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第74話 月明かり
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琥珀は誠司の抱っこから、チャックをしめたダウンの中に移動した。誠司の襟元から、頭だけ出している状態だ。
琥珀の涙はもう落ち着いているが、油断をすればいつでも再開できる程度には、心が揺れていた。
「誠司、一個聞いてもいいか?」
「なんだ?」
誠司に拒絶された記憶が、琥珀の頭に蘇った。
せっかく誠司が歩み寄ってくれたのに、また傷を抉ることにならないか不安にもなる。けれど、遅かれ早かれ聞くのだろう。ならば、もう今聞いてしまったほうがいい。
「田淵とか、高橋とかはどうすんの? 本当のこと言いに行くのか?」
誠司を見上げるが、この角度からだと誠司の顎が見えるだけで、表情は窺えない。逆にそれで助かったような気もする。
温度を感じない声が、いつ聞こえるのかとびくついていると、意外にも春風のような穏やかな声がした。
「ああ、田淵達には何もしねぇよ。あいつらとは金輪際、別々の道でいい」
「で、でもさ。俺、誠司が悪く言われたままなの本当に嫌なんだ」
「琥珀も見ただろ? 高橋も田淵と同種だ。あいつら会話にならねぇんだよ。まともに相手したら、こっちが疲れるだけだ」
確かにそうかもしれないと、口を噤んでしまう。毒素が強すぎて、正論が通じないのだ。
「まあ、あの勘違いには驚いたな。何をどうすれば、俺が田淵を好きになるんだよ。思考回路が怖ぇ。お前も高峰さんも、田淵から何聞いたのかは知らねぇけど、不愉快な勘違いしてんなよな」
「それに関してはまじで安心した。俺、誠司の好み終わってると思ったもんな! やべぇ、こんなの今後も応援出来ねぇよって」
「んなわけあるか。ただまあ……関わりたくねぇってのは、俺が向き合えるほど強くねぇからだ」
「え?」
「自慢じゃねぇが、十何年も逃げ続けてきた男だぞ。完全に吹っ切れてるわけじゃない。ただ……お前がいるならまあ生きてくのもそう悪いだけじゃねぇと思えたんだよ。……今は、それだけじゃ駄目か?」
きっと、柄じゃないことを誠司は伝えようとしてくれているのだろう。後半にかけて、言葉に勢いがなくなる。
異性を前にした思春期かと、軽口を言うよりも琥珀の中には喜びが押し寄せる。
(俺、少しは誠司の役に立てたのか)
誠司だけが割を食っていることに、納得しかねる部分もあるが、それでも。以前よりずっと、前進している。
不幸だらけだった淀んだ匂いの中に、甘い香りを感じ取れるようになった。
「……そっか。そうだな。いいよ。正直、あいつらにはすげえ腹立つけど」
わざと、ぶすっとしたふくれっ面でそう言えば、感じ取った誠司は小さく笑って、礼を言った。
今夜の空気は澄んでいる。とっぷりと日が落ちた夜空に雲はなく、遮るものがない星は琥珀たちを照らすように光を放っていた。
「あ、誠司! 月見ろ月!」
「ああ、満月か。道理で、明るいな」
商店街を抜け、神社へ近づくにつれて人通りは少なくなっていく。
舗装されていない道は、踏むたびに砂の音が鳴る。普段は間隔の広い電灯は頼りない。けれど、今日の道は月明かりでよく見えた。
「うん。明るいな」
誠司一人ならきっと、ただの夜道であり、光には気付かなかったのだろう。けれど二人で歩むなら、見えなかった景色を見ることが出来る。
琥珀と誠司は満月を見上げながら、優しく照らされた道を歩き始めた。
琥珀の涙はもう落ち着いているが、油断をすればいつでも再開できる程度には、心が揺れていた。
「誠司、一個聞いてもいいか?」
「なんだ?」
誠司に拒絶された記憶が、琥珀の頭に蘇った。
せっかく誠司が歩み寄ってくれたのに、また傷を抉ることにならないか不安にもなる。けれど、遅かれ早かれ聞くのだろう。ならば、もう今聞いてしまったほうがいい。
「田淵とか、高橋とかはどうすんの? 本当のこと言いに行くのか?」
誠司を見上げるが、この角度からだと誠司の顎が見えるだけで、表情は窺えない。逆にそれで助かったような気もする。
温度を感じない声が、いつ聞こえるのかとびくついていると、意外にも春風のような穏やかな声がした。
「ああ、田淵達には何もしねぇよ。あいつらとは金輪際、別々の道でいい」
「で、でもさ。俺、誠司が悪く言われたままなの本当に嫌なんだ」
「琥珀も見ただろ? 高橋も田淵と同種だ。あいつら会話にならねぇんだよ。まともに相手したら、こっちが疲れるだけだ」
確かにそうかもしれないと、口を噤んでしまう。毒素が強すぎて、正論が通じないのだ。
「まあ、あの勘違いには驚いたな。何をどうすれば、俺が田淵を好きになるんだよ。思考回路が怖ぇ。お前も高峰さんも、田淵から何聞いたのかは知らねぇけど、不愉快な勘違いしてんなよな」
「それに関してはまじで安心した。俺、誠司の好み終わってると思ったもんな! やべぇ、こんなの今後も応援出来ねぇよって」
「んなわけあるか。ただまあ……関わりたくねぇってのは、俺が向き合えるほど強くねぇからだ」
「え?」
「自慢じゃねぇが、十何年も逃げ続けてきた男だぞ。完全に吹っ切れてるわけじゃない。ただ……お前がいるならまあ生きてくのもそう悪いだけじゃねぇと思えたんだよ。……今は、それだけじゃ駄目か?」
きっと、柄じゃないことを誠司は伝えようとしてくれているのだろう。後半にかけて、言葉に勢いがなくなる。
異性を前にした思春期かと、軽口を言うよりも琥珀の中には喜びが押し寄せる。
(俺、少しは誠司の役に立てたのか)
誠司だけが割を食っていることに、納得しかねる部分もあるが、それでも。以前よりずっと、前進している。
不幸だらけだった淀んだ匂いの中に、甘い香りを感じ取れるようになった。
「……そっか。そうだな。いいよ。正直、あいつらにはすげえ腹立つけど」
わざと、ぶすっとしたふくれっ面でそう言えば、感じ取った誠司は小さく笑って、礼を言った。
今夜の空気は澄んでいる。とっぷりと日が落ちた夜空に雲はなく、遮るものがない星は琥珀たちを照らすように光を放っていた。
「あ、誠司! 月見ろ月!」
「ああ、満月か。道理で、明るいな」
商店街を抜け、神社へ近づくにつれて人通りは少なくなっていく。
舗装されていない道は、踏むたびに砂の音が鳴る。普段は間隔の広い電灯は頼りない。けれど、今日の道は月明かりでよく見えた。
「うん。明るいな」
誠司一人ならきっと、ただの夜道であり、光には気付かなかったのだろう。けれど二人で歩むなら、見えなかった景色を見ることが出来る。
琥珀と誠司は満月を見上げながら、優しく照らされた道を歩き始めた。
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