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第34話 一安心
しおりを挟むその日の夜は、誠司の熱はまた少し上がった。
だが、なかば無理やり詰め込んでいるようにも見えたが、誠司がよく食べて、よく飲んでいたのが良かったのかもしれない。
華の看病の甲斐もあって、翌日の昼には、熱がぐっと下がった。
「37.3……良かった。下がってきましたね。気分はどうですか?」
「ああ、大丈夫だ」
ベッドで状態を起こしている誠司の受け答えは、昨日までとは違って、はっきりしている。
薬の効果が切れている状態で、この体温ならば、一安心だと気を緩めた華に、琥珀はピンと耳を立てた。
「本当? 誠司、もう大丈夫なの?」
「藪原さん、元気になって良かったね」
微笑んだ華に頭をなでられて、琥珀は誠司を見る。
確かに顔色も良くなり、目も虚ろではなく、しっかりしていた。いつもと同じ愛想のカケラも感じられない、誠司の仏頂面だ。
誠司の安全を確認出来て、ようやく琥珀の緊張の糸が切れる。
「はぁ……良かった……」
失う恐怖からも解放されて、出た声は少し震えていたかもしれない。苦しそうな誠司を見ているのは、本当にいたたまれなかった。
ぴょんっとベッドにあがって、琥珀はこの数日、定位置だった誠司の枕横に移動する。
「誠司、しんどくなったらすぐに言えよな」
そう言い残して、ころりと丸くなる。琥珀から寝息が聞こえてきたのは、本当にすぐだった。
そんな琥珀に、誠司と華、二人の視線が集まる。
「ふふ、琥珀くん本当に賢いですよね」
「いや、こいつはただの馬鹿だ」
即答した誠司に、華は笑いながら琥珀の身体を優しくなでる。
「そんな事ないですよ。商店街の近くで会った時は、本当に必死になって助けを探しているようでした」
「……こいつが?」
「はい。家に着いてからも琥珀くん、藪原さんが心配でほとんど寝ていなかったと思いますよ」
琥珀の寝息がイビキに変わり、華は笑って、誠司は眉間に皺を寄せた。
「うるせぇな」
「やっと安心出来たんですかね」
なでられているのが心地良かったのか、琥珀は丸くなっていた身体を広げる。仰向けになってお腹が晒されて、それを華がぽんぽんとあやすようにさすっていた。
「私たちはお昼にしましょう」
「あ、いや熱も下がった。出て行く。悪かったな高嶺さん」
「えっ駄目ですよ。まだ下がったばかりで、夜にまた上がるかもしれませんから」
今、出て行くなんてとんでもないと、華は驚きの声を上げた。
もう一日様子を見た方がいいとの提案を受けるが、それを受け入れることは出来ない。
「これ以上、世話になるわけには」
「駄目です」
「もうかなり良くなった。問題ない」
「駄目です。今ぶり返したら、元も子もないですよ」
「いやでも」
「駄目です」
もう最後には、言葉を被されてしまった。理由を言うことすら出来ない。
とても丁寧な口調なのに、どこか圧が強い華に押される。そうかこれは提案ではない、命令だったのだ。
「お昼、鍋焼きうどんにしようと思いますが、食べれますか?」
「…………食える」
引く気がまるで無さそうな華に、誠司の方が折れる。命令に従えば、華はにこりと頷いた。
「はい、では少し待っていて下さい」
キッチンで鍋に火をかけた音がして、誠司は横目で琥珀を見る。
そこには、ぴすぴすと鼻を鳴らしながら、だらしのない顔をして爆睡している神がいる。
「はぁ……くそ、調子狂うな」
それが、風邪で狂っているだけなら良かったのだが、どうやらそうではないらしい。
気持ちの良さうなイビキと、手際の良い調理音に挟まれて、誠司は居心地が悪そうに、複雑な表情を浮かべていた。
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