心の交差。

ゆーり。

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執事コンテストと亀裂。

執事コンテストと亀裂⑱

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「・・・ッ、ユイ!」
結人が自分の教室へ戻ると、すぐに真宮が駆け付けてくれた。 藍梨の姿は、今はどこにもない。
「ユイ、大丈夫か?」
彼が不安そうな顔をしてそう尋ねてくる。 これが夢だと信じたい。 現実だとは、思いたくなかった。

―――でもどうせ・・・そんなのは、叶いっこないんだろ。

「・・・藍梨と、別れた」
「はッ・・・!?」
俯いたままそう口を開くと、真宮は目の前で一瞬にして固まる。

―――ごめんな、真宮。 
―――俺と藍梨が両想いになるために、一番頑張ってくれたのは・・・真宮なのに。

本当は別れたことを言いたくなかったが、彼には嘘を貫き通せる自信はなかったため真実を告げた。
「・・・悪い」
「いや・・・。 その・・・」
「いいよ、無理に言わなくても」
結人は、真宮がこれから何を言おうとしたのか分からなかった。 励ます言葉かもしれないし、自分に対しての怒りの言葉だったのかもしれない。
だがどちらにしろそれらの言葉は聞きたくなかったため、自ら彼の発言を制する。
「・・・ユイ。 どうして別れたんだよ」
真宮は目を見てくれているが、結人は彼と目を合わすことができなかった。
「・・・振られた本当の理由は、分からない。 でも原因はきっと、俺にあるんだ」
「ユイに?」
「俺は、藍梨を止められなかった」
「止められなかったって・・・」
そう――――結人は藍梨を、止めることができなかった。 

真宮たちが思っている程、結人は強くないのだ。

「俺が藍梨に甘えていたのがいけなかったんだ。 藍梨にたくさん苦しい思いをさせてしまった。 ・・・何もできなかった、自分が憎い」
「ユイ」
藍梨のことを考えると、またもや自分に対しての怒りがどんどんと込み上げてくる。 そんな結人を、真宮は『大丈夫だよ』と言って怒りを抑えようとしてくれていた。

そんな真宮の行為に感謝しながらも――――彼の優しさに、胸が更に苦しくなる。

―――こんなに弱い俺を、励まさないでくれよ。

「俺は・・・藍梨を止めることができなかった。 止める資格なんて、俺にはなかったんだよ」
真宮は何も言わずに話を聞いてくれた。 結人が話すことは全て、愚痴や言い訳にしか聞こえなかっただろう。 そんな自分に余計腹が立ち、真宮に申し訳なく思った。
「・・・ユイ、大丈夫か?」
だけど彼は、こんなにも心配してくれている。 
今藍梨に対して何もできなかった惨めな自分と、真宮がしてくれたことを全て無駄にしてしまって何も言えずにいる惨めな自分が、複雑に混ざり合い――――
もう、どうしようもなくなっていた。 このまま結人が一人でいると、本当におかしくなって何をしでかすか分からない。 だから今、真宮がいてくれてよかったと思っている。
「なぁ・・・真宮。 俺と藍梨が別れたことは、まだみんなには言わないでほしい」
「・・・どうして?」
「まだ自分でもよく分からないんだ。 気持ちの整理が、できていない。 だから今の状況を俺がちゃんと受け止めてから、自分からみんなに話すよ」
そう言うと彼は『分かった』と言って了解してくれた。 実際、本当に今藍梨と別れているという実感は全くなかった。 
まだ自分たちは、繋がっているのではないか、と思っていた。

―――でも、現実では違うんだよな。

「・・・結人?」
突如、背後から聞き慣れた声が聞こえてきた。 後ろを振り向くと、梨咲が心配そうな顔をしてこちらを見ている。
「あ・・・。 今は無理って、断っておこうか?」
真宮が気遣い、小声でそう言ってきた。 でもいい機会だ。 彼女と話して、少しでも気を紛れさせることができるのかもしれない。
「いいよ、真宮。 俺行ってくる」
優しい表情をして彼にそう言い、梨咲の方へ足を進めた。
「梨咲、行こう」
そして彼女を連れて、教室から離れる。 

人通りの少ない廊下まで来て、二人は向き合った。
「結人、どうしたの?」
「え、何が?」
「・・・いつもより、元気ないよね」
梨咲は心配してくれていた。 でも――――もういいのだ。 悩む必要なんてない。 結人と藍梨は今、恋人ではない。 ただ、最初の関係に戻っただけ。 
そう、友達からやり直せばいいのだ。 結人は自分に何度もそう言い聞かせ、梨咲に心配をかけないよう笑顔で言葉を発した。
「大丈夫、何でもねぇよ」
「七瀬さんに、何か言われたの?」
「ッ・・・」

―――どうして・・・梨咲には分かるんだよ。 

その一言を聞き、結人の笑顔は一瞬にして消える。 そんな結人を見て、梨咲は必死になって言葉を返した。
「ねぇ、七瀬さんに何て言われたの? 結人! 答えて!」
梨咲は結人のことを考えてそう言っているのかもしれないが、結人には彼女のその心配が逆に恐怖に思えてきた。
“もしその答えを俺が今言ったとしたら、梨咲は藍梨に何か酷いことをするのではないか” 目の前にいる彼女からそう読み取った結人は、思わず声を上げてしまう。

「おい梨咲! 藍梨には手を出すなよ!」

「・・・ッ」

また――――やってしまった。 突然大声を出したせいで、梨咲は恐怖で震えてしまっている。
「・・・悪い」
冷静になって謝ると、彼女は首を横に振って優しく笑いかけてきた。
「大丈夫だよ。 ごめんね、問い詰めちゃって。 七瀬さんには何もしないよ。 でも結人は、今私のペアでしょ? だから結人には、今だけでも私のことを見ていてほしいな」

梨咲とはコンテストまでの期間しか、一緒に過ごすことができない。 
もちろんコンテストが終わっても一緒に話をすることくらいはできるのだが、結人は彼女との関係を切ろうと思っていた。 藍梨を――――不安にさせないように。 
だけど、藍梨とは終わってしまった。 梨咲との関係を切っても、意味がないのかもしれない。 それでも、この気持ちを大切にしておきたかった。 
藍梨との関係が終わってしまったとしても、梨咲との関係は切ろうと思う。 それが自分のけじめだ。 もう遅いかもしれないが――――これが、自分のけじめなのだ。 
それにこれ以上、梨咲に期待や不安を与えたくない。 だからその分――――今は梨咲のことを、大切にしようと思った。

「あぁ。 心配かけちまって、ごめんな」
そう言って結人は、彼女に優しく笑ってみせた。


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