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第52話 神の獣型①
しおりを挟むいや。お金がなくても、琥珀がたくさん山菜を見つければ、困ることもないのではないか。
誠司と共に、山菜狩りに出るのもいいだろう。
「誠司、俺この前、自然薯見つけたからさ。今度、掘りに行こうぜ」
「へぇ、いいな」
自然薯は焼いても、とろろにしても美味しい。せっせと深く穴を掘るのも、楽しそうだ。
華を誘って一緒にやるのはどうだろう。中々、良い提案ではないか。
「スコップとか、そういうのも買わねぇとな」
「じゃあ、あの婆ちゃんの店行こうぜ!」
「あー貰いっぱなしだからな。ばばあに貢献してやるか」
「決定だな」
誠司の見た目と、琥珀と誠司の仲が良い様子を見て、神たちの思いは口から溢れた。
「素敵な人じゃない」
「確かにちょっと言葉は荒っぽいけど……でも、ねぇ」
「ねー」
いまだ琥珀を抱いたままの誠司に、神の女性陣は微笑ましくそれを眺めている。
その一方で、いちごに懐疑心を抱く者もいた。
「おい、いちご! どういうことだよ。聞いてた話と違うぞ」
「そうよ。見て、あんなに楽しそう」
神と人間の付き合い方は、それぞれだ。
人間が神を崇めて感謝し、距離のある関係があれば。家族のように親しまれる関係もある。
その中でも琥珀と誠司のように、同じ場所で笑い合う事が出来る仲は、多くの神が望む形でもあった。
神仲間から責められだしたいちごは、面白くなさそうに顔を歪める。
そして、いちごの攻撃対象は誠司から、琥珀単体へと移された。
「なによ、どうせ琥珀なんて出来損ないじゃない。それがホームレスと契約って……凄くお似合いだと思うけど」
自らの名前に反応した琥珀は、誠司との会話を中断して、いちごに意識を向ける。それは誠司も同様だったらしい。
「だいたい何? その姿。いつまで幼い姿のままでいるの? おまけに獣型だし」
天界では、利便性の高い人型が好まれる。こうした集まりでは、大体獣型ではなく人型で訪れるのが一般的なのだ。
いちごの言葉を聞いて、誠司はくるりと神たちを見回した。常軌を逸した容姿は、整い過ぎていて、すぐに誰が神であるかを教えてくれる。
「そういや周りは大人しかいねぇな」
琥珀も二百年生きているため、新米ではあるけれど子供というわけではない。現在の問題は、その容姿である。
他の神は、見た目だけの年齢でいえば、みな二十代から三十代辺りだ。
意地の悪い姑のように、琥珀達に絡んでくるいちごも、二十歳そこそこといったところだろう。
それに比べて、琥珀の人型は十歳ほどの少年である。少年の前には、間違いなく〈美〉がついて、容姿の端麗さでは引けを取っていないが。ここにいる神軍団に混じれば、一人だけ幼さが際立つだろう。
「普通は、二百歳になる前に成長するのに。琥珀はいつになったらそうなるの?」
「お、俺だってもうすぐ……」
「神力も弱いし。同じ神として本当に情けないわ。 今だって、人型にならないんじゃなくて、なれないんじゃないの?」
言い返すことが出来ずに、琥珀はぐっと言葉を詰まらせた。悲しみを含んだ瞳で俯いて、すっかりと尻尾を下げている。
いちごの態度を見兼ねて、女性陣の一人が助け舟をよこした。
焦げ茶色のロングヘアーが、一歩歩くごとに小さく揺れる。
「いちご、もういいでしょう。言葉が過ぎるわよ」
「だって、成長しきってない出来損ないが人間界で契約なんて。おかしいでしょ?」
「やめなさいと言ってるの」
「何よ、やけに庇うわね。ああ、そういえばあなたは琥珀と同種だったっけ」
ここでも火花が散り始めた時、誠司はあることに関心を持っていた。
「なあ、あんた」
誠司が声をかければ、仲裁に来てくれた彼女は、首を小さく傾けた。
「あら、私? どうしたの」
「同種って……こいつとか。あんたも獣型ってのになれるのか」
「ええ、もちろん」
へぇ、と含みのある相槌をした誠司の気持ちに、彼女は気付いてくれたようだ。
「見たいのかしら? 獣型になりましょうか」
「いいのか」
食い付きの良い誠司に、彼女は少し微笑んでから快く頷いてくれた。
そのまま目を瞑ったかと思うと、すぐにその姿を変える。
「はい、どうぞ」
「おおっ……」
黒がかった茶色の毛並みが、とても艶やかで美しい。琥珀と同種というだけあって、確かに犬の形はしているのだが。
「でかいな」
全長三、四メートルほどありそうだ。太い四肢も人間の太ももぐらいある。
琥珀の子犬特有の短い鼻と違って、彼女はすらりと長く。口からは、肉を骨ごと簡単に平らげそうな犬歯が見えている。
犬というよりも、巨大な狼だ。随分と夢のある姿である。
「はぁ、やっぱりこの姿の方が楽ね」
大きく伸びをした彼女は気さくで、リラックスしているはずなのに、気圧されてしまうほどの貫禄があった。
その姿を誠司はまじまじと眺めたあと、残る女性陣へと振り返る。
「……あんた達も、なれるのか? 獣型」
問いかければ、神たちは顔を見合わせた。先に獣型になった彼女がご機嫌で、羨ましくもあったのだろう。誠司の期待に応えるように、次々と獣型に戻っていった。
先ほどとはまた毛色の違う犬、獅子と、神たちの獣型はどれも大型で、誠司がこれまで見たことのないような大きさである。
いちごを除く六人が、本来の姿に戻ったが、四人の神が犬の種族だ。実際、天界でもこの種族が半数以上を占めている。
久しぶりに獣型になったのか、それぞれ嬉しそうに寛ぎ始めた。
「んー解放感」
「その姿を見るのは、二十年ぶりです」
「そんなにだったかしら?」
「私は初めて見ます! とっても綺麗です」
「ふふ、やだ本当?」
夫婦の契約者を持っていたらしい彼女は、目を細めて穏やかな会話を広げる。身体は大きな狼のようでも、喜びや悲しみが尻尾に現れるのは、琥珀と同じであるらしい。
そんな中で、誠司の片腕に収まってしまう琥珀は、その幼い身体をさらに小さくさせている。
琥珀が和気あいあいとしている神たちへ視線を向けることはない。ただ誠司の胸に隠れるように、鼻先を寄せていた。
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