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三章
職場見学①
しおりを挟む昨日はハルトさんの検証に付き合うだけで一日が終わってしまいました。まあ、ハルトさんが楽しそうだったからいいんですけど。
そして、今日は改めて職場見学に行く日です。
どうせお城まで行くんだからヴォルフス様に迎えに来てもらうのも申し訳なくて、お父さんと一緒に城までやってきた。
「おはようございますヴォルフス様」
「おはようリア。昨日はずっとハルトに付き合わされたが疲れは溜まってないか?」
「はい! 一晩寝たらスッキリです!」
毎日毎日疲れが蓄積してた頃が嘘みたいです。一晩寝たら回復なんて。
私も健康になったんだなぁとしみじみ思う。
「それじゃあ行くか」
「はい!」
ヴォルフス様と手を繋いで歩き出す。
「今日は何か所見に行くんですか?」
「今日は二か所だな。書類仕事がある系の仕事場は俺の方で抜いておいた」
「ありがとうございます」
私としては書類仕事でも問題ないんですけど、周りの人が心配しちゃいますからね。両親やヴォルフス様を心配させるのは本意ではないですし。それに、また書類仕事にのめり込んで不健康になったら笑えません。
「最初はどんな所に行くんですか?」
「魔術関係雑用課、まあ魔術を使った何でも屋だな。雑用科とは言ってるがエリート揃いだぞ。給料も高いしな」
「ほうほう」
そんなことを話しているうちに目的地に到達した。
魔術関係雑用課の職場はお城の中にある。その入り口の扉をヴォルフス様がコンコンとノックした。
「リアを見学に連れて来た。入るぞ」
すると、ヴォルフス様は中からの返事を待たずに扉を開いた。そして中に足を踏み入れようとする。
「返事待たなくていいんですか?」
「ここはいいんだ」
そう言ってヴォルフス様は迷うことなく部屋に足を踏み入れる。
入口の幅は一人分しかないので、私はヴォルフス様の後に続いて部屋に入る。
ヴォルフス様は私よりも大分背が高いので、真後ろからついて行くと部屋の中が全く見えない。向こうからも私が見えなかったのか、誰かがヴォルフス様に尋ねた。
「へ、陛下、姫様はいないんですか?」
「いるぞ。ほら」
私はひょっこりとヴォルフス様の影から顔を出す。
「うわぁ!!」
「「「「グッ!」」」」
私が顔を出すと、部屋にいた方々が一斉にダメージを受けたように胸を押さえた。中には吹っ飛んだり、胸を押さえたまま蹲る人までいる。
あれ? 無意識に魔術を使っちゃったんですかね?
そう思って一旦ヴォルフス様の背中に隠れる。
すると、「あ~……」と、残念そうな声が複数聞こえてきた。
「リア、出ておいで」
「いいんですか?」
「大丈夫だからおいで」
ヴォルフス様の手が回ってきて、優しく前に出される。
私がヴォルフス様の前に回って来ると、再び「うっ……!」と複数人が苦しみ出した。
「ほ、本当に大丈夫ですか?」
またヴォルフス様の背中に隠れようとしたけどふわりと腕が回ってきてやんわりと止められる。
どうして? と見上げると、ヴォルフス様は面白そうに笑って私の背中をポンポン叩く。
「大丈夫大丈夫、ここの奴らはリアクションが大袈裟なんだ。皆リアが美人さん過ぎてびっくりしただけだよ」
「そんなこと言って、騙されませんよ。それだけでこんな反応になる筈がありません。これ以上ご迷惑をおかけする前に帰りましょう」
早く帰りましょう、とヴォルフス様の腕を引っ張る。
「ち、ちょっとお待ちください!!」
「全然迷惑とか思ってないのでまだいてください!!!」
「「「お願いします!!!」」」
全員一斉に頭を下げられる。
「―――えぇ?」
まさかそんな反応をされるとは思わず、変な声が出ちゃいました。
「姫様! こちらにどうぞ!」
「おかけください!!」
そうして促された先には明らかに新品の白いソファー。
それを見てヴォルフス様が首を傾げた。
「こんなソファーあったか?」
「姫様がいらっしゃるというので新調しました!」
「もちろん俺達の自腹です!!」
胸を張るみなさん。
「自腹だとリアが気に病むから今回だけは経費で落とせ」
「いえ! 俺達金ならあり余ってるんで!」
「こんなかわいい子を間近で拝めるなら金なんていくらでも出します! むしろ本望です!」
「そうですよ! 経費で落とせなんて殺生な!!」
本来なら喜んでいいはずの申し出の筈なのに、みなさんは全力で抵抗する。
「なんか、変わった方々ですね……」
「だろう。皆仕事はできるんだけどな」
そう言ってヴォルフス様は苦笑いする。その様子から今日だけじゃなくて普段からこの様子なのだということが察せます。
今も何が琴線に触れたのか胸を押さえてますし。
「うぅ……声までかわいい……」
「声までこんな綺麗で透き通ってるなんて反則だろ」
「かわいすぎて変な奴に攫われないか心配だ……!」
「俺はお前達の心臓が心配だがな」
ヴォルフス様が冷静に言い放つ。
確かに、ここに来てからみなさんずっと胸の辺りを押さえてますし、そろそろ心配になってきます。
「あ、姫様心配しないでください。心臓は元気過ぎるのでちょっと落ち着かせてるだけなので」
「そうそう、俺達はとっても元気ですよ」
まるで小さい子をあやすように腰を折って私を安心させようとするみなさん。ちょっと様子がおかしいですけど、きっと皆さん優しい人達なんでしょう。だってこちらを見る目がとっても優しいですから。
「―――さて、そろそろ仕事を初めてくれるか? お前達は忘れてるかもしれないが、今日はリアの顔見せじゃなくてそっちが本題だからな」
「「「ハッ! 忘れてました!!」」」
「ふふっ」
みなさんが全く同じ反応をするからついつい笑っちゃいました。あ、目上の人を嗤うなんて失礼じゃないですかね?
パッと口元を両手で押さえて魔術関係雑務科のみなさんを見上げる。
すると、みなさんの瞳は宝物を見つけた少年のようにキラキラと輝いていた。
「「「笑った顔もかわいい!!!」」」
「お前らいいから仕事しろ」
呆れかえったようなヴォルフス様の一言で、みなさんはようやく仕事を始めた。
仕事を始めたら、皆さんの雰囲気がそれまでとはガラッと変わった。
真剣な顔をして各々の作業に取り組み始める。
この真面目な雰囲気を壊すのは忍びないので、小声でヴォルフス様に尋ねる。
「ヴォルフス様、みなさんは一体何をしているんですか?」
「ここは基本何でもするからなぁ。一概には言えないが今は魔法陣の修復をしているようだな」
「へぇ。お城で使われてる魔法陣ですか?」
「そうだ。城の魔法陣に不備がでると一旦ここに集められる。動かせないものだったら出張したりもするな。そしてここでは対応できないと判断したら専門の科に回すんだ」
「とっても重要な場所じゃないですか!」
雑用科というから、エリートさん揃いといってもそんなに重要な場所ではないのかと思ってました。
私がびっくりした顔をすると、ヴォルフス様ははっと笑った。
「仕事が多岐に渡りすぎて明確な名称がつけられなかったんだ。城の中で起きた魔術で解決できそうなことは大体ここに相談するからな」
「そうなんですね」
やりがいがありそうな職場です。
「お、あいつは魔法陣じゃなくてダメになった書類の修復をしているみたいだぞ。近くで見てみるか?」
「はい」
コーヒーを溢してしまったのか、真っ茶色に染まってインクが滲む書類の復元をしている人の側に行く。
「うっ……姫様が近い……! なんかいい匂いがする!」
「お前ちょっと変態くさいぞ」
私が側に行ったことで作業を止めてしまった男性をヴォルフス様が半眼で見る。
「仕方ないじゃないですか! こんなかわいい子見たことないんです!!」
「……私よりかわいい人なんて山ほどいると思いますけど――」
あんまり外に出ない人なんですかね?
「「「「いや、それはない」」」」
……食い気味で否定されました。しかもヴォルフス様も混ざってます。
なんか、嬉しいですけど自分で言わせたみたいでちょっと気が引けますね。
恥ずかしくなっちゃったので、とりあえずヴォルフス様の後ろに隠れておきました。
***
「姫様! また来てくださいね!!」
「いつ来ていただいても大丈夫ですよ!」
「おやつ用意しておきます!!」
すごい勢いでお見送りしてくれます。
一体私は何歳だと思われてるんでしょう。お土産におやつの詰め合わせも貰っちゃいましたし。嬉しいですけど。
「ふふふ、じゃあまた来させていただきますね」
「「「いつでもどうぞ!!」」」
そして、私はヴォルフス様と一緒にその場を後にした。
少し歩いた所でヴォルフス様が振り返る。
「ははは、あいつらまだ見送ってるぞ。リア、手を振ってやれ」
「はい」
私も振り返り、ちょこちょこっと手を振った。
すると、歓喜の雄叫びが聞こえてくる。
「ふふふ、なんだか賑やかな方々でしたね」
「だろう。普段はあんなんだが、中々頼りになるやつらなんだぞ?」
片眉を上げて笑うヴォルフス様。
「さて、続けて次の所に行くがいいか?」
「はい!」
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