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第36話 暗闇部屋
しおりを挟む誠司の服が、再びベランダに吊るされる。
全て干し終わった頃を見計らって、琥珀はベッドの頭もとに置いてあった体温計を差し出た。
「ん。誠司」
「もういいだろ。下がってる」
華の家に来た三日前と二日前の夜。誠司は夜になるにつれて、熱が上がっていた。華もそれを危惧していたが、昨晩は上がることなく、朝を迎えた。
誠司の様子を見ても、おそらくもう大丈夫なのだろうが、念には念を入れたい。
「駄目だ、ほら」
咥えている体温計を、誠司の足に押し付ける。すると、舌打ちをしながらそれを受け取って、誠司はキッチンへと向かった。
「それちゃんと測れてるか?」
「うるせーな、測ってるよ」
脇にある体温計が、ズレないように気をつけながら、冷蔵庫を開ける。
中には、華が作った食事の他に、大量購入してきたお茶やスポーツドリンク。誠司はなんでもいいと言ったのだ。しかし華は、飲みやすいものをと、四種類も口を開けていた。
「……こんなにどうすんだよ」
まだ開封していないものはいい。だが開けたものは、早めに飲んでしまった方がいいだろう。一人暮らしの家に、こんなに残していくのも気が引ける。
誠司が朝食と飲み物を取り出したところで、体温計が計測完了の音を鳴らした。
「誠司、どうだった?」
「ねぇって、ほら」
「36.4……これって、もういいのか?」
体温計を見せられた琥珀は、人間の平均体温がわからない。その回答を求めて、誠司を見上げた。
「普段と変わらねぇよ」
どうやら完全回復したらしい誠司に、琥珀の尻尾は大きく左右に揺れる。
「そっか、良かった……誠司、良かったな!!」
「……おい、お前もメシ貰うだろ?」
「おう、食べる!」
いつもより声が明るい琥珀と、誠司の態度は対照的だ。病気の完治に、本人は特に喜びがないらしい。
興味もなさそうに、琥珀のおじやが入った器を床へ置いた。
まだ料理には、少し温かさが残っている。
「いただきまーす」
勢いよく食べ進める琥珀に続いて、誠司も無言で手を合わせてから、朝食に手をつける。
その後は、寝て起きてを繰り返していると、気がつけば日も暮れ始めていた。
完全に日も落ちて、真っ暗な部屋の中で、琥珀は疑問を口にする。
「なぁ、誠司」
返事はなかった。先ほど咳払いが聞こえたばかりなので、誠司が寝ているわけではない。もともと琥珀の投げた球はキャッチボールにならず、投げっぱなしになる事が多いのだ。
「なんで電気付けねぇの」
「……それで、何か困るか」
「まあ、周りが全く見えねぇよな」
華は日が傾き始めると、すぐに電気に切り替えていた。しかし今、カーテンは閉じられていて、部屋の中には月明かりすら入らない。
何かをしたいわけではないが、ただ何故だという気持ちが強かった。
「金がかかる」
誠司の言葉が頭に届くまで、僅かに時間が必要だった。そして納得する。どうやら誠司は、電気代を気にしていたらしい。だから華が温めて食べろと言っていた昼食も、冷たいまま食べていたのだ。
部屋が暗い理由が分かって、それが意外だけれど意外ではなかった。
「誠司ってさぁ……」
「なんだ」
「結構、気遣い屋だよな」
「あ?」
それはこの数日で、よく見て取れた。琥珀に対しては、無視も多いが、華にはそれがない。
愛想良くする事はないが、相槌のような短いものでも、必ず返事はしていた。いくら高熱で辛くてもだ。
汗が気持ち悪いだろうと、華が風呂を貸してくれた時だって。華が本当に入ったのかと疑うほどの速さで、誠司は出て来た。
食欲はなかったはずなのに、華が買って来た何種類ものゼリーやプリンも、もうほとんど無い。
そのどれもが、誠司の気遣いだったのだろう。
褒めたつもりなのに、誠司の舌打ちが聞こえる。その後は声をかけても、全く返してくれなくなった。どうやら気分を害してしまったようだ。
この空気を変えたくても、変え方がわからない。
変な静寂が続く中で、玄関の鍵が開く音がする。
いつのまにか、華の帰宅時間になっていたらしい。
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