272 / 365
結人の誕生日とクリアリーブル事件2。
結人の誕生日とクリアリーブル事件2㊱
しおりを挟む空地
「「「・・・」」」
クリアリーブルに『誰か一人でもクリーブルに入れば、奏多を解放してやる』と言われてから数十秒――――結黄賊は、誰も口を開こうとはしない。
奏多を見捨てるというわけではないが“クリアリーブルに入る”なんていう選択肢は、結黄賊にとって考えられないものだったのだ。
だからみんなの答えは一つしかなく、黙り続けているのだが――――
―――入るなんて、そんなことできるわけがないだろ。
―――でも、このままだと奏多が・・・!
―――ッ、どうしたらいいんだ!
―――他に手はないのか?
そこで御子紫は、隣にいるコウの方へ視線を移した。
―――コウが自己犠牲を、発揮する前には・・・ッ!
焦りを感じ始めると、クリアリーブルの方へ視線を向け直し尋ねかける。
「他に奏多が助かる方法はないのか!」
「・・・」
何も答えない相手に、更に問い詰める。
「前までは俺たち結黄賊を潰すとか言っていたじゃないか。 なのにどうして今更『クリーブルに入れ』だなんて言うんだ!」
「・・・」
なおも答えない彼らに、心の中で舌打ちをする御子紫。
―――何だよ、答えねぇのかよ。
「うぅッ」
そう思った瞬間男が少しだけ奏多の首を絞め、彼はその苦しさに思わず呻き声を上げる。
「奏多!」
その声に反応し咄嗟に後輩の名を呼んだ御子紫と同時に、隣にいる仲間がある一言を放った。
「俺がクリーブルに入る」
「ッ、は!? コウは駄目だ!」
そんな突然の発言にも驚く御子紫はすぐに否定の言葉を述べるが、コウも自分の意見を主張し出す。
「何を言ってんだよ、今は奏多の命が危ないんだぞ!」
「だからってコウが入る必要ねぇだろ!」
今にでもクリアリーブルの方へ足を進めそうな彼に、御子紫は行かせないよう一歩前へ出て行く手を阻んだ。
―――もう自己犠牲を発揮かよ!
―――一度こうなると、コウは聞かねぇんだから・・・ッ!
「いい、俺が行く」
「ッ・・・! ふざけんな!」
「・・・何だよ」
今はこんな言い合いをしている場合ではないと互いに分かっていながらも、自分の意見を曲げない御子紫とコウ。
―――コウは・・・優し過ぎるんだよ。
―――でもその優しさが・・・ちゃんとみんなには平等に配れていないって、コウは分かっているのか。
そして御子紫は、コウに向かってゆっくりと言葉を紡ぎ出した。
「もしコウがクリーブルに入ったら・・・優は、どうなるんだよ?」
「・・・優?」
ここで初めて出てきた彼の名に、コウは少し反応を見せる。
「あぁ。 優は今でも、コウの帰りを病院で待っているんだぞ!」
「ッ・・・」
「それなのに、コウがクリーブルに入ったと知ったら・・・優はどんな気持ちになると思う?」
「・・・」
最後に、御子紫は強めの口調で彼に向かって言葉を放った。
「コウは人のためにと思って自分を犠牲にしているんだろうけど、その人以外の気持ちを考えたことはあんのかよ!」
「ッ・・・!」
御子紫はこの言葉を放った後、一人後悔していた。 彼から自己犠牲を取ってしまうと、コウがコウでなくなるような気がして。
そして自分が結人と同じくらいに憧れ、尊敬しているコウに向かって、敬意を払わずにそんな強い口調で怒鳴ってしまったことに対して。
「それにもしコウがクリーブルに入って、俺たちの敵になったら・・・俺たちの、負けじゃんか」
「え?」
「・・・」
小さな声で呟いた最後の発言にコウは聞き返すが、御子紫は何も言わずに彼から視線を外しクリアリーブルの方へ向き直った。
コウを一応制御できた今、この状況を早く何とかしようと考え始める。
―――でも・・・待てよ?
―――コウがクリーブルに入ったら、俺たちは終わる・・・。
―――じゃあ、他の奴が入ったとしたら?
―――・・・そうだ。
―――俺がクリーブルに入ればいいのか。
―――口だけ『クリーブルに入ります』って言って、後から俺がクリーブルを裏切ればいい。
―――それだけのことじゃんか。
“我ながらにいい提案だ”と思った御子紫は、早速『俺がクリーブルに入る』と相手に向かって言おうとした瞬間――――
~♪
突如流れた、着信音。 どうやらその音は奏多を抑え付けている男の携帯から流れているらしい。 その着信に気付いた彼はポケットから携帯を取り出し、誰かと話し始めた。
男は相槌だけをひたすら繰り返し、そして――――
「ほらよ」
電話を切ると同時に、奏多を結黄賊に向かって突き出してきた。 奏多は突然解放されたことに驚いているが、結黄賊の後輩がすぐさま駆け寄り彼の無事を確認する。
「どう・・・して・・・」
混乱している御子紫が小さな声で呟くと、男は軽薄な口調で言葉を紡ぎ出した。 それも内容はとても大事なことなのに、この状況をあたかも楽しんでいるかのように。
「それがさぁー。 お前らのお友達が、クリーブルに入ったみたいなんだよねー」
「お友達・・・?」
「お友達、そう・・・。 夜月くんっていう子が、クリーブルに入ったって」
「! どうして、夜月が・・・ッ!」
男の口から夜月の名が出た刹那、御子紫の胸中がざわめき出す。
―――何だよ、それ・・・。
―――どうして、クリーブルなんかに夜月が・・・ッ!
その驚くような表情を見て、彼はニヤリと笑った。 そして御子紫が先程尋ねた答えを、奴はすらすらと口にしていく。
「確かに俺たちは結黄賊を潰そうとした。 だけど諦めたんだ。 お前らと喧嘩をしても、勝てないっていうことが分かったからな」
「・・・」
そして何も言えずにいる御子紫に向かって、男は大きな声で言葉を放った。
「だからぁ・・・結黄賊を潰せないなら、結黄賊を食っちまおうと考えたのさ!」
「食っちまう、って・・・」
―――つまり、乗っ取るって意味か?
「とりあえず、今日は一人でもクリーブルに入ってくれたのならそれでいい。 俺たちも最初から“一人でもこっちの味方につけさせる”っていうことが今日の目的だったからな。
だから今日はもうお前らに用はねぇ。 じゃあな」
誰も口を開かない結黄賊に、男は片手をひらひらと振ってこの場から去って行く。 そして背を向けながら、最後の言葉を呟いた。
「お前らも考えておけ。 ・・・また、誘いに来るからよ」
そして――――クリアリーブルの連中がこの場からいなくなってからも、ここにいる結黄賊たちは互いに言葉を交わすこともなくその場に立ち尽くしていた。
今抱いている感情をどうしたらいいのか分からず、ただその場に立っているだけ。 それだけしか、今の彼らにはできなかった。
みんなはきっと、同じことを思っている。 だがその感情を、どう仲間にぶつけたらいいのか分からなかったのだ。 当然――――御子紫も。
―――どうして、夜月が・・・クリーブルなんかに。
―――コウでも、我慢したっつーのに・・・!
―――コウでも、耐えたっつーのに!
御子紫はこの思いを口にできない代わりに、自分の拳を何度も自分の脚にぶつけ感情を表し出す。
―――夜月は・・・俺たちを裏切ったのか・・・?
―――それとも、俺と同じ考えで・・・後からクリーブルを裏切ようとしてんのか・・・?
―――分かんねぇ・・・。
―――くそッ、折角コウを止めることができたのに!
―――意味ねぇじゃねぇか・・・畜生ッ!!
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
文化祭のおまじない
無月兄
ライト文芸
七瀬麻、10歳。その恋の相手は、近所に住む高校生のお兄ちゃん、木乃浩介。だけどそのあまりに離れた歳の差に、どこかで無理だろうなと感じていた。
そんな中、友達から聞かされた恋のおまじない。文化祭の最後に上がる花火を、手を繋ぎながら見た二人は結ばれると言うけれど……
大学受注発注
古島コーヒー
ライト文芸
きっかけは「実は先輩と同じ大学に合格しました」という何気ないメッセージだった。高校時代の部活の憧れの先輩、藤代宗(ふじしろ そう)に挨拶のつもりでチャットメッセージを送り、うきうきした気持ちで大学デビューを待ち望んでいた宮中万一(みやなか かずひと)。しかし、入学しても憧れていたキャンパスライフはどこか地味で、おまけに憧れだった先輩は性格が急変していた……。普段であったら関わることない人々と、強制的に(?)出会わせられ、面倒なことに手助けを強いられる羽目になってしまう。一見地味に見えるが、割とすごいことに巻き込まれるおふざけ日常学園コメディ。
遠い日の橙を藍色に変えるまで
榎南わか
ライト文芸
朝日に濡れた、神社から見下ろすこの瑞々しい景色を、はるか昔にも同じように見た。
あの日、私は貴女にはまだ出会っていなくて、まだ痛みを知らない子供だった。
隣にいた君の想いにも気付かぬままで、ずっと同じような日が続いて行くと信じて疑わなかった。
だから今、2回目の生を巡っているこの身体に誓っている。
私の想いなんてどうだっていい。
貴女を、私は救いに来たよ。
実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは
竹井ゴールド
ライト文芸
日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。
その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。
青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。
その後がよろしくない。
青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。
妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。
長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。
次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。
三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。
四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。
この5人とも青夜は家族となり、
・・・何これ? 少し想定外なんだけど。
【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】
【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】
【2023/6/5、お気に入り数2130突破】
【アルファポリスのみの投稿です】
【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】
【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】
【未完】
メガネから見えるバグった世界 〜いいえ、それは仕様です〜
曖昧風味
ライト文芸
「凄いバグ技を見つけてしまった」
同じクラスだけどあまり付き合いのなかった無口なメガネくん。そんな彼が唐突にそう話しかけてきた時、僕は何故かそれを見てみたいと思ってしまったんだ。
目の前で実演される超能力じみた現象は一体なんなのか?
不思議な現象と、繰り返される記憶の喪失の謎を追う高校生達のとある青春の1ページ。
できそこないの幸せ
さくら/黒桜
BL
溺愛・腹黒ヤンデレ×病弱な俺様わんこ 主人公総愛され
***
現役高校生でありながらロックバンド「WINGS」として地道に音楽活動を続けている、今西光と相羽勝行。
父親の虐待から助けてくれた親友・勝行の義弟として生きることを選んだ光は、生まれつき心臓に病を抱えて闘病中。大学受験を控えながらも、光を過保護に構う勝行の優しさに甘えてばかりの日々。
ある日四つ葉のクローバー伝説を聞いた光は、勝行にプレゼントしたくて自分も探し始める。だがそう簡単には見つからず、病弱な身体は悲鳴をあげてしまう。
音楽活動の相棒として、義兄弟として、互いの手を取り生涯寄り添うことを選んだ二人の純愛青春物語。
★★★ WINGSシリーズ本編第2部 ★★★
高校3年生の物語を収録しています。
▶本編Ⅰ 背徳の堕天使 全2巻
(kindle電子書籍)の続編になります。読めない方向けににあらすじをつけています。
冒頭の人物紹介&あらすじページには内容のネタバレも含まれますのでご注意ください。
※前作「両翼少年協奏曲」とは同じ時系列の話です
視点や展開が多少異なります。単品でも楽しめますが、できれば両方ご覧いただけると嬉しいです
※主人公は被虐待のトラウマを抱えています。軽度な暴力シーンがあります。苦手な方はご注意くだださい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる