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第14話 尾行の先で①
しおりを挟む昨日ドッグフードデビューを果たした二人は、今朝も朝食としてそれを頂いていた。
おっさんが手水舎で汲んできた水と、紙皿に出されたドッグフード、その完全なる犬の餌セットを、おっさんと神が貪っているのだ。なんとも悲しい朝の光景である。
前日はゆったりとした起床だったが、今日のおっさんの朝は早い。
家から出たおっさんは、普段おっさんが二階と呼んでいる太い枝木に登ると、そこに置いてあった新しい衣服に着替え始める。
「どっか行くのか?」
子犬のそんな質問には答えることない。それどころか、目すら合うことなく、おっさんは神社から出て行ってしまった。
「……返事ぐらいしろよな」
おっさんに話しかけて、会話が続くことは今のところ半分半分といったところだろうか。
半分は完全に無視で、残りの半分でもそのほとんどは相槌のような短い言葉が返される。
そして、昨日今日と見ていて気付いたのだが、おっさんは朝が苦手なのか、寝起きは普段から良くない人相がさらに悪くなり、声のトーンも下がる。
反対に、子犬は寝起きから踊り出す事が出来るくらいに目覚めが良いので、おっさんはやり難いといったらない。
昨日も付いてくるなと言われてしまった手前、一緒に行くとは簡単に言えなくなってしまった。言ったところで、また拒絶されるのも目に見えている。
しかしながら、一日何もする事なく神社にいるというのも退屈で仕方がないのだ。
これが天界であれば、修行を積んだり、あまり交友関係が広いわけではないが、気心の知れた友人のもとに行く事も出来た。
今は修行をするための神力が無く、人間界には友人もいない。
「あ、そっか。付いて行きゃいいのか」
そうだそうだと閃いたように、尻尾を立てて、子犬は立ち上がる。何も許可など取らなくても、勝手にそうしてしまえばいいのだ。
そうと決まればと、子犬はまだ近くにいるだろうおっさんの後を追った。
***
「お、いたいた」
探していた人物はすぐに見つかり、おっさんと一定の距離を置いて、子犬は後を追いかける。
(おっさん何するんだろうなー)
まだここへ来て三日目だが、おっさんの生態が不明である。
一日目の契約日には、おっさんは神社に居て自殺しようとしただけで。
二日目は、昼前に買い物に出て夕方帰って来た。その間、どこに居たのかは知らない。
さて、あの無気力過ぎるおっさんが、今日はどこで何をするのだろうか。単純に興味はある。
(それにしても……)
商店街付近まで来たおっさんを見て、子犬はおっさんの周囲との違いを実感する。
肩あたりまで不精に伸びた髪に、目にかかるうざそうな前髪。黒や藍色など色が濃いので目立ちはしないが、よく見れば汚れていて、皺だらけの野暮ったい服。
それらと、おっさんの醸し出す空気が、見ただけでホームレスを匂わせる独特の雰囲気を作っている。
(おっさん浮いてんなぁ……)
そんなおっさんは、数十分歩いたのちに、ある建物の前で足を止めた。
さほど大きくはない小規模な工場に入っていったおっさんを見て、子犬は工場の周りをくるくると探索する。
荷運びのためか、開けっ放しの特殊両開き扉や、シャッターが上げられた場所が数ヶ所あり、そのひとつから中を覗きこんだ。
「おっさんいるかな」
工場内には、無数に積み上げられたダンボール箱や、棚に無理やり詰め込まれた整理整頓とはほど遠いダンボールや紙の束、機具なんかもある。
他には、長方形の作業台が八つほどあるが、とにかく至る所に物が散らばり、随分と無秩序な印象を受ける。
きょろきょろとその姿を探していれば、作業着に着替えた青いつなぎ姿のおっさんを発見して、子犬は目を丸くさせた。
「えっ……おっさん、働いてたんだ」
いかにホームレスといっても、何かを食べなくては生きていけないし、それを買うにはお金が必要だ。まったくの無一文で生活をする事は厳しいだろう。
よく考えてみたら、当たり前ではあるのだが、おっさんの言動から働いているというイメージが一切無かったため、衝撃を受ける。
「よ、良かったぁ……!!」
そんな衝撃のあとには、すぐに安堵の気持ちが湧き上がった。
昨日、一キロ千五百円だったというドッグフードを、おっさんはどのようにして手に入れて来たのだろうかと、気が気ではなかったのだ。
想定していた最悪の事態もなくなり、心が晴れやかだ。そして、なんというのだろうか。
ホームレスで神社に住んでいる無職のおっさんは、どうしようもないほど危険な匂いがするが。
ホームレスで神社に住んでいるけど、仕事はしているおっさんだと、まだ少し希望がある気がする。
「なんだよなんだよ、おっさん働いてるならそうと言ってくれよな!」
朝に一言、仕事に行ってくると言ってくれたなら、こちらも喜んで送り出したというのに。
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