7 / 99
第6話 ここがマイホーム
しおりを挟むおっさんは、拝殿の裏からすぐそばにある林に踏み入ったかと思えば、ある場所でピタリと立ち止まる。
「おぉ…」
大きなクスノキがいくつも並ぶ中で、一際見事なクスノキに子犬は思わず感嘆の声が漏れる。
樹齢を軽く千年は越えているだろうそれは、樹高は25メートル、幹周も10メートル弱はありそうだ。この樹を囲うには、大人が両手を広げても五、六人は必要だろう。
「ふわぁーすっげぇ…」
その大きさに圧倒されて見上げると、葉の隙間からチラつく木漏れ日、そして御神木の醸し出す空気に言い知れぬ神々しさを感じる。
これ程見事な御神木は、そうそうお目にかかれるものではない。
(確かにすげぇけど)
非常に良いものを見させてもらった。しかしながら、これが先ほどの会話とどう関係があるというのか。
「でもこれが何?」
いまだ御神木に視線と心を奪われながらそう問いかければ、おっさんはビッと親指で後方を示した。
「こっちに回れ」
そんな案内に続いて、御神木の幹をくるりと後方へ回り込めば、幹の根元にぽっかりとあいた大きな空洞が見えた。屈めば大人二人が並んで入る事が出来るだろう空洞を指差して、おっさんはこう答える。
「マイホームだ」
「…は?」
すぐに理解出来なくて、きょとんとした顔でそう返せば、おっさんはチラッと御神木に視線を向ける。
「My home」
「発音の問題じゃねぇよ!!あんた何言ってんの!?」
しかも無駄に発音が綺麗なところに、なおさら腹が立つ。
「つーか、家って…」
どういう事だと困惑していれば、おっさんは空洞の右手に広がる低くて太い枝木に両手を伸ばしたかと思えば、ヨッと体を持ち上げて、そのまま枝の上へと上がった。
「お、おい!御神木に何して…」
「お前も来い」
「は?」
ちょいちょいと手招きをするおっさんを見て、子犬は困惑の色を深める。
(いやいやいやこいつ頭おかしいんじゃねぇの)
「行くわけねぇだろ!」
「…ああ。チッめんどくせぇな」
子犬が登れないのだろうと、トンっと枝から着地をしたおっさんは、子犬を掴むとそのまま掲げるように持ち上げる。
「うおっ何すんだ…よ…」
おっさんに持ち上げられた事で、高くなった目線からは枝の上を見渡す事が可能になって、そこで見た光景に子犬は言葉を失っていく。
「……………」
そこには、大きなリュック、小さな鞄が数個と、衣服、ペットボトルや細々した物も置いてあり、明らかな生活臭がある。
「…信じらんねぇ」
「ちなみに、中には毛布もある」
ひょいっと空洞を覗かせたおっさん。確かに空洞の奥には、幹の凹凸に毛布がひっかけられており、ティッシュ箱とゴミ袋まで上手い具合に配置されて、快適空間が出来上がっていた。
「ちょっ、あんた御神木に何してくれてんの!?」
完全に、このおっさんはここを住処にしている。
その事実に子犬は呆然とするしかなかった。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
オタクおばさん転生する
ゆるりこ
ファンタジー
マンガとゲームと小説を、ゆるーく愛するおばさんがいぬの散歩中に異世界召喚に巻き込まれて転生した。
天使(見習い)さんにいろいろいただいて犬と共に森の中でのんびり暮そうと思っていたけど、いただいたものが思ったより強大な力だったためいろいろ予定が狂ってしまい、勇者さん達を回収しつつ奔走するお話になりそうです。
投稿ものんびりです。(なろうでも投稿しています)
【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】
霊救師ルカ
不来方しい
キャラ文芸
目に見えない者が見える景森悠(かげもりはるか)は、道に迷った外国人ルカを助けると、彼も見える人だった。 祖母が亡くなり、叔父に遺品である骨董品を奪われそうになったとき、偶然にも助けた外国人は美術鑑定士だった。 美術鑑定士は表向きの仕事で、本来は霊救師(れいきゅうし)として動いているという。霊の声を聞き、話をし、失踪者を捜し事件の謎を解く。霊が見える悠に、ルカはぜひ店に来てほしいと言われ……。
攻略きゃら、とやらがクズすぎる。
りつ
恋愛
リディア・ヴァウルは貴族が通う学園に入学できた平民出身の生徒だ。彼女の周りにはグレン・グラシアやメルヴィン・シトリーといった性格に問題ばかりある人間が寄ってくる。リディアはそんな彼らに屈せず、毎日必死で学園生活を送っていた。そんな中、休学していたマリアン・レライエが学校に戻ってきて、彼らを運命の相手だと言い出して――
※出てくるキャラがわりと酷いのでご注意下さい。
※本編完結後に個別エンディング書く予定です。
後宮見習いパン職人は、新風を起こす〜九十九(つくも)たちと作る未来のパンを〜
櫛田こころ
キャラ文芸
人間であれば、誰もが憑く『九十九(つくも)』が存在していない街の少女・黄恋花(こう れんか)。いつも哀れな扱いをされている彼女は、九十九がいない代わりに『先読み』という特殊な能力を持っていた。夢を通じて、先の未来の……何故か饅頭に似た『麺麭(パン)』を作っている光景を見る。そして起きたら、見様見真似で作れる特技もあった。
両親を病などで失い、同じように九十九のいない祖母と仲良く麺麭を食べる日々が続いてきたが。隻眼の武官が来訪してきたことで、祖母が人間ではないことを見抜かれた。
『お前は恋花の九十九ではないか?』
見抜かれた九十九が本性を現し、恋花に真実を告げたことで……恋花の生活ががらりと変わることとなった。
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
幾久しくよろしくお願いいたします~鬼神様の嫁取り~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
キャラ文芸
「お前はやつがれの嫁だ」
涼音は名家の生まれだが、異能を持たぬ無能故に家族から迫害されていた。
お遣いに出たある日、涼音は鬼神である白珱と出会う。
翌日、白珱は涼音を嫁にすると迎えにくる。
家族は厄介払いができると大喜びで涼音を白珱に差し出した。
家を出る際、涼音は妹から姉様が白珱に殺される未来が見えると嬉しそうに告げられ……。
蒿里涼音(20)
名門蒿里家の長女
母親は歴代でも一、二位を争う能力を持っていたが、無能
口癖「すみません」
×
白珱
鬼神様
昔、綱木家先祖に負けて以来、従っている
豪胆な俺様
気に入らない人間にはとことん従わない
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる