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執事コンテストと亀裂。
執事コンテストと亀裂⑤⑥
しおりを挟む翌日 放課後 沙楽学園1年5組
時間はすぐに経ち、もう下校時刻となった。
「ユイー。 今日はもう、このまま柚乃さんのところへ行くのか?」
帰りのホームルームが終わり、真宮が結人の席まで来てそう尋ねてくる。
「おう。 このまま行くよ。 早く終わらせたいしな」
「そっか。 そういや、藍梨さんとコンテストの練習はしねぇの?」
「しないよ」
「え、しないの!?」
最後にそう答えたのは、真宮ではなく隣にいる藍梨だった。
「ん、しないよ?」
「だって、本番は明日だよ!? 私結人と一回も合わせてない」
執事コンテストを明日に迎え、藍梨はその緊張のせいか今日は言動が色々とおかしかった。
授業中先生に指名されてもぼーっとしていたり、結人が話しかけても気付いてくれなかったり。
昨日も練習はしなかったし、今日もできないと思うため練習はしなくてもいいと思っていた。
「だってよ、台詞内容や動きはどのペアでも全く一緒だぜ? 伊達が俺に代わるだけだから、心配する必要は何もねぇよ」
「直くんと結人じゃ全然違うよ!」
「はいはい。 ほら、藍梨行くぞー」
自分の意見に反論している藍梨をよそに、結人は彼女を置いて一人教室から出る。 そして教室に残っている真宮に向かって、大きな声で言葉を発した。
「真宮ー、また明日なー!」
「え、待ってよ! 結人ー!」
そう言いながら、藍梨はスクールバックを持ち教室から出て結人を追いかける。
「今からどこへ行くの?」
「まぁ、ちょっとな。 藍梨は俺に付いてくるだけでいいから。 ・・・それと、何も話さなくていいからさ」
結人は藍梨にこの後話す内容を簡単に伝え、柚乃との待ち合わせ場所である広場まで来た。
本当は彼女の住んでいるところまで行くか、どこかの店にでも入ろうかと思ったのだが『別に普通の場所でいい』と言われたため、ここに決まったのだ。
ここの空地は柚乃の住んでいるところから近い。 そして今、温かな夕焼けが優しく結人と藍梨を照らしてくれている。
そんな中、柚乃は既に来ており彼女も夕日に照らされていた。 彼女のいる場所まで二人は足を進める。 まずは柚乃に藍梨を紹介するところから始めようか。
そう思い、口を開こうとした瞬間――――結人よりも先に、柚乃が口を開いた。
「こんにちは。 もしかして、貴女が藍梨ちゃん? 思っていたよりも可愛いね」
「え? えっと・・・」
結人たちがここへ来て早々柚乃が藍梨に話を振ったため、彼女は戸惑っている。 そんな藍梨を助けるように、結人は口を挟んだ。
「藍梨。 この子は柚乃って言うんだ。 ・・・そして、俺の元カノでもある」
そう言った瞬間、彼女の表情が少し曇る。 そしてそのまま俯いた状態になった。
藍梨には『何も言わなくていい』と先程言ったため、そんな彼女をよそに柚乃の方へ身体を向ける。 今の自分の気持ちを、伝えるために。
「柚乃。 俺は・・・藍梨のことが好きだ。 この気持ちはこれからもずっと変わらない。 ・・・だから、ごめん。 俺のことは諦めてくれ」
結人は今、迷いがなく言うことができた。 自分でも驚く程に。 どうしてだろうか。 今までの自分なら、言い出すまでに結構な時間がかかったはずなのに。
もしかして――――少しでも、変わることができたのだろうか。
けじめがちゃんとついて、何事にも弱音を吐いていた頃の自分から少しでも変わることができたのだろうか。 そして、柚乃の返事を待つ。
だが――――次に出た言葉は、結人に向けられた言葉ではなかった。
「ねぇ藍梨ちゃん。 結人のどこが好き?」
「え? えぇと・・・。 ・・・可愛いところ、かな」
―――は?
「分かる! 結人って可愛いよね。 私も、そういうところ好きだな」
意を決して放った言葉を無視する柚乃に、思わず突っ込みを入れる。
「おい柚乃! 俺の発言は無視かよ」
そう言うと、彼女は藍梨と話すのを止めそっと目を瞑った。 そしてその状態のまま――――静かに、言葉を紡いでいく。
「・・・分かったよ。 本当は、まだ諦めたくはなかったんだけどね」
「ッ・・・」
―――柚乃も俺のこと、簡単に諦めてくれたのか?
そんな柚乃に呆気に取られていると、彼女はゆっくりと目を開けながら続けて言葉を綴り出した。
「今日、来るのは結人だけだと思っていたの。 ・・・でも、藍梨ちゃんを連れてこられちゃ、私はもうどうしようもできないよね。
あ、別に藍梨ちゃんが悪いとは言ってないよ?」
「・・・柚乃」
「私ね、本当はもっと粘りたかった。 結人に振られる、ギリギリのところ、最後まで。 そして言ってやりたかったの。 『私は最後まで待っているよ』って。
いつか結人は、絶対に私のところへ戻ってくる。 だから『私は気にしないから大丈夫だよ』って。 『それまではたくさんの女の子と幸せな恋を経験していいよ』って」
「・・・」
柚乃は――――ズルい人だった。
―――そんなこと、普通藍梨の前では言わないだろ。
それにそういうことは、口には出さず心の中で思うものだ。 だが結人は彼女の言葉を聞いているだけで、何も口を開くことはできなかった。
「でももういいんだ。 私、今は諦めることにしたから」
「今は?」
すると柚乃は、結人から目をそらし藍梨のことを見た。
「藍梨ちゃん。 もし結人がまたうじうじしたり、情けないような出来事があったらすぐ私に連絡して?」
「連、絡・・・?」
「うん。 藍梨ちゃんの連絡先、教えてほしいの。 結人がもしへたれな時があったら、私がバシッと叱ってあげるから」
そう言いながら、柚乃は自分の携帯を取り出した。 突如“柚乃は藍梨と連絡先を交換して、酷い内容を藍梨に送るんじゃないか”と、一瞬そのような考えが脳裏を横切る。
「おい、柚乃」
結人は連絡先を交換しようとしている二人を目の前に、大きな声を出して止めに入る。 だが柚乃は、結人の考えを見透かしたかのようにこう答えた。
「大丈夫だよ。 藍梨ちゃんを脅したり、傷付けたりなんてしないから」
「なッ・・・」
そう言って、柚乃と藍梨は連絡交換をし始めた。
―――・・・俺はなんてことを考えちまったんだろうな。
―――最低なのは、柚乃じゃなくて俺の方なのに。
彼女を最低な人扱いしてしまい、自分自身に腹が立った。
―――・・・もう深く考え込むのは止めよう。
―――俺にとって、悪いことでしかない。
「ねぇ、結人」
柚乃が突然名を呼ぶ。
「何だよ」
「結人。 これからは藍梨ちゃんを泣かせたり、困らせたりしちゃ駄目だよ?」
「そんなのはとっくに分かっているよ」
当たり前のことをさらりとそう言うと、彼女はトドメを刺すかのように最後の一言を言い放った。
「もし次結人と藍梨ちゃんが別れたら、私はまた結人にアタックするからね」
「ッ・・・」
―――・・・それも、ここで言うかよ、普通。
結人を困らせるためにそう言ったのか、それとも結人たちの恋を応援してくれているのかは分からなかったが、柚乃は淡々とした口調でそう言った。
彼女はやっぱり、最後までズルい人だった。
―――どうして柚乃は・・・俺を、最後の最後まで困らせるかな。
この後は柚乃に『最後だからこの後一緒にご飯を食べに行こう』と誘ったのだが『引っ越しの準備があるから』と言われ断られた。 そして結人は今、藍梨を家まで送っている。
気持ちがあまりスッキリしていないこの帰り道。 夕日は沈み、辺りは既に暗くなっていた。
「・・・柚乃さんって、素直な人だね。 結人のことが好きって、見ていてよく分かる」
「別に。 終わったことは、もうどうでもいいだろ」
結人はもう一つ、藍梨に言いたいことがあった。 これから彼女を――――手離さないために。 これは束縛かもしれないが、言っておきたいことがあったのだ。
「なぁ、藍梨」
「?」
「俺とさ、一緒に住まない?」
「え?」
「・・・俺ん家、来いよ」
そう――――同棲だ。 立川には今赤眼虎がいないとはいえ、彼女である藍梨を一人にするのは結人にとってとても心配だった。
他にも言うならば、もっと藍梨と一緒にいたかった。 そして、藍梨を他の男に取られないように――――藍梨に、寂しい思いをさせないように。
何も言わない彼女に、結人は続けて言葉を紡ぐ。
「返事は明日でいいから。 明日、この返事を聞かせて?」
そう言うと、藍梨は小さく頷いてくれた。
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