生贄令嬢は怠惰に生きる~小動物好き竜王陛下に日々愛でられてます~

雪野ゆきの

文字の大きさ
上 下
82 / 117
三章

多忙です

しおりを挟む



 その日の勤務時間の終わり頃、丁度魔法陣の調整が仕上がった。

「ミカエルさん、できました!」
「お、流石姫様。早いね」

 ミカエルさんに剥き出しの魔法陣部分を差し出す。
 すると、ミカエルさんはすぐに魔法陣のチェックと確認テストをしてくれた。
 ドキドキする胸を押さえながらミカエルさんの言葉を待つ。ちゃんとできてるでしょうか……。

 じっくりと魔法陣を観察した後、ミカエルさんがこちらを見てニッコリ微笑んだ。

「――うん、完璧だよ! これなら一般販売しても大丈夫だ!」
「! ありがとうございますミカエルさん!!」

 私はその場でぴょこぴょこと跳ねて喜んだ。ミカエルさんはそんな私を母親のような眼差しで見詰める。

「それじゃあ明日からは魔道具の量産に入ろうか。結構数は多いけど急がなくていいからね。ゆっくりやろう」
「はい、がんばります!」

 魔法陣の漏洩を防ぐために、基本的には魔道具の開発者本人が全ての魔道具を作成することになっている。それを聞いた時は無茶じゃないかと思ったけれど、魔道具は高価でそれほど数が出回らない。その上、普通の道具よりもかなり長持ちするため、販売前に十分な在庫を作っておけば、販売後はそれほど大変な作業ではないらしい。
 ミカエルさんはゆっくりでいいと言ったけれど、一応納品までの期限は決められている。もちろん、ゆっくり作業をこなしても間に合う期間だ。
 でも、作業は早ければ早い程いいと思うんですよね。
 今回作成するのはとりあえずお試しで百個。完売しそうになったらその都度新しいものを作って足していく体制だ。
 ちゃんと売れてくれるのか心配だけど、そのことは一旦置いておく。

 期限を破るのは論外ですが、なるべく早く百個完成するようにがんばりましょう。
 ぎゅっと拳を握りしめる。

「はいはい姫様、やる気満々なのはいいけど休むのも大事だよ。明日頑張れるように今日はもう帰ってしっかり休もうね」

 ミカエルさんに背中を押され、部屋の出口まで連れて来られる。すると、廊下の向こうからヴォルフス様が歩いてきていた。

「リア」
「お、丁度陛下も迎えに来てくれたみたいだね。陛下、ちょうど姫様もお仕事が終わったところですよ」
「そうか。リアもミカエルもお疲れ様」
「ヴォルフス様もお疲れ様です」

 ミカエルさんが私をヴォルフス様の方へ押し出す。

「陛下も姫様もお疲れ様。早く家に帰ってしっかり休むんだよ」
「はい。ありがとうございます。それじゃあ失礼しますね」
「うん、お疲れ様」

 そんなやり取りをしてミカエルさんと別れる。


「―――ヴォルフス様、いつも迎えに来て下さってありがとうございます」
「なに、かわいいリアのためだ。礼を言われるほどの苦労じゃないよ」

 うぅ、ヴォルフス様の笑顔が眩しいです。

「今日は何をしたんだ?」
「今日は魔法陣の調整をしました。明日からは魔道具の量産作業に取り掛かる予定です」
「一日で魔法陣の調整が終わったのか。さすがリアだな」
「えへへ」

 ヴォルフス様に褒められて嬉しくなる。
 ヴォルフス様にも今日何をしたのか聞きたいけど、竜王陛下のお仕事を気軽に聞いてしまってもいいものなんでしょうか。いえ、答えられない内容は全然聞く気はないです。でも、やっぱり気軽にお仕事について聞くなんて常識がないと思われてしまうんでしょうか。
 ヴォルフス様のお顔をジッと見上げながら考える。

「……」
「どうした?」
「……あの、ヴォルフス様のことも聞きたいなって思ったんです。でも、ヴォルフス様のお仕事について気軽に聞いてしまうのは失礼にあたるのかなと思って……」
「なんだ、そんなことで悩んでたのか?」

 ヴォルフス様がクスクスと笑う。バカにしてるのではなく、慈しむような笑い方だ。

「そんなの全然失礼しゃないぞ。リアが俺に興味を持ってくれて嬉しい。……そうだな、さすがに仕事内容は言えないが、今日は久々に視察に行ってきた」
「お出かけですか?」
「ああ」

 そこで、ある疑問が私の中に浮かぶ。

「あの、ヴォルフス様、私の迎えのために無理してませんか? お忙しいはずなのにいつも同じ時間に来てくれますし」
「ん? 無理なんかしてないぞ? 竜王国は人王国と違って基本的に残業はない。家族や自分を養うために働いているのに、仕事で自分の時間が無くなったら本末転倒だからな。それに、トップの俺が残業三昧だったら示しがつかないし、下の者も帰りづらくなるだろう? まあ緊急時は別だが」
「そうなんですね」
「ああ、だから迎えに来なくていいなんていわないでくれよ? リアと会うのが仕事終わりの楽しみなんだから」

 片目を瞑り、冗談めかしてヴォルフス様が言う。

「ふふ、私もヴォルフス様と帰れるの嬉しいです」
「――うっ、かわいい」

 何やらダメージを受けたように胸を押さえるヴォルフス様。よろよろと歩みも遅くなる。そんなヴォルフス様を引っ張って家まで帰り、私は次の日のための英気を養った。



***



「――さあ、気合を入れて頑張りますよ!」

 自分のデスクで独り言ちる。
 真っ白いデスクには魔法陣を刻み込む部品が山のように載っている。もちろん載り切らなかったので全部じゃないけれど。
 ベッドメリーの部品の作成や組み立ては他の人がやってくれるそうなので、私がすることと言えば魔法陣を刻むことだけだ。それでも量があるので時間はかかるんですけどね。
 もたもたしててもしょうがないので、早速作業に取り掛かる。

 特殊なインクを使った部品に魔法陣を刻み、できたら次に移る。その作業を無心で繰り返し続けた。





 きゅるる~

「!」

 子竜の鳴き声のようなお腹の音でハッと我に返る。もちろん発生源は自分だ。
 時計を見れば、お昼休憩の始まりの時間を少し過ぎたところだった。集中してると三時間なんて一瞬ですね。
 昼食を食べないと方々ほうぼうからお小言をいただくので、慌ててお昼休憩に入る。
 ――そうだ、ミカエルさんは今日出張でしたね。
 いつもはミカエルさんが強制的に休憩を摂らせてくれるのだが、今日はそれがなかったので休憩時間になっていたことに気付かなかったのだ。
 いつまでも職場のお母さんに甘えてばかりいては駄目ですね。時間管理くらい自分でしないと。

「お、姫さんやっと返ってきたな」
「オースティンさん」
「休憩時間になってから何度か声を掛けたんだが、姫さんの集中力はすごいな。ミカエルのやつはいつもどうやって姫さんを呼び戻してんだ?」
「ご迷惑をおかけしました。ミカエルさんは普通に呼んでくださるだけですよ?」

 一体何が違うんでしょう。
 ミカエルさんの声には癒し効果があるから体が無意識に休憩モードに入るんですかね?

 きゅるるるる~

 そこで、またお腹が鳴った。
 私のお腹の音がバッチリ聞こえたらしいオースティンさんが笑う。

「はは、腹が減ってるのに引き止めて悪かったな。そうだ、食後のデザートに持ってけ」

 そう言ってオースティンさんは私の手に小さなお菓子の包みを乗せた。

「あ、ありがとうございます」
「おう」

 鷹揚に頷くオースティンさん。

「あ! 課長ずりぃぞ。姫さん俺も菓子やるよ!」
「え? 俺もあるぜ!」
「俺も俺も!!」
「へ?」

 その声を皮切りに、部屋に残っていたおじさま達が次々とお菓子をくれた。そして最終的には一抱えくらいの量になってしまう。
 私はありがたくその全部を受け取り、ヴォルフス様の元へと向かった。

 歩いている途中、腕の中の菓子の山を見下ろす。


 ――これだけで何食かは賄えちゃいそうですね……。そんなことしたら怒られちゃうのでしませんけど。










しおりを挟む
感想 138

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

魅了が解けた元王太子と結婚させられてしまいました。 なんで私なの!? 勘弁してほしいわ!

金峯蓮華
恋愛
*第16回恋愛小説大賞で優秀賞をいただきました。 これも皆様の応援のお陰だと感謝の気持ちでいっぱいです。 これからも頑張りますのでよろしくお願いします。 ありがとうございました。 昔、私がまだ子供だった頃、我が国では国家を揺るがす大事件があったそうだ。 王太子や側近達が魅了の魔法にかかり、おかしくなってしまった。 悪事は暴かれ、魅了の魔法は解かれたが、王太子も側近たちも約束されていた輝かしい未来を失った。 「なんで、私がそんな人と結婚しなきゃならないのですか?」 「仕方ないのだ。国王に頭を下げられたら断れない」 気の弱い父のせいで年の離れた元王太子に嫁がされることになった。 も〜、勘弁してほしいわ。 私の未来はどうなるのよ〜 *ざまぁのあとの緩いご都合主義なお話です*

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。