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第20話 思い返せば

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 愛が神社から去ったあと、人と話したからか愛の独特な人柄からか、子犬の気持ちは少し晴れていた。

「よし。いつまでも、うだうだしてって何にもならないもんな!」

 今出来ない事や、もう起こってしまった過去は悩んだところでどうしようもない。
 それは次に同じ失敗をしないよう、教訓にするだけでいい。変えられないものを気にするより、これからの事を考える方が、ずっと有意義な時間になる。

「……わかってんのに、気持ちが落ちると駄目なもんだな」

 精神的に健康で無いと、その前向きな思考も生まれなくなってしまう。子犬の人生二百年、それなりに苦難も乗り越えて来たのだから、頭ではわかっているが、ふと忘れてしまうものなのだ。

「愛ちゃんに感謝しなきゃな」

 心の陰りを払拭してくれた愛に、今度会ったら礼を言わなければいけない。
 完全に切り替わった子犬の頭の中で、おっさんの姿が浮かぶ。

「思い返したら……結構いい所あるかもしれねぇ」

 はじめこそ、おっさんとの契約は正直納得が出来なくて、不運を嘆いていたのだが。
 
「話しかけても無視は当たり前だし。にこりともしねぇし。目すら合わねぇ事もあるし。すぐ俺のこと置いて行くけど……」

 ベースが不機嫌で出来ているおっさんは、言葉もいちいち荒っぽく、上品とはかけ離れている。
 これだけを聞いていたら、はやりおっさんは色々と駄目な奴である。しかし、今はそれだけではないことも子犬は知っていた。

「ホームレスだけど、ちゃんと働いてるし」

 不真面目な周りに流される事もなく、一人でもしっかりと働くあの姿には、好感が持てる。

「この神社も、すげー大事に使ってるし」

 初めて見た時は、神社の御神木を家にするなど、なんて罰当たりなおっさんだと思ったものだ。
 ただ、家としているクスノキは思いのほか綺麗に使われていて、ゴミが散らかっていたり、本体を傷付ける事もしない。
 おっさんは手水舎の水を毎日使っているが、使用後は下を水で流したり、柄杓も丁寧に扱い、きちんと元の位置に戻す。

「出て行けって言わねぇし」

 黙れとか、付いてくるなとは言われるが、本気で出て行けとは言われた事がないのだ。
 実はいつおっさんからそう言われるかと、子犬は構えてはいたのだが、非常に嫌そうな顔は見せても、その言葉を発する事はなかった。

「俺の分のご飯もあるし」

 それはドッグフードではあったのだが、犬の姿をした子犬のための選択で、わざわざ用意してくれたものだ。
 金に余裕があるはずもないのに、ペットショップ店員のオススメを購入してくれていたらしい。

「うん。慣れればドッグフードも全然美味しいしな」

 最近は何の違和感もなく、毎朝おっさんと一緒にドッグフードを食べている。


「それに、女の人も助けたんだろ? おっさん普通にいい奴じゃね?」

 負けてしまったみたいだが、女性を助けるために一人でストーカーに立ち向かうなんて、男気を感じるではないか。

「うん、そうだよな」

 致命的なほど無愛想で、コミュニケーション能力がマイナスなだけで、悪い人間ではないのだ。
 一緒にいると、おっさんのわかりにくい優しさが、時々顔を出す。普段の言動の荒さに隠れて、見逃してしまいそうなそれ。つまり、おっさんは不器用なのだろう。
 

「おっさんが帰って来たら、いっぱい話そう」

 そしておっさんの事をもっと知りたい。
 犬の餌という認識があまりにも強過ぎて、衝撃で忘れてたいたが、ドッグフードの礼も言わなくてはいけない。


「まずは、いつもみたいに山菜でも採って待ってるか」

 神社で時間を持て余し過ぎて、遊び感覚で始めた山菜とキノコ狩りだったが、最近はおっさんの食生活を気にしての意もある。

 子犬はいつもより軽快な足取りで、神社の裏にある林へ向かった。
 この小さな体では、数個の山の幸を咥えただけで所持数の限界が訪れるため、何往復もする事になるのだが、時間はたっぷりある。
 鼻歌まじりに、子犬は食材を探し始めた。

「今日は、甘い果実みたいなのも持って帰ってやるか」
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