妖派遣はじめました

もじねこ。

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18話 お遊びの終わり

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「んー美味しい。朝陽、お茶淹れるのも上手いんだねぇ」

 淹れたてのお茶に息を吹きかけながら、暮椿はちびちびと緑茶をすする。

「朝陽、料理も上手なの。ここね、父子家庭でしょ? パパも翔太も不器用だから、朝陽がお母さんの代わりに頑張って料理を覚えたんだって。朝陽も本当は不器用なのにね」

 突然、朝陽の話が始まって、少々戸惑いを覚える。けれど、暮椿は気にしていないようだ。

「椿のこと、本当に嫌なら……無理やり追い出せばいいのに」
と、湯呑を揺らしながら呟き、続ける。
「いいお家でしょ? パパは翔太と朝陽を愛しているし、兄弟も大切に思い合ってる。みんなみんな優しいの」

 宝物をなでるような言い方だった。
 ゆっくりと味わっていた暮椿の湯呑が空っぽになる。テーブルに湯呑を置くと同時に、暮椿の口調は明るいものに変わる。

「白乃姫、いいよっ」
「え?」
「椿、お願い聞いてあげる。面白かったし、少し滞在したけど。もともと長く付き合うつもりはなかったしね。次に行くよ」
「え、本当? いいの?」
「うん、本当。これ以上は椿も嫌だな」

 同じところに滞在するのは、と伸びをしながら言った時、居間から物音がした。
 振り返ると、呆然として突っ立っている翔太の姿があった。人相が悪くガタイも良いため、凄みがある。朝陽が地元の不良なら、翔太は極道だ。
 翔太の足元には、物音の正体であろう高級チョコレートが転がっている。

「く、暮椿……嘘だろ?」
「翔太おかえり。嘘じゃないよ。椿が今まで嘘ついたことあった?」

 裸足のまま慌てて庭に降りた翔太は、暮椿の肩を掴む。

「な、なんで! そんな、急に。待ってくれ。あっ白乃姫か? 白乃姫に何か言われたのか?」

 ひと箱一万円以上するチョコレートを拾い、翔太は白乃姫に手渡した。

「白乃姫、頼むやめてくれ! ほら、チョコやるから! 帰って凪と仲良く食え。な?」
「翔太。翔太、聞いて。白乃姫は関係ないの。言ったでしょ? 椿が、嫌なの」

 諭すような言い方に、翔太は嫌だと首を振る。ぼろぼろと涙を流し、大きな男が小さな女の子に縋りつく姿は、なるほど確かに犯罪臭がした。

「嫌なところは全部直す! 欲しいものもなんでも……あ、いや。今は金に限度があるけど、でも、いつか絶対に買ってやる! だから暮椿、行かないでくれ!」
「何回も言ってるでしょ。椿は、高価なものなんて要らないの。毎回のお土産だってなくていいんだから。ほら、泣かないの。中で一度お話しよう? 白乃姫」
「あ、えっ、なに?」

 人目も気にせず、あまりにも駄々をこねる翔太の姿に圧倒されていた。
 地面に膝をつき、暮椿を抱きしめながら号泣する翔太は、見た目のいかつさからは想像も出来ない。朝陽は兄の武勇伝をいくつも語っていたが、本当に同一人物の犯行なのだろうか。
 暮椿は泣き過ぎてむせる翔太の背中をさすりながら、申し訳なさそうに言った。

「巻き込んでごめんね? 楽しかったよ。凪にもよろしく」
「そ、それは俺からも頼む……っ。朝陽は俺の真似して、見てくれがああだから。誤解されやすいけど、優しい弟なんだ。末永く仲良くしてやってくれ」
「もう、そんなぐしゃぐしゃな顔でお兄さんぶって。ほら、中入ろ」

 暮椿に手を引かれ、家の中に入る翔太は、まるで迷子の子供のようだった。

 白乃姫は、チョコレートを片手に神社への帰路を歩く。
 高級なチョコレートの味は、よく分からなかった。暮椿がなぜ急に、翔太から離れる気になったのかも分からなかった。
 美しい細工が施されたチョコを一粒口に入れる。外はパリッとしていて、中のガナッシュは柔らかく、複雑な味がする。奥深い味が売りらしい。
 前に、一枚は多いからと、凪と半分こした板チョコの方がずっと美味しいと思った。
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