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第82話 君花

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「……そうだな。それに関しちゃ俺が悪かった。向き合うフリして、逃げてたのかもしれねぇ」

 誠司は長いため息をついてから、二人の頭から手を離した。散々、華を待たせてしまったが、ようやく決心することが出来た。
 小学生二人に背中を押されて、というよりは蹴りだされるような衝撃だったが、なんとか踏み出せそうだ。

「いい加減、ちゃんとしなきゃいけねぇよな」

「そうですね。華さん、待ってると思います。頑張って下さい」

「本当、遅過ぎるくらいだよ。花束でも持っていってあげたら?」

「は? ただ返事するだけで花束とかドン引きされるだろ」

 馬鹿言うな、と冗談に笑えば、二人から総スカンを食らう。どうやら、まったく冗談ではなかったようである。

「やだ、おじさん女心わかってなさ過ぎ。気持ちでしょ気持ち。待たせちゃったお詫びと、好きだよっていう現れよ?」

「他の女性にはどうか分かりませんけど。少なくとも華さんは、それを気持ちが悪いと思うような人ではないですよね。それくらいは分かるでしょう?」

 信じられないという非難の目が誠司に刺さる。
 いつもは誠司の味方をしてくれる優樹だが、彼は相当なフェミニストであるらしい。
 華の件に関しては、優樹の不興を買ってしまうようだ。

「いやでも花束? 花束ってお前……」

 うんうんと悩んでいたところに、ちょうど華が帰還する。ベンチで帰りを待っていた琥珀と合流したところだった。

「あ、お姉さんおかえり! 買い出しありがとう!」

 琥珀が尻尾を振って華を歓迎すると、華はよしよしと琥珀の身体をなでる。

「あれ、愛ちゃんも向こうに混ざってる」

「あのね、今は誠司が二人にしばかれてたとこ! でも、もう終わったから大丈夫!」

 実は琥珀の位置から、誠司たちの会話は丸聞こえだった。
 琥珀の前では、誠司が恋愛を語るのに恥ずかしがる可能性があったため、ここで待機していたのだ。

「お姉さんが帰ってきて、一人になるのも嫌だったし」

 きっと華は遠慮して、輪の中に入ってこないだろうから。華に気付いた三人は、ボールを拾ってこちらに歩いてくる。
 にこにこと明るい二人とは裏腹に、誠司はなんとも微妙な表情だった。

「お疲れ様です。休憩ですか?」

「あ、ああ。待たせて悪い。少しキャッチの練習をしたら飯にするつもりだったのに。こんなに時間が経ってるとは思わなかった」

「いえ。野球本当にお好きなんですね。生き生きしてました。いつもと違う藪原さんが見れて、楽しかったです。
 なので、私のことはあまり気にしないで下さい」

「あ、そ、そうか。そうだ、飯。飯にしよう。貸してくれ」

 たどたどしい誠司に、愛と優樹、そして琥珀が吹き出したのは同じタイミングだった。
 お前は初めて恋した思春期男子かと、ツッコミを入れたくなる。

「ありがとうございます。少し重たいですよ。向こうの木陰で食べましょうか」

 みんなで移動する最中、愛はにっと含みのある笑顔を見せた。

「ねぇ、華ちゃん。華ちゃんってどんなお花が好き? 私は薔薇が好きなんだけど」

「え? 花?」

 うん、と頷く愛の前では、誠司が咳き込んでいた。この一言に、三つの役割が果たされているのが恐ろしい。

 ひとつは、誠司をからかい楽しむこと。
 ふたつめは、華の好みを聞き、誠司のサポートをしていること。
 みっつめは、しれっと自分の好みを伝えて、優樹にアピールしていることだ。

 恋愛偏差値が低い誠司とは異なり、鮮やかな手腕である。さすがとしか言いようがない。

「うーん、私はガーベラが好きかな。まあるく開いてて可愛いよね」

「あーいいねぇ。今度、みんなで花畑とか行きたいな」

 そんな女子トーク後のランチタイムでは、誠司の態度は酷かった。

 吹っ切れた途端、好きな女性として強く意識したのだろう。
 終始、緊張していた誠司を愛が弄び、華は不思議がり、優樹がフォローし、琥珀は見守るという、それぞれの個性が溢れる楽しいランチであったことは間違いない。

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