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第44話 神のすること
しおりを挟む誠司との契約が成されてから、二ヶ月が経とうとしていた。
先月、誠司が華と交わした約束も穏やかに守られている。
ひと月の間に華は二度、琥珀たちの住まいに訪れた。一度目の差し入れは高級蜂蜜を使ったパウンドケーキ、二度目は霜降り肉だ。
二度目の時なんて、甘味のある脂と肉の旨味に感動したのか、誠司は泣いた。
華は慌てふためき、誠司は無言で涙を流して、いつまでも肉を飲み込まない。「また、またお肉持って来ますから、食べて下さい」と華の言葉を聞いて、誠司は静かに泣きながら食べていた。
その光景を見て、琥珀は笑いが止まらなくて大変だったのだ。
その時の事を思い出して、また琥珀に笑い声が漏れる。
「多分、お姉さん次も肉持って来るんだろうなぁ」
神社には本格的な冬が訪れようとしていたが、心はまだまだ温かい。
それに、朗報もある。
拝殿の前は、日中よく陽が当たり、琥珀はもっぱらここで過ごす。今も日光浴をしていた琥珀は、確信していた。
「うん、やっぱり……神力が回復してきてる」
人間界に来てからというもの、神力不足に悩まされていたが、少しずつ貯まっていたようで安心する。
実のところ、琥珀はずっと体調が優れなかった。契約したばかりの人間に、そんな姿を見せることは出来なかったため、これまで我慢をしてきたが。
常に鉛をつけているかのような身体の重さも、最近ではずいぶんと楽になっている。
「その神力ってのは、なんなんだ?」
「誠司」
振り返れば、洗濯を終えた誠司がそこにいた。秋とは違い、黒のダウンジャケットを着て、真っ赤になった手先を揉んで暖めている。
「そもそも、神って何が出来んだよ。願い事叶えてくれんのか?」
誠司から、琥珀に関する問いかけは珍しい。
早く答えなければと思うが、いつも誠司に「お前の説明能力は終わってる。絶望的に下手だな」と言われるため、言葉に悩む。
「えっと、えっとな」
天界を知らない誠司にも分かりやすい説明を、と慌てていれば、誠司はじっと琥珀の続きを待っている。
琥珀や華が、言葉を詰まらせた時、誠司は急かさない。ゆっくりでいいよなんて優しい言葉はないが、不器用な誠司の優しさなのだろう。
琥珀も最近になって、ようやく気付けた一面である。
「神の性格とかにもよるけど、基本は運気が上がる」
「運気……? 宝クジに当たりやすくなるとか、そういうことか?」
「うーん、まあそれもなくはないけど。悪いものを遠ざける作用が強いな」
あまりピンと来なかったのか、誠司の返答がない。琥珀は、天界で習ったいくつかの例を挙げる。
「例えば、通勤路で交通事故が起こるとするだろ? そんな時、ふと今日は別の道から行こうとしたり。
詐欺師とかに会ったりしても、なんか嫌だと思って関わろうとしなかったり。
重い病気になった時、普段は行かない病院に行って、早期発見になったりする」
交通事故でぶつかる直前に車を止めたり、末期の病を治す等の超能力的なことは出来ない。
それこそ、人が神に願う金持ちになりたいだとか、受験合格だとか、そういった事は不可能なのだ。
伝えてから、ちらりと誠司を見上げる。
幻滅しただろうか。人間とはよく、神に雲の上の願い事をする生き物である。
「へぇ、すげぇな」
「え?」
「直接事故を止めたり、病気を治せなくても予防や回避が出来るなら、同じことだろ」
素直に感心する誠司に、琥珀は呆気にとられた。
そしてすぐ、困り顔を見せる。これは全ての神の悩みでもあるのだ。
「でも、結局は本人の意思が大きいんだ。なんとなく。虫の知らせみたいなもんだからさ。
急いでいる時は、その通勤路を通るだろうし。詐欺師の見た目が好みなら、関わるかもしれねぇ」
「ふぅん。じゃあ漫画みてぇに、なんでも願いを叶えるわけじゃねぇんだな」
「力が強い神なら、出来ないわけじゃねぇけど……神の介入が強過ぎると、本人の人生が狂うから駄目なんだ」
もともと歩むはずだった道から、大きく逸れてしまう。幸せにするために導きたいが、それは本意ではない。
「そういうもんか。まあ苦労せず金持ちになった奴が、必ず幸せとは限らねぇわな」
なんでも望むままに与えられた人間が、良い性格になる気がしないと呟いてから、誠司は納得したように頷いた。
どうやら、誠司は欲深い人間ではないようだ。
ここまで話して、琥珀はまだ伝えていない、もうひとつの真実を誠司に告げる。
「ちなみに、誠司にそれは作用してねぇ! 俺の神力が足りないから!」
茶目っ気たっぷりに、ぺろりと舌を出してみる。
途端に、沈黙に包まれた。冷たい風が、二人の間を通り過ぎていく。
「……ただの犬じゃねぇか」
ぽたりと誠司の毒が落ちる。
それは、琥珀も常々思っていた事だ。これまで何度、自分の無力を嘆いただろうか。
「いやさ、天界ではもっと神力があったんだけどさ。人間界って、こんなに回復しねぇもんなんだな。俺もびっくり」
とても真面目には伝えられなくて、わざと軽い口調でいえば、誠司の反応は予想とは違うものだった。
「多少は回復してきてんだろ? じゃあ良かったんじゃねぇの」
聞きたいことを聞いて、誠司は一通り納得したらしい。
どうやらこの会話は終わったようだ。
追求も、咎められることもなくて、琥珀はほっと息を吐くが、同時に複雑な思いも交差する。
「期待……してねぇんだろうな」
小さな声で落ちたそれは、誠司の耳には届いていない。
それは琥珀という存在にも、他の誰かにも、誠司自身にも、きっと全てにそうなのだろう。
誠司が「死にたい」と、琥珀に告げた事はない。だが、生活の中で垣間見える、誠司の生きることへ執着心の無さには気付いていた。
それが堪らなく、琥珀の胸を痛める事がある。
だから、誠司がそんな事を思う暇がないぐらい、琥珀が元気であり続けなければいけない。
少しでも、誠司がその明るさに引っ張られたなら儲けものだ。
「いつか、幸せだって言ってくれるかな」
ぽつりと願いを呟いた。
今日も無表情で、抑揚のない声で話す誠司が、馬鹿みたいに笑ってくれればいい。
「なにか言ったか?」
「いーや、なんでもねぇよ!」
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