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三章
多忙です
しおりを挟むその日の勤務時間の終わり頃、丁度魔法陣の調整が仕上がった。
「ミカエルさん、できました!」
「お、流石姫様。早いね」
ミカエルさんに剥き出しの魔法陣部分を差し出す。
すると、ミカエルさんはすぐに魔法陣のチェックと確認テストをしてくれた。
ドキドキする胸を押さえながらミカエルさんの言葉を待つ。ちゃんとできてるでしょうか……。
じっくりと魔法陣を観察した後、ミカエルさんがこちらを見てニッコリ微笑んだ。
「――うん、完璧だよ! これなら一般販売しても大丈夫だ!」
「! ありがとうございますミカエルさん!!」
私はその場でぴょこぴょこと跳ねて喜んだ。ミカエルさんはそんな私を母親のような眼差しで見詰める。
「それじゃあ明日からは魔道具の量産に入ろうか。結構数は多いけど急がなくていいからね。ゆっくりやろう」
「はい、がんばります!」
魔法陣の漏洩を防ぐために、基本的には魔道具の開発者本人が全ての魔道具を作成することになっている。それを聞いた時は無茶じゃないかと思ったけれど、魔道具は高価でそれほど数が出回らない。その上、普通の道具よりもかなり長持ちするため、販売前に十分な在庫を作っておけば、販売後はそれほど大変な作業ではないらしい。
ミカエルさんはゆっくりでいいと言ったけれど、一応納品までの期限は決められている。もちろん、ゆっくり作業をこなしても間に合う期間だ。
でも、作業は早ければ早い程いいと思うんですよね。
今回作成するのはとりあえずお試しで百個。完売しそうになったらその都度新しいものを作って足していく体制だ。
ちゃんと売れてくれるのか心配だけど、そのことは一旦置いておく。
期限を破るのは論外ですが、なるべく早く百個完成するようにがんばりましょう。
ぎゅっと拳を握りしめる。
「はいはい姫様、やる気満々なのはいいけど休むのも大事だよ。明日頑張れるように今日はもう帰ってしっかり休もうね」
ミカエルさんに背中を押され、部屋の出口まで連れて来られる。すると、廊下の向こうからヴォルフス様が歩いてきていた。
「リア」
「お、丁度陛下も迎えに来てくれたみたいだね。陛下、ちょうど姫様もお仕事が終わったところですよ」
「そうか。リアもミカエルもお疲れ様」
「ヴォルフス様もお疲れ様です」
ミカエルさんが私をヴォルフス様の方へ押し出す。
「陛下も姫様もお疲れ様。早く家に帰ってしっかり休むんだよ」
「はい。ありがとうございます。それじゃあ失礼しますね」
「うん、お疲れ様」
そんなやり取りをしてミカエルさんと別れる。
「―――ヴォルフス様、いつも迎えに来て下さってありがとうございます」
「なに、かわいいリアのためだ。礼を言われるほどの苦労じゃないよ」
うぅ、ヴォルフス様の笑顔が眩しいです。
「今日は何をしたんだ?」
「今日は魔法陣の調整をしました。明日からは魔道具の量産作業に取り掛かる予定です」
「一日で魔法陣の調整が終わったのか。さすがリアだな」
「えへへ」
ヴォルフス様に褒められて嬉しくなる。
ヴォルフス様にも今日何をしたのか聞きたいけど、竜王陛下のお仕事を気軽に聞いてしまってもいいものなんでしょうか。いえ、答えられない内容は全然聞く気はないです。でも、やっぱり気軽にお仕事について聞くなんて常識がないと思われてしまうんでしょうか。
ヴォルフス様のお顔をジッと見上げながら考える。
「……」
「どうした?」
「……あの、ヴォルフス様のことも聞きたいなって思ったんです。でも、ヴォルフス様のお仕事について気軽に聞いてしまうのは失礼にあたるのかなと思って……」
「なんだ、そんなことで悩んでたのか?」
ヴォルフス様がクスクスと笑う。バカにしてるのではなく、慈しむような笑い方だ。
「そんなの全然失礼しゃないぞ。リアが俺に興味を持ってくれて嬉しい。……そうだな、さすがに仕事内容は言えないが、今日は久々に視察に行ってきた」
「お出かけですか?」
「ああ」
そこで、ある疑問が私の中に浮かぶ。
「あの、ヴォルフス様、私の迎えのために無理してませんか? お忙しいはずなのにいつも同じ時間に来てくれますし」
「ん? 無理なんかしてないぞ? 竜王国は人王国と違って基本的に残業はない。家族や自分を養うために働いているのに、仕事で自分の時間が無くなったら本末転倒だからな。それに、トップの俺が残業三昧だったら示しがつかないし、下の者も帰りづらくなるだろう? まあ緊急時は別だが」
「そうなんですね」
「ああ、だから迎えに来なくていいなんていわないでくれよ? リアと会うのが仕事終わりの楽しみなんだから」
片目を瞑り、冗談めかしてヴォルフス様が言う。
「ふふ、私もヴォルフス様と帰れるの嬉しいです」
「――うっ、かわいい」
何やらダメージを受けたように胸を押さえるヴォルフス様。よろよろと歩みも遅くなる。そんなヴォルフス様を引っ張って家まで帰り、私は次の日のための英気を養った。
***
「――さあ、気合を入れて頑張りますよ!」
自分のデスクで独り言ちる。
真っ白いデスクには魔法陣を刻み込む部品が山のように載っている。もちろん載り切らなかったので全部じゃないけれど。
ベッドメリーの部品の作成や組み立ては他の人がやってくれるそうなので、私がすることと言えば魔法陣を刻むことだけだ。それでも量があるので時間はかかるんですけどね。
もたもたしててもしょうがないので、早速作業に取り掛かる。
特殊なインクを使った部品に魔法陣を刻み、できたら次に移る。その作業を無心で繰り返し続けた。
きゅるる~
「!」
子竜の鳴き声のようなお腹の音でハッと我に返る。もちろん発生源は自分だ。
時計を見れば、お昼休憩の始まりの時間を少し過ぎたところだった。集中してると三時間なんて一瞬ですね。
昼食を食べないと方々からお小言をいただくので、慌ててお昼休憩に入る。
――そうだ、ミカエルさんは今日出張でしたね。
いつもはミカエルさんが強制的に休憩を摂らせてくれるのだが、今日はそれがなかったので休憩時間になっていたことに気付かなかったのだ。
いつまでも職場のお母さんに甘えてばかりいては駄目ですね。時間管理くらい自分でしないと。
「お、姫さんやっと返ってきたな」
「オースティンさん」
「休憩時間になってから何度か声を掛けたんだが、姫さんの集中力はすごいな。ミカエルのやつはいつもどうやって姫さんを呼び戻してんだ?」
「ご迷惑をおかけしました。ミカエルさんは普通に呼んでくださるだけですよ?」
一体何が違うんでしょう。
ミカエルさんの声には癒し効果があるから体が無意識に休憩モードに入るんですかね?
きゅるるるる~
そこで、またお腹が鳴った。
私のお腹の音がバッチリ聞こえたらしいオースティンさんが笑う。
「はは、腹が減ってるのに引き止めて悪かったな。そうだ、食後のデザートに持ってけ」
そう言ってオースティンさんは私の手に小さなお菓子の包みを乗せた。
「あ、ありがとうございます」
「おう」
鷹揚に頷くオースティンさん。
「あ! 課長ずりぃぞ。姫さん俺も菓子やるよ!」
「え? 俺もあるぜ!」
「俺も俺も!!」
「へ?」
その声を皮切りに、部屋に残っていたおじさま達が次々とお菓子をくれた。そして最終的には一抱えくらいの量になってしまう。
私はありがたくその全部を受け取り、ヴォルフス様の元へと向かった。
歩いている途中、腕の中の菓子の山を見下ろす。
――これだけで何食かは賄えちゃいそうですね……。そんなことしたら怒られちゃうのでしませんけど。
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