが、か弱すぎる。今日も転んで膝を怪我していた。人間の皮膚は我々竜人の粘膜よりもやわいんじゃないだろうか。入り込んだ菌であっさり死んでしまいそうだと思ったので傷口は念入りに洗っておいた』
『人間は――』

 そんな感じで、その日記には当時の『貢ぎ者』についてつらつらと書いてあった。
 まさか、目の前の彼らはこれをそのまま真に受けたのだろうか。

「……もしかして、これを全部信じたのでしょうか?」
「ああ、なにせこういうものしか記録がない。リアも内臓は入ってないのか?」
「ちゃんと内臓も筋肉も詰まっています」

 私はキッパリと断言した。ここで濁すと後々ややこしいことになりそうだ。
 それから昼食時に必死になって私は誤解を解いた。まだ若干釈然としていない様子だったけど、一応分かってくれたはずだ。……分かってくれたはず。……うん、そう信じましょう。

「そういえばあの、『貢ぎ者』としての仕事とかは」
「そこに居るだけでいい」

 ルフス様が再び腰を折り、私と視線を合わせて微笑む。その笑みに含まれた甘さにどきりとする。
 そ、そんなわけにはいかないと思うのだけど……しかし彼は、私の所有者だ。
 反抗するわけにもいかない。
 私が頷くと、彼は満足げに立ち上がり、こちらに向かって手を振った。

「じゃあリア、また夕食の時に」
「さ、様々なご厚遇に感謝いたします。ルフス様」

 慌てて頭を下げると、ルフス様は少しだけ眉をハの字にして去っていった。
 それから夕食の時間になるとルフス様とアリサさんがわざわざ部屋まで料理を運んできてくれた。
 温かなスープをありがたくいただくと、何か動物を観察するように二人はこちらをずっと見つめていた。食べ終えると、「早く休め」と言い残して退室していく。
 私はその言葉に従い、ささっと寝る支度を整え、クッションだらけのベッドに寝そべった。
 仰向けになると、綺麗な装飾のてんがいが見える。
 怒涛の一日――もとい、意識を失っていたのを含めて二日間を振り返る。
 ――私、めちゃめちゃ気を遣われているのでは?
 まさか、私に待遇が良すぎてビックリする日がくるなんて。食事だって、丸一日寝ていた私を気遣ったのか胃に優しそうなスープだった。
 ルフス様もメイドさん達もすごく優しいし。ここは天国なんですかね?
 最悪殺される覚悟もしていたから、気持ちの落差がすごい。
 いや、でもここで調子に乗っちゃダメだ。人生には落とし穴がつきものなのだから。なにせ私は『貢ぎ者』と呼ばれるような身分であり、彼の『所有物』にすぎない。
 ここで調子に乗ってわがままになったら、きっとこの浮き島から突き落とされるか、竜のエサにされてしまうんでしょう。……うん、そうに違いありません。
 ふぅ、と一度息を吐き出す。
 理由の分からない好意は正直ちょっと怖い。今のところは理不尽に殺されたりはしないみたいだし、一刻も早くこの国で自分の居場所を見つけよう。
 なんとか思考を前向きにしようと、私はそんなことを考えながら眠りについた。


 次の日、目を覚まして窓を見ると外はまだ薄暗かった。長年早朝から仕事をしていた癖で早く目が覚めてしまったのだ。
 朝食も部屋に運ばせるから、とルフス様は言っていたけれど、待っているだけだとなんだか不安になる。
 しばらくベッドの上で考えていたけれど、結局動くことにした。逃げてしまったと勘違いされないように机の上にあった紙に伝言を書く。
 それから肌寒いのを我慢しながらベッドを出て、自分の荷物をあさった。
 早速従姉いとこからの餞別を使う時が来たようだ。
 メイド服を取り出して一人で着替える。ドレスの着替えであればある程度人の手伝いが必要だけど、さすがはメイド服だ。一人でも簡単に着ることができる。
 身支度を整えた私は、そっと部屋を抜け出した。
 それから窓の下を覗くと――大正解。メイドさんが身なりを整えて、中庭から本棟に向かって歩いている。それも一人だけではなく、何人もだ。私は慌てて彼女達の中に紛れ込めるように階段を下りた。そろりそろりと足音を消して近付いていき、整列しているメイドさん達の中にシレっと混ざる。そしてなるべく顔を動かさないように、目だけで周囲をうかがい見た。
 バレてませんかね?
 周りのメイドさんから何のリアクションもなかったことにひとまず胸を撫でおろす。
 今私が着ているのは、餞別にもらったメイド服だ。少し青みがかった黒の襟付きワンピースの上から白いエプロンを着けている。よくよく見るとエプロンの端にフリルが付いていたり、ボタンが少し華美だったりと、この城のメイドさんが着ているのと細部は違う。それでも結構似通っていて、内心従姉いとこに感謝した。
 まあギリギリ馴染める範囲だろう。チラリと私を見るメイドさんもいたけれど、それだけだったし。
 私がこんな行動に出たのにもちゃんと自分なりの理由がある。
 この国で生きていくためにはやはり職を得なければならない。そこに居るだけでいいと昨日ルフス様には言われたけれど、ご飯をいただいた以上それを甘受するわけにはいかなかった。
 ただ、今の私は竜王陛下の所有物だから、勝手に城外に出ることもできない。さらには新参者がいきなりまつりごとに関わることもできないので私の得意な書類仕事をさせてもらうことも叶わないだろう。
 それゆえメイドさん達に混ざって、お掃除などを手伝うことにしたのだ。
 叔父の家では書類仕事の合間に雑用もこなしていたのだから、役立たずにはならないだろう。
 立ったまましばらく待っていると、一人のおばさまがやってきた。他のメイドさん達とは明らかに貫禄が違う。
 おばさまの姿が見えると、それまで小さな声で雑談していたメイドさん達は一斉にえりを正し、背筋を伸ばした。私もつられて姿勢を正す。

「「「おはようございます、メイド長」」」
「お、おはようございます」

 他の皆さんが一斉に頭を下げて挨拶をしたことに内心驚き、私も少し遅れて挨拶をする。このおばさまはメイド長なんですね。どうりで醸し出すオーラが違うと……
 彼女は私達の顔をざっと確認すると私のところで視線を止めた。

「皆さんおはようございます。全員揃っていますね。……いえ、厳密にいえば一人多いようですが、多い分には問題ないでしょう」

 視線にドキドキしていた分、気が抜ける。
 問題ないんですか。いや勝手に混ざっていた私が悪いのだけど、見とがめられる可能性は大いにあると思っていた。私はとりあえず一生懸命働くという気持ちを込めて大きく頷く。
 するとメイド長はそのまま今日の業務内容を説明してくれた。
 細かく丁寧な説明でありがたいです。

「それでは早速に業務に移りましょう。今日もよろしくお願いします」
「「「よろしくお願いします」」」

 今度は私も出遅れませんでした。他のメイドさんと同じタイミングで頭を下げる。
 そのままメイドさん達の後に続いて、用具入れと書いてある部屋の中に入った。手渡された雑巾らしき布がすでに柔らかくてびっくりする。
 それから一番近くにいるメイドさんの後をついていったら、正面玄関らしき場所に辿り着いた。まだみんなが寝ている早朝のうちに昼間人通りが多い場所を掃除するらしい。
 なるほど、理にかなっていますね。
 メイドさん達の立ち位置はすでに決まっていたのか、無言で視線を交わした後に散っていく。
 戸惑いつつ、お手伝いできる場所はありますか、と聞くと階段の手すりの清掃をお願いされた。正面玄関らしく、真っ白な石造りのとても立派な階段だ。掃除し甲斐がある。早速布で手すりを拭き上げていく。チマチマした作業だけど意外と楽しい。
 ちょっと布が汚れてきたので綺麗な水で洗う。ただ日頃からきちんと掃除されているからか、水が真っ黒になったりはしない。

「よいしょっ……と」

 ぎゅっと力を込めて布を絞る。力が足りなくて思うように水気がなくならないけど、頑張って絞る。
 けれど水がぼたぼた滴るばかりで中々上手くいかない。
 するとそんな私を見かねたのか、一人のメイドさんがおずおずと私の方に近寄ってきた。

「あの、モップ使いますか?」
「もっぷ?」
「ええ、この道具をモップといいます。こうしてここを引くと、楽に水を絞れるんですよ」

 使い方を説明しながら一緒に渡されたのは木の棒の先にこれまた柔らかな布のついた不思議な道具だった。持ち手から近いところに取っ手のようなものがあって、それを引くと簡単に水が絞れる。
 私はメイドさんにお礼を言ってモップを受け取った。
 簡単に水が絞れるし、屈んだりしなくていいから腰も痛くならない。そのうえ雑巾よりも一度に拭ける面積が広い。すごく画期的な掃除道具だ。
 流石さすがは竜王国、と初めて手にしたモップに感動しながら掃除をしていると、いつの間にか周囲が明るくなっていた。そろそろ朝ご飯の時間なのか、ふんわりといい香りがただよってくる。
 するとどこからともなく再びおばさま――もとい、メイド長が現れて手を叩いた。

「そろそろ撤収しましょうか」
「「「はい!」」」

 背筋を伸ばして返事をする。一つの仕事をみんなでやる、ということが初めてで、なんとなくとても嬉しかった。

「――リア!」

 しかし、掃除用具箱にモップを片付けていると、鬼気迫る表情のルフス様がやってきた。少し息が上がっているし、髪も乱れている。朝なのにどうしたんだろう、と思いながら頭を下げると、ルフス様はホッとしたように壁にもたれかかった。

「朝、部屋に行ったらいない。探しにくれば、まさかメイドに交じっているとは」
「あっ、た、大変申し訳ございません……。一応書置きは残したのですが……」
「今にも死にそうな子ウサギが自力で食料調達に行ったと知ったら心配する。それと一緒だ」
「はぁ……」

 私は今にも死にそうな子ウサギなんでしょうか。
 ちょっと脱力したルフス様は私の頭から足元まで、視線を何往復もさせる。居心地が悪いまま立っていると、ルフス様は最後に私のメイド服をじっと見つめた。

「そのメイド服はどうしたんだ? この城のものではないようだが」
従姉いとこが餞別にとくれました」
「餞別に、メイド服……?」

 ルフス様が怪訝そうな顔をする。
 私も中身を確認した時は従姉いとこの意図が分からなくて一人首を傾げたから、その反応には頷き返すことしかできない。まあ今日こうして役に立ったのだけれど。
 黙っていると、再びルフス様はメイド服をじっと見つめて首を傾げた。
 それから顔を上げて、私としっかり視線を合わせる。

「――とにかく、まずは朝食だ。リアは働く前にまず肉をつけろ。どうして働こうと思ったのかは食事中に話してもらう」
「ち、朝食はルフス様と食べるんですか?」
「なんだ、嫌なのか?」

 表情は変えず、少ししゅんとした雰囲気を醸し出すルフス様。私は慌てて否定する。

「いえ、私と一緒に食事していただくのは昨日だけのことだと思っておりましたので」

 今日も一緒にご飯を食べられるとは思いもしなかった。
 私がそう言うと、ルフス様は少し目を丸くした。ビックリして呆気にとられたような……う~ん、よく分からない表情だ。しかし、すぐに初めの謁見の時と同じような厳しい表情になる。

「元から食事は毎日リアと摂るつもりだった。それでいいな?」
「は、はい!」

 誰かと食事をするなんて長らくなかったことだ。どこか嬉しい気持ちでルフス様に連れられていく。

「ここだ」

 ルフス様が扉を開くと、目の前に驚くほど広くて豪華な食堂が広がった。テーブルもすごく長い。
 きっと竜王陛下としての威厳を示すためなのだろうし、大事な会食をここでするからなんだろうけど、この人はここを一人で使っていたのか、と思うと少し不思議な感じがする。
 今まではずっと一人で食事をしていたから作法には自信がない。一緒にごはんを食べられるのは嬉しいけれど、慣れないことで緊張してしまう。
 給仕の人に椅子を引かれ、私は恐る恐る席についた。振り返った椅子の座面が高い位置にあったので不安だったけれど、さすがに王宮勤めの方はスムーズだった。
 それを見届けてから、ルフス様が私の対面に腰かける。
 それから少しすると朝食が運ばれてきた。今日はじゃがいものような味のするポタージュだ。丁寧にしてあるのか、驚くほど舌触りがいい。ひと匙飲み込むと体がぽわっと温かくなった。
 食べた端から元気になっていくようだ。
 思わずもうひと口、もうひと口、と食べ進めていると、向かいに座っているルフス様がじっとこちらを見ていることに気が付いた。
 はしたないと思われただろうか。
 慌てて匙を止めると、ルフス様が首を傾げた。

「どうした?」
「いえ、食べるのに夢中になってしまったなあと思いまして……。それにお話もあるとおっしゃっていましたし!」
「ああ、そうだったな。リアはどうしてメイドに交ざって掃除をしていたんだ」
「自分にできることを考えたら、それしかなさそうだったので……」
「特に働く必要はないと言っただろう?」
「そ、そんなの申し訳なさすぎます! 落ち着かないのでどうか働かせてください‼」

 なんにもしてないのにただ養われるなんて、あまりにもいたたまれない。そもそも『貢ぎ者』としてこの国を訪れたのに……
 私の反応にルフス様は難しい顔をして匙をお皿に置いた。

「でもリアはまだ子どもだろう」
「私はもう十六歳です、ルフス様。人王国ではもう結婚できる年です」

 私がそう言うと、ルフス様は呆気にとられた表情になった。

「十六……」
「十六です」
「いくらなんでもその……小さすぎないか?」
「も、申し訳ございません。あまり発育がよくなかったもので」

 というか現在進行形で成長がとぼしい。

「謝る必要はない。……そうか」

 ルフス様はそう言ったきり、何かを考えるように黙り込んでしまった。
 えっと、結局私のお仕事についてはどうなったんでしょうか。
 恐る恐るルフス様を見上げる。

「ルフス様?」
「ん? ああ、リアは仕事がしたいんだったな。……まあ、正式なメイドにするわけにはいかないが、手伝うくらいならいい。皆には通達しておく」
「ありがとうございます、ルフス様!」

 寛大な言葉に嬉しくなって、私はその場で深々と頭を下げた。しかしそれを遮るようにルフス様はきゅっと眉根を寄せて怖い顔になった。

「ただし一昨日倒れたばかりだ。無理のない範囲で働くように」
「はい!」

 それは、もしかしたらフラグというやつだったのかもしれない。
 ――ルフス様の言葉に元気に返事をしたわずか一週間後、私は再び倒れることになったのだから。

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