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文化祭とクリアリーブル事件。
文化祭とクリアリーブル事件⑦①
しおりを挟む夜月たちの喧嘩を視界に入れながらも、未来は目の前にいる男を警戒する。 凶器を持っているのは自分だというのに、この少年を前にして安心する気持ちにはなれなかった。
―――絶対に・・・許さねぇ!
未来は空気を読み、夜月たちが相手全員を倒し終えるのを待つ。 その間も、狂ってどうしようもないこの感情を表に出して暴走してしまわないよう、何とか押し止めていた。
数分後――――仲間が相手を無力化したのを確認し、未来は“ここからが勝負だ”と気合いを入れ直して一度深呼吸する。
―――でもまだ・・・真宮がやったって、決まったわけじゃねぇんだ。
こんな精神状態でも冷静さを少し保ちつつ、平然を装いながら目の前にいる少年に向かって静かに言葉を紡いでいく。
「椎野、ユイ、悠斗、優。 コイツらに怪我を負わせたのは、お前か?」
その言葉を聞いた真宮は、顔も上げずなおも俯いたまま低い声で返事だけをした。
「・・・あぁ」
「ッ・・・!」
躊躇いもなく罪を認める彼に動揺するも、冷静を保ったまま更に言葉を紡ぎ出す。
「じゃあ・・・今悠斗を刺したのも、お前か?」
「・・・そうだよ」
「くッ・・・!」
またもやあっさりと返された言葉に、手に持っているナイフに力を入れ直した。
―――今なら、コイツを殺せる。
―――今なら・・・ユイの敵が取れる!
そんな未来から殺気を感じ取ったのか――――真宮はゆっくりと顔を上げ、未来のことを何の感情も抱かずに静かに見つめた。 そして――――心無い言葉を、静かに口にする。
「刺せよ、未来」
「なッ・・・」
自ら“刺せ”なんて口にするとは思ってもみず一瞬心が揺らぐが、彼はそんなことにはお構いなしに続けていく。
「俺はお前らを裏切ったんだ。 こうされるのは仕方がない。 だから・・・俺を刺せ」
真宮は未来のことをキツく睨んでいるわけでもなく、かといって恨んでいるわけでもなく――――ただ絶望感溢れた表情で、言葉を静かに口にしていた。
―――・・・くそ、畜生ッ!
「この・・・裏切り者!」
もうどうすることもできなく投げやりになってしまった未来は、複雑な感情を持ち合わせたまま両手で持っているナイフを勢いよく引き、そのまま真宮へ向かって突き出した。
が――――この行為は、ナイフが刺さるギリギリのところで強制的に止められることになる。
「未来・・・!」
「ッ・・・!」
――――悠斗だ。 彼が名を呼び、動きを強制的に食い止めた。 自分の行為を否定された未来は、なおも真宮を睨んだまま彼らに向かって怒鳴り声を上げる。
「ちッ。 どうしてお前がここにいんだよ! 北野! 悠斗を安全な場所へ連れて行けっつったのは、手当てをしていろって意味だと分からなかったのか!」
―――ふざけんな・・・ふざけんなよ!
―――折角真宮を殺す気持ちになれたのに、これだとまた振り出しに戻っちまうじゃねぇか・・・!
流石に未来でも、仲間である真宮を簡単に殺せるわけがなかった。 ナイフをあっさりと突き出すのは簡単だが、そこから先の行動へはなかなか移せない。
だが真宮が自分の罪を認めたことにより、未来はやっと彼を殺す覚悟ができたのだ。 だけどその行為を――――幼馴染である悠斗に、止められた。
もし今の声が悠斗ではなかったら、今頃はとっくに刺していただろう。 “そこまで俺は悠斗に依存しているのか”と身に染みて感じ、未来は自分を悔しく思った。
「それは分かったよ! でも・・・悠斗が言うことを、聞いてくれないんだ」
北野の返事を聞き、心の中で舌打ちをする。
―――くそ・・・どうしてだよ!
―――どうして悠斗はそこまでして俺を止めたいんだ!
そして――――そんな未来の気持ちを読み取ったかのように、悠斗は自分の思いを綴り出した。
「み、未来・・・。 真宮は、悪い奴・・・敵じゃ、ないんだ。 分からないけど・・・真宮は、俺たちを守ろうとしたんじゃないかな」
「は? 守るって何だよ」
―――悪いけどな、悠斗。
―――流石にお前でも、今の俺は止められない。
―――この気持ちは、もう変えられねぇんだから。
心の中ではそう思いつつも、幼馴染の言葉に耳を傾ける。
「いや・・・。 それは、分からないけど・・・」
「じゃあ、どうしてそういう風に思えるんだ」
なおも真宮から目を離さないまま、冷静な口調で尋ねた。
「だって、真宮は・・・そういう奴じゃ、ないから」
「ッ・・・」
―――それは、俺だって分かっているさ!
今の一言で未来は冷静さを保てなくなり、思わず声を張り上げてしまう。
「でも実際、コイツは仲間に怪我を負わせたんだぞ! そんな奴が俺たちの仲間、いい奴だって言えるのかよ!」
「ッ・・・。 そ、それは・・・」
彼が言葉に詰まったことをチャンスに、ナイフに力を込め直す。
「未来、早く刺せよ!」
既に自我を失っている真宮は、未来に向かって大声を上げてきた。 そんな彼の迫力に圧倒され険しい表情になるが――――もう一人別の少年が、彼らの会話に口を挟む。
「待てよ、未来」
―――だから・・・何を言われようが、俺の気持ちは変わんねぇつってんだろ。
自分の名を呼んだ者が椎野だと分かった未来は、目を真宮から離さずに彼に向かって冷たく言い放つ。
「次は椎野かよ。 何だ」
問いに対し、彼は冷静に言葉を紡ぎ出した。
「もしもの話だ。 もし真宮が、悠斗の言った通り・・・俺たちを守るために、クリーブルに協力していたらどうする?」
それを聞き、溜め息交じりで小さく呟く。
「何だよ。 悠斗と同じようなことを言って」
「真宮は俺たちを裏切るような奴じゃない。 どうして未来は、そんなに真宮のことが信用できないんだ?」
何を言われようとも未来に食い付いていく椎野。 そんな彼に負けじと、未来も自分の意見を主張する。
「実際真宮は、仲間をやったって自分の口で言ったんだ。 俺ら結黄賊として許されない行為・・・いや、それ以前に人としてやってはならないことを、コイツはやったんだぞ」
正当な答えに、椎野は更に食い付いてきた。
「そのやってはならないことを、未来も今からしようとしているんだぞ」
その言葉に、何の躊躇いも見せず自分の思いを口にしていく。
「ユイ、悠斗。 そして・・・他の奴らの敵が取れるのなら、俺はこのまま自分の人生が終わってもいいと思っている」
椎野はそれを聞いて、少し寂しそうな表情を見せながら小さな声で綴り出す。
「・・・未来。 お前はそれでいいかもしれないけど、俺らはお前にそうなってほしくはないんだ。 俺らは今でも仲間なのに、そんなことを言うなよ」
「・・・」
言い返さず黙り込む未来に、先刻の話を再び持ち出した。
「じゃあ、またもしもの話に戻そうか。 もしもだよ? もし真宮は、止むを得ない理由で俺たちのことを裏切っていたとしたら・・・どうする?」
―――止むを得ない理由・・・?
―――そんなこと、あり得るのかよ。
不審な思いを抱きつつ、彼に向かって言葉を投げる。
「俺たちのために結黄賊を裏切って、クリーブルに入ったとでも言うのかよ」
「あぁ」
「ッ・・・」
あまりにもあっさりと返された答えに、未来は一瞬動揺を見せる。
―――どうしてそう思えるんだ!
―――本当に、止むを得なく裏切らなければならない理由があったのかよ!
「分かんねぇけど・・・仕方なかったんじゃないか、裏切ったのは」
―――その理由は椎野でも分かんねぇのか!
「流石に俺でも、そこまでは読み取れねぇよ・・・」
未来は口に出してもいないというのに、椎野は迷いもなく次々と言葉を並べていく。 まるで未来の心と椎野の口から出る発言だけで――――会話しているかのように。
―――止めてくれよ椎野・・・!
―――お前が言うことは、全て本当だと信じ込んじまうじゃねぇか・・・!
ムキになった未来は、なおも真宮を睨み付けたまま背後にいる椎野に向かって怒鳴り声を上げる。
「じゃあ真宮は! 俺たちを守るために、俺たちからわざと犠牲者を出したとでも言うのか!」
「そうだよ」
「ッ・・・!」
相変わらず即答する彼に、多少呆れつつもあった。 どうしてこうも、真宮のことが分かってしまうのだろうか。
―――意味が、分かんねぇ・・・。
―――どうして俺たちから、犠牲者を出す必要があるんだよ。
「俺らからどうして犠牲者を出したのかまでは分かんねぇ。 流石にそれは、真宮に直接聞いてみないと」
―――本当に確かなのか・・・真宮は俺たちを守ろうとしていたってのは。
「裏切ったとか、真宮は自分ではそう言っていたけど、実際のところ俺らを裏切ってなんかいない」
―――どうしてそんなことが言えるんだ・・・!
「真宮は最後まで俺らのことを見捨てないって、俺は信じているから」
―――どうして椎野は・・・俺の心が読めるんだよ・・・ッ!
「・・・」
―――どうして、どうして椎野は・・・。
未来はゆっくりと口を開け、彼に対して素直な疑問を紡いでいく。
「どうして椎野は・・・そんなに真宮のことが、分かるんだよ・・・!」
そして――――その問いに対し、椎野は悲しい表情を浮かべながら小さな声で返事をした。
「だって俺は・・・そういう、奴だから」
「・・・ッ!」
その言葉を聞いた瞬間、全身の力が一気に抜けていくのを感じた。 このまま真宮を刺さなければいけないというのに、未来は――――思わずその場に崩れ落ちる。
「ふざけんな・・・ッ! ふざけんなよ!」
―――どうしたんだよ・・・立てよ、早く立てよ!
―――立って、早く真宮を刺せよ・・・!
自分の足を何度も何度も殴りながら、両足に命令を送っていく。 そして――――一向に動こうとしない自分の身体を見て、未来は自分の弱さを憎み始めた。
椎野の言葉には、悠斗とは違ってかなりの信憑性がある。 だから彼の発言を“本当だ”と一瞬どこかで思ってしまったのだろう。
悠斗に何を言われようが真宮を刺す気でいたが、椎野から彼の事情を聞かされては自分の意志が次第に薄れていった。
―――でも俺は、真宮を許したわけじゃない。
―――今すぐに殺して敵を取りたいという気持ちはちゃんとあるのに、どうして・・・ッ!
「・・・くそッ!」
手に持っていたナイフをその場に強く叩き落とした。 そして両手を地面に着きながら、未来は思う。
―――俺には・・・まだ心のどこかに、真宮を信じている部分があったって言うのかよ。
―――こんなの、俺じゃねぇ!
そして地面に自分の拳を思い切り叩き付けながら、大声で今の気持ちを叫ぶ。
「・・・畜生ッ!!」
未来の目からは――――ゆっくりと涙が、流れ落ちていた。
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