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第77話 自分の幸せ

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「もしかして、私が藪原さんを可哀相だと思っているから、親切にしていると……そう思ってるんですか? 今までずっと?」

 誠司の濁した返事を華は、イエスと受け取った。

「いい人……私そんなに、いい人なんかじゃありません」

「いや、それはない」

(いや、それはねぇよ)

 これまで散々、誠司の対応に文句を言ってきた琥珀だが、今の即答には激しく同意する。


「全部、自分のためです。ここに通ってるのは、憐みなんかじゃありません。どうしても、また会う理由を作りたかったんです」

「また会う理由?」

「はい。……昔、ストーカーの被害に遭った時、助けてくれた男性がいたんです。ずっと感謝していました。心配もしてました。お礼も出来ないままで、探しても見つからなくて。でも琥珀くんに連れられて、神社に行った時、その男性に再会したんです。
 本当に驚きました。こんなことがあるのかって。
 男性は酷く熱があって、うちで看病することなりました。
 確かに、お礼の気持ちもありましたが、この時にはもう薮原さんが好きでした」

「……あんたみたいな人が、なんで俺を好きになるのかがわからねぇ。自分で言うのもなんだが、神社の木の中で寝てるホームレスがいたら敬遠はしても、普通惚れたりしねぇよ」


「どうしてですか? ホームレスとか、そんなことの前に。
藪原さんは見ず知らずの困ってる人を、危険を省みずに助けることが出来る人です。私は、その人を好きになりました。
私……ストーカーに遭ってから毎日が本当に怖かったんです。どうしようもないくらい。相手がいつ私の前に現れるかわからなくて、その時、どうなってしまうのかもわからなくて。
 そのうち男性自体が恐くなって、外出すら苦痛になっていたんです。
 でも、藪原さんが男性恐怖症になりつつあった私を救い上げてくれたんです」

 本当にありがとうございます。と、華は深々と頭を下げた。

「確かに、ストーカー行為をするような悪質な人もいます。けど、こんな風に守ろうとしてくれる方もいるんだと。そう思えたんです」

 おかげで華は、悪い部分だけが男の全てだと、視野を狭めずに済んだのだと言う。


「藪原さんが、私の世界を変えてくれたんです」

「そんな大層な人間じゃねぇよ。ただの小汚ねぇおっさんだ」

「私にとっては、ヒーローでした。それに、いつもかっこいいです。
 藪原さんと話すたびに惹かれていました。だって、藪原さん、素っ気ないふりして凄く優しいんですもん。そんなのズルいですよ! 人の心配ばっかりですし」

 華は堪らないといった様子で、顔を手で覆った。落ち着かせるように、頬をポンポンと叩いてから、話を再開する。

「だから看病が終わるころ、私は藪原さんとの関わりが途切れてしまわないように必死でした。
 次に会う口実を作らないとって、焦ってたんです。藪原さんも琥珀くんも、食に興味があるようでしたし、これだと思いました。
 あっでも、もちろん慰謝料の使い道に困っていたのは本当ですよ⁉
 使えないまま、ずっと家に置いてあるのが嫌だったのも本当です。視界に入るたびに、当時のことを思い出してしまって、ここにあるうちはずっと向こうと繋がっている気がしたので」


 華はここで少し言い淀んだが、続けることに決めたようだ。

「ちょうどいいと思いました。藪原さんが情に脆いことは、もうなんとなく分かっていましたから。
 私が困ってると分かれば、藪原さんは慰謝料を減らす手伝いをしてくれるかもしれない。そうしたら、また会えるかもって、思ったんです」

 華の表情は暗くて、声にもいつもの柔らかさはない。

 誠司を窺うように、視線を向けた華の瞳には、後悔の色が見えた。

「だから、すみません。私、善意で動いていたわけじゃないんです。私はずっと私のために、藪原さんのところへ来ていました。
 本当はこんなところ、藪原さんには黙っていようと思っていました。でも、そんなに疑いなくいい人だと思われるのも、騙しているみたいで心苦しくて……。
 それに、言わないと私が藪原さんのことを一人の男性として好きなことも、信じてもらえないと思ったので。
 ずる賢い女でごめんなさい。幻滅、しましたか」
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