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第12話 これはバランス栄養食①
しおりを挟むもうそろそろ、日が陰り出そうとしていた頃だった。
子犬の憤りや悲しみも、時間が経ってさすがに少しは落ち着いた。神社でする事もなく暇を持て余していると、乳白色で中身の見えないビニール袋を提げて、おっさんが帰宅する。
「あ……」
互いの存在に気付いた二人の間には、沈黙が降りるが、ばっちりと目は合っているものだから、気まずくて仕方がない。
(な、なんか言った方がいいのかな)
おっさんは微動だにせず、ただ子犬に視線を落としているだけ。
この静けさに居たたまれなくなって、子犬は話題を探すが、どうしてもおっさんが出る前にかけた『お前といると頭が痛くなる』という言葉が、それを喉もとで留まらさせていた。
そんな沈黙を破ったのは、おっさんの方で、小さくその唇が開かれる。
「お前、飯は食うのか」
「は? あー、いや供えてくれれば嬉しいけど、普段は食べない。食べることも出来るけどな」
なにかを口にすることも出来るが、必要不可欠なことではない。人がお菓子を食べたり、煙草を吸う者がいるように、天界では、食事というのは嗜好品として楽しむためのものだ。
その中で、供え物として与えられるのであれば、有り難いことではある。
仏壇とは違って神へ供え物をするということは、信仰心や感謝、願いが込められたものがほとんどだろう。
それを貰った神はその気持ちに、心が満ちたりる。神の大体が、常日頃から人間を幸せにしたいという想いがあって、つまりはどの神も人間が大好きなのだ。
そして供え物とは、その人間から必要とされていることが簡単にわかる方法である。
(……俺、貰える日来るのかな)
先輩の神は「毎日絶えずにくれるのが本当に嬉しくて」と、それはそれは全身から喜色が現れていた。供え物は高価なものではなかったのだが、そんなことより、その心が大切なのだ。
いつか自分にも貰える日が来るのかと、楽しみしていたが、目の前にいるおっさんは、まるでそんな事をしてくれそうにない。その期待値はゼロといっていいだろう。
「あ、でも今は」
また一つ夢が遠ざかって、しょんぼりと肩を落とした子犬は、自分に残された神力に着目する。
「神力も無いしな……食べた方がいいのか」
枯渇している神力を少しでも蓄えるためには、食事という方法でエネルギーを得た方がいいかもしれない。
それで大きく補充する事は出来ないが、しないよりはずっといいだろう。
「……付いて来い」
子犬の返事も待たずに、本殿の少し裏にある例の御神木。おっさんのクスノキハウスに案内され、おっさんはそのまま幹の空洞へと入っていった。
(入って、いいのか……?)
付いて来いと言われたのだから、それでいいのかもしれない。子犬は控えめに中を覗いてから、迷うようにして足を踏み入れる。
「お、お邪魔しまーす……」
果たしてここを家と呼んでいいのかはわからないが、小さな声でそう言えば、おっさんはそれに反応は示さずに、持っていたビニール袋から何かを探しているようだった。
すぐに目当ての物は見つかったようで、何枚かまとめて入っている紙皿のうち一枚を取り出した。
いまいちおっさんが何をしているかわからずに、子犬はただそれを見つめる。
すると、おっさんはその紙皿に、先ほど買ってきただろう袋から、ザラザラと茶色で小粒の固形を積み上げる。
「ほら、お前のだ」
「……え?」
今しがた、紙皿に積まれた茶色の小型固形物。その出どころに目線をやれば、明らかに〈ドッグフード(幼犬用)〉と書かれている。
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