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第26話 琥珀頑張る
しおりを挟む苦しげな声を上げた誠司に、琥珀は慌てて身体から降りて、今度は顔の横へと移動した。
ぴったりと誠司に寄り添って、首の上にはふわりと尻尾をかけてやる。
「誠司、寒くないか?」
「……あったけぇ」
「良かっ」
「けど、めちゃくちゃうぜぇ」
隙間がない方が温かいだろうと、そばに寄ったため、誠司の顔は琥珀の身体にめり込む勢いだ。今、顔の三分の一は、琥珀の白くて長い毛で覆われている。
防寒に成功したことを、琥珀は喜ぶ間も無く、誠司から尻尾を跳ね除けられた。
「なんでだよ! 尻尾乗せてた方が寒くないだろ!」
「先がぱたぱた動いてうざってぇ」
「動かさないようにする!」
そうは言ってみるものの、誠司の事が心配で、つい尻尾がはためてしまう。
病気を治すには、温かくする以外に何があっただろうか。琥珀は、昔天界で聞いた話を必死に記憶から掘り起こしていく。
「誠司、病院! 医者に診てもらおう」
「んな金あるわけねぇだろ。こんなもん寝てりゃそのうち治る」
「医者は駄目か……そうだ! 水分補給だ! 水!!」
誠司の適当な言葉は無視して、治療に必要なものを思い出した琥珀は、勢いよく立ち上がると、全力疾走で家を後にする。
拝殿の横を駆け抜けて、参道の途中にある十数段の階段は、ほぼ飛ぶ様にして降りた。
瞬く間に手水舎までたどり着くと、琥珀は水盤の上に置かれている柄杓を見上げた。
このままでは水を汲むどころか、柄杓に触れることすら出来ない。琥珀は、自分の神力残量を確認する。
「……あんまり増えてないけど、そんなこと言ってる場合じゃねぇ」
人間界に来てからしばらく経つが、神力の回復は芳しくない。琥珀の生体を維持するため常に消費する神力と、人間界から得られる神力の量に大差がないのだ。
聖域にいる分、増えてはいるのだが、それも微々たるもの。想像以上に、人間界での生活は琥珀から神力を奪った。
だが、今頭の中を占めるのは、横になったまま動かない誠司の姿である。
目を瞑り、身体全体に神力を巡らせると、琥珀は人型に姿を変えた。
「くっ……やばい、早くしないと」
獣型の時よりずっと高くなった視界が、頭を揺さぶられているかのように、歪んでいる。ぐらつくそれに堪えて、何とか柄杓を掴むと、水盤にもたれるようにしながら、水を組み上げた。
「駄目だ……っ」
水をなみなみと注いだ柄杓を下に置いてすぐ、琥珀は再び子犬の姿に変わる。
「はぁっ、こんなに保たないのかよ」
余韻でまだ不安定な視界に、気分の悪さを覚えながらも、柄杓の根元辺りを咥えて立ち上がる。そして、せっかく汲んだ水を零さないように注意を払いつつ、家へと戻った。
「誠司、ほら水だ」
「…………悪い」
頭もとに柄杓を置けば、誠司はほんの少しだけ身体を起こして、水を口にする。
「ごほっごほっ」
「大丈夫か!?」
咳き込んだ誠司は柄杓を置いて、どさりと横になった。柄杓の水は、半分ほどしか減っていない。
「もっと飲んだ方がいいんじゃねぇの? また汲んでくるから、気にせず飲めよ」
「……いい」
「そうだ。飯も食わねぇと、今日何も食べてないだろ。ドッグフード食べるか?」
奥に置いてあったドッグフードの袋を引きずってくるが、誠司はそれを一瞥したあと、すぐに視線を逸らして目を瞑る。
先ほどから、誠司は熱だけでなく、時おり咳をしていて、喉がつらいのかもしれない。
口の中の水分を根こそぎいかれるようなドッグフードは、今の誠司には不適切なのではないだろうか。
「誠司、果物なら食べるか? 俺、採ってくる」
「……要らねぇ。寝る」
そう言って、誠司は目の上に右腕を乗せると、琥珀に背を向けるように横を向く。
きっと、話はもう終わりだということだろう。
そんな誠司の頭に、今度はめり込まないよう琥珀はそっと身体を寄せる。
そうして一時間ほど、誠司の様子を見ていたが、落ち着くどころか、夜になり尚更熱が上がっているように思えた。
「ぐっ、ごほっはぁっはっ」
「誠司!」
激しくむせ返り、生理的に滲んだ涙を拭った誠司を見て、琥珀の不安は煽られる。
息苦しそうにぐったりして、普段のように悪態をつく余裕は微塵もない。
(本当にこのままで治るのか……?)
ただ時間が経過するのを待つだけで、誠司は回復するのだろうか。
風邪は人間がよくかかる病で、比較的に軽く、数日で治ると。天界でも言われていたが。
琥珀の胸にはずっと、拭いきれない影がチラついている。
(だって人間は……風邪で、死ぬんだろ?)
天界で、先輩の神が言っていた。契約者の友人が若くして、風邪を拗らせて亡くなってしまったのだと。
それは滅多にない事なのかも知れないが、事例はあるのだ。誠司はそうならないと、どうしてそう言うことが出来るだろうか。
誠司を見れば、上がり続ける体温と頻度が増えていく咳に苦しんでいる。
悪化する一方の容態に、琥珀は立ち上がった。
(このままじゃ駄目だ、誰か……誰か、助けを呼ばないと)
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