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第27話 SOS①
しおりを挟む神社を後にした琥珀は、人を求めてとにかく走っていた。
誠司がこのまま、もう目覚めなくなるという最悪の光景が頭に浮かんで、地面を蹴る足に力が入る。
まだ夜になったばかりだというのに、やはり神社の周りには人影はない。
人の姿が見えたのは、あと数分もすれば商店街というところまで走って来て、ようやくだった。
「なぁ、病人がいるんだ! 助けに来てくれ!」
前に居た、部活帰りらしい大きなスポーツバッグを女子高生二人に声をかける。すぐに振り向いた二人は、琥珀の姿に少し驚いた表情を見せた後、スマホを取り出して笑顔を見せた。
「えー可愛いっ子犬!」
「真っ白、やばいやばい」
少々興奮気味な彼女たちに、スマホを向けられて、そこからはカシャリとシャッター音が鳴る。
「ふわふわだねースピッツかなぁ?」
「おいでおいで」
「今そんな事してる場合じゃなくて、誠司が大変でっ、うぉっ!?」
近付いて来た一人に、無遠慮に抱き上げられる。
「迷子かな? 連れて帰りたい」
「ははっ駄目でしょ、わかるけど」
「このままうちの子になっちゃう?」
そう笑いながら、身体を撫でくり回す二人に、琥珀は困惑しながらも助けを求める。
「そうじゃなくて、誠司が倒れてんだって!」
ただ、訴えたところで契約者以外には、その声が届くはずもない。彼女たちには、犬に近い鳴き声が聞こえているだけだろう。
「どうする? 警察に届ければいいんだっけ?」
「かな。……お母さんに飼っていいか電話してみよっかな」
「まだ言ってる。この子にも飼い主がいるから駄目だってば」
友人に窘められて、彼女も残念そうだが、琥珀の事を諦めたらしい。二人は迷子の子犬保護のために、警察署を向かい始める。
(警察なんていってる場合じゃないっての)
するりと彼女の腕から逃げ出して、琥珀は二人の制止を聞かずに、再び人気のある所を目指した。
***
「くそっ、駄目だ……」
その後、何度か人間に声をかけてみるが、結果はそう変わらなかった。
性別、年齢の幅を広げてもだ。保護、またはあしらわれる以外にない。
ついには、ゲージを持って、琥珀を捕獲しようとする人間まで出てきた。今は、それに追われていたが、店と店の隙間に逃げ込んで、撒いたところだ。
「このままじゃいくら続けても無理だ。人型になるしか……」
獣型ではいくら人間に訴えたところで、伝わらない。しかし、聖域ですらあの短時間しか人型になれなかったのに、外で人型になったりしたら。一体どれほど、琥珀の身体に代償が現れるのだろうか。
それに、大きな問題がまだある。長い間、人型を保つ事が不可能な今、状況を説明出来ても、とても神社まで案内なんて出来ない。途中で、獣型に戻ることになる。
「でも今は誠司が助かれば、それでいい」
説明さえ出来れば。人間には混乱もあるかもしれないが、その後はどうとでもなるだろう。まず誠司に、適切な処置をしてもらう事が先決だ。
「よし! いくぞ!」
気合いを入れて、神力を体内に巡らせるが、一向に人型にならない。
「あれ?」
もう一度、もう一度と挑戦するが、いつまで経っても獣型から変わる事はなく、琥珀は言葉を失った。
なれないのだ。そもそも人型に。琥珀の今の状態では、短い間どころか、人型になることすら叶わない。
「おい、嘘だろ……」
何度試みても、身体はそれに応じてくれない。これでは契約者が、誠司が、苦しんでいるのに、何も出来ないではないか。
「なぁ、その後どんな代償あってもいいからさ。頼むよ」
目眩や疲労どころでは、済まなくても構わない。
誠司を、助けて欲しいのだ。そのためには今、人型になる必要があるのだ。
「これじゃ、俺……本当になんのために」
人間界に来たというのだろう。大きな希望を胸にここへ訪れたくせに、契約者が大変な時、サポートひとつ出来ない。
「なぁ……! 誠司の熱が下がらないんだって……!」
人間は、脆い。昨日まで元気だったのに突然死んだりする生き物なのだ。
自分の無力が、どうしようもなく悔しくて、助けられない事が悲しくて、怖かった。
「うっ……」
じわりと滲みそうになったら涙を堪えて、歯を噛み締める。泣いている時間があるなら、誠司を助けるために時間を使うべきだ。
獣型のまま、もう一度、路地裏から出ようとした時、一人の女性と目が合った。
「あれ、わんちゃん」
穏やかな声がする。
ベージュのロングスカートに、ネイビーのカーディガンを羽織り、シンプルな黒の手提げバッグ。化粧もほんのり頬と唇が紅い程度で、全体的に落ち着いた印象を受ける。
「こんなところでどうしたの?」
大柄な男性であれば、少し身体を横にしないと入れないほど狭い路地裏に、その女性はすっと躊躇なく足を踏み入れた。
そして三、四歩と進んでから、琥珀の前でしゃがみ込む。
「飼い主さんと、はぐれたの?」
耳の下で、緩くひとつに結われたこげ茶色の髪が揺れる。女性は覗きこむように首を傾げて、かけている大きめなメガネが印象的だった。
女性から差し出された手に、琥珀はまた捕まってはいけないと、後ずさる。
「大丈夫。怖くないよ」
怯えさせないようにゆっくりと話す女性に、琥珀はすがる思いで告げる。
「誠司が大変なんだ、お願い助けて」
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