1 / 117
1巻
1-1
しおりを挟むプロローグ 生贄令嬢
「――お初にお目にかかります。リア・エスコッタと申します」
初めて訪れた場所、初めて出会う人々の前でカーテシーの姿勢をとる。後ろにはここまで来る時に乗ってきた竜が座り込んでいて逃げられない。そもそもここは浮島だから飛び降りたら死んでしまうのだけど。
侍女どころか知っている人間は一人すらいない。
周囲から視線が刺さるのを感じる。
こっそり視線を上げてみると、目の前の竜王陛下は、夜空のような濃紺色の髪に透き通ったコバルトブルーの瞳をした美しい人だった。瞳の奥が本当に星のようなきらめきに満ちているが、その視線は私の方を向いていない。
――竜王国で代替わりをしたばかりの竜王陛下。人間とは比べ物にならない力を持っているという彼らに何かでも一つ無礼があれば、私は殺されてしまうかもしれない。
歓迎されていないのだろう、と思いながらも頭を下げ続ける。
私は『貢ぎ者』としてここにやってきたのだから。帰ることなどもはやできないし、帰りたくもない。
そう思いながら、私は自分がここに来ることになった理由を思い出していた。
◆◇◆
典型的な悪徳貴族――私の叔父がドスンと書類の山を机に置く。
「これは明日までに。それからこの前の仕事には不備があったから今日は飯抜きだ」
「――かしこまりました」
まるで召使いのように叔父に頭を下げる毎日。
いつも通り逆らう気力もない私を見て、叔父はでっぷりと太った腹を撫でると満足げに頷いた。
まあ、たとえ逆らっても怒鳴られ、結局は叔父の要望通りに仕事をするしかないので意味はない。今だって、私が少しでも反抗するような態度を見せたら喚き散らしてくるだろう。
他に身寄りのない私はこの家にいるしかない。だけど、私は叔父に意見をすることすら許されてないのだ。
――はぁ、手にした書類は馬鹿みたいに重たい。お腹もすいたけれど、ご飯抜きを命じられてしまったから食事をとることもできない。
私はよろよろと書類を部屋に持ち帰ってため息をつく。
ドアの隣に置かれている鏡の中を見ると、くたびれた少女がこちらを見返していた。パサパサの白銀の髪とよどんだ紫の瞳。腰まで伸びた髪は伸ばしているのではなく、単純に切る暇がないから伸びてしまっただけだ。
私は椅子に腰かけて、ペンを握った。
嫌がらせなのか、素で忘れていたのかは分からないけど、毎度毎度ギリギリで大量の仕事を押し付けるのは止めてほしい。百歩譲って私が仕事をやるのはいいけれど、叔父は遊んでいるだけなのだから、せめて早く渡してほしい。
それで仕事が遅れたら困るのは自分なのに、叔父にはそんなことすら分からないのだろうか。
おかげで毎日寝不足でまともに休めたためしがない。叔父の代わりに書類仕事をして、酷使しすぎた私の右手薬指には立派なペンダコができている。これだけやっているんだからもうちょっと美味しいか量のあるごはんくらい欲しいところだ。
くうくうと鳴るお腹を押さえながら、私は机に向かった。
両親が行方不明になり、叔父に引き取られてからはずっとこんな日々だ。
叔父ばかりか、叔父の娘である私の従姉も同じように、私に粗末な食事を押し付ける。おかげでこの小さな体は全く成長しないままだ。
他に行く場所もない私は、こんな日々がずっと続くのだと思っていた。
勝手に私の部屋に入ってきた、従姉の話を聞くまでは。
「――いけにえ」
仕事を黙々とこなしている最中、突然部屋に入ってきた従姉の発した言葉が信じられず、私は思わずペンを走らせていた手を止めた。
艶のある赤髪をゆるく縦巻きにしている、キリッとした美人が腕を組んでこちらを見ている。私とは対照的なメリハリのある体型をしている彼女は、従姉のエルゼリアだ。
そして彼女はイラついたように先程の言葉を復唱した。
「そう。あなたは竜王陛下に差し出す生贄に選ばれたのよ。出立は明日になったそうだからさっさと準備なさい」
「……生贄、とはもしかして竜王陛下への『貢ぎ者』のことでしょうか」
「そうとも言うわね」
「そうとしか言いませんよ」
「でもほんとのことじゃない」
その呼び方は竜王国への不敬では? そう思って見上げるが、従姉は全く悪びれない。
この世界の空には竜人が住む竜王国が浮いていると言われている。竜人族は人のような見た目でありながら、人よりも圧倒的に強い。竜王を血筋ではなく武勇で選ぶことから、野蛮で冷酷な実力主義の国と言われている。しかし誰もその浮島どころか、その影すら見たことがない。
そんな竜王国を統べているのが竜王陛下だ。
ただ、竜王国は非常に恐れられている。
原因になっているのは『貢ぎ者』と呼ばれる慣例だ。
竜王が代替わりした後、この国――人王国から竜王国の陛下に『貢ぎ者』として人王国の女性を差し出すことになっている。
これは竜王国と私たちの住む人王国が共存するために定められた古くからのしきたりだそうだ。
『貢ぎ者』になるのは人王国の貴族か王族の、独身かつ年頃の少女と定められているが、なりたがる者はほとんどいない。
慣れ親しんだ者達と離れ、単身で見知らぬ土地へと移り住まなければならない上、竜王国でどんな扱いをされるかも分からない。しかも竜王国よりも人族の王国の立場は圧倒的に低く、『貢ぎ者』は竜王国での待遇がどんなものであったとしても文句を言うことはできないのだから当然だ。また、この二国間の国交は、このしきたりを除くとほぼ皆無のため『貢ぎ者』となった娘が実家に文句を伝えようとしても不可能に近い。つまりは待遇がどのようなものかを伝えることすらできないのだ。それもかの国への恐怖を強めている。
こうして、竜王国への『貢ぎ者』は人王国民の間でいつからか『生贄』と呼ばれている。
だがそれでも、『貢ぎ者』の実家に贈られる王室からの莫大な財を目当てに『貢ぎ者』として娘を差し出す家は存在している。
それが、私が今お世話になっているこの家だったというわけだ。
すべてが呑み込めて、私はこくりと頷いた。
「――それなら準備をしなければなりませんね」
「あら、嫌がらないのね」
「もう決まっている話を今さら嫌がってもしょうがないでしょう」
きっともう国王陛下に承認されている話だ。今さら私がどうこう言ったところで変更されるわけない。
貴族なら結婚相手を親に決められるのはある種当然だし、反抗したところでいいことなんて一つもない。
ため息交じりにそう言うと、従姉が小さく鼻で笑う。
「まあ、リアならそう言うと思ってたわ。はい」
そう言った従姉に一抱えほどの小包を投げ渡されて首を傾げる。思わず受け止めてしまったそれは布で包まれていて柔らかい。
「これは?」
「私からの餞別よ。役に立つか立たないかは貴女次第だけど」
「……ありがとうございます」
一応お礼を言っておいた。頭を下げると、従姉は満足そうに頷いている。
傲慢で常に私から何かを奪おうとしている叔父とは違い、彼女は時折気まぐれのようになにかを寄越した。今日もその一環でしょう。
「しっかし、あなた本当にボロボロね。私が言うのもなんだけど、もうちょっと身ぎれいにしてから明日は出掛けなさいね」
本当に従姉が言うことではない。誰のせいでこんなにボロボロだと……。確かにほとんどは体罰を与えてきたり、衣服のほとんどを売り払ったりした叔父のせいなんだけれど。
従姉の嫌がらせは食事を制限してくることくらいだからまだマシだ。それに、悪意たっぷりで嫌がらせをしてくる叔父と違って彼女からは悪意をあまり感じない。
そんなことを考えていると、従姉はもう用は済んだとばかりにこちらに背中を向けて、ヒラヒラと手を振った。
「まあ殺されないようにがんばりなさい」
「は、い……」
それだけ言うと、彼女は私の部屋から出ていった。文句を言う隙もない。しかしここで文句を言ったところでどうにかなるわけでもない。
……さて、もう夜も遅いし、急いで支度をしないと。
そう思いながらそっと従姉のくれた包みを開くと、メイド服が入っていた。
……メイド服? 命乞い代わりに働く宣言でもすればいいんでしょうか。
少なくともあの叔父からは解放されるらしい。竜王国で酷使されるのとどっちの方がましだろう、と思いながら私は、残る書類をまとめ始めた。
そして翌日、私はまとめた荷物を持って屋敷を出た。大した量はない。昨日従姉に渡された包みが一つに、なんとか着られるレベルの衣服をかき集めた着替え程度だ。
玄関の前には叔父や従姉が立ち、その奥には屋敷の使用人がズラリと並んでいる。流石に今日くらいは見送りをしてくれるらしい。
私は屋敷と叔父達の方を振り向き、深々と礼をした。足を引き、粗末なドレスの裾を持ち上げる。
「……今まで大変お世話をいたしました。どうか没落しないようお気をつけください」
私の精一杯の嫌味だ。もう会うことはないだろうし、最後くらいは言わせてほしい。
「な⁉」
「あっはははははははは!」
すると、私の言葉に叔父は絶句し、従姉は声を上げて爆笑した。
特にお世話になった記憶はありませんからね。本来叔父がやるはずだった仕事のほとんどは私がやっていたわけですし。
「さ、さっさと行ってしまえ! お前のようなバケモノは生贄になるのがふさわしい!」
「ええ、承知しております」
これ以上言うこともないので、私はもう一度だけ軽く頭を下げるとさっさと迎えの馬車に乗り込んだ。
これから一度王宮に向かい、そこから竜王国に行く。竜王国は空に浮かんでいるので、王宮からは迎えの竜に乗っていくそうだ。原理も何も分からないが、とにかく竜王国とはとんでもないところなのだと再度実感する。
もしかしたら死んでしまうかもしれないけど、叔父の怒鳴り声をもう二度と聞かなくていいのは正直嬉しいかもしれない。
……案外、何の感慨もないものですね。
そう思いながら馬車の窓から、流れていく外の景色を無感動に見つめる。
それから休憩もないまま馬車は走り続け、到着したと御者から声がかかるまで馬車内には沈黙だけがあった。
馬車の扉が開いても誰も手を貸してくれなかったので落下するように馬車から降りる。するとそこは王宮だった。白亜のお城に、薔薇の咲き乱れる庭。しかし、今まで見たことがなかった王宮に感動する暇もなく、国王陛下と対面させられてしまう。
またぎこちなく礼をすると、陛下は何も言わずに中庭の奥を指さした。
するとそこにはとてつもない大きさの竜がいた。
「あれが……」
本当に竜って存在したんですね。
初めて竜を見た感想は……うん、とにかく大きいです。鱗は硬くて分厚そうだし、翼はあの巨体を浮かせるだけあってとても立派だ。そして、その背中には鞍のようなものがついている。
もしかしなくても、陛下の後ろにいるあの背の高い青年が乗ってきたんだろう。
きっとあの方が竜人族の方ですね……
しかし物語に登場する冷酷で恐ろしい天上の国に住まう竜人……とはどこか印象が違う。
かなり体格がいいこと以外は、人族との違いは見受けられないし、彼は私を見て微笑みさえした。
国王陛下は彼に何やら話し掛けた。すると竜人の青年は陛下に一礼し、すぐにこちらに向かってずかずかと歩いてくる。
間近で見ると迫力がすごい。
「リア・エスコッタ様ですか?」
「はい」
「承知いたしました。それでは早速我が国へ参りましょう。あちらの竜へお乗りください」
竜に乗るように促される。展開が早すぎませんか?
「あの、陛下にご挨拶とか……」
「我々には必要ございませんから」
「あ、そうですか……」
そう言われてしまえば何も言えない。
荷物と私自身、そして竜人のお兄さんが竜に乗り込むと、あっという間に竜の巨体は空へと舞い上がった。
その後のことは、正直覚えていない。記念すべき初飛行だったけど、落とされないようにしがみついているだけで精一杯だった。
◆◇◆
そして、今に至る。
無言の竜王陛下の前に立ち、震える足で必死に体を支えカーテシーの姿勢を保つ。
いまだにやめていいという言葉がない。
チラリと目線を上げて窺い見ると、陛下もその後ろにいる人達もなんだか唖然としている。
みんな固まっていて言葉も発していない。それどころか瞬きをしているかも危うい。
私の目の下には消えない隈が張り付いているし、お世辞にも優れた容姿とは言えない。こんなのを『貢ぎ者』に寄越したことをもし叱責されるのであれば――、大変申し訳なく思う。
そんなことを考えつつ、私は必死に足の震えをドレスの生地の下に隠す。
もしかしてこれが竜王国流の見極めなんだろうか。屈強な足腰がないと『貢ぎ者』としてすらダメ、というような。
まあ、郷に入りては郷に従え。それが竜王国流なら頑張って耐えきらなければ。
そう思って、耐えること十数分――
――あ、限界がきました。
決意も空しく、私の体はあっさりと限界を迎えた。私の足からカクンと力が抜け、そのままぺしゃんと地面に座り込んでしまう。
中庭の整えられた花壇を横目で見る余裕すらない。
カーテシーって結構きつい体勢だったのだ、と初めて知った。急いで立ち上がろうとするけど足がプルプル震えて上手く立てない。まさか生まれたての小鹿にこんな共感する日がくるとは……
とりあえずドレスの裾を直し、みっともない見た目になることを避ける。
それから立ち上がってもう一回……? それも難しい……と思っていると、目の前に立っていた竜王陛下達が一斉にハッとした顔になった。
あれ? やっぱりみんなしてボーっとしてただけなのでしょうか。試されていたわけではない?
どうしよう、と迷っていると、竜王陛下が足音も荒く私の方に歩いてきた。
不敬だと罵られるのか、それとも不出来すぎると地上に戻されるのか――
殴られると思って咄嗟に防御姿勢をとると、竜王陛下の手は私の背中と膝の裏に回った。
次の瞬間、足が地面から浮く。
こ、これは、抱き上げられてるんですか⁉
動揺する私をよそに竜王陛下は大きく息を吸うと言った。
「城にあるありったけのクッションを用意しろ‼ マッサージが得意な者もすぐここに!!!」
キーン、と空気の割れる音。竜王陛下は、城中に響き渡りそうな声でそう叫んだ。叫んだというか、もう咆えたというのに近い。咆哮です、咆哮。
そして私の耳もお亡くなりになりました。
あまりの衝撃に、生理的な涙が目から滲むのを感じる。すると焦ったような声が隣からかかった。
ちらりと見ると、私を竜に乗せてくれたお兄さんだ。
「陛下、姫様の耳元でそんな大きな声を出されたら……!」
「あ」
彼の言葉に陛下がやってしまった、みたいな声を出すがもう手遅れだ。
鼓膜どころか頭の奥まで震えてしまって、くらくらする。
視界がブラックアウトする寸前、一瞬だけ竜王陛下と目が合った。深い深い青の瞳だ。
「――!」
「――⁉」
なにか言われていたようだけど、結局私がその意味を理解することはなかった。
第一章 生贄ですが、甘やかされています。
「……ん」
あったかい。ぬくぬく。久々によく眠れた気がする……
私はフカフカの何かの上で寝がえりを打って、スゥっと目を開いた。
知らない天井だ。――って、そうだ、私。『貢ぎ者』なのに倒れてしまいました!
慌てて体を起こす。するとまたふんわりとした地面が私を受け止めて――
「え」
周囲の状態をあらためて認識して、思わず声が漏れる。
私の周りにはベッドから溢れんばかりのフカフカクッションが積まれていた。全部ヒラヒラが付いていたり、薄ピンク色だったりと乙女仕様だ。
そして、私が寝ているベッドの周りは白いカーテンで覆われている。
あ、もしやこれは噂に聞く天蓋付きのベッド? 従姉が欲しがっていましたね。
私はどうやら気絶した後、日頃の寝不足が祟ってスヤスヤと寝ていたようだ。気絶してしまったのは竜王陛下の大声で脳味噌を揺らされたせいだろう。竜人と私達ただの人間では身体能力に大きな差があるとは聞いていましたけど、まさかこんなことになるとは……
無理やり体を伸ばすと、ごきりと音がした。それに、気付けば私はボロボロのドレスから着心地のいいワンピース型の寝巻に着替えさせられている。
これもまたメルヘンチックな可愛らしいデザインだ。
モゾモゾと大きなベッドの端まで行き、ベッドを覆うカーテンを少しだけ開いて外を覗く。
「あ」
女の人と目が合った。その女性は私を視界に映すなり目を真ん丸に見開くと、ワタワタと手を動かし始めた。
「へ、へいか――むごっ!」
何かを叫ぼうとした彼女の口を、隣にいたメイドさんが手で塞いだ。
「こらアリサ! また姫様を気絶させるつもり⁉」
「ハッ! 申し訳ございません!」
「あ、いえ。そんな謝られるようなことでは……」
アリサと呼ばれたメイドさんは勢いよく私に頭を下げてきた。そんなちょっと大声を出そうとしたくらいで謝られても……というか、姫様? きょろきょろと見回しても、自分とメイドさん達以外には誰も見当たらない。
そうこうするうちに、もう一人のメイドさんはきりっとした声でドアを指さした。
「陛下に姫様が目覚めたと報告してきてちょうだい」
「はい!」
アリサさんは返事をすると、部屋から走り去っていった。
……では、もしかして姫様って私のことですか?
「えっと……」
「姫様、少しお声が嗄れてらっしゃいます。まずはどうぞこちらで喉を潤してくださいませ」
「あ、ありがとうございます」
あ、やっぱり「姫様」とは私のことを指しているみたいだ。そんな身分じゃないので恐れ多いやら気恥ずかしいやら。それよりも一体この待遇はどういうことだろう。想像していたものをはるかに超えて甘く優しい竜人さん達からの扱いに戸惑ってしまう。
恐る恐る彼女からコップを受け取り、口をつけた。程よく冷えていて、ほんのりハチミツとレモンの味がしてとてもおいしい。……家ではこんなもの、飲んだこともありませんでしたね。
思ったよりも喉が渇いていたらしく、一気に一杯分飲み干してしまった。
「これ、とてもおいしいです」
「ふふっ、それはよかったです。おかわりはいかがですか?」
「あ、はい、お願いします」
メイドさんにもう一杯注いでもらうと、私はそれもまた一気に飲み干した。
それにしても、どうしてこんなに喉が渇いてるんだろう。私が倒れたのは正午くらいだったし、窓の外を見ても夕方にはなっていないようだからまだそんなに時間は経ってないはずなのに。
首を傾げていると、察したメイドさんがその疑問を解消してくれた。
「姫様は丸一日寝ていらしたのですよ」
「……へ?」
聞き間違いですかね?
私が理解できていないと見るや、メイドさんは優しく微笑んで丁寧に復唱してくれた。
「姫様がお倒れになったのは昨日のお昼でございます」
なんと。衝撃の事実に目をしばたたかせると、ドアが勢いよく開いた。
「起きたのか!」
竜王陛下だ。メイドさんは陛下の姿をみとめると、すぐに私からコップを受け取って後ろに控える。すると陛下は大股で私のすぐ目の前までやってきて屈み込んだ。慌てて起き上がろうとすると、そのままで、と言うように首を横に振られた。
「昨日は本当にすまなかった。もう痛い所などはないか?」
「は、はい! むしろよく寝たのでここ最近で一番体調がいいくらいです」
「それはよかった」
私の返答に、陛下はほっとしたように笑った。
美丈夫の笑顔は破壊力が高い。瞬きを繰り返すと、さらに陛下に微笑まれる。
私はびっくりするほど整った顔の陛下に恐る恐る声をかけた。
「……ところで陛下」
「なんだ?」
「一つだけお聞きしてもいいでしょうか」
「一つと言わずなんでも聞いてくれ」
陛下は快く私の申し出を了承してくれた。じゃあ遠慮なく聞こう。
「どうして陛下達はずっと小声で話されているのでしょうか」
そう、最初に思わず大声を出そうとしたアリサ以外、みんなコソコソ話をする時のような小声で話しているのだ。
昨日は普通の声――どころか滅茶苦茶大声を出していた気がするんですけど……
「……いや、だって俺達が普通に話したら君は弱ってしまうんだろう……?」
すると陛下はやはり小声で、眉尻を下げながらひそひそ声で私の耳に囁いた。低めの声が耳に注がれて、ひえっとなりながら首を振る。
「……いえ、普通の音量でしたら私は死にも弱りもしませんよ」
「そうなのか?」
「陛下、もしかしたら耳元での咆哮が特別悪かったのではありませんか?」
陛下についてきた男の人がそう陛下に耳打ちする。
そうです! その通り!
にしても、やっぱり咆哮で合ってたんですね。竜人にはそういう技があるんでしょうか。
こくこくと頷くと、私を見た陛下が重々しく頷いた。
「確かにな。俺達も耳元で咆哮されることは好まない」
「はい」
いや、あれが『好まない』で済むってすごいですね。竜人は鼓膜まで頑丈なのでしょうか。
しかもあの咆哮、超音波みたいな感じで脳まで揺らしてきましたよ。とはいえ、そんなことを言うわけにいかず黙っていると、陛下はわずかにため息をついてこちらを見た。
「なるほど、俺が悪かったな」
「左様ですね」
「ああ……すまない」
お兄さんは陛下の言葉にさらっと頷いているし、陛下は私を見てしょんぼりと肩を落としている。
陛下の素直な謝罪に腰を抜かしそうになる。
これが竜王国の通常なんでしょうか……、常に「自分は貴族だから」と言って偉そうだった叔父とは全然違う。
35
お気に入りに追加
5,192
あなたにおすすめの小説
私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。
木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。
彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。
それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。
そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。
公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。
そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。
「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」
こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。
彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。
同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。
稀代の大賢者は0歳児から暗躍する〜公爵家のご令息は運命に抵抗する〜
撫羽
ファンタジー
ある邸で秘密の会議が開かれていた。
そこに出席している3歳児、王弟殿下の一人息子。実は前世を覚えていた。しかもやり直しの生だった!?
どうしてちびっ子が秘密の会議に出席するような事になっているのか? 何があったのか?
それは生後半年の頃に遡る。
『ばぶぁッ!』と元気な声で目覚めた赤ん坊。
おかしいぞ。確かに俺は刺されて死んだ筈だ。
なのに、目が覚めたら見覚えのある部屋だった。両親が心配そうに見ている。
しかも若い。え? どうなってんだ?
体を起こすと、嫌でも目に入る自分のポヨンとした赤ちゃん体型。マジかよ!?
神がいるなら、0歳児スタートはやめてほしかった。
何故だか分からないけど、人生をやり直す事になった。実は将来、大賢者に選ばれ魔族討伐に出る筈だ。だが、それは避けないといけない。
何故ならそこで、俺は殺されたからだ。
ならば、大賢者に選ばれなければいいじゃん!と、小さな使い魔と一緒に奮闘する。
でも、それなら魔族の問題はどうするんだ?
それも解決してやろうではないか!
小さな胸を張って、根拠もないのに自信満々だ。
今回は初めての0歳児スタートです。
小さな賢者が自分の家族と、大好きな婚約者を守る為に奮闘します。
今度こそ、殺されずに生き残れるのか!?
とは言うものの、全然ハードな内容ではありません。
今回も癒しをお届けできればと思います。
今さら、私に構わないでください
ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。
彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。
愛し合う二人の前では私は悪役。
幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。
しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……?
タイトル変更しました。
小さな小さな花うさぎさん達に誘われて、異世界で今度こそ楽しく生きます!もふもふも来た!
ひより のどか
ファンタジー
気がついたら何かに追いかけられていた。必死に逃げる私を助けてくれたのは、お花?違う⋯小さな小さなうさぎさんたち?
突然森の中に放り出された女の子が、かわいいうさぎさん達や、妖精さんたちに助けられて成長していくお話。どんな出会いが待っているのか⋯?
☆。.:*・゜☆。.:*・゜
『転生初日に妖精さんと双子のドラゴンと家族になりました。もふもふとも家族になります!』の、のどかです。初めて全く違うお話を書いてみることにしました。もう一作、『転生初日に~』の、おばあちゃんこと、凛さん(人間バージョン)を主役にしたお話『転生したおばあちゃん。同じ世界にいる孫のため、若返って冒険者になります!』も始めました。
よろしければ、そちらもよろしくお願いいたします。
*8/11より、なろう様、カクヨム様、ノベルアップ、ツギクルさんでも投稿始めました。アルファポリスさんが先行です。
願いの守護獣 チートなもふもふに転生したからには全力でペットになりたい
戌葉
ファンタジー
気付くと、もふもふに生まれ変わって、誰もいない森の雪の上に寝ていた。
人恋しさに森を出て、途中で魔物に間違われたりもしたけど、馬に助けられ騎士に保護してもらえた。正体はオレ自身でも分からないし、チートな魔法もまだ上手く使いこなせないけど、全力で可愛く頑張るのでペットとして飼ってください!
チートな魔法のせいで狙われたり、自分でも分かっていなかった正体のおかげでとんでもないことに巻き込まれちゃったりするけど、オレが目指すのはぐーたらペット生活だ!!
※「1-7」で正体が判明します。「精霊の愛し子編」や番外編、「美食の守護獣」ではすでに正体が分かっていますので、お気を付けください。
番外編「美食の守護獣 ~チートなもふもふに転生したからには全力で食い倒れたい」
「冒険者編」と「精霊の愛し子編」の間の食い倒れツアーのお話です。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/2227451/394680824
【完結】婚約破棄された地味令嬢は猫として溺愛される
かずき りり
恋愛
婚約者は、私より義妹を選んだ――
伯爵家の令嬢なのに、その暮らしは平民のようで……
ドレスやアクセサリーなんて買ってもらった事もない。
住んでいるのは壊れかけの小屋だ。
夜会にだって出た事はないし、社交界デビューもしていない。
ただ、侯爵令息であるエリックに会う時だけ、着飾られていたのだ……義妹のもので。
侯爵夫人になるのだからと、教育だけはされていた……けれど
もう、良い。
人間なんて大嫌いだ。
裏表があり、影で何をしているのかも分からない。
貴族なら、余計に。
魔法の扱いが上手く、魔法具で生計を立てていた私は、魔法の力で猫になって家を出る事に決める。
しかし、外の生活は上手くいかないし、私の悪い噂が出回った事で、人間の姿に戻って魔法具を売ったりする事も出来ない。
そんな中、師匠が助けてくれ……頼まれた仕事は
王太子殿下の護衛。
表向きは溺愛されている猫。
---------------------
※こちらの作品はカクヨムにも掲載しています。
前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています
矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜
――『偽聖女を処刑しろっ!』
民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。
何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。
人々の歓声に包まれながら私は処刑された。
そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。
――持たなければ、失うこともない。
だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。
『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』
基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。
※この作品の設定は架空のものです。
※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。
※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)
私を追い出すのはいいですけど、この家の薬作ったの全部私ですよ?
火野村志紀
恋愛
【現在書籍板1~3巻発売中】
貧乏男爵家の娘に生まれたレイフェルは、自作の薬を売ることでどうにか家計を支えていた。
妹を溺愛してばかりの両親と、我慢や勉強が嫌いな妹のために苦労を重ねていた彼女にも春かやって来る。
薬師としての腕を認められ、レオル伯アーロンの婚約者になったのだ。
アーロンのため、幸せな将来のため彼が経営する薬屋の仕事を毎日頑張っていたレイフェルだったが、「仕事ばかりの冷たい女」と屋敷の使用人からは冷遇されていた。
さらにアーロンからも一方的に婚約破棄を言い渡され、なんと妹が新しい婚約者になった。
実家からも逃げ出し、孤独の身となったレイフェルだったが……
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。