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告白。
告白⑧
しおりを挟む数分後 路上
そして――――結人の隣には今、藍梨がいる。 どうしても、最後に言われた真宮の発言に否定はできなかった。 辺りは既に真っ暗だ。
流石に女の子一人で帰らせるわけにもいかなく、かといって真宮に頼むのも気が引けたため、結局はこういう結果になってしまった。
だが自分からは何も話せることがなく、先程から互いに沈黙を守り続けている。 その理由は、自分が喧嘩しているところを見られて、藍梨に嫌われたくなかったからだ。
いや、もっと言えば“結黄賊”のことを今はあまり知られたくなかった。
いつかは必ず藍梨に言う時は来るのだが、最初から悪い印象を持たせては終わりなため、まだ言わないでおこうと思っていた。
幸い今回は黄色いバンダナとバッジを身に着けていなかったため一応は一安心するが、彼女に喧嘩を見られたことは紛れもなく事実だ。
だから事がこれ以上大きくならないよう、あまり余計なことは言わないように口を開かないままでいるのだが――――この気まずく静かな沈黙を先に破ったのは、藍梨の方だった。
「結人くん」
「・・・ん?」
突然名を呼ばれ、上手く反応ができなかった結人は慌てて返事をする。
藍梨から何を言われるのか不安な気持ちでいっぱいだったが、彼女は少し俯きながら、結人が悪い予想をしていたのと違う話題を口にした。
「今日は、その・・・。 助けてくれて、ありがとう」
「あ、あぁ・・・。 いいよ。 藍梨さんも、無事みたいだしさ」
その礼の言葉に軽く返事をする。 彼女はわざと、喧嘩の話を避けてくれているのだろう。 だから結人も、自らその話は口にしなかった。
だが当然互いには、先刻起きた喧嘩のことは脳裏に埋め付けられている。 それを見なかったことに、なかったことにしているのだろう。
この行為は確かに嬉しいのだが、結人にとっては少し苦しいものでもあった。 そしてこの雰囲気のまま、藍梨は続けて言葉を綴っていく。
「でもね、私・・・。 今日みたいに助けられたことは今までになくて、その・・・。 どうやって、お礼をしたらいいのか・・・」
―――お礼・・・か。
「だから、えっと・・・」
どうしても礼をしたいのか、藍梨は必死に結人のために考えてくれていた。 こんな気まずい状況にもかかわらず、結人はそんな彼女を見て少し口元が緩んでしまう。
そして、ここであることをひらめいた。 その意見を、藍梨に向かって言葉にして伝えていく。
「じゃあ、お礼は二つ」
「え?」
結人はいったん歩くのを止め、藍梨の方へ身体を向けた。 彼女が聞き返してきたのに対し、優しい表情で言葉を紡ぎ続ける。
「お礼は俺のお願いを二つ聞いてくれたら、それでいいよ」
「二つ・・・?」
少し首を傾げながら聞いてくる彼女を見て、小さく頷いてみせた。 そしてそのまま、お願い事を一つ言っていく。
「うん。 まずは一つ目。 藍梨さんのこと、呼び捨てで呼んでもいい?」
「え? あの・・・」
藍梨は何かを言おうとしているが、彼女の返事を待たずにもう一つのお願いを続けて口にした。
「そして二つ目。 ・・・藍梨の、連絡先を教えて?」
それらを伝えた結果――――彼女は戸惑いながらも、両方のお願いにOKしてくれた。
その後に『本当にそれだけでいいの?』と聞かれたが『今の俺にはこれで十分』と結人は笑顔で返したのだ。
そして少しでも互いに打ち解けることができたタイミングで藍梨の家へ着くと、彼女は結人の方へ振り返った。
「じゃあ私、家はここだから」
「おう」
「今日は本当にありがとう。 嬉しかったよ」
そう言っては、眩しい笑顔で笑ってくれる。 その笑顔に負けじと、結人も彼女に向かって笑い返した。
「ん。 こちらこそ、ありがとな。 おやすみ」
そう言って、藍梨が家へ入るのを最後まで見届けた後、互いに笑顔のまま別れた。
数十分後 結人の家
藍梨と別れた後そのまま家へ直行した結人は、帰宅して早々ベッドに座り携帯をいじり始めた。
―――・・・真宮に、礼を言わないとな。
そう思い、躊躇いもなく真宮に電話をかける。 そして、かけてから待つこと――――数秒。 コール音が途切れ、真宮の声が電話越しから届いてきた。
『・・・おぉ、ユイか。 ちゃんと藍梨さんを家まで送ってきたかー?』
「おう、送ったよ。 ちゃんと連絡先もゲットした」
『へぇ、そっかそっか。 それはお疲れさん・・・って、え!? 連絡先って、いつの間に!?』
彼は結人たちの急な進展に素直に驚いている。 それも無理もない。
結人と藍梨は真宮と別れるまで気まずい関係でいたため、そんな状況の中連絡先をゲットするなんて誰も思わないだろう。
「あのさ、真宮。 その・・・。 色々と、ありがとな」
そんな彼に、結人は恥じらいながらも礼の言葉を述べた。
藍梨には喧嘩しているところを見られ悪い印象を持たれたかもしれないが、こうやって一緒に帰れたのは真宮のおかげだ。
そんな気持ちを込めつつ、彼にそう伝える。 だけど電話越しからは、複雑そうな声が耳に届いてきた。
『いや、連絡先の話はスルーかよ・・・。 まぁ・・・うん。 感謝されるようなことはしていないけど、藍梨さんと少しでも進展できたならいいや』
―――いや、感謝されるようなことは、真宮はいっぱいしてくれたぜ。
彼の発言にそんなことを思いながらも、ここはあえて口には出さないことにした。
そして話に一段落がついた今、真宮がもう一人の少女の名を突然口に出す。
『それでー? 柚乃さんのことは、結論出た?』
「・・・」
―――柚乃・・・?
―――あ・・・そうだ。
―――藍梨とは進展しても、俺の心の中には未だに忘れられない柚乃の存在があるんだ。
―――つか・・・こんな状況で、他の女の名前を口にするかよ、普通。
『まだ出していなかったのかよ』
「・・・どうしたらいいのか、分かんねぇよ」
結人は考えがまとまらない自分に嫌気が差し、少し怒った口調で言葉を返した。
もう少しいい返しがあったとは思うが、遠慮なしに聞いてくる彼の発言に戸惑いを隠せず、つい素直な思いを口にしてしまう。 だけど結人は、本当に分からなかった。
柚乃から電話が来るまでは――――藍梨のことしか見ておらず、柚乃のことを考えてもいなかったというのに。
だけど電話が来てからは、柚乃の存在が引っかかるようになってしまった。
―――どうして柚乃は・・・俺の心の中に、ずっと居続けるんだろうな。
そのようなことを思い悩んでいると、電話の向こうから真宮のハッキリとした声が耳に届いてきた。
『ユイは藍梨さんのことが好き! そうだろ?』
「・・・おう」
いきなりの大胆な発言に一瞬言葉が詰まりつつも、頑張って声を絞り出し返事をする。 すると彼は先程とは違い、今度は優しい口調で言葉を紡ぎ出してきた。
『何今更迷ってんだよ。 好きな女ができたなら、その女を大切にしろ。 守ってあげろ。 ・・・ぶっちゃけ言って、柚乃さんよりも藍梨さんの方が、ユイには似合っているよ』
「・・・真宮」
『どうせ迷っていても、結論はとっくに出てんだろ? なら迷って考えている今の時間が無駄だっての! こんなことをしているうちに、藍梨さん取られるよ?』
力強く言葉を発しているも、電話越しからは真宮の笑い声が聞こえてくる。 心の支えとなる言葉なのだが、結人にはまだ迷いがあった。
「・・・でも」
―――確かに俺は、藍梨のことが好きだ。
―――柚乃よりも、藍梨のことが好きだ。
―――でも俺は・・・藍梨のことを、好きでいていいんだろうか。
そう――――そのことだけが、自分のどこかでずっと引っかかっていた。 本当に自分が、藍梨のことを好きでいてもいいのだろうか。
自分が今本当に愛すべき人は、柚乃なのではないか。 柚乃は確かに元恋人であり、結黄賊の事情も知っている。 そして柚乃はまだ、結人のことを諦めていない。
藍梨のことが好きな気持ちも当然あるのだが、先刻見られた喧嘩のことを思い出すと、なかなか行動に移すことができずにいた。
喧嘩慣れしている自分が、藍梨に近付いてもいいのだろうか。
柚乃とは大きなことに巻き込まれなかったが、ここは東京で人がたくさんいるため、自分のせいで藍梨を危険なことに巻き込んでしまうのではないか――――
だけど真宮はそんな結人の心を読み取ったかのように、自信満々な調子で言葉を紡いでくる。
『・・・ユイは、藍梨さんのことが好き。 俺はそう認めたよ? もう一度言う。 ユイは、藍梨さんのことが好き』
「まみ・・・や」
そして真宮は――――決定的な一言を、優しい口調で結人に言い渡した。
『ユイは俺から認められたら、それで満足だろ』
「ッ・・・」
真宮が自分のことを認めてくれた。 自分の考えを、自分の行動を、自分の存在を認めてくれた。 自分を否定するだけでなく、自分のことをちゃんと認めてくれる人がいた。
彼のその一言により、結人の心は徐々に揺らぎ始める。
―――・・・俺は、藍梨のことを好きになっていいんだよな。
―――好きでいて、いいんだよな。
―――柚乃じゃなくて・・・藍梨で、いいんだよな。
―――喧嘩なんて・・・関係、ないんだよな。
―――俺が藍梨を、守ってやればいいだけのことじゃんか。
意を決した結人は勢いよくその場に立ち上がり、電話越しにいる真宮に向かって強めの口調で言葉を返す。
「真宮、ありがとう! 俺、行ってくる」
すると、彼の優しい声が結人の耳に届いてきた。
『おう。 ユイならきっと、大丈夫だよ』
その後一言二言を交わし、彼との電話を切って決意する。 今から向かう場所はただ一つ。 藍梨の家だ。
今まで大切に持っていた、あるモノを持って――――結人は好きな人のもとへと、走り出した。
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