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第33話 流れる空気

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「そうだ、あのこれも……」

 華は、本棚にあった木箱を開ける。そこから厚みのある封筒を取り出すと、誠司に差し出した。

「向こうの両親から、お詫びにと貰ったものなんですが、藪原さん貰って下さい」
「……は?」

 数えてはいないが、そこには現金で百万円が入っているらしい。これで、ストーカーの件は、なんとか事を収めて欲しいと渡されたそうだ。つまり、裁判等はやめてくれという事だろう。

「こんなもん、俺が受け取れるわけねぇだろ」
「藪原さんがいなかったら、今もまだストーカーは続いていたと思います」

 もしそうなっていたらと、華はきゅっと目を閉じて、顔をしかめる。華の声には、まだ少し恐怖の色が残っていた。

「警察には、まともに取り合ってもらえませんでした。助けて欲しいと頼めるほど、親しい男性はいなくて。同性の友達は心配してくれましたが、もし巻き込まれたらと思うと頼れなくて……。本当に、家でも外でも、どこにいるのも怖かったんです。通知音ひとつ届くだけで、脅えてました」

 今また、普通に生活出来ることが本当に嬉しいのだと、華は告げた。

「だから、受け取って下さい。そんな状況から助けてくれた藪原さんに、怪我もさせてしまったので」


 誠司は腹につきそうなぐらい、ずいっと差し出された封筒に視線を落とす。
 それを上から掴むと、華の方へと突き返した。

「……要らねぇよ」
「でも」
「それは、あんたの慰謝料だろ。……それだけ怖い思いしたんだ。貰っとけ」

 それを解決出来たのは誠司のおかげなのにと、まだ納得しない華に、誠司はため息をついた。

「……これを使うのも、なんだか気が引けるんです」
「もしまともに使うのが嫌なら、馬鹿みたいに高い服でも買ってやれ。そんで、一回着たら高笑いしながら燃やせ。あーあと、高級エステとかで、つるんつるんの肌にしてこい」

 確かにそれは気持ちの良い金ではないが、それなら気分も晴れるだろう。
 すると、華はぽかんと口を開いたあと、たまらず笑い声を漏らした。


「絵的に、それはまずくないですか」

 自分がやっている姿を想像したのか、華はくすくすと口もとに手を当てる。

「場所なら、神社で出来るから貸してやる」
「ふっ、はい。考えておきます」


 九分九厘本気の冗談を華が笑ってくれた事で、部屋と、二人の、硬い空気がふわりと和らいだ気がする。

 だが少し、喋りすぎたのかもしれない。咳き込んだ誠司を見て、華は慌ててベッドに入るように促した。

「すみません……熱があるのに。詳しくは熱が下がってから話すべきでした」
「いや、いい」

 華が話をしていなければ、誠司もここへの滞在を決めることは無かった。
 どちらにせよ、話すタイミングは今しかなかったのだ。
 そう言えば、華は申し訳なさそうに小さな笑顔を見せる。

「ありがとうございます。藪原さん、食欲はどうですか? 甘いものは食べれますか?」
「大丈夫! 食べるよな誠司!」

 珍しく、これまで口を挟まずに誠司と華のやり取りを見守っていた琥珀だったが、ついにお喋りな口が開いたようだ。

「どれか食べれそうなものがあるか、見てて下さい。家の冷蔵庫にあるものも取ってきます」

 その後は、薬を飲みましょうと、華はぱたぱたと冷蔵庫に急いで、中を漁る。
 誠司はそんな華から、並べられているゼリーや軽食へと視線を向けた。

「誠司、良かったな! どれ貰うんだ?」

 誠司が何かを食べれないと、言っているのを今まで聞いたことはない。
 以前、琥珀が山菜狩りへ行く前に聞いた時も、好き嫌いは特にないと言っていた。
 贅沢は言わない。安全に食べられるなら何でもいいという、心が痛くなる切実さだ。


 しかし今、誠司の表情は明るくない。そして、琥珀だけに伝わる程度に、誠司は声のボリュームを落とした。

「……出来れば食いたくねぇな。喉が痛い」
「でも、なんか食べないと薬飲めないんだろ?」
「飲めねぇことは……でもまぁ、食わないわけにもいかねぇか。ゼリーぐらいなら……」

 さすがに、この大量購入された食料全ては無理だが、どれにも手を付けないのは良心が痛むらしい。
 そんな中で、華が果肉入りのヨーグルトや、蕎麦の乾麺などを手に戻ってくる。


「藪原さん、どうですか? 温かいものが良ければ、おじやもあります」
「あー、ゼ」
「そうだ誠司、お姉さんの作ったおじや! 野菜もいっぱい入ってて、めちゃくちゃ美味いんだよ!」

 ゼリーをと、答えようとしていただろう誠司の言葉は、琥珀に遮られた。
 そのおじやは人参やサツマイモ、じゃがいもなど。小さいサイコロ型にカットした野菜がたっぷりで、華が先ほど、誠司のために用意してくれたものだ。


 コンロの上に置かれた土鍋に、目を向けたあと、誠司はゆっくりと答えた。

「……おじや、頼んでいいか」
「はい、もちろん」
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