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御子柴のヤキモチ勉強会。
御子柴のヤキモチ勉強会⑬
しおりを挟む―――俺は一体・・・今何を思い悩んでいるんだ。
―――どうしてこんなに、むしゃくしゃしてんだよ!
御子紫の今の心境は、とても複雑だった。
―――俺はコウに憧れている。
―――それは、確かなのに・・・ッ!
先程椎野に言われた『コウと一対一で話している時とか、何かいつもの御子柴じゃないっていうか・・・』という言葉。
流石彼と言ったところか、仲のいい御子紫のことはよく見ていた。 コウの前でもいつも通りの自分だと思っていたが、最近は素直になれないと思い始めている。
そしてそのことを今関係のない椎野にも言われたら“やっぱり自分はコウの前だとおかしいのか”と納得せざるを得なかった。
だから今御子紫は“どうしてコウの前では素直になれないのか”ということで悩んでいる。
そしてもう一つ疑問に思うのは“俺は本当にコウに対して憧れを抱いているのか?”ということだった。
憧れているのに、どうして彼の前では素直になれないのだろう。 その疑問のせいで自分が何を考えているのかより分からなくなり、御子紫は混乱の中へと陥っていく。
そして――――もう一つ。 コウのことで悩んでいるのに、新たに違うことを考え始めた。
コウになりたいとあれ程強く望んでいたのだが、そのことを打ち明けるとコウには否定され椎野にも否定され――――自分はコウと比べたら、凄くちっぽけな存在なのではないか。
そう、思い始めてしまったのだ。
―――コウは色んな人に頼られて、期待されている。
―――じゃあ俺は今・・・何のために、存在しているんだろう。
そんなことを考えながら、御子紫は立川の街を彷徨い続ける。 そんな時――――
―ドスッ。
「わっ!」
俯いて歩いていたせいか、角を曲がろうとすると小さな男の子とぶつかってしまった。
「あ、ごめん! 大丈夫?」
ぶつかった衝撃で少年は後ろに倒れてしまい、御子紫は助けようとそっと手を差し伸べる。 だが無事に起き上がるも、彼はこの場から一歩も動こうとしない。
「・・・どうかしたの?」
今にも泣きそうな表情でこの場を堪えている少年に、目線を合わせるよう腰を低くし、優しい口調でそう尋ねた。
だけど男の子は自分の服を両手で強く握り締めたまま、なおも言葉を発しようとしない。 この状況をどうしようかと悩んでいると、突如近くから男の声が聞こえてきた。
「君! 待ちなさい!」
―――・・・え?
―――この男の子、追いかけられてんのか?
現状が把握できない御子紫は複雑な表情をしながら男の子の方へ視線を戻すと、彼は少し震えながら追いかけてくる男の人を見ている。
―――・・・何かよく分かんねぇけど、アイツから逃げ切ればいいんだな。
「こっち」
そう思い、手助けをしようとした。 少年の腕を掴み、御子紫がリードして人々を掻き分けながら、立川の街を前へ前へと進んでいく。
そして隠れることができそうな路地裏を見つけると、身を潜めるようにしてそこへ入り込んだ。
しばらくすると追いかけてきた男は二人のいる路地裏を通り過ぎていき、御子紫は安心して胸を撫で下ろす。
「どうして、あの人に追いかけられていたの?」
「・・・」
安全になったところで身体を向け直し、腰を低くしながらそう尋ねるが彼はやはり何も言おうとしない。
そんな時――――ふと御子紫は、少年のズボンに目が留まった。 その理由は簡単で、想像以上に片方のポケットが膨れ上がっていたからだ。
御子紫は嫌な予感をしながらも、男の子の許可を得ずに入っているものを取り出す。
「これ・・・」
「ッ・・・」
今手に持っているのは、ケースに入った小さなキーホルダー。 それを発見すると、男の子は少し悔しそうな顔を見せる。
―――もしかして、これを盗んだからアイツに追いかけられていたのかよ!
―――何だよ、これじゃあ俺も共犯じゃねぇか・・・。
そう思った御子紫は、ケースを裏返しにして値段を見た。 そこには300円と書かれている。 値段を把握すると溜め息をつき、男の子に向かって口を開いた。
「ったく、しゃーねぇな。 これは俺が買ってやるから、もうこんなことはしちゃ駄目だぞ」
そう言ってその場に立ち上がり、自分のポケットに手を突っ込む。 が――――
―――ッ・・・マジかよ。
御子紫の心は一瞬で不安な気持ちに支配され、慌てて他のポケットにも手を突っ込み探し始めた。 そしてあることを確信し、またもや一瞬で絶望の中へと陥っていく。
―――財布・・・北野ん家に置いたままだ。
―――てことは、携帯も・・・。
「あー・・・。 畜生・・・」
御子紫は小さな声でそう呟いた後、路地裏に身を潜めたままその場に小さくしゃがみ込んだ。
男の子をこの場に一人残して財布を取りに行くことは当然できず、かといって一緒に北野の家まで戻るとなると、また男に見つかってしまう可能性がある。
仮に見つかったとして『今から財布を取りに行くんで待っていてください』と言っても、一度その男から逃げてしまっているのだから信用はしてくれないだろう。
「参ったな・・・」
ついに身動きが取れなくなってしまった御子紫は、男の子と一緒に路地裏でずっと隠れていた。 何とかしようと様々な手段を考えるが、どれも最適な案が思い付かない。
そして椎野に言った『一時間くらいで戻る』という言葉は実現できず、時間がどんどん経っていく。
―――・・・もう夕方か。
―――・・・マジで、どうしよう。
家を出てから3時間以上は経っているのだろうか。 夕日に照らされた立川の街を見ながら、御子紫の心はより深くへと沈んでいく。
男の子から店の場所を聞いて、素直に謝りに行った方が早いのだろうか。 そう思った――――その時だった。
「・・・あ! 御子紫みっけ!」
「・・・え」
突然放たれたその言葉に、御子紫は反応して声のした方へ目を向ける。 そこには路地裏の入り口で仁王立ちをしながら、こちらへ向かって指を差している優の姿があった。
―――どうして・・・優が?
「もう! 御子紫の帰りが遅いって椎野から連絡があったから、みんなで捜していたんだよ。 ・・・あれ?」
少し怒ったような口調をしながらそう言葉を発していると、御子紫よりも少し奥にいる男の子の存在に気付いた優。 その光景を見て、不審な目をしながら尋ねてきた。
「その子・・・。 もしかして誘拐?」
「は、違うし!」
「ははっ、だよね。 よかった」
冗談で言ったつもりなのか本気で言ったつもりなのかは分からないが、どこか安心したような表情を見せながら優はそう口にする。
そして左の方へ顔を向けると、彼は一瞬にして笑顔になり片手を上げながら、大きな声で言葉を放った。
「あ、コウ! こっちこっち!」
―――ッ、コウ・・・!?
“コウ”の名を聞き御子紫は動揺した姿を見せるが、コウはあっという間に3人の前へ現れてしまう。
「御子紫! 無事でよかった、心配したよ。 えっと・・・。 その子は、ゆう」
「だからちげぇ!」
「悪い悪い。 それで、こんなところで何をしていたの?」
コウが優と同じような発言をしてきたため、つい強い目の口調で返してしまった御子紫。
だが彼は事情を尋ねようとするも、すぐに男の子が持っている新品のケースを見て現状をあっさりと把握する。
「あ、じゃあ俺、みんなに『見つかった』って連絡しておくね!」
突然思い出したのか、そう口にした優は御子紫たちの前から姿を消した。
そして彼が離れたことを確認すると、コウは足を進め少年と目線が合うようその場にしゃがみ込み、言葉を発する。
「これ、どこで見つけたの? お兄さんが買ってあげるから、一度そのお店へ戻ろうか」
その言葉に、男の子は小さく頷いた。 その返事を見たコウは片手を差し出すと、少年はその手を取り握り返す。
―――・・・何なんだよ。
―――いいところだけを持っていきやがって。
「じゃあ、行こう」
そう言ってコウは立ち上がり、手を繋いだまま路地裏から街へと踏み出した。
それと同時に御子紫も路上へ出ると、みんなに連絡をし終えたのか優もタイミングよく戻ってくる。
コウは男の子と何かを話しており、少年が指を差した方向へ二人は足を進めていった。
そんな彼らの後ろを付いていくように優も足を動かし始めると、御子紫は彼らとは反対の方向に足を向ける。
「・・・あ、御子紫! どこへ行くの?」
優が違う行動を取ろうとしている御子紫のことに気付き、慌てて呼び止めてきた。 その声に気付いたコウも、振り返らずにその場に立ち止まる。
「俺の役目はもう終わった。 あとはコウに任せたら大丈夫だろ」
優の方を見ながら冷たい口調でそう言い放った後、身体の向きを戻し歩き始めようとした。 が――――
「御子紫」
「・・・」
今度はコウの声により、呼び止められた。 だがなかなか次の言葉を発さない彼に、御子紫は何も言わず背を向けたまま先の発言を待つ。
そして――――コウは少しだけ顔を御子紫の方へ向け、静かな口調である一言を放った。
「御子紫は・・・俺のことが、憎いか?」
「ッ!」
刹那、かつて日向から言われた『もしも本当にそんな奴がいるとしたら・・・俺は、ソイツが憎くて仕方ないけどな』という言葉が、御子紫の脳内に再び再生される。
「ちがッ、そんなことは!」
その発言を聞いた瞬間、思わずコウの方へ身体を向け否定の言葉を述べようとする。
だが彼はそんな御子紫の姿を一瞬見た後、何も言わずに再び視線を前へ戻し男の子と共に歩き始めた。
優もこの状況をどうしようかと少しの間躊躇っていたが、結局は何も言わずに二人の後を付いていく。 そしてこの場に取り残された御子紫は、悔しさのあまり拳を強く握り締めた。
―――ったく、何なんだよ・・・!
自分が今、何に対して怒っているのかが分からない。 ハッキリしない自分に怒っているのか、それともあんな発言を急にしてきたコウに怒っているのか。
それすらも分からないまま、御子紫はオレンジ色に染まっている空を仰ぎ見た。
―――・・・これから、どうしよう。
コウと優とは気まずくなってしまい、彼らと一緒に勉強会を開いている未来や悠斗とも会いにくい。
ならば自分の荷物が置いてある北野の家へ戻ろうとも思ったのだが、そこへ行っても『何があった?』と、椎野たちは答えるまで何度も尋ねてくるだろう。
そのことを苦に感じた御子紫は、ついに行き場がなくなってしまった。 そんな気持ちを何も知らない夕日は、今もなお御子紫を温かく照らし続けている。
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