心の交差。

ゆーり。

文字の大きさ
上 下
70 / 365
執事コンテストと亀裂。

執事コンテストと亀裂㉘

しおりを挟む



梨咲たちは立川に戻ってきた。 人が多い駅から出て、人通りの少ないところまで二人は歩く。 そして今から――――梨咲は、今日結人を誘った本当の理由を口にすることになる。 
「じゃあ、これからどうする? どこか適当に店でも入って、飯食いに行くか?」

―――あのね、結人。 
―――私は結人と今日一緒に過ごせて、幸せだったよ。

「ううん」
「ん? じゃあ、もう帰るか?」

―――七瀬さんと、幸せになってね。

「あのね、結人」
「・・・何だよ」
急に梨咲がその場に立ち止まり結人を呼び止めたせいか、先刻まで明るい表情だった彼が一瞬にして真剣なものへと変わった。 
そして笑顔を作り、結人に向かって今の気持ちを素直に伝える。
「結人。 大好きだよ」
「・・・は?」
梨咲の目からはたくさんの涙がこぼれていた。 今までこんなに泣いたことがないと思うくらいの、たくさんの涙が。

―――結人は、七瀬さんのものなんだもんね。

「・・・振って」
「は? いや・・・何を言って」
「お願い、振ってよ」
声が震えていた。 こんな姿、結人にだけは見せたくなかったのに。 

―――でも・・・ごめんね。 
―――我慢できないの。
―――結人は、七瀬さんのことが一番なんだもんね。 

これ以上、結人が好きでもなく何とも思っていない自分と、無理に付き合わせたくなかった。

―――七瀬さんにとっても結人にとっても、迷惑だったよね。 
―――・・・ごめんね。

結人は何も言えずに黙ったままでいる。 彼が今きちんと振ってくれたら、もう本当に諦めようと思っていた。 そのために、梨咲は今日結人を誘ったのだ。

―――お願い・・・結人。 
―――私を、振ってよ。

そして結人は――――たくさんの時間をかけて、やっとの思いで口を開いた。 そして、自分の本当の気持ちを梨咲に伝える。
「・・・ごめん。 俺には、好きな人がいるから」
「ッ・・・」
その言葉を聞いた瞬間、梨咲は全身の力が抜けてその場に崩れ落ちた。 こうなる結果は分かっていたのに、どうして――――どうしてこんなにも、悲しいのだろうか。
涙が――――止まらない。 梨咲は最初、結人をコンテストに誘った時少しは期待していた。 もしかしたら結人は、藍梨よりも自分を好きになってくれるのではないか、と。
だけど――――何度結人にアタックしても、彼は梨咲に振り向いてはくれなかった。

―――もう、それが答えなんだよね。

「・・・ごめんな」
そう小さく呟いて結人はその場にしゃがみ込み、梨咲の背中を優しくさすってくれた。 背中からは、彼の手の温かさが伝わってくる。
梨咲が振られたのは――――結人が初めてだった。 今まで相手から告白をされて付き合ったとしても、全て梨咲から振っていた。
その反対に自分から好きな人に告白して付き合ったとしても、全て梨咲から振っていた。 だから、梨咲を振ったのは結人が初めてだったのだ。

―――失恋って・・・こんなに、苦しいものだったんだ。
―――ありがとう、結人。 
―――私を・・・振ってくれて。

「梨咲、ありがとな? こんな俺を、好きになってくれて」
結人は今もなお梨咲の背中を優しくさすりながら、そう声をかける。

―――何を言っているの、結人。
―――結人は凄くいい人だよ。 
―――だから『こんな俺』だなんて・・・言わないで?

梨咲は止まらない涙を流しながら、顔を上げて結人のことを見た。

―――ねぇ、結人。
―――いつもみたいに、笑ってよ。 
―――調子に乗った、軽い言葉を・・・言ってよ。 
―――それが、結人でしょ?

「笑って」
「え?」
「結人、笑って」
そう言って梨咲は、彼よりも先に自分の笑顔を見せた。

―――今泣いている顔で笑っているから、きっと酷い顔になっているんだろうな。
―――でも本当に、結人は笑っている顔が一番だよ。

「・・・梨咲。 楽しい時間を、本当にありがとな」
そう言って結人は、梨咲に向かって優しい笑顔を見せてくれた。 そんな彼の笑顔を見て、梨咲はより笑顔になる。

―――こちらこそ、楽しい時間をありがとう。 
―――結人を好きになれて、よかったよ。





あの後は、梨咲が泣き止むまで結人はずっと隣にいてくれた。 泣き止んでからは『どこかへ寄るか?』と聞かれたが、その誘いは断った。
これ以上、結人を好きにならないように。 これ以上彼を好きになってしまうと、どうしようもなくなってしまいそうだったから。 結人は梨咲を家まで送ってくれた。 
梨咲は礼を言い、上着を彼に返す。 そして、梨咲たちが別れる前にある一言を結人は言ってくれた。 この時梨咲は“結人は卑怯だな”と思った。 
どこまでもカッコ良くて、優しくて、とても温かくて。 でもどこか、少しか弱く思えてしまう結人。
―――私は、結人に出会えて本当によかったよ。
そして――――最後に彼が梨咲に向かって放った一言は、これだった。

“梨咲みたいな人が俺のことを好きになってくれて、嬉しいよ”





結人は梨咲と別れ、自分の家へ向かう。 今日は梨咲と一緒に過ごすことができてよかった。
最後に告白されて『振って』と言われた時は驚いたが、何も言えずにいた自分としては、彼女からそのような言葉を言ってくれて助かったと思っていた。 
―――梨咲、こんなことを思ってごめんな。
梨咲との関係をどうやって切ろうかと迷っていたから、彼女から話を切り出してくれて助かったのだ。

―――情けないよな・・・俺。 
―――でも、ありがとな。 
―――俺は梨咲のこと、絶対に忘れないよ。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夢三夜

あおさのみそしる
ライト文芸
こんな夢を見た。暗くて、とりとめもない。

短編集 ありふれた幸せ

たけむら
ライト文芸
何でもない人達の何でも無い瞬間。束にしてやっとぼんやり色が見える位の。 店や駅や街の中ですれ違い、それぞれのスピードで進んで行く。そういう、ありふれた人生について。 あちこちで書いていた物のまとめやら続きやらなんやらです。

100000累計pt突破!アルファポリスの収益 確定スコア 見込みスコアについて

ちゃぼ茶
エッセイ・ノンフィクション
皆様が気になる(ちゃぼ茶も)収益や確定スコア、見込みスコアについてわかる範囲、推測や経験談も含めて記してみました。参考になれればと思います。

可不可 §ボーダーライン・シンドローム§ サイコサスペンス

竹比古
ライト文芸
先生、ぼくたちは幸福だったのに、異常だったのですか? 周りの身勝手な人たちは、不幸そうなのに正常だったのですか? 世の人々から、可ではなく、不可というレッテルを貼られ、まるで鴉(カフカ)を見るように厭な顔をされる精神病患者たち。 USA帰りの青年精神科医と、その秘書が、総合病院の一角たる精神科病棟で、或いは行く先々で、ボーダーラインの向こう側にいる人々と出会う。 可ではなく、不可をつけられた人たちとどう向き合い、接するのか。 何か事情がありそうな少年秘書と、青年精神科医の一話読みきりシリーズ。 大雑把な春名と、小舅のような仁の前に現れる、今日の患者は……。 ※以前、他サイトで掲載していたものです。 ※一部、性描写(必要描写です)があります。苦手な方はお気を付けください。 ※表紙画:フリーイラストの加工です。

文化祭のおまじない

無月兄
ライト文芸
七瀬麻、10歳。その恋の相手は、近所に住む高校生のお兄ちゃん、木乃浩介。だけどそのあまりに離れた歳の差に、どこかで無理だろうなと感じていた。 そんな中、友達から聞かされた恋のおまじない。文化祭の最後に上がる花火を、手を繋ぎながら見た二人は結ばれると言うけれど……

魔がさした? 私も魔をさしますのでよろしく。

ユユ
恋愛
幼い頃から築いてきた彼との関係は 愛だと思っていた。 何度も“好き”と言われ 次第に心を寄せるようになった。 だけど 彼の浮気を知ってしまった。 私の頭の中にあった愛の城は 完全に崩壊した。 彼の口にする“愛”は偽物だった。 * 作り話です * 短編で終わらせたいです * 暇つぶしにどうぞ

光のもとで1

葉野りるは
青春
一年間の療養期間を経て、新たに高校へ通いだした翠葉。 小さいころから学校を休みがちだった翠葉は人と話すことが苦手。 自分の身体にコンプレックスを抱え、人に迷惑をかけることを恐れ、人の中に踏み込んでいくことができない。 そんな翠葉が、一歩一歩ゆっくりと歩きだす。 初めて心から信頼できる友達に出逢い、初めての恋をする―― (全15章の長編小説(挿絵あり)。恋愛風味は第三章から出てきます) 10万文字を1冊として、文庫本40冊ほどの長さです。

アルファポリス収益報告書 初心者の1ヶ月の収入 お小遣い稼ぎ(投稿インセンティブ)スコアの換金&アクセス数を増やす方法 表紙作成について

黒川蓮
エッセイ・ノンフィクション
アルファポリスさんで素人が投稿を始めて約2ヶ月。書いたらいくら稼げたか?24hポイントと獲得したスコアの換金方法について。アルファポリスを利用しようか迷っている方の参考になればと思い書いてみました。その後1ヶ月経過、実践してみてアクセスが増えたこと、やると増えそうなことの予想も書いています。ついでに、小説家になるためという話や表紙作成方法も書いてみましたm(__)m

処理中です...