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二章
貴方の名前を呼びたい
しおりを挟むあーんと口を開けてハルトさんに喉を見せる。
「……うん、異常はないね」
「きゅ~」
そりゃそうですよ。びっくりして変な声が出ただけですからね。
ハルトさんから解放されると、ルフス様に抱き締められる。
「よかった」
「きゅ~ (ごしんぱいおかけしました)」
言葉は伝わらないのでペコリと頭を下げる。
「通帳はどうする? 自分で持って帰れるか? リアの家まで俺が預かっていてもいいが」
「きゅ~ (おねがいします!)」
自分だとどこかに落として来ちゃいそうです。
グイグイっと短い両手で通帳をルフス様の胸に押し付ける。
「はは、じゃあ家までは俺が預かるな。そろそろ帰るか?」
「きゅ~! きゅきゅっ! (はい! あ、ルフスさま、今日はうちでいっしょにごはん食べましょ~!)」
「?」
あ、流石に今のは伝わらなかったらしい。首を傾げている。
まどろっこしいですね。一旦人間に戻りましょう。
「――おぉっ」
「今日うちで一緒に夜ご飯食べていってください! お母さんもそのつもりでしたから!」
「はは、それじゃあご相伴にあずかるな。実は俺もそのつもりで料理長に夕飯はいらないと言ってきた」
おどけて笑うルフス様。
「流石です! せっかくのおいしいごはんが無駄になっちゃうのは忍びないですからね」
「そうだな。じゃあそろそろ帰ろうか」
「はい!」
そう返事をすると、極々自然に手を取られ、繋がれる。
身長差がほんの少しだけ小さくなって、前よりも手が繋ぎやすくなった。これは結構嬉しいです。以前は若干ルフス様に屈んでもらわないと手を繋げませんでしたからね。
これで私と手を繋ぐのが原因でルフス様が腰を痛める心配はなくなりました。
そう思ってニコニコしていると、ルフス様が私の顔を覗き込んできた。
「どうした? えらくご機嫌だな」
「ふふ、背が高くなってよかったことが見つかったので……」
「――ちょっと~、二人とも僕のこと忘れてない?」
そこでハルトさんが堪らずに割り込んできた。
「わっ、すみませんハルトさん」
「すまんなハルト、いたのをすっかり忘れてた」
「姫様はともかく陛下は確信犯でしょ」
やれやれといった様子で溜息を吐きつつジトリとした目をルフス様に向けるハルトさん。器用ですね。
「ちょっとハルト! せっかくお二人が仲良くしているのに邪魔をしないでください!」
「え~、僕だって結構我慢したんだけどな」
どこからか飛んできたシアラさんにハルトさんが苦言を呈す。
「シアラは楽しいかもしれないけど、人様の恋愛に興味のない僕からしたらどうしていいのか分からなくって」
「はぁ、まあ仕方ありませんね。ハルトがその辺の気を利かせられるとは思っていませんし」
「何気に失礼だね。てか少し離れた所から聞き耳立ててる方が僕よりもよっぽど質が悪いと思うけど?」
「うふふ、なんのことかしら」
微笑むシアラさんにハルトさんが何とも言えない顔をする。
「あ、そういえばリアさん以前よりも少し滑舌がよくなりましたね。おかげで盗み聞きがしやす――コホン、なんでもありません」
今盗み聞きって言いませんでした? 気のせいですかね。
ただ、それよりも気になることがある。
「滑舌、よくなりましたか?」
「ええ。前は少しだけ舌足らずでしたけど、今はそれがない気がしますわ」
「!」
それは嬉しい知らせです!
自分では気づかなかったからほんとに変化は少しだけなんだろうけど、それでも十分嬉しい。私の密かな野望が達成できるかもしれません……!!
私は周りの声が聞こえなくなるほど舞い上がった。
「あれ? 姫様なんだかすごく喜んでるね」
「リアが嬉しいなら何よりだ」
「そうですわね」
「……君達、今はいいけど、全肯定するだけが愛じゃないよ……」
我に返ると、ハルトさんがルフス様とシアラさんを呆れかえった目で見ていた。
私が嬉しさに舞い上がってる間に何があったんですかね?
その後はお二人に挨拶をして竜舎を出た。そしていつの間にか離してしまっていた手を再び繋ぎ直し、ルフス様と一緒に帰路につく。
雑談をして盛り上がっていれば、あっという間に家に着いてしまった。
家の扉を開くと、いい匂いが鼻孔を擽る。
「ただいまです」
「あらおかえりなさい。陛下もいらっしゃいませ」
「お邪魔します」
ルフス様が律儀に挨拶をすると、「全然邪魔じゃないですよ~」とお母さんが鍋をかき混ぜながら答えた。
「二人ともお腹空いてるでしょう。手を洗ったらすぐにごはんにしましょ。アルフもさっき帰ってきたし」
「は~い」
私とルフス様は慣れた足取りで洗面所に向かい、手を洗った。そしてリビングに戻って来ると、既に食器の上に食事が盛られていた。出来立てのごはんはモクモクと煙を立てている。
今日の献立はハンバーグとライス、そしてサラダとスープのようだ。
まだ胃袋の大きさは戻り切っていないので私の分だけは少な目に用意されている。ありがたいですよね。やっぱり残すのは罪悪感がありますから。
あ、でも偏食は少しマシになったんですよね。元々は竜と人間の体が分離しきっていなかったから味覚とか嗅覚が鋭かったんですけど、今は人間の姿でいれば五感は平均的なものっぽいですし、成長したことで味蕾が減ったのか前よりも不味を感じなくなったんです。
全部の食べ物が食べられるようになる日も近いかもしれないですね。
となれば、さしあたっての目標はただ一つ。
それから数日間、目標達成のために私は夜間、自室で猛練習をした。
暗い部屋で何事かをブツブツと呟く私を両親はいたく心配してましたけど、理由を話せば納得してもらえた。
そして、ようやく自分が納得できる出来になったので、明日早速ルフス様に披露しようと思う。
――ルフス様、気付いてくれますかね?
ほのかな期待を胸に、私は眠りについた。
翌朝、ルフス様が家にやってきた。
「おはようリア」
朝から眩しい笑みを向けてくれる。
「――おはようございます。る……ヴォルフス様!」
「!」
ルフス様――もとい、ヴォルフス様が目を見開く。
気付いてくれたんですかね?
「リア……名前……」
「はい! る、ヴォルフス様のお名前を呼びたくて、滑舌もマシになったことですし一生懸命練習したんです!!」
「そうか……嬉しい」
感極まった様子のヴォルフス様にギュッと抱きしめられる。
私もサプライズが上手くいき、こぼれ出てくる笑みが抑えられない。
「えへへ」
「ああでも、リアに『ルフス様』と呼ばれるのもかわいくて嫌いじゃないから、たまに呼んでくれると嬉しいな」
「はいっ!」
私もヴォルフス様の背に手を回し、ギュッと抱き着き返した。
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