妖派遣はじめました

もじねこ。

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10話 テストの結果

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 五月さつきが経営する猫カフェを後にして、二週間が経った。
 凪の話によると、権左衛門は人気者で、毎日かわるがわる客に撫でまわされているらしい。ブログにアップされていた動画では、客に抱かれて緊張しまくっている権左衛門の姿があった。本人は必死なのだろうが、はたから見れば微笑ましい光景である。
 第一回猫カフェ妖派遣は、成功だったと判定して良いだろう。
 白乃姫はひとつ、凪の役に立てたのではないか。その答え合わせは今からだ。
 神社の社殿周りを竹ぼうきで掃いていた凪。集められた桜の花びらがこんもりと山になり、桜のベッドがつくれそうだ。

「凪、テストどうだった?」

 シャッシャと一定のリズムで動いていた凪の手が止まる。
 高校三年生になった凪は、進級早々に学力テストがあった。進路を選ぶ際の基準にするらしい。受験まで一年を切り、非常に大切な時期なのである。

「ん。余裕」
「そう。良かった」

 白乃姫の答案にも、大きな丸が付いて一安心だ。
 凪は試験前も試験中も、毎日会いに来てくれた。思い返せば、凪と顔を合わせない日は、数えるほどだ。修学旅行など、泊りがけの行事以外は必ず神社へ訪れてくれる。
 とはいえ、テスト付近は早く帰宅させるため、滞在時間は僅かだ。白乃姫が言い出さなければ、いつまでも神社にいるので嬉しい反面、困ってしまう。

「白乃、ありがとな」

 凪の成功は自分のことのように、いや自分の成功よりもずっと嬉しい。
 白蛇姿になる日々は億劫だったが、少し目尻を下げて告げられた「ありがとう」一言で労いは十分だった。恋心とは不思議なものだ。

「いいのよ。もとは、妖が原因なんだから」

 妖なんか、そんな言葉をもう聞きたくはなかった。正確には、妖と関わることで凪が悪く言われるのが堪えられない。凪は非難なんて似合ない、これ以上なく素敵な人だから。
 よく夢を見る。真っ暗な空間で、おびただしい数の目が、白乃姫を責め立てるように監視している夢。繰り返し見る夢のせいで、目覚めても常に見られている気がしてならない。
 いや事実、この歳で大妖怪格の白乃姫を皆が値踏みしている。それ故に何時も、隙を見せるわけにはいかなかった。
 白乃姫は堂々と、輝かしく店先に並びたいのだ。奥で雑に積み上げられるのも、価値がないと倉庫に入れられるのも御免である。

「白乃?」

 木々のざわめきを酷く耳障りに思っていれば、凪の声で我に返る。相変わらずの無表情だが、凪は白乃姫にとって陽だまりのような存在だ。
 気の抜けない妖界でも、凪のそばにいる時だけは自然に息が出来る気がした。
 真っ暗な空間に差し込む光。孤独も、寂しさも、罪の意識も感じることがない光の下に、ずっと居ることが出来たなら。どれほど白乃姫の人生は温かくなるのだろう。

「なんでもない。凪、これからも頼み事をされたら言って。私がなんとかするから!」
「どうした? ずいぶんやる気だな」
「あ、だって……妖派遣をすれば、人間と妖の間にある溝がなくなる可能性があるでしょう? 妖は敬遠されることが多いけど、権左衛門の時みたいに分かり合えるかもしれないじゃない」

 嘘とも本当とも言えない回答だった。五十パーセントの言葉は、やはり見抜かれるもので。
 長年連れ添った幼馴染もまた、納得半分といった相槌を打つ。

「ふぅん。珍しいな」
「え?」
「白乃も特別他人に関心があるわけじゃねぇだろ」
「失礼ね。私を慕って従う妖だっているんだから。みんなが平穏に過ごせたらいいことでしょ?」
 
 弁解をしてみるが、凪の言うとおりだった。
 大妖怪格の力を妬む者が大半だが、一方で強さに惹かれる者も存在する。ただその存在に、情があるかと言われれば否だ。白乃姫の優先順位は、いつだって凪一人で完結している。
 人と妖を繋ぐ〈妖派遣〉という大義名分を、白乃姫は手に入れた。人間が妖を好意的に受け入れるようになったなら。
 そうすれば将来、恋仲になった白乃姫と凪が姿を描くことが出来るのではないか。
(今は、一緒にいると凪が悪く言われちゃう)
 小学校や近所の知り合いから、妖使いだと揶揄やゆされたり遠ざけられたりしても、凪は決して白乃姫に伝えなかった。それどころか白乃姫を庇い、凪が学校で孤立していると知った時は、どうしようもなく胸が痛んだものだ。
(たくさん妖派遣をして、上手く共存できるようになれば)
 人目を気にせず、凪の隣に立てるようになるのでは、なんて淡い期待をする。凪との未来を少しでも明るく出来る可能性があるなら、縋りたかった。

「ああ、そういえば。クラスの朝陽あさひって奴。そいつから頼まれてることはあるな」
「本当? なになに?」

 願ってもない依頼だ。妖への意識改革をするなら、凪に近い人物であればあるほど良い。

「朝陽の兄貴――翔太だったかな。妖の女に執着して困ってるからなんとかしてくれって」
「そのクラスメイトと凪は仲が良いの?」
「まぁ悪くはないな。文化祭の実行委員で一緒になったから、学校じゃよく話す方か」
「実行委員⁉ 凪がやるの⁉」
「俺だってやりたくねぇけど、くじで決まったからどうしようもねぇ」

 学校に行くことすら面倒だと日々文句を垂れる男に、一体何が起きたのかと思えば、抽選だったようだ。
 しかし、条件はより良い方へ傾いた。文化祭の実行委員となれば、少なくとも秋まで一緒に行動をする。現段階でも、名前で呼ぶぐらいには親密なのだ。その後も仲が続くかもしれない。そんな相手が、妖を認めてくれたなら万々歳だ。
 気合いの入れどころだと内心腕まくりをして、更なる情報を求める。

「その執着してる妖って? どんな妖なの?」
「なんだったっけな。あー、あれだ。座敷童子」
「座敷童子? また珍しい妖ね」

 日本に古くから存在する座敷童子は、家人に悪戯をしたり、幸運をもたらしたりすると言われている。ひとつの家に定住するため、あまり表には出てこない種族である。
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