緋い悪夢

鬼灯計都

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野郎旅の誘い

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 事は一週間前に遡る。
バンドのアニバーサリーツアーが大成功に終わり、バンドメンバー全員に事務所から10日間ほどの長期休暇を貰う事になった。
事務所に所属してから初めての出来事に最初は戸惑ったが、ゆっくりやすみながら、その期間に新曲のデモをいくつか作ろうと考えていた。
そして、休暇一日目。
いつもより遅めの時間に目が覚めた。
枕元のスマホに手を伸ばし、通知を見ると幼馴染の雅弘からLINE電話の不在着信が入っていた。
着信は二時間ほど前。
(こんな時間に珍しいな)
そんな事を思いながら、碧斗は雅弘に折り返し電話を掛けた。

 三度目のコールで雅弘は電話に出た。
「もしもし」
『もしもし?あー、その感じだと寝起きだな?』
電話口で雅弘が笑った。
「・・・うるさいな。どうしたんだよ、お前からかけてくるなんて珍しい」
『いや、玲音から長期休暇の事を聞いてさ。久しぶりに旅行行かない?』
玲音はバンドのギタリストであり、雅弘の友人でもある。
綺羅火を結成する時、雅弘の紹介でバンドメンバーになった。
メンバー兼友人という関係でもある。
「俺は構わないが・・・、お前仕事は大丈夫なのか?」
雅弘の実家は観光ガイドにも載る有名神社で、雅弘自身も神社の神主をしている。
『あぁ、例大祭も終わってひと段落したからさ。親父がたまには羽伸ばしてこいって。お前の事のも気にかけてたぞ?』
「親父さんが?」
電話をしながら、碧斗はふと左上腕に手を当てた。
微かに熱を持っている気がする。
「・・・親父さんには『これ』の事で毎回毎回世話になっているからな」
『気にしなさんなって。で、旅行の事なんだけど、打ち合わせみたいなことしたいからさ。今晩会えないかな?』
「急だなぁ・・・。いいよ。」
『ありがと。あと、頼みたい事があるんだけど・・・』
そのあとしばらく話した後、待ち合わせ時間を決めて電話を切った。
「さて・・・ダメ元でも誘ってみるか」
ベッドから腰を上げ、碧斗は洗面所へ向かった。
浴室でシャワーを浴び、上がったあとに髪をタオルドライしながらLINE画面を開いた。

 その夜。
碧斗は新宿駅から歩いて待ち合わせ場所に向かっていた。
待ち合わせ場所は新宿駅東口のとあるイタリアンレストランだった。
(あいつにしては珍しい場所選んだな)
そう思いながら歩いていると、後ろから声を掛けられた。
振り返ると、玲音が立っていた。
「よかった、合ってた」
「『合ってた』じゃないよ。びっくりしたじゃないか」
「いやいや、だって夜にグラサンかけて歩く人ったらあおちゃんしかいないし」
「そういうお前だって似たような恰好じゃん」
歩きながら話していると、話題は旅行の事になった。
「珍しいよね。雅弘からそういう話が出るなんてさ。誘われなかったら、オフ期間ずっと新曲のデモ作ろうって思ってて」
「だよな。同じこと思っていたよ。俺なんて暇なヤツも誘ってくれって頼まれてさ」
「うわ、なんつー無茶ぶり」
「だからさ。それでも一人確保できたからよかった」
「そうなんだ。誰が来るの?」
「それは本人が来てのお楽しみかな。ただ、ヒントを出すなら・・・俺と交友関係があるって世間が知ったらかなり驚くだろうな」
話しているうちに、待ち合わせ場所のイタリアンレストランが入るビルに着いた。

 店に着くと、雅弘はボックス席に座っていて、こちらに向かって片手を上げた。
「お待たせ。早かったな」
「いやいや。他のやつらは?」
「あいつはもう少ししたら来るって。で、お前の方は誰か誘えたのか?」
「うん。思ってもないヤツが誘えた」
雅弘はニヤリと笑った。
「え?誰を?」
玲音が尋ねた時、店のドアが開いて二人の男が入ってきた。
碧斗が手を上げる。
「悪い、少し遅れてしまった」
「大丈夫だよ、こっちもさっき着いたばかりだからさ」
雅弘が微笑んで言った。
「え?え?ちょ、あおちゃん?雅弘?この二人って・・・」
玲音が目を見開いて動揺している。
「あぁ、玲音は初対面だったな。紹介するよ。銀髪がTRICKSTERの神宮寺アレックスで黒髪アッシュがONYXの伊達龍之介」
碧斗の紹介に、玲音が目を白黒させる。
「酷い紹介の仕方だなぁ、碧斗。そちらの癒し系イケメンは?」
アレクが碧斗に尋ねた。
「あれ?そちらにいるのはもしかして・・・綺羅火のギターの玲音さん?」
龍之介が碧斗に尋ねた。
「あぁ、そうだよ・・・って、あっ!しまっ・・・!!」
碧斗が声を上げるのと、龍之介が玲音の手をガッと握ったのはほぼ同時だった。
「僕、綺羅火の大ファンなんです!お会いできて本当に嬉しいです!!」
両手で玲音の手を握り、目をキラキラさせながら龍之介が言った。
「あ、ありがとうございます・・・」
玲音は完全に龍之介に圧されながら答えた。
まだ、状況を把握できずに目を白黒させている。
「龍ちゃん龍ちゃん、落ち着いて。玲音が圧されてフリーズしてる」
「あっ、ごめんなさい」
雅弘が宥め、龍之介が慌てて手を離す。
「やれやれ、龍之介の暴走癖はトップアイドルになっても治らなかったか」
碧斗が半ば呆れた声を出す。
「まぁ、でもこういうキャラでやってるからな。ファンからは『若、ご乱心』って呼ばれてんだぜ?」
アレクが笑いながら言う。
「だって、推しのアーティストが目の前にいたら誰だってこうなるでしょ?」
頬を膨らませ、龍之介が抗議する。
「いや、ならねぇよ」
「まぁまぁ、二人とも。改めて紹介するよ。綺羅火のギタリストで、あおちゃんの親友の賀茂宮玲音」
「綺羅火の上手ギター玲音こと、賀茂宮玲音です。よろしく」
「こちらこそ!レオって呼んでいいかな?」
「僕も!そう呼んでいいですか?」
「はい。アレックスさんに龍之介さん」
「俺の事はアレクでいいよ。皆からもそう呼ばれてるし。」
「僕の事は呼び捨てで大丈夫です」
「・・・わかった。よろしくね」
それぞれの自己紹介が終わり、料理をオーダーする。
「さて、今回の旅行の計画なんだけど・・・」
各々が注文した料理が届いたところで雅弘が話し出した。

 食事会兼懇親会兼旅行の打ち合わせが終わり、碧斗が自宅に戻ったのは終電ギリギリの時間だった。
結局、ラストオーダーギリギリまで店に居座り、その後碧斗以外ほぼ泥酔状態でカラオケに直行したのだった。
リビングのソファーにダイブするように横たわり、旅行計画を反芻する。

・旅行は二泊三日のドライブ旅行(偶然、アレクも龍之介も長めのオフをもらっていた)
・行先は北関東(日光・鬼怒川温泉方面)
・宿の手配・レンタカーの手配は言い出しっぺの雅弘が全部やる
・出発は二日後

(二日後・・・か)
身体を起こし、テーブルの上にあった手帳に予定をメモしていく。
(そういえば、こうやって大人数で旅行に行くのは何年ぶりだろう)
ペンを動かしながら、碧斗は思った。
そして、カラオケの様子も思い返していた。
玲音はほぼ初対面のアレクと龍之介と完全に打ち解けていた。
(アレクが誰とでも仲良くなるムードメーカーという事もあるが)
カラオケでも尋常じゃないレベルで盛り上がり、料理とドリンクを届けに来た女性店員が明らかに「見てはいけないモノをみてしまった」という顔をしていた。
(まぁ、週刊誌には書かれないだろうな)
龍之介は玲音・碧斗と自撮りスリーショットを撮って幸せそうな顔をしていた。
龍之介とは高校からの付き合いだが、相変わらず外見と性格の落差が激しい男だ。
スタイル抜群な上にグループ一の身体能力(戦闘力)と圧倒的歌唱力。
文武両道の秀才であり、少女漫画からそのまま抜け出てきたような超美形ルックスで、低音ボイスの穏やかな語り口。
バラエティ番組やグループの動画内で彼が言葉を発すると空気が変わるという。
空手の有段者でもあり、さらには在家僧侶の資格を持つ異色アイドルである。
だが、ひとたび好きな分野の話題になると、そのルックスからは想像しがたい変貌を遂げ(特にテンションが)、場所を構わず暴走する癖がある。
(ファン曰く、「若、ご乱心」というらしい)
事務所は龍之介をクール・ミステリアスキャラで売り出そうとしていて暴走癖を幾度も矯正しようとしたが、断念してそのままのキャラで売り出すことにしたらしい。
(あの暴走癖、トップアイドルになったら少しは治っていると思ったがな・・・今回の旅行は中々楽しめそうだ)
碧斗は手帳を閉じ、シャワーを浴びるために浴室に向かった。

 そして、旅行当日。
荷物の最終確認をしていると、インターホンが鳴った。
出ると、雅弘だった。
「早いな」
キャリーケースを引いてマンションのエントランスに行くと、雅弘が車の鍵を弄びながら待っていた。
「よぉ。早いな」
「まぁね。これから玲音の家寄ってから新宿駅でアイドル二人拾って出発かな」
マンションの駐車場に向かいながら雅弘は言った。
「なるほど。車はどんなの借りたんだ?」
「レンタカーにしようと思ったんだけど、親父がウチで使っているランクル貸してくれたんだ。長距離ドライブならこれ使えって」
駐車場に着き、雅弘が車を指さした。
「そうなのか。親父さんに感謝しなきゃな」
乗り込みながら碧斗は言った。
「だな。それじゃ」
運転席から振り返り、雅弘は笑った。
「他のメンツ迎えに行きますか」

 玲音の自宅マンション前で玲音と合流し、3人を乗せた車はアレクと龍之介が待つ新宿駅東口近くに向かっていた。
「そろそろ通勤・通学時間だな。急がないと」
運転席の雅弘が呟いた。
「変装はしていると思うけど、万が一の事があるからね・・・」
助手席の碧斗が苦笑した。
すぐ後ろに座っている玲音も苦笑いしている。
「特にアレクは目立つからなぁ。派手髪だし声デカいし」
「それ、変装しても意味ないんじゃ・・・」
「それな」
東口に着くと、駅入り口付近は通勤・通学ラッシュでごった返していた。
駐車できそうなスペースに車を停める。
「あいつら見つけられるかな?」
「さっき、龍之介君に車の特徴とかのLINEは送ったから大丈夫だと思うけど・・・」
その時、コンコンと助手席の窓が叩かれた。
窓を見ると、帽子とサングラスに大きなキャリーケースを持った二人組が立っていた。
アレクと龍之介だ。
2人に気づいた雅弘が車を降り、収納スペースのドアを開ける。
「おはよー。誰にもバレなかったか?」
車に乗り込む二人に碧斗は尋ねた。
「大丈夫大丈夫。あ、これここに来る前にコンビニで買ってきた」
龍之介がコンビニ袋を雅弘に渡す。
「ドライブのお供にどうぞ」
「わ、ありがとう!」
コンビニ袋の中身を覗き込んで雅弘が明るい声を上げる。
中には大量の菓子や軽食が入っていた。
「んじゃ、ドライブ野郎旅。出発しますか!」
そして車は目的地へ向かって走り出した。
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