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8話 カレンの返事
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「『消え失せろクソ猫』じゃと」
「えっ?」
続いて、カレンがもうひと鳴きすると、すぐに珠が訳してくれた。
「『勝手に盛り上がんなって。私、そもそもここ出るつもりないし。よく考えてよ。そっちはさ、私のこと知ってるかもしれないけど。私知らないから。私も、五月ちゃんも、お客さんも怖い思いしてただけだから。今まで散々、店に迷惑かけておいて、好きとか何? どこに惚れる要素あったのよ私に。もうちょい考えて行動してくれる? とりあえず帰れや』じゃと」
「待って、今のひと鳴きにそんな罵倒詰めあわされてんの? 嘘だろ?」
真偽を問えば、カレンはこくりと頷いた。可愛い声と裏腹に、どぎつい性格をしていたようだ。
「『大体、好みじゃないのよ。本当に、まったく。かすりもしない』」
「じゃ、じゃあカレンの好みって、どんななんだよ⁉︎」
平静を装おうとする化け猫の声だけは大きい。だが、耳も尻尾も眉も下がり、なんとも弱々しい強がりである。
「『あなたみたいに短絡的じゃなくて、もっとクールな人が好きなのよね』」
カレンの冷え切った視線が横に動くと、途端にうっとりと熱を帯びた眼差しに変わる。カレンは身をよじって、五月におろすように促すと、凪の足へとすり寄った。上目遣いで、あざとい猫なで声をあげる。
「坊、『抱っこして下さい』と言うておる」
「ん? ああ」と、凪がカレンを抱き上げて、頭をなでると、カレンはゴロゴロと喉を鳴らした。
「『はぁ、凪様。たまらない。そのぶっきらぼうな声。なのに、手はとっても温かくて……私、凪様みたいな落ち着いた人が好きなの』」
「こ、こ、この……クソ神主が‼︎‼︎」
凪にもちろん非はないが。
目の前で、好きな子が他の男に靡く様を見せつけられた化け猫には、少し同情する。
「『んー凪様ぁ。お慕いしておりますぅ』」
蕩けた顔と声で、凪に身を任せるカレンに、白乃姫も苦笑いだ。小さな頃から、凪はよく野良や野生の動物を拾ってくる。
「凪って、昔から動物に好かれる質なのよねぇ」
「こいつなんて、ただ座ってただけじゃねぇか! 俺の方がカレンのこと大事に思ってるのに!」
カレンはちらりと化け猫を一瞥して、短い鳴き声を上げた。
「『消え失せろクソ猫』」
「神主との差! なんで俺にはそんな辛辣なの⁉︎ 極端過ぎねぇ⁉︎ もっと他に返事とかない⁉︎」
「『消え失せろクソ猫』」
「もはや台詞すら使い回しじゃん! 面倒くさ過ぎて、俺に対しての語彙力ゼロじゃん!」
なんだよなんだよ、と化け猫はままならない世の不条理を嘆く。淡い恋の芽を自覚した瞬間、メッタ斬りにされたのだ。腐りたくもなるだろう。
傷心と怒りと嫉妬で、ごちゃ混ぜになっている化け猫の背中を叩く者がいた。ぎゅっと唇を噛みしめている五月だ。
「化け猫ちゃん……」
「……なぁ、人間。隠してもわかってんぞ。お前今、笑い堪えてるよな?」
「ぶはっ、んふっ、ふふふっ」
図星を指されたことで、臨界点を突破したらしい。腹を押さえて笑う五月に、無言でメンチを切る化け猫だが、しばらく笑い声は止まらなかった。
「ご、ごめっ、化け猫ちゃんがあんまりにも可愛くて」
「可愛い? 何が? ああ、人間にはこっぴどく振られた奴を可愛いと思う癖があんの? へぇ、そりゃ凄いな。俺には理解出来ねぇ感情だわ」
完全にやさぐれてしまった化け猫に、五月は機嫌をとるように慌てて膝をつく。
「ち、違うの。いや、可愛いのは本当なんだけど。そうじゃなくて」
こほん、と仕切りなおすように、咳払いをする。
「化け猫ちゃん。うちに、おいで?」
優しい声音だった。まるで家出をして強がる少年に、声をかけるような。
化け猫が「……え?」と間抜けな声を出したのは、ずいぶん後のことだった。
「化け猫ちゃんさえ良ければなんだけど。一緒に暮らそう。ここがお家じゃ、嫌かな?」
「人間、お前何言って……。は。はは、いや、俺は妖だぞ? もう……猫でもねぇんだ」
人に嫌われ、猫とも話せない。半端な存在なのだと、自嘲気味に笑った。
「そ、それに客だって、俺のこと怖がる。ここに住むなんて出来るわけねぇよ」
本来、正しく飼われていたならば。化け猫は、人に愛されるために生まれた愛玩動物である。甚振られるしかなかった毎日は、不運だった、そんな一言で片付く問題ではないだろう。
化け猫の人生を狂わせたのは、一人の男が元凶だ。
「えっ?」
続いて、カレンがもうひと鳴きすると、すぐに珠が訳してくれた。
「『勝手に盛り上がんなって。私、そもそもここ出るつもりないし。よく考えてよ。そっちはさ、私のこと知ってるかもしれないけど。私知らないから。私も、五月ちゃんも、お客さんも怖い思いしてただけだから。今まで散々、店に迷惑かけておいて、好きとか何? どこに惚れる要素あったのよ私に。もうちょい考えて行動してくれる? とりあえず帰れや』じゃと」
「待って、今のひと鳴きにそんな罵倒詰めあわされてんの? 嘘だろ?」
真偽を問えば、カレンはこくりと頷いた。可愛い声と裏腹に、どぎつい性格をしていたようだ。
「『大体、好みじゃないのよ。本当に、まったく。かすりもしない』」
「じゃ、じゃあカレンの好みって、どんななんだよ⁉︎」
平静を装おうとする化け猫の声だけは大きい。だが、耳も尻尾も眉も下がり、なんとも弱々しい強がりである。
「『あなたみたいに短絡的じゃなくて、もっとクールな人が好きなのよね』」
カレンの冷え切った視線が横に動くと、途端にうっとりと熱を帯びた眼差しに変わる。カレンは身をよじって、五月におろすように促すと、凪の足へとすり寄った。上目遣いで、あざとい猫なで声をあげる。
「坊、『抱っこして下さい』と言うておる」
「ん? ああ」と、凪がカレンを抱き上げて、頭をなでると、カレンはゴロゴロと喉を鳴らした。
「『はぁ、凪様。たまらない。そのぶっきらぼうな声。なのに、手はとっても温かくて……私、凪様みたいな落ち着いた人が好きなの』」
「こ、こ、この……クソ神主が‼︎‼︎」
凪にもちろん非はないが。
目の前で、好きな子が他の男に靡く様を見せつけられた化け猫には、少し同情する。
「『んー凪様ぁ。お慕いしておりますぅ』」
蕩けた顔と声で、凪に身を任せるカレンに、白乃姫も苦笑いだ。小さな頃から、凪はよく野良や野生の動物を拾ってくる。
「凪って、昔から動物に好かれる質なのよねぇ」
「こいつなんて、ただ座ってただけじゃねぇか! 俺の方がカレンのこと大事に思ってるのに!」
カレンはちらりと化け猫を一瞥して、短い鳴き声を上げた。
「『消え失せろクソ猫』」
「神主との差! なんで俺にはそんな辛辣なの⁉︎ 極端過ぎねぇ⁉︎ もっと他に返事とかない⁉︎」
「『消え失せろクソ猫』」
「もはや台詞すら使い回しじゃん! 面倒くさ過ぎて、俺に対しての語彙力ゼロじゃん!」
なんだよなんだよ、と化け猫はままならない世の不条理を嘆く。淡い恋の芽を自覚した瞬間、メッタ斬りにされたのだ。腐りたくもなるだろう。
傷心と怒りと嫉妬で、ごちゃ混ぜになっている化け猫の背中を叩く者がいた。ぎゅっと唇を噛みしめている五月だ。
「化け猫ちゃん……」
「……なぁ、人間。隠してもわかってんぞ。お前今、笑い堪えてるよな?」
「ぶはっ、んふっ、ふふふっ」
図星を指されたことで、臨界点を突破したらしい。腹を押さえて笑う五月に、無言でメンチを切る化け猫だが、しばらく笑い声は止まらなかった。
「ご、ごめっ、化け猫ちゃんがあんまりにも可愛くて」
「可愛い? 何が? ああ、人間にはこっぴどく振られた奴を可愛いと思う癖があんの? へぇ、そりゃ凄いな。俺には理解出来ねぇ感情だわ」
完全にやさぐれてしまった化け猫に、五月は機嫌をとるように慌てて膝をつく。
「ち、違うの。いや、可愛いのは本当なんだけど。そうじゃなくて」
こほん、と仕切りなおすように、咳払いをする。
「化け猫ちゃん。うちに、おいで?」
優しい声音だった。まるで家出をして強がる少年に、声をかけるような。
化け猫が「……え?」と間抜けな声を出したのは、ずいぶん後のことだった。
「化け猫ちゃんさえ良ければなんだけど。一緒に暮らそう。ここがお家じゃ、嫌かな?」
「人間、お前何言って……。は。はは、いや、俺は妖だぞ? もう……猫でもねぇんだ」
人に嫌われ、猫とも話せない。半端な存在なのだと、自嘲気味に笑った。
「そ、それに客だって、俺のこと怖がる。ここに住むなんて出来るわけねぇよ」
本来、正しく飼われていたならば。化け猫は、人に愛されるために生まれた愛玩動物である。甚振られるしかなかった毎日は、不運だった、そんな一言で片付く問題ではないだろう。
化け猫の人生を狂わせたのは、一人の男が元凶だ。
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