339 / 365
結人と夜月の過去。
結人と夜月の過去 ~小学校一年生⑮~
しおりを挟む現在 電車の中
「ここまでが・・・1年の時の話かな」
席に座り、小さく揺られながら夜月は静かに口にする。
苦しい過去と向き合う時がきた今、彼は覚悟を決めたような表情をしているが、実際は視線をどこへ向けたらいいのか分からず、ずっと目が泳いでいた。
「・・・本当に、二人の過去はあまりよくないものだったんだな」
続くように、その場に合わせた小さな声で言葉を発した伊達。 それを聞き、夜月はゆっくりと頷いた。
「あぁ、だから言っただろ。 ・・・話を聞いて、予想していたものよりも酷い過去だと思ったか?」
なおも視点が合わない彼に、慌てて首を横に振る。
「いや、そこまでは!」
そして続けて、今度は冷静な口調で言葉を紡ぎ出した。
「・・・そう言えば、理玖くんっていう子は今どこに?」
「あぁ、理玖の話はまだ終わっていないから、それは話し終えた後でもいいか」
「あ、いいよ! 何かごめん、先走っちゃって」
伊達は一度興奮状態から冷めるため、一度深呼吸をして再び口を開く。
「でも本当に、理玖くんが目覚めて、退院もできてよかったな」
「本当だよ。 でももしあの時、理玖が目覚めていなかったら、俺は・・・」
「・・・いいよ。 無理して、深く考えなくて」
苦しい過去を思い出し心苦しそうな表情を見せる夜月に、伊達は優しい口調でそう言った。 その言葉に頷くと、ようやく結人の方へ視線を移す。
「・・・ユイ」
「・・・」
結人は名を呼ばれながらも、夜月と視線を合わすことができず、ずっと俯いたままでいた。 だがそんなことには構わず、ゆっくりと言葉を綴っていく。
「前に琉樹さんが言っていた『夜月のせいでユイは俺にいじめられていた』っていうのは、このことだ。
俺があの時ユイの名前を口にしなければ、ユイは琉樹さんにいじめられることはなかった」
「・・・」
そして――――夜月は初めて結人に向かって、あの言葉を発した。
「今まで言えずにいてごめん。 あの時俺はユイのことを酷い扱いして、琉樹さんにもいじめられていた。 それは全て俺のせいだ。 今まで・・・悪かった」
「ッ・・・」
この瞬間――――結人の目からは、薄っすらと涙が浮かぶ。 だけど流すのは何とか堪え、歯を食いしばった。 結人はこの時――――初めて夜月から謝られたのだ。
小学校1年生の時から今までは一度もなかった。 別に謝られるのを待っていたわけではないが、夜月からその言葉が聞けて素直に動揺を見せる。
だがそんな結人にも構わず、彼は続けて自分の思いを紡いでいく。
「理玖は本当に事故だったんだ。 なのにどうして俺は、あの時ユイの名前を口にしてしまったんだろう。 ・・・本当に、最低だ」
「・・・」
そして次に、結人から聞いた初めての情報に対しての感想を綴った。
「それに、理玖が事故に遭った当日、ユイは理玖にあんなことを言っていたんだな。 あれは俺たちの関係を壊さないために、あぁ言ったのか?」
それは――――結人が理玖に『しばらく僕たちは関わらない方がいい』と、言った時のこと。 あれは確かに、理玖と夜月の関係を崩さないために言ったものだった。
邪魔者は退散した方がいいと思った結人は、彼らのことを考えそう口にしたのだが――――
「今の話を聞いている限り、俺はユイに苦しい思いをたくさんさせちまっていたんだな。 ・・・毎日俺のことで、思い悩んでいたんだろ。
そんなユイの気持ちにも気付けなかったなんて、本当に俺は最低だ。
ユイは何も悪いことをしていないのに、俺は冷たい態度をとったり琉樹さんにいじめられたりもした。 それにあの時・・・ユイの首を絞めて、殺そうともした」
そして――――夜月はもう一度、結人に向かってあの言葉を言い放つ。
「このことは、簡単に許してくれだなんて思っていない。 それでも、謝らせてほしい。 ・・・ユイに今まで苦しい思いをさせて、本当にごめん」
「ッ・・・」
再び涙が出そうになるのを、必死に堪えた。 その代わり結人は――――小学校1年生の時に見せていた無邪気の笑顔を、夜月に向かって見せる。
「俺は大丈夫。 気にしないで」
そしてまた――――小学生の頃よく発していた言葉を、この場で口にしたのだ。 それを耳にした夜月は、当然苦しそうな表情を見せる。
「ユイ・・・」
「本当に俺、大丈夫だから」
「・・・どうしてユイは、昔から何も変わんねぇんだよ」
その問いに対しても、間を空けることなく笑顔で答えていく。
「どうしてって、これが俺だからだよ。 だからもう、どうしようもねぇだろ?」
そして――――過去の話を聞いて、思ったことを素直に口にした。
「でも、俺を避けていた理由が嫉妬だったなんてな・・・。 可愛いじゃんか」
初めて聞いた、夜月が結人を避けていた本当の理由。 結人は当時、彼に嫌な思いをさせてしまったのかと思い色々悩んでいたのだが、ただの嫉妬と聞いてどこか安心した。
「気持ち悪いことを言うなよ。 今思えば、俺はそんな理由でユイに」
「だから、俺は大丈夫だっての」
「・・・」
今更夜月の事情を知っても、嫌な思いは抱かない。 結人は彼から本当の理由を聞けただけで、それだけで満足だった。 それに――――
「今こうして夜月と仲よくできているなら、俺は不満なんてねぇよ」
「・・・」
笑顔で返すと、夜月は何も言うことができなくなったのか視線をそらしてしまう。 そんな彼を見て、結人は優しく微笑んだ。
その瞬間――――二人の視界に、一人の少年が遮る。
「えっと・・・。 二人で、話す?」
結人と夜月の間に座っていることが苦痛に感じてきたのか、伊達は席から立ち上がり苦笑しながら言葉を挟んできた。 それを見て、首を小さく横に振る。
「いや。 続きを話そうか」
「そうだな。 とりあえず伊達、座れよ。 伊達が俺たちの間にいてくれた方が、話しやすいからさ」
結人に続けて夜月もそう口にすると、伊達は言う通りにもう一度二人の間に腰を下した。 そして1年生の時の話が終わった今、次は2年生の話を始めようとする。
「2年生は・・・そうだな。 俺があの時ユイの名前を出したせいで、琉樹さんは理玖からの信用を失った。 そのせいで俺は・・・琉樹さんから、たくさんの仕返しを受けたんだ」
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
お嬢様、お仕置の時間です。
moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。
両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。
私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。
私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。
両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。
新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。
私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。
海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。
しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。
海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。
しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる