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16話 初手は交際
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「嫉妬深くて粘着質――その独特な妖気、さては蛇かな? 椿はそれも嫌いじゃないけど。凪には窮屈なんじゃない? 白乃姫なんてやめて、椿にしない?」
「必要ないのよ」
白乃姫は人ではないから。凪と同じ道を、同じように歩んでいくことは出来ないけれど。
それでも。幼き日々を共に過ごして、見守って、今日ここまでやってきた。凪を守ることは白乃姫の生きる意味だった。
その場所だけは、白乃姫のものだ。歴史ある妖が相手だろうが、譲るつもりは毛頭ない。
「おっかなくて、可愛い護衛さん。ふふふ、楽しいね。これなら――」
暮椿は翔太の家を意味深に見つめる。まるでゲームの新エリアを見つけたような表情だった。
「凪、次に会うときは怖い蛇さんがいない時にしようね。また会いに来て?」
くすくすと悪戯をする少女のように笑ってから、暮椿は背を向ける。トンとまるで重力を感じさせないまま塀の上、屋根の上へと飛び乗り、屋根から屋根を移動していった。
「なんか面倒くさそうな妖だな。白乃、手伝うか?」
「ううん! 大丈夫! 凪は絶対手出しちゃ駄目!」
「でも」
「駄目! 絶対、駄目だからね⁉」
あんな風に色目を使う妖に、凪を会わせるなんて気が気でない。おそらく、途中で口論ではなく、妖力勝負のガチンコバトルに発展するだろう。仕掛け人は、間違いなく白乃姫だ。辺り一帯が平地になるくらいには、暴れる自信がある。
一週間、白乃姫は日に何度も、翔太の家付近で待機した。けれど、暮椿と遭遇することはなかった。土日を凪と過ごし、二日ぶりに訪れる。翔太は一軒家に家族三人で暮らしているらしい。母は父の浮気が原因で離婚、子を置いて家を出たそうだ。
「まったく、どこにいるのかしら」
仁王立ちで翔太の家を睨んでいると、玄関の左手にある居間らしき部屋のカーテンレースが開く。ひょっこりと顔を覗かせて、室内から手を振るのは、探していた人物だ。
「ちょっと、あんた何してるのよ!」
床から天井近くまである大きな窓がカラカラと開かれる。暮椿は腰を下ろすと、外に投げ出した足をぷらぷらとご機嫌に動かした。
「こんにちは、白乃姫」
「こんにちはじゃなくて、なんで家の中にいるのよ⁉」
「なんでって……翔太と付き合ってるから?」
暮椿は膝の上で頬杖をついて言った。えへへ、とはにかむような笑顔は、天然ものではなく自身の可愛さを知った上での表情だろう。
「は⁉ 手を引くように言ったでしょう! なのにどうして」
「椿、いいよって言ってないもん。それに、椿が言うこと聞かないといけないわけじゃないでしょ?」
「それは、そうかもしれないけど。他に彼氏いたでしょ? ならわざわざ、この家に来ることないじゃない」
白乃姫にとっての凪のように、唯一無二の存在なら。白乃姫も関わらないでくれなんて、頼みはしない。しかし誰でも構わない恋ならば、避けてくれたっていいではないか。
「だって、こっちの方が面白そうだったんだもん」
「とってもね」と、白乃姫を見ながら無邪気な笑顔を作った。長く生きた妖は、どうしてこう自由奔放なのだろう。頭が痛くなる。
「暮椿ー、どこだー? ケーキの用意出来たぞー」
男の声だった。それも語尾にハートマークがみっつは付いていそうな、デレッデレの。本人の姿は見えないが、しまりのない顔をしているのが容易に想像出来る。
「あ、椿もう行かなきゃ」
「ちょっと! 待ちなさい!」
「なぁに? 覗かないでよ? 営みが始まったらどうするの」
「い、営みって……」
突然、卑猥な話題に転換されて顔に熱が集中する。真っ赤になっているのが、自分でも分かった。
「あれ? その反応、もしかして凪とはまだ」
「も、もういいから! 早く行きなさい! ほら、呼ばれてるわよ!」
「可愛いなぁ。また来てね、白乃姫」
くすくすと笑って言い残し、暮椿は窓を閉めた。ぱたぱたと、翔太のもとに駆け寄る足跡が聞こえる。
面倒くさそうな妖、そう言った凪のジャッジは大正確だったようだ。
白乃姫は火照る頬を押さえながら、為す術もなく帰宅する。この戦いは長引きそうだ、そんな嫌な予感を感じながら。
「必要ないのよ」
白乃姫は人ではないから。凪と同じ道を、同じように歩んでいくことは出来ないけれど。
それでも。幼き日々を共に過ごして、見守って、今日ここまでやってきた。凪を守ることは白乃姫の生きる意味だった。
その場所だけは、白乃姫のものだ。歴史ある妖が相手だろうが、譲るつもりは毛頭ない。
「おっかなくて、可愛い護衛さん。ふふふ、楽しいね。これなら――」
暮椿は翔太の家を意味深に見つめる。まるでゲームの新エリアを見つけたような表情だった。
「凪、次に会うときは怖い蛇さんがいない時にしようね。また会いに来て?」
くすくすと悪戯をする少女のように笑ってから、暮椿は背を向ける。トンとまるで重力を感じさせないまま塀の上、屋根の上へと飛び乗り、屋根から屋根を移動していった。
「なんか面倒くさそうな妖だな。白乃、手伝うか?」
「ううん! 大丈夫! 凪は絶対手出しちゃ駄目!」
「でも」
「駄目! 絶対、駄目だからね⁉」
あんな風に色目を使う妖に、凪を会わせるなんて気が気でない。おそらく、途中で口論ではなく、妖力勝負のガチンコバトルに発展するだろう。仕掛け人は、間違いなく白乃姫だ。辺り一帯が平地になるくらいには、暴れる自信がある。
一週間、白乃姫は日に何度も、翔太の家付近で待機した。けれど、暮椿と遭遇することはなかった。土日を凪と過ごし、二日ぶりに訪れる。翔太は一軒家に家族三人で暮らしているらしい。母は父の浮気が原因で離婚、子を置いて家を出たそうだ。
「まったく、どこにいるのかしら」
仁王立ちで翔太の家を睨んでいると、玄関の左手にある居間らしき部屋のカーテンレースが開く。ひょっこりと顔を覗かせて、室内から手を振るのは、探していた人物だ。
「ちょっと、あんた何してるのよ!」
床から天井近くまである大きな窓がカラカラと開かれる。暮椿は腰を下ろすと、外に投げ出した足をぷらぷらとご機嫌に動かした。
「こんにちは、白乃姫」
「こんにちはじゃなくて、なんで家の中にいるのよ⁉」
「なんでって……翔太と付き合ってるから?」
暮椿は膝の上で頬杖をついて言った。えへへ、とはにかむような笑顔は、天然ものではなく自身の可愛さを知った上での表情だろう。
「は⁉ 手を引くように言ったでしょう! なのにどうして」
「椿、いいよって言ってないもん。それに、椿が言うこと聞かないといけないわけじゃないでしょ?」
「それは、そうかもしれないけど。他に彼氏いたでしょ? ならわざわざ、この家に来ることないじゃない」
白乃姫にとっての凪のように、唯一無二の存在なら。白乃姫も関わらないでくれなんて、頼みはしない。しかし誰でも構わない恋ならば、避けてくれたっていいではないか。
「だって、こっちの方が面白そうだったんだもん」
「とってもね」と、白乃姫を見ながら無邪気な笑顔を作った。長く生きた妖は、どうしてこう自由奔放なのだろう。頭が痛くなる。
「暮椿ー、どこだー? ケーキの用意出来たぞー」
男の声だった。それも語尾にハートマークがみっつは付いていそうな、デレッデレの。本人の姿は見えないが、しまりのない顔をしているのが容易に想像出来る。
「あ、椿もう行かなきゃ」
「ちょっと! 待ちなさい!」
「なぁに? 覗かないでよ? 営みが始まったらどうするの」
「い、営みって……」
突然、卑猥な話題に転換されて顔に熱が集中する。真っ赤になっているのが、自分でも分かった。
「あれ? その反応、もしかして凪とはまだ」
「も、もういいから! 早く行きなさい! ほら、呼ばれてるわよ!」
「可愛いなぁ。また来てね、白乃姫」
くすくすと笑って言い残し、暮椿は窓を閉めた。ぱたぱたと、翔太のもとに駆け寄る足跡が聞こえる。
面倒くさそうな妖、そう言った凪のジャッジは大正確だったようだ。
白乃姫は火照る頬を押さえながら、為す術もなく帰宅する。この戦いは長引きそうだ、そんな嫌な予感を感じながら。
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